第016話 何をするつもりなの?
リリアは契約の説明をし始めた。
「一度に契約できるのは一匹だけよ。
例外もあるけど、気にしなくていいわ。
まぁ、契約って言ってもどちらからも一方的に破棄できるわ。
貴方が契約対象として相応しくないと思われたらこの子の方から去っていくこともあるわ」
関係が主従であっても同様だ。
ただ、支配関係の場合はそれに当てはまらない。
先程リリアが話した1人1契約の例外になる関係だ。
この関係は滅多にできるものではないため、リリアはフェリスにその関係のことは話さなかった。
「後は名前ね。
これはあなたが決めていいわ」
「名前はなんでもいいのですか?」
「えぇ、まぁ、言いやすいほうがいいわよ。
普段は愛称でもいいけど、契約獣との魔法を使う時には契約時の名前を使うからね」
「この子との魔法ですか?」
「そうよ、まぁ、個体差があるから一概に強いとは言いづらいけどね」
「分かりましたわ」
フェリスはホワイトファングをじっと見つめた。
雪のよりも白く、雲よりも柔らかな毛皮。
あれだけ恐ろしかった狼の牙も今では頼もしく見える。
「シロ……あなたの名前はシロですわ。
わたくしはフェリス・シルウェストリス・カトゥスですわ。これからよろしくお願いいたします」
その言葉に、ホワイトファングは、シロは、ワンと小さく応えた。
「不思議な名前ね」
「はい。古代詠唱語で、白を意味する単語だと習いました」
「まさにピッタリの名前ね。
よろしくね、シロ」
リリアがシロの首筋を撫でると、気持ち良さそうに首を上げる。
「これからも、よろしく頼むぞ」
続いて、ギオニスが触れようとした瞬間、シロは後ろに飛び退くと低い声で唸り声を上げた。
「シロ、急にどうしましたの?」
「嫌われているわね」
リリアが触らせてもらえなくてしょんぼりしているギオニスを見てクスクスと笑った。
「あれだけの殺気を叩きつけたのよ。
諦めなさい」
「シロ、この方は大丈夫ですわよ」
成り行きとは言え、殺気をぶつけたギオニスをシロは許していなかったようだ。
ギオニスは撫でようとした手をわきわきと動かし、居心地悪そうに、手を戻した。
「さて、これからだが」
シロとの付き合いはこの先ゆっくりと修復していけばいいと、ギオニスは気持ちを切り替えると、これからのことを話し始めた。
「今日の訓練は終わりにしたほうがいいわ。
ゆっくり休みなさい」
「すみませんでした」
「謝るのは無しよ。私にも悪いところはあったわ」
「ありがとうございます」
フェリスの言葉に、リリアはくすぐったそうに小さく笑い返した。
「休む前に馬車の動かし方を教えてくれないか?」
「馬車ですか?」
「あぁ、フェリスが動けなくなったら、誰も馬車を使える人間がいなくなるからな。
覚えておいて損はないだろうと」
「もちろんですわ。
馬車は大量に持ち運べますし、移動も楽ですので、馬の扱いは覚えておいて損はないですわ」
ギオニスやリリアにとっては、荷物は収納結界に入れるし、恐らく馬車よりも走ったほうが早いので、必要に迫られているわけではなかった。
が、フェリスが倒れた時、彼女を安静にしたまま運べるならやはりこの馬車がいいのだろうと判断した。
そして、もう一つ、ギオニスは馬車でやってみたいことがあった。
そのためにも、馬の扱いを覚えてみたかった。
「リリアもやらないか?」
「せっかくだからやってみようかしら」
「分かりましたわ。
馬車を動かすだけなら比較的すぐ覚えられると思います。
この馬たちはとても賢いので」
フェリスは2人に馬車の動かし方を簡単に説明した。
ギオニスとリリアは真剣にフェリスの話を聞いていた。
あらかた話し終わると、フェリスは大きく息をついた。
「疲れているところ、すまんな」
「いえ、わたくしの方こそ、口頭だけの説明で申し訳ありません。
本当なら実際に見せたかったのですが、体力が……」
「いやいや、気にするな。
じゃあ、後は俺たちに任せてゆっくり休んでくれ」
「すみません。よろしくお願いしますわ」
リリアは収納結界から小さな瓶を取り出すとフェリスに寝る前に飲むようにそれを渡した。
馬車の荷台に乗ったフェリスに付き添うようにシロが荷台に乗り込むと、フェリスのすぐ傍に横たわった。
「だいぶ、疲れたみたいだな」
「まぁ、あれだけの生命力を転換したらね」
御者台に座り、ギオニスとリリアが話し始めた。
「一般人であの強さだ。
ヒトが神籬武装を覚えて攻め込まれたら、結構危ういな」
「まぁ、結構手痛い戦いになりそうね」
リリアたちもなにも神籬武装だけが、戦闘方法ではない。
その他にも多くの強化手段があり、特に《森の恩寵》を行使したエルフは大森林の中でも止められるものはいないほどだ。
「他のヒトには教えないほうが良さそうだな」
「そうね、彼女だけにしておきましょう」
「さてと……」
ギオニスはこれで話は終了と、馬の方を見た。
「何か良からぬことを考えていたわね」
「おっ、バレたか」
「当然。フェリスも気づいていたみたいだけど、疲れてそれどころではなかったみたいね」
「ちぇ、なんだよ」
ちょっとしたいたずら心がくすぶったのだが、周りにそれがお見通しみたいだったので、ギオニスは少し残念がった。
「まぁ、いい。
せっかく出しやってみるか。
リリア、遮音結界を張れるか?」
「できるけど、どこに張るの?」
「途中で起こすのも悪いからな。
荷台だけでいいぞ」
そう言って、ギオニスは荷台を指さした。
「それなら、衝撃緩和の結界も張っておきましょうか?」
「さすが、エルフ! 頼んだ」
ギオニスは「さてと」と呟いて御者台から降りると馬に近づいた。
「何をするつもりなの?」
「ふふん、見てろよ」
ギオニスは、体内に魔力を張り巡らせ、身体強化の魔法を使った。
これは、フェリスに教えた身体強化とは違う魔法。
ギオニスの戦闘態勢と極めて似た効果の魔法だった。
「リリア、剣先を向けてくれないか?」
リリアは不思議そうに剣を作ると、その先をギオニスに向けた。
鋭く研ぎ澄まされた氷の神剣。
ギオニスはその先に手の甲を当て、少し切り傷を作った。
「ちょっと、痛くないの?」
「はは、ちょっと痛いな」
手の甲の血を指につけると、血のついた方の手で馬に触った。
「轟け英雄の産声。響け勇敢なる雄叫び。
嘶け、血戦!」
ギオニスの言葉と共に馬の身体が大きく震えると、けたたましく前足を上げた。
「ちょっと何それ! 身体強化を魔力適性がない相手にしたの!」
「俺らオークの身体強化は特別なんだよ」
リリアは呆れた顔でギオニスを見た。
身体強化の呪文は単純なバフの魔法と質が違う。
体内深くにある魔力回廊に沿って身体を強化していく。
魔力回廊が少ない、魔法に対する適正がないものには効果が薄い。
そんな常識をギオニスがひっくり返した。
これはエルフでも驚いた。
「さすが、森の暴君ね。
そんな奥の手を残していたなんて」
これがあれば非戦闘員も戦闘員となれる。
村人全てが戦えるオークの謎が1つ理解できた。
「で、その馬を強化して、何をするつもりなの?」
その言葉にギオニスは得意げに、そして、怪しげに笑った。
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