第011話 突発狂乱
「さ、先に寝させていただきますわ」
その言葉と同時にフェリスは馬車の中で倒れ込んで深い眠りについた。
生命力を魔力に変換させ、その後肉体強化による身体操作訓練。
これで疲れないはずがなかった。
フェリスは、すぐに寝息を立てて、泥のように眠りについた。
「随分、疲れているわね」
「慣れない訓練だったんだろうな」
「で、感触は?」
「やる気は及第点だ」
リリアの言葉にギオニスは、笑顔で返したが、彼女の実力には触れなかった。
「明日、少し魔法を覚えてもらって実戦に放り込もうかしら」
「スパルタだな」
「身体を動かすのが一番早く覚えられるのよ」
リリアはフェリスを見てくすりと笑った。
エルフの方がオークよりも脳筋みたいだった。
「リリア、魔力は戻ってるか?」
ギオニスがそう尋ねると、リリアは驚いた顔を見せた。
「気づいていたのね」
「樹霊祭の日からしばらくエルフが動けないのはみんな知っているからな」
リリアは手を握りしめて自分の拳を見つめた。
「ちょうど、戦闘態勢に入ったあなたと同じくらいよ」
ギオニスも隠してはいるがリリアとの戦いで傷だらけだ。
森の外に出てから傷の治りと魔力の回復が遅くなった。
ギオニスもリリアもお互い全力を出せるようになるのはまだまだ先のようだ。
「ゆっくり、彼女を鍛えたいけど、旅も進めたいわね」
「そうだな」
ギオニスは思いを馳せるように呟いた。
「今日は、もう、寝ましょうか」
「だな」
ギオニスは馬車の御者台に、リリアはフェリスが寝ている荷台へ入り、横になった。
平原の真ん中の夜は風の音ばかりで、とても静かに感じた。
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翌日の朝の目覚めは絹を割いたような叫び声からスタートした。
「なんですの、なんですの、なんですの!」
フェリスの叫び声に目を覚ますと声の方を見た。
いつの間にか、外に放り出されたフェリスは、身体全体が緑のヌメヌメとしたもので覆われていた。
一瞬、敵かと思ったが、その気配は感じられなかったし、横でリリアが笑顔でいたので大丈夫なのだろうと分かった。
そして、何だろうこの甘い匂いは。
「フェリス、今から魔法の授業を行なうわ」
「えっ? えっ?」
フェリスは全く理解できておらず、何とか理解しようと周りを見回さすしかできないようだ。
それにしてもだ。
フェリスの身体を覆う薄緑のそれは、服を濡らし、白い肌を透かせていた。
しっとり濡れた髪と潤んだ瞳。
艶めかしい太ももはそのぬらぬらとした液体は、光を照らし返し、その肌の白さを余計に強調する。
そのなんとも言えない妖艶さだが、これから起こるそれはそんな色っぽいものじゃない。
ご愁傷様としか言いようがない。
「フェリス、魔法は使えるのよね?」
「は、はい。簡単なものは……それで、これは?」
「ちなみに、得意な魔法とか属性はあるの?」
「えーっと、風ですかね。
風なら中級までなら……」
質問には一切答えず、逆に質問をどんどんとしていく、リリアにフェリスはしどろもどろになりながら答えていく。
「中級ってのは分からないけど、なら、この武器を持ちなさい」
リリアは収納結界から、長い木刀を取り出し、フェリスに渡した。
「これはなんでしょうか?」
「ものに魔力を込める方法は分かる?」
「い、一応は」
「なら、大丈夫ね。
この子は勝手に魔力を吸うから適度に食べさせてあげて」
後は……とつぶやきながらリリアは思考を巡らせた。
「風の魔剣と言えば、どんな技をイメージできる?」
「えっと、剣を振り切ったらそこから斬撃が飛ぶような……」
「じゃあ、スラッシュがいいわね」
リリアは何言か呟くと、その棒に優しく触れた。
「あ、あの……」
「なに?」
「今日は、魔法の練習なのですよね?」
「そうよ?」
「もうちょっというと魔力操作の練習ね」
フェリスは今日がリリアの番だということをようやく思い出した。
確かに、学園もリリアも魔力操作が一番だといっていた。
だが、魔法の練習と言いながら、朝から謎の液体を掛けられ、謎の棒を持たせられる。
混乱するのも当たり前だ。
「そろそろかしら」
リリアはグッと伸びをして、遠くを眺めた。
「いい感じね。
ごめんね。私ばっかり話して」
「い、いえ。
それよりこれから何をするんですの?」
地平線の向こうに薄く黒い影が見えた。
それらは、塊がをなしてこちらに向かってくる。
「あ、あれは……」
フェリスが、震えながら言葉を絞り出した。
「あれは、ゴブリン突発狂乱ですわ!」
「そうなの? ゴブリン以外にもいるわよ」
リリアは眩しそうに目を細めその先の黒い塊を楽しそうに見る。
「えっ……そんな……まさか……
モンスター突発狂乱ですの!?
そんな、伝説上の出来事ですわ!
リリア様、一刻も早く逃げないと」
フェリスは震えながら緊張感のないリリアを必死で説得しようと試みる。
「こんなこと、厄災級の出来事です!
急いで国や冒険者ギルドに連絡しないと小国のいくつかは滅んでもおかしくないですわ!」
「心配性ね。大丈夫よ」
「ギオニス様もリリア様も突発狂乱の恐ろしさを分かってらっしゃらないのです!
それこそ異界の勇者に声をかけないと」
2人は確かに桁違いに強い。けれど、突発狂乱は別格だ。
この2人に重大さをどう説明すればとフェリスは困惑していた。
「あれは、そんな大それたものじゃないわよ。
花の蜜に集まるような知能のないモンスター、ザコよザコ」
「何を言って――」
フェリスはリリアの言い回しにハッと言葉を飲んだ。
「もしかして、この……」
「ええ、あなたの身体にかけたのはクレミアナラの花の蜜よ。高い魔力回復とモンスターの誘引作用があるわ。
だから、安心なさい。
アイツらは周りには被害は起こさないわ」
安心するのはそこじゃない。と言う言葉をフェリスは飲み込んだ。
違う。それよりも重要なことは、あそこに見えるあれが全部自分に襲ってくるということだ。
「そんな……あんな数が……」
「確かに少し多いかもね。
ちょっと、待ってなさい」
リリアはそう言うとモンスター突発狂乱に向かって手を向けた。
リリアがニコリと笑った刹那、モンスター突発狂乱の頭上に巨大な紫色の魔法陣が現れた。
フェリスは、夢かと疑った。
いや、実際、夢だった方が現実味があるほどの出来事だった。
その魔法陣から巨大な氷塊が生み出され、大群の中に落ちると激しく弾け、その周囲の殆どをなぎ倒した。
「えっ?」
「半分くらい減らしておいたから、後はいけるわよね?」
「えーっと……えっ? どういうことですの?」
厄災級の大群が一瞬で半壊。
それもついでみたいにちょちょいとやった魔法で。そんなこと誰が信じるだろうか。
目の前のフェリスでさえ、信じられなかった。
「さっき言った通り、スラッシュと言って、剣を薙ぐと風の刃が飛ぶから」
「聞いてませんわ」
「あれ? まぁ、いいわ。
あとは実戦で覚えなさい」
フェリスの足元に小さな氷の魔法陣が生まれた。
「これも、後で教えてあげる」
リリアがにこりと笑った瞬間、フェリスの身体が勢いよく跳ね飛ばされた。
「肉体強化も使っていいからね」
飛び出す瞬間、リリアの言葉が耳に入った。
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