1-10 真逆な人間
さて、ビッグマザーのお陰で生き残った後の道筋も見えた所で、本格的に肩入れするとしよう。
先ず教会を思いっきり要塞化した。それこそ数十万の兵士を抑えつけるレベルを目指した。
土を手で掻き出して堀を作り、それを盛って壁にし、更に木で補強した。
深さ三メートルの堀と厚さ二メートルの低めの塀だ。砲弾が使われた時から塀は低く厚く、が基本になっているのでそれを参考にした。
砲弾並みの攻撃力を持つ変怪にも有効だろう。これで侵入は防げるはず。一時間程度は。
次に講堂に置かれていた長椅子と言う長椅子を分解して組み上げて、逆茂木を作る。
バツ印みたいなものを横にずらりと並べて先端を鋭くしたこれは、騎馬とかを退ける為のものだ。野生動物はこういう尖ったものに突進することを嫌う。
当然変怪もそう……あって欲しいな。
更に鉄板であらゆる箇所を補強した。ついでに爆弾を利用したブービートラップも作って、徹底的に仕上げる。
「総評は『何でも来い』だな」
これでディフェンスでやれることは終わった。次はオフェンスだ。
教会を出て少し寄り道後、酒場の上の武器屋に入る。
すると皆が逃げ出したにもかかわらず、主人はいつも通りそこに居て大斧の刃を研いでいた。
こんな時でも店を開いているなんて度胸有り過ぎるだろ。変怪相手に商売するつもりか。
「ああ。お前まだ居るのか? 逃げたと思っていたぞ」
「訳あって、この町に残っても生き残る算段が整ってね」
「……成程、敏腕神官長のご加護か」
「そーゆーこと。で、今日は新商品を出血大サービスしようと思うんだっ」
わざわざ倉庫に出向いて、荷台で引っ張ってきた箱をドンと積み上げる。
ギッチギチに詰まっているのは丸い爆弾二種と箱型爆弾の二つ。
「ああ、話は聞いている。高温で燃えるジェルを爆発で散らす武器らしいな」
「ああ。それとこの二つ」
「?」
「こっちは金属を溶かす程の高温を出す爆弾。で、こっちは丸い金属球を前方に吹っ飛ばして敵を穴だらけにする爆弾」
ナパームの他に準備したのはこの二つだ。
ベレンガリアが用意してくれた銀の塗料になる粉はアルミだった。つまり錆鉄と合わせて火を付ければ爆発的に反応して高温の液体金属を撒き散らす。
それを爆弾状にしたのがこのテルミット式焼夷弾だ。効果のほどは微妙、と評価されているが。
ただ、変怪の動きを止めることができるという報告は受けている。
そして変怪を破壊するその爆発力を前面に集約させればいいのでは、という考えのもとに作った爆弾は俗に言うクレイモア。
実際にある爆弾よりもかなり不格好で大型だけど、実験では分厚い鉄板も貫通できる威力を持っている。
変怪の脚程度なら潰せるだろう。
「妙なものを作っているな。しかし、非効率だ。これだけの鉄があれば剣が三振りできるぞ」
「良いんだよ。非効率でも簡単に変怪を駆除出来れば」
「ああ。それには同意しよう。使い方を教えてくれ」
主人に使い方を話して、特にクレイモア型の地雷の方は何度も何度も注意をする。
正面は赤く塗ってあるけど、もし万が一にも間違えて逆にセットしたら……うん。それは絶対に避けないとならない。
そしてこれから来る補給班にそのまま品物を渡すという話までして、主人が思いついたように話し出す。
「ああ、そうだ。手が空いているならこの一式をバジルにも渡してくれ」
「バジルに?」
言葉の意味は分かっているけど意図は掴みかねる言葉だ。
それでも一応会話をするなら……こうだろう。
「いや駄目だろ。それにバジルは隠れていた方が」
「まあ、そうだな。パニックに陥って爆弾で自殺そうだな。あいつは生物的に脆弱な存在だ。欠陥を持っていると言ってもいい」
「でしょ。だから」
「だが多分人間的な強さを持っている奴でもある。こいつは絶対に今のバジルに必要なものだ。持って行ってくれ」
「人間的な、強さ?」
「まあ、ピンと来ないだろうな。何せお前とバジルは一番対極に居る存在だ」
「対極かな。結構近いと思うけど」
「そうか? まあそう思うならそれでいい。とにかく爆弾を届けてくれ」
主人がまた武器を研ぎ、ふと窓を見る。
彼は何かを感じたのかそれとも予知が出来るのか、見ると同時に窓を震わせる絶叫が響き渡る。
人のものじゃない。生物のものかすら定かじゃない。ただ、背筋が凍るほどの何かを感じる音だった。
「なるべく早く頼む。手遅れになる前にな」
主人はそんな咆哮にも動じずただ冷静に斧を研ぐだけだった。
一方の僕は高揚感と恐怖心がごちゃまぜになった心を抱えて、走り出す。
町に出れば悲鳴と建物が崩れる音が響いていた。先ずはその方向に行ってみよう。
一番危険な場所に行けば、一先ず最悪のパターンは回避できるはずだ。
そう考えて走って近付くと、既にそこには惨禍の後しか残っていなかった。
崩れた家々、その隙間から流れる血。千切れた腕が窓を突き破ってダランと垂れ下がっている。
倒れている人間の全てが契約者で、しかし生きている人はごく僅かだ。そのごく僅かも、いずれ大多数となるだろう。
うめき声がして、そちらの方を向く。腹に大穴の開いた契約者が居た。
「大丈夫か!?」
「もう、駄目だな。目すら見えん」
冷静に呟いて震える手で空を指し示す。
「皆に伝えてくれ。やっぱり黒鱗だった。空だ。空に気を付けろ。まだ……まだ……」
ふっと息を吐いてぐったりと力が抜ける。もう口は動かない。
空に、気を付ける。どういうことだ。いやとにかく今は空に気を付けて。
「あ」
空を見上げて、彼の言葉の意味を知った。
黒い影がぽつんと空にあった。それが急激に大きくなると点は十字に見えた。
しかしますます大きくなって十字ではなく鳥の影だと知る。もっと大きくなって鳥は焼け爛れたような風貌だと知れる。
そして、強大な風圧。
音もなく降り立ったそれが砂埃に掻き消えて、でも直ぐにそれは大翼に払われて巨体が露わになる。
大きな鳥だった。肉が朽ち落ちて細長くなった体に鱗の皮がへばりついていた。不格好なまでの太い脚も目に付いた。
しかしそのどれもが羽毛ではなく鱗に覆われている。嘴がなかったら足と翼のある蛇に見えただろう。
鱗しかない翼を身に纏うように畳んで、骨だけの顔をこちらに向ける。
先日の犬よりは滑らかな動きだ。でも、動く度に鱗の皮膚が裂けて、デロリと筋肉を露わにする。
「見ている、場合じゃないな」
足を凍らせるような恐怖。込み上げてくる吐き気。
その全てを一笑に伏して見せる。ただの強がりだけど、それで少し気を静めることに成功した。
きっとそれが出来ていなければ、死んでいた。
頭の中で一番近い避難場所への経路を想起する。それと同時に刺激しない様にゆっくりと後退る。と同時にバッグに入った爆弾をまさぐる。
そして怪鳥が足を曲げたのを見て、一気に走り出す。
爆弾の周りをぐるりと囲う安全帯を剥がせば、そこから出たのは金属のリボン。それを千切れば、白い光を出して発火し始める。
「三、二、一!」
ちゃんと数えて振り向いて、怪鳥目掛けて投げつける。と同時に激しい光と音が視界いっぱいに広がった。
暴風域に入ったような絶叫が耳を打って、怪鳥がバランスを崩す。いや炎を浴びてもがいている。
「よし、怯んだっ」
今の内に角を曲がってそこの地面に手を突っ込む。グリグリと押し広げるように穴を広げて中に入れば、そこはセーフティールームだ。
頑丈な金属を分厚つ張り付けた少し狭い空間だけど、そのお陰でここならどんな攻撃も耐えられる。
それに干し肉も溜め込んでいる上、辺りのダクトに勝手に空気穴を連結させているから、長期戦もバッチリ。
開けた穴を埋め戻して、用意していた蓋をしっかり固定する。
真っ暗の中、怪鳥の足音が聞こえる。そう言えばあいつ翼があるのに地面を歩いていたな。
もしかして飛ぶのが苦手なのか。うん。きっとそうだろう。そもそも肉が削がれていてあれじゃ動くのも一苦労だろし。
そしてそんな体にあの爆弾は中々堪えると見える。怪我をして動きが悪くなるなら、肉を焼いても動けなくなるはずだ。
だから、あの不思議パワーで動く死にぞこないを火葬してやればいい。
「よしよし、いいぞ。算段は立った」
ただ問題があるとすれば、次の焼夷爆弾は広範囲に火を撒き散らすもの、という点か。
ナパーム弾を模して作った特製爆弾は、広範囲を焼くに特化している、ものの火力を集中させるのは難しい
何処かの洞窟に押し込めれれば蒸し焼きに出来るだろうけど、ここでは大して役に立たない。
「とすれば、このまま隠れてしまった方がいいかな」
有効打であろう爆弾はいずれ契約者に行き渡る。そうすればあの怪鳥も一巻の終わりで、町は守られる。
そう。わざわざ僕が命を張らなくたって町は存続できる。だったらここで引きこもっていた方がいい。
「危ない橋は渡らないに限るよな」
バジルに爆弾を届けるという目的はあると言うのは忘れていないが、それも大局的な目線で見れば怪鳥を倒すこととほぼ同義だ。
そう、契約者への支援はとどのつまり変怪を殺す為な訳で、だからこれでいい。僕の役目は果たした。
そもそもこの広い街でバジルに遭う確率なんてほとんどない。もしあったなら何かしらの糸で結ばれていると言っていい。
「良いんだけどなぁ」
さっきから地上で悲鳴が聞こえる。バジルの声だ。またパニックになっているみたいで、何か喚いても居た。
また生存本能と道徳心をインプットしたプログラムが計算して、結果を弾き出す。
「……分かったよ。出来る限り助けるって! 死なない程度に!」
寝覚めの悪い結果は御免だ。皆ヘラヘラ笑える世界が僕の理想だ。
だから頭上の地面に手を突っ込んで押し開いて飛び出す
そして恐らく地べたに這っているだろうバジルを探して、目を丸くした。
驚くべきことに、剣を構える優男が立っていた。