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第012話 エルフの姫が暇があればこすって

 わたくしの名前はフェリス・シルウェストリス・カトゥス。

 誇り高きカトゥス家の子として、恥のないふるまいをしてきた。

 商談では大人と対等に渡り合い、市場を予測し、富をこの手につかんできた。

 商売という戦場では自分に勝てる者はいないと豪語できるほどに。


 そんな人生だった。

 それがなぜだろう。

 なぜか放たれた矢のように空を飛んでいるのだろうか。


「あぁ、もう!

 なんですのこの状況!」


 眼下にはうねりを上げるモンスターの群れ。

 それらすべてが、フェリスを狙っている。


「ムリムリムリムリ、絶対ムリですわ!」


 学園で剣技の成績は特に悪かった。

 草原ネズミ、ランドワーム、ヘンネルドッグ、ソードビートル、ポイズンスネークに他見たこともモンスターもいる。


 ここら一帯のモンスターの種が集まっていると言っても過言ではない。

 こんな地獄の中、何もせず落ちるのなど、無謀極まりない。


 ギオニスに教えて貰ったことを思い出し、身体の中に魔法陣を描く。


身体強化フィジカリオス!」


 昨日、文字通り死ぬほど練習したそれは、身体の隅々まで行き渡り、フェリスの身体を強化した。

 フェリスは覚悟を決めた。

 どの道、覚悟を決めなくても数秒後にはあの群れの中だ。

 身体強化フィジカリオス状態なら、多少剣技がダメでもなんとかなるはずだ。

 それよりも、この武器が持つかどうかだ。


「せやぁ!」


 フェリスは、剣を振り下ろしながら着地した。

 剣の先にいたロックビートルと目眩トカゲがフェリスの剣に真っ二つに斬られその場に倒れた。


「な、何これ…」


 無類の硬さを誇るロックビートル。

 近くによるだけで昏倒する目眩トカゲ。

 そんな凶悪なモンスターを一撃で葬った。

 中級冒険者と呼ばれる青銅クラスの冒険者でさえ無理なことができてしまい、フェリスは驚きを感じた。


「これは……」


 いける。そう確信して、フェリスはありったけの力を込めると強く剣を振るった。

 目の前に立ちはだかるモンスターが、フェリスの一撃に葬り去られると、同時に、フェリス立ち眩みが襲った。


 ここで倒れたら死ぬと踏ん張り、再び剣を振るう。

 今度は立ち眩みがなかった。

 先程よりも強めに力を込めて剣を振るうとまた軽い立ち眩みが走った。


「そうか……」

 

 冷静に考えてみれば、いくら身体を強化しても武器の強さは変わらない。

 この木の剣でモンスターが切れるはずがないのは当たり前の話だ。

 だとしたら、この武器にはなにか仕掛けがある。

 フェリスはリリアの言葉を思い出した。

 この木は魔力を食べるから適度に食べさせてと言っていた。

 自身の魔力を使っている。

 込められるだけ力を込めようとした時、魔力も大量に取られたのだ。


 だからこその立ちくらみ。


「使用者の魔力を吸うなんて呪われた武器かなにかですの!?」


 フェリスは大きな声を上げた。



----



 ギオニスは馬車から遠目でフェリスの動きを見ていた。

 体捌きは全然だが、武器は振れている。

 後は、魔力操作さえしっかりすれば死ぬことはないだろう。

 しかしである。


「……」


 ギオニスは黙ってリリアを見た。


「何よ」


 リリアが視線をうざったそうに振り払う。


「初っ端から無茶させすぎじゃないか?」

「そうかしら?」


 リリアは涼しそうな顔で戦っているフェリスを見た。

 確かに、彼女も気にかけているのは分かる。

 万が一の時、この距離なら瞬きの間もなく助けに行ける。

 そして、彼女に渡した武器。


「また貴重なものを渡したな。

 あれ、ケイトウ神樹だろ?」


 大森林の中には、いくつか神樹と呼ばれるものがある。


 例えばエルフが住んでいる樹林領も巨大な神樹だ。

 

 神樹の多くはその身に強い魔力を宿し、同時に使用者の能力を格段に上げる。

 神樹で作った首飾りを付けただけで普段の倍以上の力が出ると言われている。


「昔、枝打ちした時に出たやつなのよ。

 暇があったら磨いていたのよね。

 ほぼ心材だからかなりのものよ」

「それは凄いな」


 思わずギオニス声を漏らした。


 神樹を枝打ちする時はほとんどない。

 仮にしたとしても、加工は困難を極める。

 それをエルフの姫が暇かあればこすって仕上げるのだ。

 恐らくかなりの魔力を要したことだろう。

 むしろ、ギオニス自身が使いたいくらいだ。


「すごい顔だな」


 フェリスが、必死の形相で剣を振るう。

 もう彼女には恥も外聞ない。

 目から涙が、鼻や口から透明な液体が糸を引いている。

 ただ、生きるために必死に剣を振るっている。


「まぁ、でも、ちゃんと考えているみたいね」


 リリアの言うとおり、何も考えずに夢中で剣を振るっていたなら彼女は魔力が尽きて倒れているはずだ。

 必死になりながらも冷静に、フェリスは現状を把握し、そして、彼女自身を把握している。


「これなら余裕そうね」


 少し残念そうに呟くリリア。

 それを見てギオニスは苦笑いを浮かべる。


「いい誤算じゃないか?」

「まぉね。そろそろ、クレミアナラの花の蜜の効果が切れるわね」

「モンスターがよってこなくなるが、魔力回復も止まるからな。ここからが正念場だな」

「そうね。

 ……ふふ、あらあら」


 リリアが小さく笑った。なにか見つけたようだ。

 少ししてギオニスもそれを見つけたようで、苦笑いを浮かべた。


「これは、勝てそうにないな」

「そうね。ギリギリ負けるわね」


 リリアは今度は嬉しそうに笑った。



----



 フェリスは、剣を横に薙ぎ、ゴブリンの胴体を真っ二つに切り裂いた。

 切り裂いたゴブリンの身体から飛び出した体液が、フェリスを汚していく。


「はぁはぁ……はぁはぁ……」


 モンスターの体液で汚れた額を拭い、剣を持ち直す。

 少しずつだが、加減を掴めてきた。

 この木の剣に魔力が持っていかれないように、が、そこを加減しすぎると今度はモンスターを斬れない。

 いつでも最大出力でやれれば、そんな憂いはないのだが、そんなことしていたらすぐに気を失ってしまう。

 そうなれば、待つのは死のみだ。


 いつまで続くのだろうか。

 ちらりとリリアとギオニスの方を見るが、彼らは遥か先で様子を見ているだけだ。

 ここからの助けは絶望的だろうとフェリスは思った。

 だが、無限と思っていた突発狂乱スタンビートも徐々に変わってきた。

 今まで分厚い壁のように続いていた黒いモンスターの影もその先が見え、後に続く列がなくなっていた。

 果てが見えた。これはフェリスにとってもかなりの希望だった。

 突発狂乱スタンビートの果てがみえたことで、フェリスにも少し余裕が出てきた。


 フェリスはリリアから教えてもらったことを思い出した。

 スラッシュと言って剣を振る。

 何が出るかわからないが、何かが出るような口ぶりだった。

 恐らく自分に不利になるものじゃないだろうと予想する。


 フェリスは半身をくるりと捻ると、剣を横一線に薙いで、叫んだ。


「スラッシュ!」


 フェリスの言葉と同時に、横一線の剣から、魔力でできた風の剣閃が飛んだ。

 轟音をあげながら疾風の剣閃は、前に並んでいたモンスターを真っ二つにしていった。


「……なんて」


 威力なのだろうか。

 もっと早く使っていれば、戦いは大分と楽になってに違いない。


 いや、そうじゃない。

 もし、これを最初に使っていたら、魔力の消費量の多さに今よりも悪い戦況になっていたかもしれない。


 魔力が取られすぎないように、彼女は調整しながら撃った。

 それは、最初では考えれないほどだった。

 魔力の精密な操作。

 今はそれを実感することができていた。


 魔力回廊というのは聞いたことがないが、ギオニスやリリアの言う通り、今まさに魔力がからだの隅々まで行き渡っている何かを感じることができた。

 

「これなら、行けますわ!」


 フェリスは空高く飛び上がり、突発狂乱スタンビートを上から見る。

 自分が想像していたよりも、突発狂乱スタンビートは小さくなっていた。

 おおよそ、残っているのは千くらいだろう。


 千のモンスターの大群。

 少し前の自分だったら震え上がっていた。

 が、今なら、この数ならやれる気がする。


 自分の残り魔力と合わせてスラッシュが撃てるのはあと3回ほどだろう。

 空中で身体を捻り、スラッシュを撃つ。

 魔力が風と混じり合い、大きな刃となって地上にいるモンスターを斬倒していく。


「てやぁ!」


 着地と同時に足元に近くにいたモンスター数匹をまとめて斬り伏せる。

 剣技の授業は苦手でも、もっと真面目に受けるべきだった。


 今の自分は力任せに剣を振るっているだけだ。

 これがリリアなら、学園の誰からなら、いなせてしまうかもしれない。


 身体強化フィジカリオスを使用しながらいくつか気づいたことがある。

 効果はあまり長く持続しないこと、切れそうになるなる前に身体が重くなる兆候があること。

 そして、身体だけでなく、動体視力や嗅覚など、感覚も研ぎ澄まされていること。

 この動体視力や嗅覚が上がったおかげで、剣技のおぼつかないフェリスでも生き残れていた。


 モンスターの影に隠れ、黒色ムカデがフェリスに向かって毒液を放った。

 フェリスの死角だったが、毒液の僅かな香りと空気を切る音にフェリスはすぐその方向を確認して、自分に向かて飛んできたことに気づけた。


「――っの!」


 遠距離攻撃持ちはいるだけで神経がすり減る。

 フェリスは一足飛びで矢を放った黒色ムカデのところまで行くと一太刀でそれを斬り殺した。

 今まで我武者羅に襲ってきていたモンスターが少しずつ距離を取り始めた。


「うおおおぉぉおぉぉ!」


 突然、あたりに雷のような唸り声が響いた。

 あまりにも大きく低い唸り声に、フェリスの身体が一瞬恐怖で硬直した。

 その硬直は一瞬でも死につながる。

 まずいと思い気を引き締めた時には、周りのモンスターたちはすでに逃げ出していた。


「……終わったのですの?」


 辺りにいた黒い壁は完全に姿を消した。

 自分の周りにあるのは大量の動かぬモンスター。

 フェリスは疲れ切ったようにあたりを見回した。


「……やっぱり、そうは行かせてくれませんわね」


 あの声が、ギオニスの声なら終わったのだろうが、そんなわけがない。


 遮るものがない広い平原の中、その巨大な狼は一際存在感を放っていた。

 天を向き、遠吠えのように長く声を上げるその白い狼。

 その毛皮は、太陽に照らされて白銀に輝き、剥き出された牙はヒトの身体ほどの大きさを持っていた。

 間違いない。平原に住む風の悪魔と呼ばれている銀狼。


「シルバーファング……まさかエリアボスまで……」


 恐らく縄張りの中で暴れすぎた。

 これが予想されたことなのか、不測の事態なのかはフェリスには判断できなかった。

 ただ、お互いの距離を考えても、ギオニスたちよりシルバーファングの方が早くフェリスに喰らいつくだろう。


「なら、やってやりますわ!」


 いつもなら真っ先に逃げるフェリスだったが、今は戦うことを心に決め、剣を構えた。



>> 第013話 どう足掻いても絶望

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