第29話
その日は突然訪れた―。
「皆さん、少し手を止めて集合してください。」
空気が少し冷たくなり、葉がひらりひらりと散っていく姿をよく目にするようになった。
もう10月かぁと思わせる気候と風景だった。
鈴木さんの招集によってエピンの魔法使い全員が集まる。
「今日は大事なお知らせが2つあります。」
鈴木さんの真剣な表情に他の魔法使いからも次第に笑みが消えていった。
どうやら、鈴木さん自身の結婚報告という類いの内容では無さそうだ。
「まず1つ目。田中さんが12月をもってこのエピンを離れることになりました。」
「「「「えっ?!」」」」
伊藤さん、山本さん、中村さんとわたしの声が重なりあう。
高橋さんはこの事をすでに知っていたのか、特に驚いた様子は見せていない。
「田中さん、もしかして―?」
「はい、そのもしかしてです。」
「あぁとうとう田中さんにもその時が来てしまったかぁ!」
おい、わたしを差し置いて盛り上がるのやめてくれないかな?
話が全然見えないんだけど?
「田中さん、ずっと彼と結婚したいって言ってたもんな?」
「やっとですよ!プロポーズにどんだけ時間かけるねんって思いましたからね。」
―たぶん、寿退社するってことよね?
そもそも田中さんって彼氏いたんだ―。
田中さんには結構怒られた。
疑似魔力生成で違う素材を混ぜて怒られた。
何の許可も無しに突っ走って怒られた。
中村さんの言うことを聞いたら怒られた。
失礼な話だろうが、ぶっちゃけ田中さんからは怒られた記憶の方が強く残っている。
ただ、その中でも大事なことを教えてくれた。
疑似魔力を作る上で大切な事―。
お客様と接する上で大切な事―。
ウィッチとして大切な事―。
怒られなくなるのは嬉しいが、もう田中さんからは大切な事を学べないのかと思うと心が苦しくなる。
「田中さんは12月でエピンを去ってしまうけど安心してください。大事なお知らせ2つ目です。11月から中村さんが開店から閉店まで働いてくれることとなりました。」
田中さんが離れると1人1人の負担が増えるよね?
誰か補充来るのかな?
―ん?
今、鈴木さん何て言った?
「中村さんも閉店作業などを覚えないといけないから大変でしょうが、わたしたちもサポートするので頑張りましょう!皆さんも11月から中村さんへのご指導お願いしますね!」
冗談じゃない―。
今までたくさん高飛車にいじめられてきた―。
2人だけになった瞬間に心を抉るようなひどい事も言われてきた―。
正直、呼吸が辛かった―。
だけど、高飛車が早々と帰ってから閉店までの間は見えない圧力から解放されたかのように楽に呼吸をすることが出来た。
その憩いの時間が11月から奪われようとしている―。
何で鈴木さんはこいつがそんなに好きなの?
わたし、こいつにすごくいじめられてるんだよ?
お願い、いい加減気付いて―。
高飛車がバカンスで1週間消えることを喜んでいたわたしだったが、それが終わると高飛車と共にいる時間が増える。
わたしはひどい葛藤に悩まされるのであった―。




