番外編(第27.5話)
佐藤さん休日編です。
万全ではない状態で1週間を乗り越え土曜日。
わたしはダーツバーの前に整列していた。
そう、わたしが外せなかった用事は小林様と加藤様のトークショー兼握手会である。
約半年ぶりの開催なんだって。
お2人に涙を見せた日から早半年なんだ―。
高飛車からのいじめに耐えて早半年なんだ―。
倒れるのが後1週間遅かったら今回のイベントには参加できなかったんだよね?
ほんと、倒れたのが先週でよかった―。
そんなこんなを考えていたら開場時間になっていたらしく、室内へと案内された。
そして、スタッフさんから用紙を配布された。
なになに?
2人に質問したいことを書いてください、と。
今回は質問コーナーがあるということなのかな?
毎回違う企画をやってくれるのもこのイベントが楽しい一因なんだよね。
さて、何を質問しようか?
『上司に辞めたいと伝える勇気をつける方法を教えてください。』
重い重い重い重い―。
さすがに質問内容がガチ過ぎて読まれないわ。
『嫌なウィッチから遠ざかる方法を教えてください。』
重い重い重い重い―。
さっきと内容はほぼ一緒じゃないか。
えっマジで何書こう?
「そろそろ質問用紙の回収を締め切らせていただきます。」
嘘?!
もうそんな時間が経った?!
あー何書こう―。
わたしはその場で思い付いたことを書き表した。
そして、スタッフさんに用紙を手渡す。
さすがに読まれる内容ではないな―。
1ミリも面白くないし―。
☆
トークショーが始まり、お2人が姿を現す。
いつも通り歓声が部屋中に響き渡る。
「春から役半年ぶりの開催なんだって?」
「つい、この間開催した気分だね。皆、元気してた?」
小林様が手を振ると、わたしたちファンも歓声と共に手を振り返す。
「今日はね、質問コーナーをしようと思うの。皆から集めた質問を読んでいくよ?まず最初は雪女の木村さん!」
名前を呼ばれたと思われる雪女さんが手を挙げる。
「元気してた?」
ここからでは見えないけど、小林様の表情を見ると必死で頷いてるのかなって気がする。
「夏から家を出てダルク地方で独り暮らしをします。わたしは人見知りなので友達が出来る方法を教えてください、だって。」
「ダルクアクアが美味しいところだよね?新鮮なんだからたくさん飲んでおいで。」
客席からどっと笑いが起こる。
「加藤くん、彼女人見知りだってさ。このイベントに来てる時点で人見知りではないと思うけどね。」
「要するに友達を作る方法を知りたいんだよね?」
加藤様の表情から、たぶん木村さんは全力で頷いていると思われる。
「もうそれは簡単よ。ウイスキーを新鮮なダルクアクアで割って仲良くなりたい人と呑む。次の日、自然とお友達になってるから。」
「完全にそれ、記憶無くしてるよね?完全にそれ、加藤くんの経験談だよね?」
またも客席からどっと笑いが起こる。
ってか、加藤様はダルクアクア好きだなぁ。
そんなにもダルクアクアは貴重なのだろうか?
毎日取り扱ってるから全然貴重って感じがしない。
入庫して時間が経ったら廃棄としてわたしたちが飲んだりするしね。
「では続いて、ウィッチの佐藤さん!」
えっ名前呼ばれた?!
わたしはピンと手を伸ばして挙げた。
「えーっと、わたしは紅茶にハマっています。お2人は何かハマっているものはありますかって。紅茶にハマってるの?」
わたしは首を立てに振り、全力で頷く。
「今紅茶もたくさんの種類があるよね。まぁぼくは紅茶よりコーヒー派なんだけど。」
「質問内容を否定するのはやめなさい。で、佐藤さんはどんな紅茶が好きなん?」
「えっ?あの、レモンティーとか―。」
「おまっ、そういう系かよ!アールグレイとか品種じゃなくてそっちかよ!じゃあ俺だって、ミルクティーが好きですぅ~。」
憧れの加藤様と少しお話が出来た―。
口を尖らせる加藤様も悪くないなぁ―。
めっちゃ嬉しいけど、質問内容はごめんなさい―。
1ミリも面白くないから読まれないだろうと思って書いた内容だったんです―。
でも、ありがとうございました。
おかげで、1週間ぐらいは高飛車のいじめに耐えられそうです。
☆
トークショーは無事終わり、最後は恒例の握手会だ。
今回は何を伝えたいかすでに決まっている。
そして、とにかく涙だけは見せない!
そう心に誓い、列で待つこと数分―。
わたしの番が回ってきた。
まずは小林様から。
前回と同様、フワッとわたしの手を包み込むかのように握手をしてくれる小林様。
じんわりと小林様の熱が伝わってくる―。
「今日は来てくれてありがとね~。」
「はい!こちらこそ、楽しかったです!質問も読み上げてくれてありがとうございました!最近も辛いことばかりなんですけど、お2人のおかげでなんとか乗り越えられそうです―。」
気がつけば涙声になっていた―。
涙は流してはいないけど、目頭がすごく熱い―。
泣かないって決めたのに、本当にわたしはダメなウィッチだなぁ―。
「本当に辛かったんだろうね。でもそんな中、僕たちに会いに来てくれてありがとう。僕も応援してるから負けないでね?」
フワッと握られていた手に少しだけ力が入る。
更に小林様の熱が伝わってくる―。
あぁこのままずっと握っていてほしい―。
「はい!頑張ります!」
次第にわたしの手は小林様から離れていく。
あぁせっかくの温もりが―。
しかし、その温もりが冷めきる前に加藤様が力強く手を握りしめてくれた。
「今日はありがとう!」
「こちらこそありがとうございました!あの、12月の合同ライブ2日とも当てたんです!」
「えっマジで?おめでとう!」
「ありがとうございます!全力で応援するので加藤様も全力で挑んでくださいね!」
「おうよ!楽しみにしといて!」
満面の笑みで返してくれた加藤様。
あぁ死にそう―。
だが、幸せな時間はあっという間。
加藤様の手はわたしから離れていき、やがてダーツバーの外へ誘導された。
今日もお2人の手は温かかったなぁ―。
わたしは手のひらを頬に当て、永遠ににやにやしていた。




