第010話 もっと力を込めて
結論から言うと、生命力を魔力に変えて魔力回廊を広げる方法は成功した。
が、この方法は危険すぎて封印することにした。
「おそらく原因は、短命種の生命力が強すぎたせいね」
オークは、600年くらいは平気で生きる。エルフなんてのはその5倍くらい生きる。
だが、ヒトは違う。
100年生きれば良い方だ。
「俺たちとは違うってわけか」
「彼女の生命力を甘く見ていたわ」
ギオニスは膝で寝ているフェリスの髪をなでた。
よっぽど疲れたのだろう。深い眠りについている。
「しかし、魔力回廊は綺麗にできたな」
「そうね。太い主幹が先まで伸びているし、細かい筋も多いわ」
ギオニスは、フェリスの髪をゆっくりと指先で絡めた。
「毛先まで完璧に通ってるな。
順番を決めるか」
「一日ずつ交代でいいんじゃないの?」
「じゃあ、今日からだな。
俺からしていいか?」
「いいわよ」
リリアは少し間を開けて、言葉を続けた。
「何を考えてるの?」
「ん?」
「惚けないで。
ここまでやる必要あるの?」
ギオニスは少し考え込んだ。
リリアのいっていることは、フェリスのことだ。
いくら仲間に引き入れるからと言って他種族に絡みすぎだ。
基本的に、大森林では他種族に深くかかわることは好まれない。
それはそれぞれ価値観が異なることを知っているからだ。
では、なぜギオニスはここまでフェリスを気にかけているのか。
彼は今から話す話をリリアにするべきか考えていた。
「リリア、俺とお前が殺し合ったのは偶然か?」
「確かに、お互い勘違いがあったけど、それだけよ?」
不幸な行き違いがあったのは事実だ。
だが、ギオニスは納得していなかった。
だから、思い出したくない過去を何度も思い返してあの時の違和感を整理していた。
だが、所詮今はただの妄想。
「すまん。考え過ぎだな。
ヒトを鍛えるのは趣味みたいなものだ。
俺は教えるのが好きなんだ」
ギオニスは誤魔化すように笑った。
リリアは歯切れの悪いギオニスを問い詰めたかったが、敢えて言葉を続けなかった。
「じゃあ、さっそくやるか。
フェリス! 起きろ!」
ギオニスの大声にフェリスは驚いて跳ね起きた。
「なにかありましたの!?」
旅の途中、仲間を叩き起こす事態は大抵いいことではない。
フェリスは怠そうな身体を必死に支え、周りを警戒する。
「さぁ、特訓だ!」
「えっ…えっ?」
フェリスは、目をぱちくりさせてギオニスを見た。
「今日から俺とリリアが交代でお前を鍛えるからな」
「今からですか?」
「魔力回廊が通った今がいい!」
「は、はい」
戸惑いながらもフェリスは、言葉を返した。
「俺がフェリスに教えるのは魔力による肉体強化だ」
「強化身体の魔法ですわね」
「まぁ、どの文化でもある魔法だな」
ギオニスはフェリスの言った強化身体という魔法を知らなかったが、彼の言うとおりどこにでもある魔法だ。
類似魔法があっておかしくない。
「折角だから見せてくれ」
「あまり得意ではありませんが……いきますわよ。
強化身体!」
フェリスのその言葉と同時に身体中にかつてないほど力が巡るのが分かった。
身体の隅々に行き渡る魔力、今ならどんな動きもできそうだ。
魔力回廊を通す。
たったあれだけで、学園でも1、2を争えるほどの身体強化ができるとは思っていなかった。
「ギオニス様!」
フェリスは、思わず喜びの声を上げた。
魔法は苦手だと思った。
けれど、まさか、こんなに使えこなせるなんて思ってもいなかった。
本当に彼についていくことに決めて良かった。
「うむ、いいぞ!」
「ありがとうございます!」
「うむ」
ギオニスは笑顔で腕を組んで立っている。
が、それ以上の反応は示さなかった。
まるで、何かを待っているようだった。
「あ……あの……」
「どうした? いいぞ?
好きなタイミングで、身体強化を行ってくれ!」
「えっ……あの、わたくし、今、しましたのですが……」
「へっ?」
ギオニスは思わず驚きの声を上げた。
「いやいや、フェリスがやってるのはただの魔力補助で、肉体強化とは程遠いぞ」
「えっと……なにが違いますの?」
ギオニスは考えた。
大森林の外の文化はよく知らない。
分かることは、彼女は魔法を苦手としていたことだ。
そういう意味では、彼女が正しく魔力の意味を理解できていなくても仕方ないかもしれない。
リリアとも相談だな。基礎からびっしり叩き込まないと。
「フェリス、それは肉体強化の魔法じゃない」
「でも、普通以上に早く走れますし、力も出ますわ」
フェリスは納得いっていないようだった。
「それは魔力で補助をしているだけだ。
例えば、今のフェリスを殴ったら、受け止められないだろうし、走り続けたら疲れるんじゃないか?」
「そ、そんなの当たり前ですわ」
「そこが大きな違いなんだ。
その魔法はフェリスの身体能力はそのままだが、魔力が行動を補助する魔法だ。
変わって肉体強化は、身体そのものを魔力で補強する」
「同じような気もしますが……」
フェリスはまだ分かっていないようだった。
「全然違うんだが……まぁ、教えてやるからその差を体感したほうがいいかもな」
ギオニスは、魔力の流し方、そして魔力構成の組み方をフェリスに、丁寧に教えていく。
魔力回廊がしっかり通っているお陰か、元々のフェリスの気質か。
ギオニスの教え真摯に聞きながら、その言葉を形にしていった。
「魔力回廊を通しながら身体に沿って構成を組み立てあげるんだ」
「分かりました……」
フェリスの額に汗が流れる。
「肉体の中に、魔法陣を描くような作業ですわ」
「はは、いい得て妙だな」
「普通の発想じゃあり得ませんわ」
「そうか? まぁ、フェリスは魔法が苦手そうだしな」
ギオニスは、「はは」と笑った。
フェリスは、確かに魔法が苦手だ。
だが、魔法を知らないわけではなかった。
曲がりなりにも、大商人の家に生まれ、高度な教育を受けるために随一と言われるクレアリス学園に通った。
その教育の中でさえ、こんな魔法は聞いたことがない。
「これで完成だ。最後にトリガーだが、まぁ、今はあまり凝らなくていいだろう。
身体強化でいいぞ」
「トリガー?」
「好きなのがあれば、それでいいが」
「いえ、そのトリガーがわからなくて」
「うーん、まぁ、魔法発動の切っ掛けだ。
指を鳴らしたり、特定の動作をしたり、人によって様々だが、最も効果が高いのはそこに言霊を乗せることだ」
「言霊ですか?」
フェリスはまた出てきた聞きなれない単語にめげそうになっていた。
「細かいことはリリアに教えてもらってくれ、まずは、フェリスは、身体強化と覚えてくれ」
「分かりましたわ」
「じゃあ、身体強化と口にしてくれ」
「では、行きますわよ。
身体強化ッ!」
一瞬、フェリスの身体が淡い光に包まれた。
それも一瞬で、その光は身体の中に吸い込まれていった。
「よし、成功したな」
「えっと……何か変わりましたの?」
「もちろんだ。
軽くジャンプしてみてくれ」
「分かりましたわ」
フェリスがギオニスの言うとおりその場でジャンプした。
フェリスが飛びたがったのは、いつもと同じ高さだった。
「もっと力を込めて」
ギオニスの言葉通りに力を込めて飛び上がらと先程よりも少し高く跳べた。
普段なら力いっぱいだが、もう少し、いや、まだ力が込められそうに感じた。
「まだいけるな?」
その言葉の意味をフェリスは理解し、静かに頷く。
大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。
大地をしっかりと踏みしめ、腰を低く下ろす。
「いきますわ!」
掛け声と共に大地を蹴ったその刹那。
目の前に青い空が広がった。
「えっ?」
驚きの声が漏れた。
地上は遥か下。高い木々さえも、フェリスの眼下にあった。
遥か先に見える天空線まで、遮るものは何もなく、全身を包む風と開放感がフェリスを覆っていた。
下では馬車からリリアが眩しそうにフェリスを見上げていた。
「信じられない……」
美しい景色にフェリスの口から思わず言葉が漏れた。
そして、その瞬間、これから起きる現実に、寒気が走った。
高く飛び上がったまではいい。
だが、この高さから落ちて自分は無事だろうか。
常識ではあり得ない高さ。
魔術師のように浮いているわけではない。
このまま自由落下だ。
「キっ――」
「大丈夫だ! フェリス、目を開け!
今のお前なら着地できるぞ!」
フェリスが叫び声を上げるその前に、ギオニスが叫んだ。
叫んだところで事態は好転なんかしない。
こうなったら、信じるしかない。
フェリスは、唇をキュっと結んだ。
覚悟を決める、覚悟を決め――。
「――やっぱり、無理ですわ!」
その瞬間、地面がすぐ目の前にあった。
激しい音と共に土煙が上がった。
「わたくし……」
何事もないように着地したフェリスは、今起こっている現実を受け止めきれず呆然としていた。
人ではおよそあり得ないほどの距離を跳び、そして、その高さから落ちても無傷。
強化身体では、考えられない。
あれは、あくまでも行動の補佐をするもので、肉体自身は強化されない。
身体を……肉体を魔力によって強化できる。
そんなバカげたことがあり得るだろうか。
魔法生命体ではない。
自分たちはヒトだ。
魔力と肉体はお互い相容れない存在のはずだ。
だが、それは、現実にできてしまった。
「わ、悪い夢かなにかですの?」
「どうした?」
無事着地したフェリスにギオニスは不思議そうに尋ねた。
「あり得ませんわ!
今のは肉体を魔力によって変異させるってことですわ!
そんな常識外れな――」
それを現にやってしまったのだ。
そして、これが彼らの普通。
フェリスは、もう何がなんだか分からなくなり、深いため息をつきながら、「なんなのですの」と呟いた。
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