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第30話

 あの重大発表から数日後―。


 高飛車はバカンスのため、エピンを離れた。


 いつも保管室は高飛車の話し声や笑い声でうるさかったが、今日はすごく静かである。


 わたし自身もすごく呼吸がしやすかった。


 これが1週間も続くのは非常に嬉しい。


 だが、この1週間を終えてしばらくすると高飛車と共に開店から閉店まで働く日が来てしまう。


 いじめられる事もなく、楽に1日を過ごせて嬉しいはずなのに、わたしの心は晴れ晴れとしなかった。


「佐藤さん、今時間大丈夫?」


 田中さんが手招きをする。


「はい、なんでしょうか?」

「渡辺さんが辞めたときに渡辺さんの仕事をわたしが引き継いだんだけど、わたしもエピンを去るから佐藤さんにこの仕事を引き継いでもらいたいねん。」


 嫌とは言わせないぞというオーラが田中さんから伝わってくる。


 わたしの気持ちを知ってか知らずか、田中さんは続ける。


「佐藤さんにしてもらいたいのは心臓の管理。運ばれてきた時と同様に新鮮さを保たなければならないから温度管理が重要やで。」


 エピンには様々な種類の心臓が届く。


 しかし、心臓というのは傷みが早く温度管理をきっちりしていなければすぐに腐敗してしまう。


 腐敗させてしまえば疑似魔力生成のために使うことは出来ない上に販売も出来ない。


 心臓の保管温度は3~5℃が適切と言われている。


 それを少しでもオーバーすると心臓は腐敗してしまう。


 こんな重要任務を1年も経ってないウィッチに任せようと言うのか?


「温度管理さえしっかり出来てたら問題ないし、意外と簡単やで?」


 そりゃ4年目ウィッチからすると簡単だろうけど―。


 しかも、心臓って結構お値段はるよね?


 そんなのを腐敗させたりしたら何を言われるか―。


「やっぱり、わたしにはこのような重要任務は向かないかと思われます。」

「そんなことないで。佐藤さんはよく働いてくれてる。」


 わたしは静かに首を横に振った。


「田中さんはそのような目でわたしを見てくれていることには感謝します。ですが、中村さんはどうですか?」

「大丈夫やって。人のすることに口出しはしない人やで。」

「本当に何も言ってきませんか?」


 ふと、わたしは我に返り自分の発言の重さに気がつき、心臓が早鐘を打ち始めた。


 でも、これは事実だ。


 高飛車は皆の知らないところでわたしを攻撃してくる。


 故に、わたしが高飛車からいじめられていることには誰も気が付いていないのだと思われる。


 ここら辺で助けを求めるのもありなのかもしれない。


 そう思い、わたしは攻めに出てみることにした。


「中村さん、わたしには結構いちゃもんつけてくるんです―。この前も爬虫類の棚の入れ替えをしていたら怒られました。田中さんはよかれと思っても、中村さんからしたらただのいい迷惑だと思うんです。」

「あの人は本当に―。でも、わたしが出ると喧嘩になるからなぁ―。でも、心臓の管理はやってほしい。この仕事を中村さんに任せるわけにはいかないからさ。」


 そう言われると反論しにくいんだけど―。


 結局、わたしの嘆きは聞き入れられることなく、わたしは心臓の管理を押し付けられる形となってしまった。


 まぁ田中さんとしてはエピンを離れるわけだし、さっさと仕事押し付けたいよね―。


「佐藤さん、ちょっといいかしら?」


 今度は鈴木さんだった。


 手招きをされて休憩室へ連れていかれる。


 誰もいない休憩室はシーンと静まり返っていた。


「さっきの話どういうことかしら?」


 静まり返った休憩室にいつもより低い鈴木さんの声が響き渡る。


 表情もいつもは笑顔なのに今に限っては笑みひとつない。


「さっきとは心臓の管理のことですか?」

「違うわ。中村さんのお話よ。中村さんにいちゃもんつけられるってどういうこと?」


 おっ鈴木さんにはわたしの嘆きが届いたんだ。


 だったら、話が早い。


「お話しした通りです。わたしがやることなすことに中村さんは文句を言ってきます。そのせいで、わたしは伸び伸びと仕事が出来ません。」

「そうなのね―。でもね、佐藤さん。中村さんは先輩ウィッチさんなのよ?そのような悪口はあまりよくないと思うわ?」


 ―えっ?


「中村さんも先輩として佐藤さんに助言しているだけだと思うのよ?もう少し中村さんの行為をありがたく受け止めた方がいいと思うわ?」

「―そうなんですね!中村さんはわたしのことを思って―。」

「そうよ?だから、怖がらずに伸び伸びと仕事をしたらいいのよ!さて、では今からも頑張りましょう!」


 鈴木さんはわたしの肩を叩いて元気よく休憩室を出ていった。


 わたしは大きく深呼吸をして、表情を整えてから休憩室を後にした。


 ☆


 その日の仕事終わり。


 わたしは静かに涙を流しながら箒をとばした。


 なるべく声を殺して泣いたつもりだった。


 でも、周りの魔法使いたちは変な目でこちらを見てくる―。


 そんなことなどお構いなしにわたしは泣いた。


 原因は分かってくれるよね?


 ―悔しかった。


 中村さんは陰でわたしのことをいじめてくるので、誰もこの事を知らないのだろうと思い助けを求めた。


 そうすれば、少しはわたしのことを守ってくれるのではないかと思った。


 しかし、どうやら甘かったようだ―。


 最初からおかしいとは思っていたんだ。


例えば、中村さんが販売そっちのけで棚の片付けをしていても注意しないのに、わたしが販売そっちのけで棚の片付けをしていたらこぞって注意をしてくること。


 とにかく、今回の件で分かった。


 このエピンで働く人は皆、わたしの敵で中村さんの味方であるということが―。


 さて、そうと分かればこれからどうやって過ごそうか?


 そんなの簡単なことである。


 このエピンを辞めてしまえばいい。


 そうすれば、中村さんからのいじめからは解放される。


 しかし、わたしのやりたいことが出来てかつ家から通える範囲にあるのは今のところこのエピンしかない。


 やりたいことを捨ててまで中村さんから逃げるか、中村さんにいじめられるのを我慢してまでやりたいことを優先するか―。


 怒りと悲しみで我を忘れているわたしにはゆっくり考えることが出来なかった―。

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