第002話 私たち……はめられたの……
水場につくと死体から剥ぎ取った服をリリアに渡すとギオニスは血と汗を流すために、水に身体をつけた。
「なぜエルフは俺たちを襲った?」
「それは、私のセリフよ!」
死者の衣は抵抗感があったようだが、裸よりもマシと彼女はその服を身にまとった。
「どういうことだ?」
「お前達が、突然私の国を襲ったのよ!
力が弱い者たちは無残に殺され、残った私たちはお前たちに刃を向けたのよ!」
「先に仕掛けたのはお前たちだろう!」
「違う、私達じゃない!」
ギオニスは、頭を冷やすために水の中に潜った。
復讐で頭が一杯だったが、冷静に思い出すと不自然なところが多かった。
攻め入ったときにはエルフたちもすでに怪我をしていたし、何より数が少なかった。
誰かがエルフを騙った?
彼女はオークが襲ったという。
だが、先に襲われたのは俺たちだ。あの高い魔力はまぎれもなくハイエルフしかあり得ない。
そして、この森のハイエルフといえば、彼女たちしかいない。
「俺たちの村に突然お前たちエルフが襲ってきたんだ。
子供たちや女たちが殺されたのは俺たちのほうだ」
「違う! それは私たちの方よ!」
ここで、違うと否定しても堂々巡りだ。
なら、どういうことだ。
彼女が嘘をついているということか。
いや、そうじゃない。
攻め入ったときに、彼女たちはすでに殺気立っていた。
リリアも同じように考えているらしく、2人の間で沈黙が続いた。
「もしや、私たちは……はめられたの……?」
最初に口を開いたのはエルフであるリリアのほうだった。
ギオニスも同じことを考えていた。
「――かもなっ」
頭の中の整理がついて勢い良く立ち上がった。
頭から流れ落ちる水が身体を流れ落ちる。
「って、おい!
誰だお前はぁ!」
その声は怒りではなく驚きの声。
髪に滴る水を拭ってリリアの方を見たが、どう見ても自分を指差している。
「何だよ。何が言いたいんだ?」
「オークがそんなに格好良くないでしょ!」
「格好いい……? あぁ、なるほど」
ギオニスは水面に映った自分の顔を見て、リリアの反応をようやく理解した。
「オークといったらあの醜悪な顔でしょ!
なのに、お、お前は……か、格好いいだと!?
幻術ね! 幻術なのね?
私たちエルフを騙すほどの幻術をどこで覚えたの!!」
リリアはギオニスを見て慌てふためいていた。
水から出てきたその男はオークと言って想像するそれとはかけ離れていた。端正な顔つきに、僅かに香る中性性。通った鼻筋に大きな目、肌は美しく、彼が本当にオークか疑ってしまうほどだ。
「落ち着け。
元に戻っただけだ」
「も、もとに? あたなはオークじゃないの!?」
「オークだって言ってんだろ」
「オークが、そんなに私好みの顔をしているはずはないでしょ!」
顔を真っ赤にして言ってくれる。
聞いてるこっちが恥ずかしくなる。
「逆だ、逆。
あれは戦闘態勢に入った時の姿だ。
まぁ、他種族と会う時の正装にもなってるから、そんなイメージになったのかもな」
「そ、そうなの? オークといえばあの醜悪な顔しか知らなかったわ」
「お前、あまり言うと怒るぞ?
あの顔は俺達の中では戦闘態勢の顔。
立派に誇るべに神聖な容姿だ」
正装としてしているのもオーク族の中ではその姿が神聖な姿であるからに他ならない。
「そうなのか。それは悪いこと言ったわね」
リリアは、素直にギオニスに謝った。
種族間の価値観の違いはよくあることだ。
だが、どんなに違っても相手が神聖だと思っていることには非難しないことが種族を超えて話す時の鉄則である。
たとえ、オークの戦闘態勢の顔が醜悪だったとしても、それを誇っているなら貶してはならない。
リリアはそれがわかっているからこそ謝罪を行った。
「いいさ。この姿が見慣れないことは知っているからな。
それよりもだ」
「えぇ」
ギオニスの言葉にリリアは真面目な顔をして頷いた。
今、やるべきことは冷静に私情を挟まず、あの時起こったことを知ることだ。
「もう一度聞かせてくれ、襲ったのがオークと言ったな?」
「えぇ。私も見たわ。
間違いなくオーク族よ」
「俺の村を襲ったのは間違いなくハイエルフだったぞ」
「待って。今日は樹霊祭の日よ。
私たちエルフが、迂闊に外なんて行くはずがないわ」
「今日はエルフの樹霊祭か……」
ここでは大森林の管理者ともいえる樹精ドライアドに感謝し、魔力を捧げることを樹霊祭という。
それは、エルフ族だけでなくこの大森林に住む種族全てがやっている。
もちろんオーク族もだ。
ただ、いつやるかは種族によって違う。
十数年に一度の種族もいれば、年に数度行う種族もいる。
そして、その中で、エルフ族は百年に一度と群を抜いて少ない。だが、一度に捧げる魔力が最も多い。
その代わり、彼らはその日一日が無防備になる。
その日を狙われたのならいくらハイエルフといえども、負けるかもしれない。
「お前たちはどうなんだ?
あのオークがなぜ、そんなに容易く負けたんだ?」
「俺たちは、戦闘態勢に入らなきゃ並ぐらいの力しかないんだよ。
だから、不意打ちに弱いんだ」
一度戦闘態勢に入れば、その肉体は魔法も弾く強靭な身体となる。
「おいおいおい?
なんで、エルフの生き残りがいるんだぁ?」
聞いたこともない声が2人の耳に飛び込んできた。
>> 第003話 戦闘態勢