第014話 この腐れ豚野郎!!!
「行くぞ」
「えぇ」
遠目で見ていたギオニスとリリアがフェリスが剣を捨てたのを見て助けに行こうと足を踏み出したその瞬間、フェリスの身体が黄金色の光に包まれた。
「ちょっと、あれ!」
「あいつ、マジか!」
2人は驚きの声を上げた。
「あれは、私達の神籬武装よ!
それも……」
リリアは言葉を続けなかったが、ギオニスは言いたいことを理解していた。
あのエルフたちよりも遥かに高い魔力密度で作られている。
短命種のなせる技なのか。
「本気で止めに行くわよ!」
その言葉と共にリリアの姿が一瞬で消え、砕かれた氷の破片が舞った。
移動魔法による高速移動。リリアは音を置き去り、フェリスのもとに行った。
「戦闘態勢ッ!」
ギオニスの身体がオークの身体へと変化する。
オークに戻ったギオニスは大地を強く踏みつけ、轟風とともに、フェリスの方に駆けつけた。
「フェリス!」
リリアにわずか遅れてギオニスがフェリスのもとにたどり着いた。
その場に座り込んでいるものの、どうやら、フェリスは気を失っているようだった。
そのすぐ傍で、銀色の毛皮を持った狼が、静かに座っていた。
リリアは魔力制御用の魔法陣を描いているが、フェリスの魔力密度に押されてうまく書ききれないでいた。
「リリア、行けるか!?」
「行けるに――決まってんでしょ!」
怒鳴り声と共にリリアの身体が黄金色につつまれる。
これが本家本元の神籬武装。
溢れ出すようなフェリスと違い、一定の厚みで身体の周囲を覆う魔力の武装。
あらゆる魔法攻撃と物理攻撃を緩和させる最強の防具だ。
ちなみに、あらゆる攻撃力を増すおまけ付きだ。
リリアが制御の魔法陣をかきあげた途端、溢れていた魔力が止まりフェリスの周囲に押しとどめられた。
流れ出ている魔力は止められたが、まだ止めただけだ。
少しでも気を緩めるとあっという間に溢れ出てしまう。
「とりあえず、これで魔力を垂れ流して死ぬことはなくなったわ。
彼女の背中に魔力抑制の魔法陣が書かれているのを覚えてるわね。
ギオニス、フェリスの背中をこっちに見せて」
フェリスの周りに黄金の魔力が球状に留められている。
フェリスの内からあふれる魔力と外から押さえつける魔力で、フェリスの周りにある魔力だけが異常な圧になっている。
「ここに入ってけってか?」
「あんたの今の状態なら無効化しながら突っ込んでいけるでしょ!」
魔法無効のオークの皮膚だが、実は弱点もある。
が、今はそんなこと言ってられない。
「分かったよ。任せろ!」
「――ぁん」
急にリリアが身をよじらせ、構成していた魔法陣を解いた。
それと同時に、彼女の身体に纏われていた黄金の魔力も霧散した。
「おい、リリア!
なんで、それを解いた!」
真っ赤な顔で内股になりながらリリアがギオニスを睨みつけた。
「はぁ、はぁ、あなたね……こんな時にふざけないで!」
「いや、ちょっと待て、何のことだ!」
「――やっ、い、ぃ……っ」
その場に座り込むと小刻みに震えるリリアを見て、ようやく理解できた。
戦闘態勢に入ったギオニスが放った「任せろ」と「ちょっと待て」という言葉。これがリリアに対する命令となり、呪印が発動した。
あれだけ凛々しかったリリアはもう見る影もなく、上目遣いに屈辱的にギオニスを睨んでいた。
「悪かった。
が、今はそれどこじゃないぞ。
俺たちのせいでフェリスがやばい。
早く、魔法抑制の魔法陣を作ってくれ!」
「分かってないじゃない!」
ギオニスをキッと睨みつけると、リリアが剣を振った。
剣先がギオニスの鼻先をかすめ、危うく、顔が真っ二つになるところだった。
どうやら、「作ってくれ」というのも命令に入るらしい。
「お前、マジに斬るな」
その言葉に、リリアは大きく痙攣し、両手を地面についた。
リリアの白い耳先が赤く染まり、首筋には小さな汗のたまが浮かび上がっていた。
これも命令になってしまう。
「もう口を開かないで!」
「分かっ――」
「――ギオニスッ!」
リリアが睨みつけたので、ギオニスは慌てて手で口を抑え、頭を上下に振った。
「はぁ……はあ……いい、よく聞いて。
昨日作った緊急用の魔法陣に触れられれば、こっちで何とかするわ」
リリアは再度神籬武装に入った。
「次、神籬武装を解いたら、あなたを殺してからフェリスを救うことにするから」
「分か――」
ギオニスは急いで口を閉じて、頷いた。
それを見たリリアはやれやれといった顔して、再度魔法抑制用の魔法陣を描いた。
フェリスから溢れ出ていた魔力が、リリアの魔法陣によって押さえつけられ、先程と同じようにリリアの周りにとどまった。
「じゃあ、頼んだわよ」
ギオニスは無言でうなずくと、フェリスの魔力溜まりの中に歩を進めていった。
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ギオニスは魔力溜まりに足を踏み込んだ。
途端に、皮膚に焼け付くような痛みが走った。
魔力攻撃を無効にできると言っていたが、実は完全に無効できるわけじゃなかった。
全身が焼け付くような痛みに襲われ、着ていた服が魔力の圧に飲まれ、塵と化していく。
これでも着ていた服は魔力耐性の高いものだったのだが、フェリスとリリアの魔力のせめぎ合いには耐えられなかったようだ。
どうやら、異物と認識されたようだ。
個人の魔力渦に入るのはその個人の内面に侵入するのに似ている。
一旦、異物と認識されれば、あらゆる方法で排除される。
フェリスの服が破れず、ギオニスの服が破れるにもそういったわけがある。
「……はぁぁぁ」
ギオニスは長く深い息を吐いた。
目や口のような柔らかい部分は比較的魔力の抵抗が弱い。
目をつぶりゆっくりフェリスに近づいていく。
ゆっくり近づくと、腰の付近に何か温かいものが触れた。
おそらくフェリスだろう。
神経を集中すると、その温かいものは、まるで寝息のように静かに息をしていたのが分かった。
腰付近にフェリスの吐息があたっていることから、それが顔だということが分かった。
本当なら、目で確認したいが、こんな魔力溜まりの中で、両目を開くことなんて自殺行為だ。
「ギ、ギオニス、当たってるわよ!」
「違う、当ててんだ!」
目が見えないからこそ、触れていないのその場所が分からない。
「あ、あ、あなた! ど、ど、どういつもりなのよ!」
外からどのように見えているか分からないが、こっちとしては結構必死である。
皮膚の焼け付くような痛みに、触覚が段々と麻痺していく。
何でもいいから、触れていないと、すぐにでも見失う。
「お前は誰でもいいの! こんな外で破廉恥すぎるわ!」
リリアが何を言っているか理解できないので、もうこの際無視することにした。
腰付近にあるであろうフェリスの顔を両手でつかむ。
フェリスに触れたことにより、魔力溜まりの抵抗が更に上がった。
滞在する異物から攻撃する異物に判定が変わったようだ。
痛みの質が変わり思わず、身体がブルリと震える。
「あ、あなた、まさか、出したの……?」
何をだよ。と突っ込みたい気持ちを抑える。
本当は黙っていろの一言くらい言いたいが、下手に喋ると呪印が発動しかねない。
フェリスの頭から徐々に手をおろしていく。
髪に触れ、冷たくなった耳を撫でる。
柔らかな頬に指が触れ、そして、首筋に触れる。
まだ幼いフェリスの肌は肌理細かく、そして、ひんやりと冷たい。
首筋をたどり、ようやく胸元に触れることができた。
「ちょ、ちょっと、手付きがいやらしいわよ!
ヒトに欲情するな、ケダモノめ!」
無視して、フェリスの胸元からその服に触れ、脱がすボタンを探す。
が、激しい魔力溜まりの抵抗に、指先の感覚がなくなってきた。
何度か指を動かすが、指先が上手くボタンにかからず何度も人差し指を動かす。
「ちょっと、ギオニス!
どこを指でいじっているのよ!」
本来なら丁寧にボタンを外してやりたいところだが、すでに細かい作業ができるかどうかが怪しくなってきた。
再生はしているが、この身体中に走る痛みが……
「うおおおぉぉぉ、もう、我慢できん!」
フェリスには悪いが緊急事態だ。
服は後で弁償する。
ギオニスはフェリスの服を握ると、力いっぱい引きちぎった。
「この腐れ豚野郎!!!
気でも狂ったの!」
そのまま、フェリスを抱きしめると、顕になった背中をリリアに向ける。
「リリア!」
頼んだぞと言う言葉を既で飲み込んだ。
こんなところで魔法陣を解除されたら、魔力の波に飲み込まれる。
「えっ? あっ、ええ!
よくやったわ。ギオニス!」
フェリスは指先に小さな魔法陣を作り上げ、フェリスの背中に触れた。
それと同時に急速に魔力がフェリスの中に押し込まれていった。
「はぁはぁ……何とか止められたか」
魔力に焼け付いた皮膚が急速に癒やされていく。
「一時はどうなることかと思ったわ」
「いや、リリアのお陰だ」
「ギオニスもよくやってくれたわよ」
フェリスをゆっくり地面に寝かすと、ギオニスは立ち上がって、膝についた砂を払った。
「さて……」
「あら、どうしたの?」
ギオニスが拳を握ったのを不思議そうな顔でリリアは見た。
「で、誰が、腐れ豚野郎だって?」
ギオニスは握りしめた拳をリリアに見せた。
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