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第022話 脱ぎたくても脱げないの

 裏道から出ると、フェリスはブラン商会の商館に入った。

 フェリスを助けようとした黒髪の青年については、ギオニスの提案でそこに置いておくことにした。

 ギオニスは、彼を見て、厄介事だと言い切った。


 絶対防衛都市にあるブラン商会の窓口となる小さな館。

 直接の営業は支店がそれをやっているらしく、ここは主に商談に使われる場所らしい。

 館としてはそこまで大きくないらしいが、門をくぐると綺麗な庭が広がっており、中には噴水もあった。

 フェリスが館に入ると、年老いた男とフェリスよりも少し大きな少女が慌ててフェリスを出迎えた。


「お嬢様、早くのお帰りで」


 長く白い髪に白い髭。

 髪は後ろで縛っており、髭は短く揃えられていた。

 きっちりとした服に白い手袋をつけ、胸元には懐中時計であろう金色の鎖が垂れ下がっていた。

 横にいる少女というには少し大人びた彼女は、フェリスを見ると黙って頭を下げた。


「ギオニス様、リリア様。

 執事のワグザとメイドのエジャですわ。

 主にこの2人が私の身の回りの世話をしてくれているのです。

 ワグザ、エジャ」


 フェリスがそう呼ぶとワグザとエジャはそれぞれ名乗りながら頭を上げた。


「こちらはギオニス様とリリア様。

 私の命の恩人ですわ。

 今から応接間に行きますので、お茶をよろしくお願いします」


 ワグザとエジャは頭を下げるとフェリスの言葉に従い下がっていった。


「皆様、こちらで一旦休みましょう」


 そう言うと、フェリスは2人を応接間に案内した。

 部屋に入ると早速と話し始めようとしたギオニスを制するとリリアが口を開いた。


「フェリス、あなたヒトと戦うのが苦手なの?」

「いえ……苦手というか……」


 先程の戦いのことを話しているのだとフェリスはすぐに分かった。

 苦手でないと続けようとしたが、すぐに言葉につまり、言いにくそうに言葉を続けた。


「……はい、苦手ですわ」


 フェリスの言葉にリリアは困った顔をした。


「私たちが、教えすぎたわね。

 本来、あなたは収納結界だけ知りたかったのよね」

「それは……」


 フェリスは下を向き唇を強く結んだ。

 リリアの言うことは本当だった。

 剣術も魔法も、ましてや徒手空拳なぞ習う気もなかった。それらは学園を辞めて商会を立ち上げる時に諦めたものだった。

 他の貴族と違い、商人は血ではなく、金と欲でのし上がってきた。

 魔力という生まれ持った才能はフェリスとその他で大きく違っていた。

 その力で学園に入ったが、生まれ持った才能だけはどうにもできなかった。

 無能と笑われ、金しかないと笑われた。

 学園の生活は劣等感しかなく、フェリスは逃げるようにそこを辞めた。


 ギオニスとリリアについていったのは、インベントリスペースという伝説の魔法を見れたというだけでなく、あの平原で護衛もなしに渡るなど不可能だという打算的な考えもあった。


 常人離れした彼らについていけば少しくらいは変われるかもと思ったが、強くなっても心は変わらなかった。

 心は弱いままだった。


 2人に教えてもらったのは幸運な偶然であった。

 が、リリアの言うとおり、過ぎたものでもあった。


 フェリスは大人が嫌いだった。

 侮蔑や軽蔑が入った視線、小馬鹿にしたような笑い、そして、相手を否定するだけの怒声。

 突発狂乱スタンビートとは違う、ヒトのあらゆる醜悪な負の感情が嫌いだった。


 それは、ヒトを読む商人にとっては致命的であった。


 子供と思って馬鹿にして、時には不利な条件を威圧と共に突きつけてくる大人たち。

 理想で言うなら軽くいなし、笑って抑えるのだろうが、現実ではそうは行かなかった。

 そんな時、ラグリットが現れた。

 大人である彼は何かとフェリスを支えてくれた。

 そして、今、その彼こそが、ブラン商会を二分させた原因の男だった。


 ヒトを疑いたくない。

 相対して戦うなんて尚更だ。

 それを自覚するたびに、やはり、商人には向いていないかもしれないと思う。


「考えておいて」


 完全に黙り込んだフェリスを見てリリアはそう声をかけた。

 その気まずい沈黙の手助けをするように、ノックと共にエジャが部屋に入ってきた。


「ご就寝の時間も近いですので、ハーブティをお持ちしました。

 それと、ギオニス様とリリア様ですが、ご宿泊の場所などありますでしょうか」

「いや、すまん。

 この街に来たばかりなんだ」

「では、お部屋をご用意いたしましたので、

 お休みになりますならお声掛けください」

「助かるよ」


 フェリスたちはは出されたお茶を飲みながらしばらく話をしていたが、夜も遅いということで、エジャを呼んで寝る部屋に案内してもらった。


 2人は案内された部屋に入った。

 部屋は入り口となるような小さなエントランスルームがあり、その奥に寝室があった。

 どうやら部屋の中は一部屋だけであったが、中央に大きなベッドがあり壁には調度品がかけられていた。

 奥にはテラスがあるらしく、風に揺られているレースのカーテンが見える。


「そちらの椅子に腰掛けていただき、お履物をお脱ぎ下さい」


 ギオニスがエジャに促され、椅子に座り、靴を脱いだ。


「では、失礼します」


 エジャはギオニスの前に跪くと、急にその足をとった。


「えっ? いや、ちょっと……」

「動かないでいてくださると助かります」


 エジャはギオニスの履いている靴を脱がすとかかとを持ち、それを顔の近くまで持ち上げる。

 彼女の温かい小さな吐息がギオニスの足をくすぐる。

 濡れた黒い瞳がギオニスの足を静かに見つめる。

 少しの間の後、エジャはギオニスの足を持ってきたバケツにゆっくりと入れる。

 バケツの中の水は温かく、身体の緊張がほぐれていく。

 お湯の中で、エジャの指がギオニスの足を撫でる。

 かかと、足の功、そして裏。

 ひとしきりお湯の中で撫でると、エジャはギオニスの足の指の間に指を滑らせた。

 一つ一つの足の指を手で包み込むと、丹念に上下に擦りながら汚れを落としていく。


 片足がお湯から上げられ、乾いた布がギオニスの足を柔らかく包む。


「次を」


 エジャはその言葉と共に、洗っていない方の足を持ち上げた。

 先程まで洗っていたお陰かほんのり温かく湿ったエジャの手。

 優しくまたギオニスの足をお湯の中に沈める。


 エジャの指が吸い付くようにギオニスの足の指を絡め、そして、そこについた土汚れを落としていく。


「ギオニス様は……武芸をやってらっしゃいますか?」

「えっ? あぁ、まぁ」


 急に尋ねられたので、ギオニスは思わず曖昧な返事を返す。

 エジャはそうですかと呟くだけで、それ以上会話は続かなかった。

 しばらくすると、先程同様、乾いた布で足を拭くと、終わりであることを告げた。


「エントランス以降は履物を履かなくて大丈夫となっております。

 次はリリア様」


 新しいバケツを持ち運んでくると、次にリリアが椅子に座るように促した。


「えっ? いや、自分でやるわよ」

「いえ、お客様にお手を煩わせるわけにはいきません」


 言葉少ないが、譲る気が一切ないそれに、リリアは諦めて椅子に座った。


「軽くでいいわよ?」


 一応返事なのか、エジャはリリアの言葉に軽く頷いた。

 リリアのブーツを脱がすと、リリアの白い足が見えた。

 エジャはそれをじっと見つめるが、彼女の顔が近すぎて、リリアの足に彼女の吐息が当たる。

 リリアはくすぐったそうな顔をして、それを我慢する。


「リリア様、ずっとブーツを履きっぱなしでしたね」

「ちょっ――!」


 リリアが驚いたように声を上げた。


「――このブーツの中にはミディリアの葉とラタイニャの水花を包んだものが入っているし、ブーツには湿気を食べるボンザナの蔦が編み込まれているのよ。そりゃ、足先が冷えないようにレンダラント鉱石は使われているけど。魔力圧を作り出して自動で換気する構造もあるのよ。蒸れることはないし――」


 急にリリアがむちゃくちゃ早口で話し始めた。

 目がマジで、耳が先まで赤い。


「そもそも、私は冒険中だったの。ブーツを脱ぎたくても脱げないの! お風呂だってないのよ。なに? 冒険中に水浴びしろっていうの。そんな危険なことできるわけないでしょ。私もできたらしたいわよ!」


 半泣きで逆ギレを始めた。もう目が潤んでる。滅多に見ないリリアにギオニスは思わず笑ってしまいそうになった。


「いえ、少し鬱血しておられるようで……ずっとお履物を履いておりましたね。少し揉ませていただきます」

「えっ? 鬱血?」

 

 リリアの顔が凍りついて額から汗が流れ落ちる。

 必死の弁明が見事に空回りした。


「リリア?」

「うるさい。死ね!」

「大丈夫だ。臭くない、臭くない」

「今すぐ死ね!」


 せっかく気を使ってやったのに、ひどい話だ。

 よっぽど恥ずかしかったのかその後もずっとギオニスに文句を言い続けた。

 リリアがギオニスに怒りをぶつけている間に、エジャはリリアの足を洗ったようで、マイペースにリリアの足を拭き終わると、自らの手を拭いて、縒れた服を正した。

 

「それでは、奥がギオニス様とリリア様のお部屋となります。

 何かございましたら、中にあるベルをお鳴らし下さい。

 すぐに私かワグザが参ります。

 リリア様、ここでは沐浴もできますので、お入り用でしたらお呼びください」


 エジャはそういうと頭を下げて部屋から出ていった。

 ギオニスは改めて部屋を見た。

 作りはかなり凝ったものだった。

 建物の作り方や寝具などのこだわりに関して、ヒトはやはり群を抜いていた。


 リリアもギオニスも見たこともないこの豪華な部屋に思わずため息が漏れた。


「ちょっと、何これ! すごくない?」


 エジャがいなくなったことで、リリアはその興奮を隠すことなく、顕にした。


「見て見て、ベッドがふかふか!」


 リリアは子供みたいに、ベッドを手で何度もバシバシと叩く。


「うわー、これなんてタリタウスの毛皮みたい」


 粗末なんというと、語弊があるかもしれないが、大森林でまかなえる素材で作った家具はある意味では高級品であったが、ある意味では粗末なものだった。


 エルフやオークと言った大森林の民たちの芸術といえば詩や音楽だった。

 多少の装飾もあるが、あくまでもアクセント程度絵それが主役になることはなかった。

 交流のあるドワーフは、装飾を施すが、彼らは細かさを美徳とするので、ヒトの価値観とはまた違う。

 ヒトの作るものは見た目が美しい。


 ベッドのシーツ一枚にもきらびやかな模様がある。


「あれ……?」


 リリアが家具に感動していると、彼女はあることに気がついた。

 何が言いたいか、ギオニスはこの部屋に入った瞬間に気づいていたが、それをあえて口に出さなかった。


「もう1つは?」


 そうなのだ。この広い部屋の中で、ベッドが1つしかない。

 ギオニスは言葉が返せず視線をそらした。


「はぁ!? もしかして、一緒に寝ろってこと!?」


 気づくのが遅いんだよ。という言葉は飲み込んだ。そんな事言えば余計に怒りを買う。

 ここは沈黙が正解だろう。


「なんで、あんたと一緒に寝るのよ」


 そのとおりだ。せめて、風呂に入らせろ。

 ギオニスも心の中で、リリアに反論する。

 だが、やはり、沈黙が正解だ。


「ギオニス、あなた床で寝なさい!」

「いいや、床で寝るのはお前だな」


 沈黙解禁。

 俺だってあのふかふかベッドで寝たい。


「私に床で寝ろっていうの!?」

「旅慣れしてただろ! 地面よりもだいぶマシだぞ」

「こういう時は姫である私に譲るもんでしょ」

「俺はエルフじゃないからな」


 オークとしては、エルフの姫に何ら価値を見いだせない。


「ほ、ほら、私ってか弱いじゃない?」

「うそつけ! か弱いやつは、ドラゴンを倒して食べようと提案してこねぇよ!」

「くっ……」


 くっ……じゃねぇよ。

 このままでは、いつまでたっても結論が出ない。


「仕方ない……俺が古来から伝わる平等で平和的な解決方法を教えてやる」

「何よそれ、あんたに有利なやつじゃないんでしょうね」

「まぁ、聞け。

 ルールは単純だ。掛け声とともに3種類の形を手で作りその強さを比べるものだ」


 早速、リリアが怪訝な顔をした。


「強さを比べるって、じゃあ、一番強いものを出したらいいじゃない」

「ふふふ、それがそうも行かないってわけだ」


 まずは、拳を作ってみせる。


「1つ目の形はこれだ」

「握りこぶし。なるほど、格闘ね」


 なるほどと見当違いなことを言い始めるが、とりあえず、いちいち突っ込んでいると話が進まないので、無視をする。


「続いては、これ」


 ギオニスはそう言って手のひらを見せた。


「手のひら。障壁……なるほど、魔法使いね」

「で、最後はこれ」


 見せたのは指を2本立てた形。


「この形は双剣。剣士のことね。

 じゃあ、私は剣士と魔法使いってわけね」

「じゃあ、じゃねぇよ。

 出すのは1つだけだ。

 この3つから1つを選んで出すんだ」

「3つしかないの?」

「そうだ。シンプルだろう?

 強さはこうだ。

 格闘は剣士に強いが、魔法使いに弱い。

 魔法使いは格闘に強いが、剣士に弱い。

 剣士は魔法使いに強いが、格闘に弱い」

「これだけ?」

「そう。これだけだ。

 これを俺たちは……」


 少しの間を開けた。

 リリアは緊張した面持ちでギオニスを見る。


「じゃんけんと呼んでいる」


 ちなみに、というほどでもないが、これはギオニスの中にいる南方ハレの知識だ。

 リリアはじゃんけんと小さくギオニスの言葉を小さく呟いた。


「確かに、一見公平そうだわ……」

「一見? ルールもシンプルで公平だぞ?」

「そんなわけ無いでしょ? どうせ、あなたが私を騙そうとして……」

「誓おう、ルールは公平だ。

 何なら、お試しで何度かやってみるか」


 流石に、慣れていない相手にやるのは不憫でならない。


「いいか。

 掛け声は、ジャンケンポン!だ。

 最後のポンで、お互いの手を確定させる。

 ちなみに、最後の掛け声で出し遅れたら後出しと言って負けになる」

「なるほど……後出しは負けね」


 リリアはルールを口の中で繰り返した。

 リリアと共に、何度かじゃんけんをする。

 まだ、手の優劣が分かっていないらしく、混乱することもあったが、数回やればそれも難なくこなせた。


「魔法使いが剣士に弱くて、格闘に強いのが納得行かないわ」

「細かいことを気にするな設定だよ。設定」


 南方ハレの知識でも、パーはグーを包むことができるから強いという謎理論だ。


「まぁ、いいわ。

 ルールは覚えたわ」

「なら、やるか。

 何回勝負がいい?」

「なるほど。勝負数も増やせるわけね。

 でも、一度でいいわ」

「おっ、いいのか。

 勝負師だな」

「ふふ、私はすでに必勝法を編み出したわ。

 こんなシンプルなルールにしたのが運のつきね!」


 じゃんけんの必勝法。

 笑わせてくれる。そんなものがあったら、俺も給食のときにプリンが……。

 しまった。これは南方ハレの記憶だ。


「まぁ、いい。

 掛け声はそっちがやっていいぞ」

「ふふふ、じゃあ、やるわよ」


 リリアがすでに勝ち誇った顔でギオニスを見た。



>> 第023話 ポンコツ感

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