第37話
「高橋さん。もう限界です―。」
わたしの一言が意外だったのだろうか。
それとも、涙を流したからだろうか。
高橋さんは今まで見たことがないぐらいに目を見開いていた。
「―何があったんや?」
「とにかくもう限界なんです―。」
「何が嫌なのか、ちゃんと話してや。」
どうしよう―。
助けを求めたところで、こいつも高飛車を庇うかもしれない―。
「とにかく、一緒に仕事をしたくないウィッチがいます―。」
「名前を言えるか?」
「―中村さん。」
さぁどうせあんたも高飛車を守るんでしょ?
高飛車は大事な大事なエピンの仲間だもんね。
「やっぱりあいつか―。」
高橋さんは大きなため息をついた。
「具体的に何されたか言えるか?」
「高橋さんや鈴木さんがいるときといないときでは態度がガラリと変わります。お2人がいるときはわたしに優しいのですが、いないとすごく当たりが強くなってほぼ召し使いみたいな扱いをしてきます。パシりとして扱われることもありました。一番嫌だったのが、5(ファイブ)の林さんが訪れた時に目の前で『こいつは仕事をしない』みたいなことを言われました。おかげで、林さんへのわたしの印象は最悪なものとなったようです―。」
また、大粒の涙がわたしの目からこぼれ落ちた。
わかってる―。
どうせこんな暴露をしたところで高飛車が守られるのはわかっている―。
でも、それでもいいから誰かに助けを求めたい―。
高橋さんはまたも大きなため息をつき、真剣な表情でわたしに問う。
「今から言うことは誰にも言わないと約束出来るか?」
わたしは高橋さんの表情に圧されながらも、コクりと頷いた。
「―ウィッチ中村は魔法使いの間から忌み嫌われているで有名な魔法使いや。正直、俺ら5(ファイブ)からも嫌われている魔法使いやな。」
「そうなんですか?」
「ほんまの話や。結婚前はブランシュ・ネージュの方で働いてたんやが、産休明けにエピンへ来た。何でか分かるか?」
わたしは首を横に振った。
「向こうの店が産休に入った中村を戻すことを拒否したからや。」
「えっ―?」
「嫌われている理由は佐藤さんも薄々気づいてるやろ?産休明けに復帰しようとする中村を受け入れる店はもちろんどこにもない。どこも嫌だと言うのだから―。だから、仕方なしに5(ファイブ)がいる店で引き受けようとした。しかし、他の奴らも嫌の一点張りでなぁ―。仕方なく、俺がいるエピンで受け入れることにした。」
何てことしてくれるんだ、というつっこみは置いておこう。
「5(ファイブ)の前ならもう少しましな態度を示すと思ったが、どうやら考えが甘かったみたいやな。」
そうだそうだ、というつっこみは置いておこう。
「で、佐藤さんは本当にエピンを辞めたいと思ってるんか?」
「それは―。」
「中村さんが嫌だから辞めたいというのなら別に俺は無理して止めはしない。だけど、どうしてもやりたいことがあってわざわざエピンに来てくれたんちゃうんか?」
「それは―。」
確かに、わたしは疑似魔力を作りたくてこのエピンに来た。
でも、高飛車にすごくいじめられてもう本当に辞めたい。
だけど、あんな高飛車1人のせいで自分のやりたいことが出来なくなるのは嫌だ―。
「中村さん云々の前にわたしはこのエピンに必要とされているのでしょうか?ほら、わたしって仕事ついていけてませんし―。」
「そんなことないで。佐藤さんはよくエピンのために働いてくれてる。俺としてはほんまに助かってるんやで?鈴木さんには俺からも話しておくわ。まぁ辞めるか否か、ゆっくり考え。俺は佐藤さんが辞めたいと言っても止めはせんから―。」
ガチャっと扉が開く音が聞こえた。
振り向くと、高飛車が扉を開けていた。
わたしは涙を見せないように顔を隠しながら休憩室を後にした。
もっともっとたくさん高橋さんに助けを求めたかったけど、今日はもう無理そうである。




