第020話 馬車から降りろ
ギオニスたちを乗せた馬車はステップを降りて、平原を走った。
わざわざ、空中ではなくて地面を走るのはフェリスの提案だった。
葬鳥との戦いの中で、フェリスは上空から遠目に絶対防衛都市アルダカーラが誇る聖槌の塔の影をみた。
アルダカーラまでは、後数日はかかると思っていたがいつの間にか目前まで来ていた。
絶対防衛都市というだけあり、そこは国の防衛の一角を担う要塞だ。また、同時に交易が盛んで巨大な街であった。
そこに何の変哲もない馬車が、空を駆けて街に降り立つなど目立つこと極まりない。
まして、アルダカーラは、そういった脅威には敏感だ。
「ここからしばらくは目立つことはやめたほうが良いですわ」
「まぁ、俺たちも外の人間と揉めるのは得策じゃないしな」
フェリスの試算であと半日ほどでつくと言うことなので、今度は座学をメインで教えることにした。
1時間ほどの単位でギオニスとリリアが馬を交代で操り、フェリスに基礎を教えていく。
「さて、近接格闘だが、教えより実践で学ぶことのほうが多い。
だが、知識が全く必要ないというわけじゃない」
今はギオニスの番だ。
「わたくし、近接格闘は苦手ですわ」
「まぁ、これに関しては確かに得意不得意が顕れやすいかもしれないな」
視線が混じり合う距離というのは単純に度胸がいる。
形がどうであれ、慣れは幾許か必要になる。
「近接格闘と言っても何も殴り合うだけじゃない。
オークでは、近接格闘の要員を更に、守備を重視するガーディアン、攻撃を重視するバルバリアンに分けている」
「まだ、ガーディアンの方が、わたくしには向きそうですわ」
「うむ。
これは体型よりも性格が出るからな」
ギオニスは、フェリスに近接格闘の種類を系統建てて説明し始めた。
近接格闘における主タイプは2つに分かれる。
フェリスにも説明した通り、攻撃を主とするバルバリアン。守備を主とするガーディアンに分かれ、そこからさらにそれぞ2つに分かれる。
バルバリアンには破壊を重視するタイプと、制圧を重視するタイプ。
ガーディアンは防御を重視するタイプと回避を重視するタイプとなる。
「どのタイプが一番強いというのはなくて、それぞれが一長一短だ」
「ちなみに、ギオニス様どのタイプなのです?」
「ん? 俺か?
俺は破壊型のバルバリアンだ」
それを聞いてフェリスは「あぁ、やっぱり」という顔をした。
ギオニス曰くもっとも破壊力を重視したタイプらしい。
「ちなみに、制圧型のバルバリアンと回避型のガーディアンは技を重視する系統だな」
言葉よりも見せたほうが早いなとフェリスの額に人差し指を置いた。
「フェリス、立ち上がってもらえるか?」
フェリスが立ち上がろうとするが、額を抑えられているせいでうまく立ち上がれないでいた。
肩や頭を押さえつけられているから動けないのではない。
ただ、額を指で押されているだけだ。
なのに、立ち上がれない。
「えーっと、魔法……ではないですわよね」
「まぁな。身体の構造上の欠点をついた技だ。
他にも色々あるが、制圧型のバルバリアンはこんなことができる」
ギオニスはフェリスの額から指を離した。
縛られていたわけでもないのに、開放された気がした。
「ちなみに、破壊型には今みたいなのはないんですの?」
「んー、単純に立ち上がらせないだけでいいなら、俺なら相手の両足を折るかな」
ギオニスは「まぁ、これも一種の身体の欠点をついた技だな」と笑った。
冗談とも言えない言葉にフェリスは愛想笑いをかえすしかなかった。
他、ギオニスからは戦闘時の癖を指摘された。
戦闘中に驚異を感じたら、フェリスはまず目視を行っていた。
飛んできた毒液、襲ってきた牙。
突発狂乱の時はそれらを一々目視して避けていた。
ギオニスは、わざわざそれを見ずに避けるように言った。
見ることは隙きだ。一線級と戦うなら全て感覚で処理しろと言った。
続いてリリアが魔法に関することをフェリスに教えた。
なぜ、詠唱が必要なのか、言霊に乗せるとはどういう意味なのか。
魔法陣の作り方と正しい理解。
リリアは小さな魔法を作り出し、細かく具体的に説明していく。
「魔法構成が雑だと魔法を魔力に戻せるのよね」
ギオニスもリリアも、フェリスが今まで教えられてこなかったあらゆる知識を有していた。
特に、フェリスを驚愕させたのは、飛空戦闘についてだった。
空中戦闘自体は、概念として存在しておりそれを想定した戦いがフェリスたちにもなくはなかった。
が、それは、浮遊魔法による空中での戦闘あり、それ自身は地上での戦闘を空へと移しただけの戦術体系であった。
リリアの話した飛空戦闘の話はそれと一線を画していた。
完全に空を飛ぶものの戦闘技術だった。
「空での戦いに置いて、地上ではありえない上下からの攻撃が想定されるわ。
陣形に戦術。あらゆる思考が地上戦とは違うわ」
攻撃魔法の起動から防御魔法の範囲指定まで。ここまで識っている知識とかけ離れていることに、改めて愕然とした。
「さて、ここまで一気に説明したけれど、理解できたかしら?」
「は、半分までは……」
専門的に深くなり始めると、フェリスは途端についていけなくなった。
いやこれは研究者でも難しいんじゃないだろうかと頭を悩ませた。
「おぉい、2人とも。
街はあれじゃないか?」
御者台に座っているギオニスの声に二人は荷台から顔を出した。
「あれですわ」
「ほぅ、なかなか」
彼らの視線の先、そこには巨大な城壁がそびえ立っていた。
絶対防衛都市アルダカーラ。
都市一つ分を城壁で囲んだ巨大な防衛都市。
いくつもの空堀があり、容易に侵入出来ないよう堀をまたぐ門は数か所しかない。
見晴らしのいい丘を陣取るように建てられたアルダカーラの中心には、聖槌の塔と呼ばれる巨大な塔が物見櫓の役目を果たしていた。
過去何度かの争いで不可侵を守ってきたアルダカーラ。
現在の魔王軍との戦いでもその鉄壁は健在だった。
馬車を進めていくと最初の城門に長い列が伸びていた。
旅人や商人はここで検問を受けるようだった。
「あの列に並ぶのか?」
ギオニスが嫌そうにその長蛇の列を見た。
一人一人に対して兵士が何らかの対応をしているのが見える。
お陰で、その長い列は遅々として進まない。
「いえ、馬車用の門がありますので、そこで検問を受けますわ」
馬車を操るのをギオニスからフェリスに変わり、馬車が並ぶ別の城門へと馬を進めた。
そこは先程よりも長蛇とは行かなかったが、それでもパッとまただけで数が数えられないほど多くの馬車が並んでいた。
「どのみち、掛かりそうだな」
ギオニスはそれを見て天を仰いだ。
フェリスからすればまだ空いている方に感じた。
これだけの列なら夕暮れ前には入れるだろうと予想した。
ただ、待つだけの時間が数時間流れた。
ギオニスとリリアは荷台でその無為な時間を過ごした。
フェリスの予想通り、日が傾き始めたところで、ようやくフェリスたちの番になった。
「身分証と積荷の確認だ」
仏頂面で詰め寄ってきた兵士に、フェリスは何やら小さいカードのようなものを見せた。
「ふむ。
ブラン商会の者か。
おい! そこの2人! 早く身分証を見せろ!」
その兵士の言葉にギオニスとリリアは困ったように視線をフェリスに向けた。
身分証と言われても見せられるものはない。
「いや、俺達は――」
「次は積み荷の確認でなくって?」
フェリスがギオニスの言葉に割って入り、その兵士の手を握った。
「ん? ……あぁ」
兵士は握られた手の違和感に気づき、視線をやると瞬時にそれが何かを悟った。
フェリスはただ手を握っただけではなかった。そこには手のひらサイズのちいさな白い袋があった。
その中身が入った小袋を兵士は中身をほぐすように揉むと、すぐにそれをズボンのポケットにしまった。
「お前たち、馬車から降りろ」
積み荷と言っても、この馬車にはギオニスとリリアしかおらず、積荷など一切なかった。
フェリスはギオニスとリリアに従いましょうと小さく囁いた。
3人が馬車から降りると、兵士は「集合」と大きく声を上げた。
門番の声に8人ほどの他の兵士が集まってきた。
「今から馬車の積み荷の確認を行う」
兵士の声に「はっ」と部下と思われる兵士が声を上げると、フェリスの荷馬車へ入っていった。
「身分証を持たないような不審者が隠れているかもしれないからな。
念入りに探せよ!」
兵士がわざとらしく部下に発破をかける。
「いたら大事だからな」
「まったくですわ」
兵士がわざとらしく笑ったので、フェリスは微笑み返した。
馬車の中をいくら探してもギオニスたちのような身分証を持たない不審者は見つかるはずもなかった。
なにせ、ギオニスたちは馬車の外にいる。
不審者を外に出して不審者を探す。
意味がなさそうだが、検問の門衛としては一応仕事をした実績になる。
(賄賂か……)
フェリスが門衛に渡した小さな白い袋。
それを渡してから兵士の態度が一気に柔和した。
「報告!」
兵士の言葉に馬車の中に入っていた兵士がすぐに外に出て一直線に並ぶと、中の状況を話した。
「ふむ、では、異常なしなしだな。
フェリス・シルウェストリス・カトゥス及びその一行は入ってよし」
「検問ご苦労様ですわ。
では、行きましょうか」
フェリスに促されるようにギオニスたちは馬車に戻ると、城門をくぐり街の中に足を踏み入れた。
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