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第018話 さぁ、ギオニスに追いつくわよ

 フェリスの目の前に風が叫び声のように音を上げながら吹き上げ、時折、目の前に雲が通り過ぎる。


「フェリス、気分はどう?」


 遥か上からリリアが一直線にフェリスの目の前に降りてきた。


「気分も何も……」

「さぁ、魔法陣を作って飛ぶわよ。

 あまりにも遅かったら地面にぶつかってしんじゃうわ」


 リリアはまるで、散歩をしているように朗らかに笑っている。


「あっ、言い忘れていたけど、身体強化はしてね。

 じゃないと、衝撃で身体を壊しちゃうわ」


 身体強化。それに、ステップの作成。

 残された猶予はあまりない。


 急いで、身体強化を行い、足元にステップを作る。

 身体強化までは何とかうまく行くが、ステップがうまく作れない。

 何度足元に作っても、フェリスが触れるたびにまるで薄氷のように砕けていく。

 もう少し丈夫にと魔法陣を作ろうとした瞬間、突如足元に蒼い魔法陣が浮かび上がり、フェリスの体を上にち上げた。


「きゃあ」


 突然の身体が跳ね、フェリスは短い悲鳴を上げる。


「フェリス、今の魔法陣は硬すぎるわ。

 もっと壊れやすいのにしなさい」


 今の魔法陣はどうやらリリアが作ったようだ。

 割れた魔法陣の破片が氷の粒のように空にきらめく。


 跳ね上がった勢いが弱まるちょうどそのタイミングで足元に魔法陣ができる。

 まるで、玄関の小さな階段を上るように、足を上げると魔法陣はそれを優しく包み、フェリスを更に上へと跳ね上がる。


「この感覚よ。さぁ、作ってみて」

「つ、作ってって言われましても……」


 この大空を身一つでいる非常識にフェリスの心臓はバクバクと大きな音を立てている。

 とてもじゃないが、平静ではいられない。


「じゃないと、落ちるわよ?」


 だが、リリアだ。

 飛び上がる威力が弱まったが、次のステップは現れなかった。

 フェリスの身体はまた、真っ逆さまに落ちていった。


 昨日の突発狂乱スタンビートで、彼女の無茶は体感済みだ。

 やるしかない。


 フェリスは何度も足元に魔法陣を作る。が、足を踏み込むたびに、それは壊れていく。

 危なくなったら、またリリアがステップを作り、そのたびにフェリスの身体は空中高く浮かび上がる。


 落下のスピードが上がれば上がるほど、魔法陣の調整はシビアになる。

 何度、空に打ち上げられたかわからない。


 朝焼けだった空はいつの間にか昼間の太陽になっていた。

 これだけ空を激しく上下していたら、空の高さにも慣れてしまう。


「フェリス、そろそろ、できないかしら?

 ギオニスはだいぶんと遠くまでいってしまったわ」

「そ、そうは言いましても」


 慣れたからと言って、ステップがうまく作れるわけではない。

 落下の初めに身体がふわりと浮く感覚にまだ慣れない。


 だが、数回に1回はうまく作れるようになってきた。

 足元のステップを踏みつけ、遥か上にいるリリアを何とか追いかける。

 上るだけなら、それほど難しくない。

 難しいのは落下の衝撃を和らげながら、飛び上がることだ。

 ステップの強度、衝撃緩和、諸々の調整に神経を使う。


「そろそろ、新しいことを覚えましょうか?」


 リリアはステップの上に立ってフェリスを待っていた。

 ステップは強度を上げれば、このように完全な空中に足場を作ることができる。


 はるか上空に、1人立つ程度の足場。ゾッとするような光景だがリリアにとってはこれが日常だ。


「できれば、勘弁してほしいですわ。

 今でさえ、やっとですの」

「やっとでも、できるならすぐに慣れるわよ。

 新しいって言っても、基本は同じよ。

 ステップを作ってそれで移動する」


 空中移動はそれが基本なのだろう。


「今はステップが上向きよね、それを横に向けるの」

「それって、水平に飛ばされるってことですの?」

「そうよ、イメージとしては、空中を走る足場のような感じね。

 まずはそれね。それができたら色々な移動を教えてあげるわ」


 リリアがまずはお手本を見せるわというと、ステップを横向きに作り出し、それに足を掛けた。

 片足でステップを蹴ると、リリアの身体が矢のように風を斬り裂いて進んだ。

 その直後、また新たなステップがリリアの足元にでき、そこに足を掛けた。

 あっという間に、氷の礫を残して遥か彼方に走り抜けていったリリアは遠くの方でステップに乗るとこちらを向いて手を振った。


 やれ。という意味なのだろう。

 強度調整がうまく行かず、ひび割れたステップに乗りながらフェリスはゴクリとつばを飲んだ。

 リリアの訓練はギオニスと違って、まずはやらされる。

 そして、それはほぼ強制だ。 


「あれが……手本なのですよね」


 早すぎて何の参考にもならなかったが、やるしかない。

 ステップを横に作り、覚悟を決めてそこに足を載せる。


「ひっ」


 突然、突風が吹いたように感じた。

 思わず目をつぶろうとしたが、それがどれだけ危険なのか、朝からリリアに打ち上げられ続けて、学んでいる。

 が、顔に当たる風が恐怖感を増やし、両目を力強く瞑らせてしまう。


「目を開きなさい、

 この大空は何も遮るものはないわ」


 地上のようにぶつかるものはない。

 だが、怖い。

 雲を眼下に身一つで動き回る恐怖。


「風の中にいる限り、この空はあなたの味方よ」


 必死で目を開けて自分を確認する。

 その瞬間、暖かな風が周りを包んだ。  風が吹いたのではない、風の中を進んだのだ。

 自分の左右に風が別れ、まるで送り出すようにそよいでいく。

 髪や服が風に吹かれなびくのを感じた。


 風が傍にいる。

 それを実感した瞬間、一気に視界が広がった。

 太陽に照らされて、肌を通り過ぎる汗、火照った首筋に風が涼しく当たる。


 足元にステップを作って、更に駆け抜ける。


 冷たい風が心地よく、上に広がるどこまでも高い蒼い空と下に広がるどこまで広大な大地。

 それに挟まれている。


 なぜ、これが見えなかったのだろう。

 今では空に浮かぶ雲の形まで分かる。

 風の匂いも分かる。


 いける。


 そう確信したと同時にステップを作り大きく踏み込む。

 恐怖心も何もない、ここにいてもいいという気持ちが空の中を満たす。


 飛んできたフェリスを見て、リリアも横に並んで、同じように空を駆ける。


「風を主として持つ者は本当に気持ち良さそうに飛ぶわね」


 リリアが少し羨ましそうに、それを見る。


「リリア様のお陰ですわ」


 満たされた笑顔でフェリスが返したので、照れたフェリスは思わず視線を反らした。


「まだまだ行くわよ。

さぁ、私についていらっしゃい」


 リリアが、ステップを上下に貼り、ジグザクに飛ぶ。

 フェリスはそれを真似してぎこちないが、同じように動く。


「いいわね。どんどん行くわよ」

「はい」


 曲芸のように一度戻ってまた進んだり、弧を描くように進んだり。

 リリアは様々な動きを見せる。


 フェリスは自分がまだまだ下手なのだと自覚している。

 が、今はそれさえも嬉しい。

 まだまだ、うまくなる

 まだまだ、早くなる。


 リリアの曲芸飛行に下手ながらもついていく。


「さぁ、ギオニスに追いつくわよ」


 リリアがステップを複数枚重ねてそれを強く踏み込んで今までにない速さで更に先にいった。


「こんな使い方もできるんですのね」


 少し前なら、無理だと弱音を吐くような手本だが、今はやりたいと思えるようになった。

 リリアと同じようにステップを複数重ねてそれに足をかける。


 踏み込む強さに応えるように、フェリスの身体が、風をまといリリアを追いかけた。

 轟音が今は耳に気持ちいい。

 リリアが空中に振りまく氷の破片を頬に当てながら、フェリスは空を駆け抜けた。



>> 第019話 及第点を上げるわ

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