第20話
8月に入った。
夏本番である。
1時間も箒を飛ばしていたらエピンに着く頃には丸焦げではないかというぐらいに陽射しが強い。
周りを見渡すと、他の魔法使いたちも汗を流しながら箒を飛ばしている。
マジで命がけで飛んでるね。
そして、やっとこの日がきた。
「8月に入ったから販売をしようか?」
当初は7月から予定されていた販売だったが、結局は8月からになっていた。
まぁ田中さんのバカンスや渡辺さんのお別れがあったから仕方のないことではあったんだろうけどね。
とにかく、販売を始めるんだからごちゃごちゃ耳元で嫌みを言われることもなくなるだろう。
わたしは早速、田中さんに販売の流れを教わった。
販売ってそんなに難しいものなのかって?
そこら辺の食料品とかを売るわけではないからね。
一歩間違えれば毒リンゴ作れるような素材だって売るから、慎重に使い方を教えなければならない。
お客様の多くは狼男やヴァンパイア、雪女と魔法使いではないからね。
「じゃあまずは吸血コウモリの羽を販売してもらおうか。使い方は分かる?」
「確か、吸血コウモリの羽1つに対して100ccのお湯で煎じるんですよね?そして、その煎じたものを飲むと魔力が少しだけ補充される。」
「正解。何でこの素材をご所望なのかもさらっと聞いてみて。じゃあ行っておいで。」
わたしは吸血コウモリの羽を持って1階へと降りた。
あっ普通に脚を使って降りてるからね?
こんなところで魔力使ったらもったいないから。
「松本様、お待たせしました。」
名前を呼ぶと、少し若い筋肉もりもりの狼男が来た。
でも、なんか目の下にクマが出来てて表情も少しやつれてて、明らかにしんどいですって感じが滲み出ている。
「今日はどうされましたか?」
「重い荷物を張り切って運んでいたら魔力切れを起こしてしまって―。」
「そうなんですね。それは大変でしたね。では、魔力回復が出来る吸血コウモリの羽です。使い方は―。」
わたしは先ほど田中さんと確認した内容通りに説明を行った。
狼男さん、ちゃんと分かってくれるかな?
わたし、語彙力ないからなぁ―。
説明を終え、
「何かご不明な点はございますか?」
「いや、すごく分かりやすかったよ。ありがとう。」
表情はやつれているけど、それでも満面の笑みを見せてくれた狼男の松本様。
わたしも満面の笑みで「お大事に!」と言い、松本様を見送った。
わたしはすぐ後ろで様子を見ていた田中さんに誉めてもらおうと話しかけた。
「どうでしたか、わたしの麗しき姿は?」
「もう少し声を出さないとダメやね。今の方は若かったから聞こえただろうけど、相手がご老人なら絶対に聞こえない。」
「はい―。」
やっぱり初っぱなからうまくはいかないよね―。
「でも、お客様を最後まで見送ったのはよかった。中にはお客様が目の前にいるのにその場を立ち去るウィッチもいるからね。それも踏まえて、他の魔法使いの販売姿を見て勉強しな。」
「はい!」
まぁ誉められたからいいか。
ということで、わたしは素材の販売デビューを果たした。
ゆえに、今日から出来る範囲でならどのような販売をしてもよいという解釈になる。
☆
その後数日、わたしは他の魔法使いたちの販売姿を見て勉強をした。
どのようにしたら伝わりやすいだろうか?
どのような言葉を使えばいいだろうか?
悩んで悩んであっという間に金曜日だ。
仕事を終えたわたしは休憩室で背伸びをした。
階段を上り下りしたせいかいつもより疲れが溜まっている感じがする―。
ほんと、何でこんな構造にしたんだろう?
こんな疲れが溜まった状態で明日、土曜日初出勤出来るかな?
明日の出勤メンバーを確認する。
「うわっ最悪―。」
あっ思わず声に出ちゃった。
周りに誰もいないことを確認してホッと息を撫で下ろす。
明日の出勤者はわたしと鈴木さんとまさかの高飛車。
土曜日は比較的お客様が少ないので出勤メンバーも少なめ。
まぁまだ鈴木さんがいるからましかな?
しかし、明日出勤することによって高飛車の本性が明らかになるということは今の時点でわたしは気付くはずもなかった―。




