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第021話 僕の名は

 城門を潜ると、長い石畳の道が続いた。

 その道は、城壁と城壁の間にある大きな空堀に掛けられていた。

 城門を越え、この道を行かなければ空堀の中に落ちる。防衛都市という名前なだけはある。

 街に続く唯一の道を進み最後の門をくぐる。

 そこで馬車から降りるとようやく街の中に入れる。


 外側から見た城壁の街とは一変、中から見たアルダカーラは広く見渡しが良かった。

 緩やかに上に伸びる坂に、細かい道がいくつもありそれら全てに店が連なっていた。

 防衛都市と同時に国境外の商品が入り交じるそこは貿易都市としても存在感を放っていた。

 見たこともない物に、聞いたこともない言語が飛び交う。

 ギオニスもリリアもここにある様々なものが気にはなっていたが、それよりもフェリスに言いたいことがあった。


「いいのか?」


 気まずい沈黙を破ったのはギオニスだった。


「何がですの?」


 フェリスもギオニスが言いたいことはわかってはいたが、それと気づかないふりをした。


「誤魔化すなよ。

 俺たちのためだな?」


 怒るわけでもなくギオニスがそう返した。

 門衛に渡した賄賂。

 金銭の価値もその額も知らなかったが、少なくとも侵入者を許すほどのものだったのは確かだ。

 もちろん。リリアもそれに気づいていた。


「ギオニス様のため……だけではありませんわ。

 あそこで揉め事が起こったらわたくしの都合も良くないのですから」

「俺たちがいなかったら、起こり得なかったことだろう?

 あれにどのくらいの価値があるかわからないが、必ず弁償しよう」

「お二人はわたくしの命の恩人でもありますわ」

「それとこれとは別の話だ」


 ギオニスの言葉にフェリスは困ったような笑みを浮かべた。

 リリアもギオニスに概ね賛成のようだった。


「それに、魔法と戦いの師でもありますわ。

 お二人に教えられたことを金額にするなら、あの程度の額なんて端金ですわ。

 むしろ、こちら側が払わないといけないくらいですわ」


 ギオニスとリリアはあれくらいでかと納得行かない顔をした。

 2人からすれば、フェリスが気を使ってそう言っているように感じたのだろう。

 が、フェリスからすればそれは紛れもない事実だった。


 王国一の教育を受けたとしても、この2人のたった数日の教えの方が勝る。

 それだけの価値がある。


「本当ですわ。

 それにお二人がその気になれば、先程の額なんてすぐに稼げますわ」


 これだけの実力者だ。

 教師、研究者、専属の魔法使い、騎士に冒険者と引く手あまただ。

 何にでもなれる。


「分かった。

 今はフェリスの好意を受け取っておくよ」


 やっぱり、分かっていない。

 フェリスはため息を付きたかった。

 彼らは自身の特異さを理解していない。

 少なくとも国単位で、それも組織的な動きが必要になってもおかしくはない出来事を一蹴している。

 それは、突発狂乱スタンビートしかり、ホワイトファングしかり、黒鳥球しかりだ。


「それで、これからどうしたらいい?

 俺たちとしても、ここの常識を知りたいしな」

「そうですわね……」


 フェリスは思案げに空を見た。

 予想よりも早く街についてしまった。

 諦めていた商談を取り戻すチャンスが芽生えてきた。


「まずは、冒険者ギルドに行ってクエストの結果報告と報酬の支払いをしませんと。

 あとはそうですね。

 わたくしの店で一休みして考えましょう」


 フェリスはハクを肩に乗せ、冒険者ギルドへと立ち寄った。

 

 アルガラータにあった冒険者ギルドは他のギルドよりも一回り大きく、頻繁に人の出入りがあった。

 無骨な木の扉を開けて中に進むと、多くの冒険者たちが壁にはられた紙を見ていた。

 どうやらそれは依頼書らしく、冒険者たちは自分の、パーティーにあった依頼を探して受けるかどうか頭を悩ませていた。

 フェリスはそんな彼らに目もくれず、受付まで進むとと身分証と一枚の薄汚れた紙を見せた。

 受付は、それを受け取ると身分証と紙を何度か見比べると何かを紙に記載し、身分証だけを返した。


「パーティーの代表の方がおられないようですが?」

「全滅しましたわ」


 フェリスの言葉に受付は一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに言葉を続けた。


「前金で半分ギルドに頂いております。

 もう半分をお納め下さい。

 一応、成功報酬に追加分とありますが、どうされます?」

「わたくしが、ここにいるのは彼らが時間を稼いだおかげですわ。

 成功報酬は、ギルドに納めますわ」


 本来ならパーティーに払う予定だった追加分だ。

 全滅したなら、成功とは言い難いが、それでも、フェリスをアルダカーラまで送るという任務は果たせた。

 彼らではなかったが、ギルドに払うのも間違いではないだろう。

 それに冒険者ギルドとは、なるべく良い関係を築いて置いておきたい。

 彼らに護衛してもらうことはこれからもあるだろううからだ。


「では、半分の2000グリダと成功報酬の500グリダとなります」


 フェリスは腰元の袋から硬貨を25枚取り出して、それを渡した。


「確かに受け取りました」


 受付は紙にサインをするとそれがちょうど2つに分かれるように紙を切ると一方をフェリスにもう一方を机にしまった。


「またのご利用をお待ちしています」


 受付の言葉を受けギルドの外に出ると、フェリスはブラン商会が持つ商館に向かって歩を進めた。


「フェリス、つけられているぞ」


 ギオニスが、上半身をかがめると、フェリスに耳打ちした。

 驚き止まろうとしたフェリスの肩を押すと、このまま歩き続けるように促した。


「人数は3人ね。

 あまり強くないわね」

「まぁ、ここまでバレバレの尾行なんだ。

 実力もそんなもんだろ」


 リリアとギオニスはそう言ったが、フェリスには全然それに気づかなかった。



「ど、どうしましょう」

「そりゃ、人気のないところに行ってしっかり叩きのめすぞ」

「まぁ、妥当なところね」


 ギオニスとリリアの話は物騒でならないが、恐らくフェリスの所持金を狙った冒険者崩れだ。

 戦えるものなら、戦いたいが、流石にフェリスは自分では勝てないと思った。


「ギオニス様とリリア様がそれでいいなら。

 止めはしませんわ」


 とは言え、ギオニスとリリアならば余裕だろう。

 フェリスは乗り気ではなかったが、2人の意気を見て合わせることにした。


「じゃあ、近場の裏道にでも入るか」


 それならばと、フェリスは道の先にある横道を示した。

 ギオニスもリリアも軽く頷いてそれに同意した。

 尾行しているものに気づかれないように、いつも通りを装いながらフェリスは裏道に入っていく。


 フェリスが裏道に数歩ほど歩いた瞬間、足元に黒い影が走った。

 どうやら、例の尾行者が姿を表したようだ。

 フェリスは静かに振り向いた。


 リリアの言った通り、3人の男が表通りの道を塞ぐように立っていたい。

 見た目で近接系だと分かる屈強な男が3人。揃いも揃って馬鹿そうである。


「ギオニス様、リリア様、彼らですね?」


 わざわざ確かめるほどでもない様相だが、不思議とギオニスとリリアは声をかけなかった。


「あ、あれ? ギオニス様? リリア様?」


 返事がなく、周りを見回したが、フェリスの周りには、そのどちらの姿もなかった。

 ついさっきまで横に並んでいたはずの2人が、忽然と姿を消していた。


「護衛の2人なら、この道を入る前にどこかに行ったぜ」


 男の言葉に、フェリスはようやくギオニスの言葉の真意が分かった。

 人気のないところに行ってしっかり叩きのめすというのは、ギオニスではなくて、フェリス自身がやるべきこととして言ったようだ。

 いくらなんでも、モンスターとヒトとの戦い方は勝手が違う。

 ふと気づくと、男たちの更に後ろで、ギオニスとリリアが並んでこちらを見ていた。

 さっきまで警戒していたハクまでもしっかりと小脇に抱えられている。


「ギオニス様! リリア様!」


 フェリスの顔がパッと明るくなった。それを見て、フェリスを襲おうとした男たちはが表通りに視線をやった。

 男たちが視線の先には、ギオニスの姿もリリアの姿もなかった。

 暗い裏通りから見る表通りは明るく、そこを歩く人々は暗い裏通りなど一瞥もせずに通り過ぎている。


「てめぇ、誰もいねぇじゃねぇか」

「俺らを騙して逃げる気か?」


 男たちは一斉にフェリスに視線を戻す。

 その瞬間、裏通りの入り口にはいつの間にかギオニスとリリアが戻ってきていた。

 隙きを見て奇襲するつもりなど彼らにはない。

 あれは、ただ観戦しているだけだ。


「ほら、さっさと、その懐のものを出せよ!」


 フェリスがもたついていると、男の1人が早くしろよと怒鳴る。

 その怒声を聞いて、フェリスは思わず身をすくめてしまった。


 ギオニスとリリアと共にモンスターと戦ってきたが、ヒトと対峙するにはまだ慣れない。

 特に怒声や恫喝だ。

 自分よりも体格が勝る男性がそれをするのだから、尚更だ。


 フェリスもおかしな話だと思っている。

 命をかけて戦うよりも、怒鳴られる方が怖いというのだから。

 竦んでまごついているフェリスに男たちは更に怒声や罵倒を浴びせかける。

 フェリスは震える手で懐から小さな白い袋を取り出すと、それを男たちに見せた。

 金が入った小さな袋、動きに合わせて袋の中から金属の触れ合う音がした。

 その袋を見た瞬間、男たちの口が大きく横に広がった。

 欲にまみれた醜い笑顔。フェリスはそれをみて思わず目を反らしたくなった。


「やめるんだ!」


 男たちがフェリスから袋をひったくろうと手を伸ばした瞬間、張りのある明朗な男性の声が、彼らを制した。

 聞き覚えのない声が、表通りから聞こえ、そこにいる全員が表通りの方を見た。

 声の主は、ギオニスとリリアの間を「失礼」と通り過ぎ、フェリスに向かっていった。

 ざっざっ、と力強く足を踏みしめ来た彼は、18歳くらいだろうか、フェリスよりも年上に見えた。

 黒く短く切りそろえられた髪に端正な顔つき。

 貴族の服に似た、紺色の不思議な服を着ていた。


 彼を取り巻く不思議な魔力は、その場の空気をすべて持っていってしまった。


「少女が困っているじゃないか!

 君、大丈夫か!?」


 彼は男たちの間に割って入ってならず者の3人を睨みつけた。


「僕の名前は――」


 その黒髪の男が名乗ろうとした瞬間、ギオニスとリリアが同時に動き出すとその男のすぐそばに現れた。


「――邪魔だ!」

「――邪魔よ!」


 ほぼ同時に鈍い音と黒髪の男の「ぐぅぇ」という声が聞こえ、今まで場を支配していたような彼は地面にぐったりと倒れていた。


「いや、すまない。

 気にしないでくれ」

「ごゆっくりどうぞ」


 ギオニスは倒れた男を邪魔にならないように端に寄せると、リリアと共にまた表通りに戻っていった。

 フェリスを含め、その場の全員が呆然とギオニスとリリアを見た。

 まるで、見なかったことにしてくれと言わんばかりに、自然に戻っていった彼ら。


「何なんだよ、てめぇらは!」


 男の1人が叫び声を上げた。

 とってかかろうとした瞬間、仲間の1人がそれを止めた。彼は倒れている黒髪を見ながら小さな声で怒り心頭の仲間を宥める。


「おい、この黒髪はあいつじゃないか?

 面倒にならんうちに行こうぜ」

「くそっ、お前ら行くぞ!」


 怒っていた男もその黒髪を見ると状況を理解したらしくフェリスから視線をそらすと表通りの方に歩いていった。

 途中、ギオニスとリリアの間を通り過ぎる時、わざとらしく舌打ちをして去っていった。


 男たちが完全にいなくなったのが分かると、フェリスの緊張が一気に抜けた。


「お、終わったのですわね」


 安堵したフェリスの顔を見てギオニスとリリアは少し困った顔をした。



>> 第022話 脱ぎたくても脱げないの

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