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第019話 及第点を上げるわ

 ギオニスが珍しく戦闘で困っていた。

 リリアの言う通り、ステップは続いているのだが、今その先には黒い塊が蠢いていた。


 空中を住処にする鳥のモンスター。

 大森林でも何度か見かけたことがあるが、このモンスターはそれよりもはるか上空にいた。


「さて、どうするかな」


 ステップがあまり丈夫でないので、このままじっとしているわけにはいかない。

 かと言って、このまま無策で突っ込むのも戸惑ってしまう。


 自分のみだけならば、恐らく何とかなるだろうとギオニスは踏んでいた。

 だが、今は馬を引いている。


 いくら強化したからと言って、所詮は魔法適性の少ない生き物。

 パニクってステップからはずれれば、それこそ落下して死ぬ。


 馬を怖がらせないように、かつ、相手を倒す。


 かなりの難題だ。


 恐らくリリアならそれが可能だが、と振り返ったが、彼女たちの姿は見えなかった。

 これは単純に、相性の問題である。


 中距離を剣と魔法で制するリリアは恐らく、馬車に敵を近づける事なく撃破できるだろう。

 対して、ギオニスはまさに敵と触れ合うような超近距離。クロスレンジを得意としていた。


「やるしかないか……」


 最悪、馬車を抱えて飛び降りるくらいの覚悟はした方がいいなとギオニスは思った。

 ステップが壊れそうになったので、馬を進め、その黒い塊に近づいていく。


 ドラフ平原には

 極楽鳥の中で宵闇を好む葬鳥と呼ばれるものがいる。

 彼らは闇を好み、光を浴びるように、宵闇を浴び、その身に闇を宿す。

 光を嫌う葬鳥は、昼になると上空に集団で集まり、光から身を隠す。

 外側の葬鳥は光を嫌がり中に、あふれだしたものは中へとうごめく球のように見えることから黒鳥球と呼ばれるそれは、鳥たちは光を呪う鳴き声と共に、空を移動している。


 耳を塞ぎたくなる鳴き声と空にポッカリと穴が空いたような黒の塊ができる黒鳥球は不吉の象徴とされている。


 ギオニスが馬車を引き、それに近づいていく。


 黒鳥球はそのままそこにいるだけなら大して害がない。

 が、これに近づくものがいたなら、黒鳥球はその動きを一変させる。


 黒鳥球は葬鳥の群れが光から身を守る行動である。

 それに近づくものは、黒鳥球を壊そうとするものと認識され、すべての葬鳥が襲い始める。

 痛みに耐え、そして、餓えに耐えている彼らは、獰猛に狂ったその嘴や鉤爪を容赦なく突き立てる。

 一度、黒鳥球に取り込まれると、光から遮られたそこは昼間であろうとも真の闇となり、前後不覚のまま、全方位から襲われ、食い千切られる。

 運悪く近くを通った鳥は、その瞬間、一片の肉片も残さず喰い荒らされる。


 が、大森林にいたギオニスはそのことを知りもしなかった。


 馬を進め近寄った瞬間、大きな黒い塊はうねりながらその姿を変え、ギオニスの方を向いた。


「むっ?」


 形状が変化してこちらを向いたことから、ギオニスもそれが普通でないことを察した。

 とは言え、ステップも強度もある進むしかない。

 身体強化に含め、いくつかの強化を施す。


 本当なら、戦闘態勢に入り、雄叫びで威嚇。硬直している集団に飛び込んで蹂躙といきたいところっだが、馬とステップの関係上、普段の戦いか難しい。

 1羽ずつ叩き落とすという正攻法でいくしかない。


 その瞬間、黒鳥球が一斉にギオニスに向かって襲いかかった。

 ギオニスは手綱を離すと、馬に飛び乗り、真っ先に突っ込んできた葬鳥を叩き落とした。


 普段なら襲われるだけの獲物が、無謀にも歯向かってきた。

 葬鳥からしたらそんな認識だったが、それがすぐに改められた。


 何度、仲間が突撃しても、すべて一瞬のうちに叩き落とされる。

 普段なら数の利に負け、徐々に黒鳥球に取り込まれるはずの獲物。

 それが、まだ黒鳥球の縁にさえいない。


 いつもの獲物と違う。

 葬鳥もそれに気づき、黒鳥球はギオニスを馬車ごと包むように大きく広がった。

 ギオニスの攻撃範囲は手足が伸ばせる範囲、苦手な遠当てを使ったとして、馬車の範囲まで。

 遠巻きに動かれては対処ができない。

 ましてや、馬と共にステップの上だ。


 ギオニスの周りだけ、徐々に暗くなっていく。

 太陽が陰ったわけではない。

 葬鳥により、光が遮られていく。

 不思議なことに、光だけでなく、音も風も遮られていく。

 少しの息苦しさがギオニスにのしかかる。

 さすがのギオニスも、まずいと感じ始めた。


「仕方がないか……」


 ギオニスが大きく息を吸った。

 馬には悪いが、戦闘態勢に入らざるを得ない。


「戦闘たぃ――」


 ギオニスの身体がまさに変化しようとした瞬間、風を切り裂く高い音ともに闇が晴れた。


「せぃって――な、なんだ!?」


 あまりの出来事にギオニスは驚いた声を上げてた。


「あら、困ってそうじゃない」


 嬉しそうなリリアの声が聞こえた。

 黒鳥球の更に上に、ステップに立っているリリアとフェリスの姿があった。

 葬鳥に囲まれてから、完全に周りの気配が感じられなくなっていたようだ。


「ギオニス、あなたの足場はしっかりと固めておいたわ」

「助かる」

「さて、フェリス。

 道中に言ったことは覚えている?」

「はい」

「あなたがやるのよ」


 フェリスはゴクリとつばを飲み込んだ。

 ギオニスと違い、フェリスは葬鳥を知っていた。

 葬鳥は本来、雲さえも眼下に見下ろすはるか上空にいる鳥だ。

 今回のように、ここまで下に降りることは珍しく、なにか不吉なことの前触れではないかと言われている。

 過去、何度か、この黒鳥球を排除しようと試みたことがあったが、そのいずれも失敗に終わった。


 それが今、目の前にいる。

 何度見ても間違いない。


「武器はこれを使いなさい」


 リリアは昨日突発狂乱スタンビートて使っていた木の剣を渡した。

 見た目は頼りないが、フェリスにとっては、死線をともにした剣である。

 

「さぁ、いきなさい!」


 リリアの声と共に、フェリスはステップを踏みしめて黒鳥球に突っ込んでいった。

 葬鳥は、突如襲った突風と侵略してきたギオニスに混乱していたが、一直線に向かってきたフェリスを一番の敵と認識したようだった。


 フェリスが、剣を横に薙ぎながら、黒鳥球を突き抜けた。

 続きステップを出して勢いを殺すと、両足を踏みしめ先ほどと同じ勢いで折り返した。

 リリアと共に覚えたステップを利用した高速移動。


 フェリスが折り返すたび、葬鳥はその羽根をもがれ、地面へと落ちていく。

 固まっていては狙われると判断したのか、黒鳥球が薄く平べったくなり、大きいな面となった。


「フェリス、気をつけろよ。

 あれに覆われると、感覚が鈍る」


 フェリスを取り囲むように、葬鳥が薄く広がった。

 ギオニスの言うとおり、葬鳥の壁ができると、その先の気配が一切なくなった。

 その先が何もないような黒い闇の壁。

 黒鳥球が広がることで、的が絞れなくなってきた。

 ある程度の仲間の犠牲を覚悟で、囲い込まれたらフェリスにも苦しい戦いになるだろう。


 が、そんな状況を見てリリアは勝ったわねと笑った。

 

「的が広がったわ。狙いどころよ」

「はい」


 いつの間にかフェリスの足元に淡く緑色に光る紐があった。

 それは、ステップから縒り出ており、まだ空中に残っていたいくつかのステップとつながっていた。


豪風怒涛テンペ・ズマ!」


 フェリスの声に反応した淡く光った緑の線が、形を変えステップと共に巨大な魔法陣を描き出した。

 突如、それが豪風を呼び起こし、葬鳥を散り散りに飛ばした。


 フェリスが使ったのはリリアから教えてもらった一番弱い広範囲魔法。

 その言葉と威力にフェリスは自嘲気味に笑った。

 彼女の知っている広範囲魔法は、範囲魔法であるだけで中位の魔法に位置する。

 地形を変化させるほどの威力なら十分高位の魔法になる。

 そして、これはそれを満たすだけの威力がある。


 間違いなく上級、それも最上位に入る魔法だ。


 その上で、リリアは「一番弱い広範囲魔法だから、魔法初心者にはちょうどいい」と言った。


 フェリスは改めてギオニスとリリアの異常性を実感した。

 ブラン商会の件は残念ではあったが、それを計りにかけてもなお、手放してもいいと思う出会いだった。


 王立魔術院直属の魔法使いであっても驚くような範囲魔法に、葬鳥は風に打たれて散り散りになっていく。

 が、普段から風を掴んでいる葬鳥には、耐性があったのかダメージが低いようで散り散りになるだけで、その数を大きく減らすものではなかった。


 葬鳥は個体自体は特に強くないが、黒鳥球を形成する集団は、なぜか、個体のステータスも上がり、途端に厄介になる。


 豪風怒涛テンペ・ズマで倒せなくなるとちょっとマズい。

 剣を握りしめて広がった黒鳥球を睨みつけた瞬間、リリアがポンっとフェリスの肩に手を置いた。


「一応、及第点を上げるわ」


 その瞬間、空を舞っていたすべての葬鳥に氷の刃が突き刺さった。

 突き刺さった氷の刃は一瞬にして葬鳥を凍らせ、雨のように地面へと落ちていった。


「教えたのが、少し弱すぎたわね。

 今度、広範囲の殲滅魔法を教えてあげるわ」

「あ、ありがとうこざいますわ」


 冷たく笑うリリアを見て、フェリスは何とかその言葉を絞り出した。 

 絶死の乙女と言われたそれは何も冗談めいたものではなかった。

 氷の刃が突き刺さった葬鳥は、氷漬けとなり、地面に落ち、そして、砕けた。

 その刃に貫かれたものの絶対なる死への道。

 それが、死と同義と言われた大森林の氷結の属性。


 その威力に、フェリスはドキリと心臓を握られたような恐ろしさを感じた。



>> 第020話 馬車から降りろ

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