1-9 襲来する悪夢
翌日になって教会の仕事の合間に倉庫に向かうと、バジルは既にいなかった。
どうやらもう倉庫を出たらしい。流石にもう日が高く上がっているし、当然と言えば当然か。
しかし僕が少ない時間を割いてここに来た理由は、彼に用事があったからじゃない。
わざわざ倉庫まで来た理由は思い立ったことがあるのと、もう一つ。
新兵器達がベレンガリアのお眼鏡にかなったか確かめるためだ。
隅を見てみると、爆弾は半分だけ持って行ったらしい。メモが置いてあって、『しまう場所がないので小分けにして回収します』と書いてあった。
「メモじゃあんな口調じゃないんだよなぁ」
なんて言いつつ、都合よくて良かったとも思う。残った丸い玉と四角形の箱を幾つか回収する。
「安全帯よし。攻撃面よし。で、これをバックパックに詰めてっと。自衛手段確保」
うん。ズシッとした重さが頼もしい。いやはや、現状では一番好きなモノかも知れない。
何せ、町は今緊急事態の真っただ中。皆がてんやわんやの大騒ぎをしているんだから。
武器屋の店主曰く、以前変怪の襲撃の際に言っていた『町の外で活動していたヤバい奴』の討伐が失敗に終わったらしい。
契約者の中には食い殺された者も居て、しかも徐々にこちらに向かっているとのことだ。
そのせいで町は厳戒態勢。商人達は町を出て行って、残っているのは脱出できない人達と契約者達だけである。
「町が潰れるのは日常茶飯事らしいけど、ここも壊れるのかなぁ」
だとしたら孤児の僕は即座に人生終了なんだけどな。
いや、ベレンガリアに土下座すれば丁稚奉公の身分にしてくれるかもしれないか。
一応僕の発想力を買ってくれているし、大人になるまで働かせてくれる可能性もある。
「よし、じゃあ後は今を生き延びる手だな。幸い、教会はただいま要塞化している最中だし、余裕だな」
孤児達が全ての雑事を放り出し、木の板をかき集め、至る所に打ち付けている。
ベンチも机も全部解体されて、鎧戸やらドアやらがやたらと分厚くなって、まるで大規模な秘密基地に迷い込んだみたいだった。
その上リリー神官長も何やら準備を進めているらしいし、彼方は徹底抗戦と言った様子だ。
それにしても、あのリリー神官長が難しい顔をしているのを初めて見たなぁ。問題がひっ迫しているというのが嫌でも痛感させられる。
何処かでバジルも色々と準備しているんだろうか。あるいはもう逃げているか。
「あいつにも爆弾渡しておけばよかったかな?」
でも僕の作る爆弾はまだまだ商品として完成されていないからなぁ。それに結構扱いが難しいし、バジルに押し付けたとして役に立ててくれる未来が想像できない。
寧ろ歴史に名を遺す不良兵器、という結果が見えて仕方ない。
「まあ、岩盤割るような爆薬で木っ端微塵にならない化け物を、あれで倒せるかって話だけど」
あの時背中に爆弾を埋め込んだ上に、窓が割れるレベルの爆発を巻き起こしたはずなのに、死なないとは思わなかった。
本格的に殺すには、もっと殺傷能力を高めないといけないだろう。
でもその前に……
「そうだ。教会を補強しないとな」
扉に木の板を貼りながら思いついた、買った使わない石弓をばらして扉を補強する、という重要な任務を思い出して、僕はさっさと石弓を運び出した。
鉄素材は大きな歓声と共に迎え入れられた。プロレスの入場を思い出すくらいの熱狂ぶりだった。
僕は早速講堂の中で石弓の一つを解体、ネジで止められる板を量産していく。
うん。結構量が多いな。これだったなら扉は勿論、鎧戸だって頑丈に出来そうだ。このまま教会を要塞化して、化け物をやり過ごしてしまおう。
「なぁ。今、契約者が遺書を商人に預けてるの見ちゃったんだけど」
「マジで。ここ大丈夫かな」
「神官長は平気だって言ってるけど、でも白枝様は隣町に送ったって」
「……俺も遺書書いた方がいいかな」
「あんたも私も遺書の送り先ないでしょ」
制作途中で後ろからそんな会話がして、また気が落ち込んで来る。
彼等の未来は、僕よりもずっと暗いという事を思い出して、手が止まる。
そう、何度も言うけど僕が助かる算段はある。この教会が持てばいいし、ここがダメでもセーフティハウスがある
叡智で作った、一人分のタコツボだ。町の各所に配置して、非常食とお金を埋めてある。
しかしここにいる孤児を助けることは出来ない。そもそもセーフティハウスは僕の力でしか開くことが出来ないからだ。
それに手に入れたお金を渡して隣町に逃がしたとしても孤児が生き延びる事は難しいだろう。
僕達孤児は特別な伝手でもない限り町に救われて生き、町と共に死ぬしかない。
あるいは特別な存在だったら話は別かもしれないけど。
「……テオ、神官長が話をしたいって」
「分かった」
そう、幼い身で叡智を得たというのも、特別な存在だろう。
鉄板を作る作業を止めて細い廊下を歩く。窓を塞ぐ作業を続ける子供達を通り過ぎて、執務室へ。
チラチラと見る眼差しはあえて無視した。残念だがこれも現実だ。
「失礼します」
礼をしては入れば、リリー神官長が多くの本の中で椅子に座っていた。
こんな時にも拘らず、神官長はにっこりと笑って余裕を見せている。
そしてその表情を変えずに手招きをして、僕を迎え入れた。
「どうぞこちらへ。さて、教会筋の話では、もうじき変怪が町を襲うらしいです。後一時間もすれば来るでしょう」
「そうですか」
「そこで貴方には重要な任務を授けます。この本と応援要請の書簡を隣町の教会に届けてください。護衛は聖騎士が努めます」
「……逃げろって事ですね」
「はい。いつも理解が早くて助かります」
理解するのも当然だ。彼女が言いながら僕に押し付けた本は聖書でも何でもなく、彼女自身が良く読んでいる小説だったのだから。
何度も見返したのだろうボロボロな書籍は何の価値もない代物で、重要な任務と言うのが方便だというのは火を見るよりも明らかだ。
いやでも、重要と言うには重要なんだろう。きっと神官長には大切な一品なのだから。
そして応援の書簡をここで開いて目を通せば、やはり応援なんて建前で僕を匿うようにという文面が書かれている。
「神官長はこの後どうしますか?」
「私は神官長です。この教会を守る仕事があります」
「信仰と心中ですか? 不器用ですね」
「こら、言葉が刺々しいですよ。貴方らしくない」
コツンと叩かれ、窘められる。
「それに信仰心のみと思われるのは心外です。私は第一書架教教徒の前に人間であり、ここの子供の親です。親心と言うものもちゃんとあるんですよ」
「知ってますよ。だからこそ心配してるんじゃないですか」
白枝様のお世話の時間にはいつも祈りを捧げている神官長。それは命令にしか反応しない危険な聖騎士を抑えつけるためだ。
叡智の授与をわざわざ見せるのは、第一書架教が与える力が教会が謳うような神の御業だけではなくおぞましい一面があると教える為だ。
彼女は教徒として狂っていながら、嫌になるほど僕達に優しく厳しい。
だからこそ孤児達はぶつくさ言いながらも仕事をするし、今だってパニックにならないんだろう。
何があろうと守ってくれる。死ぬ時は一緒に死んでくれると盲信で来るほど、彼等は信頼関係が成り立っている。
それこそ、親子の関係みたいに。
「この書簡は預かっておきますね」
だから僕もその優しさに甘えて置く。
ただし、一部だけだ。
「でも本はお返しします」
「それはどうして?」
「僕は悲劇的な終わりが嫌いなんです。どうせなら喜劇が見たいって言うのが性分何で。だから一先ず町に残って暴れますよ」
「おやおや、死ぬかもしれませんよ」
「ははは。冗談。この町には緊急避難用の場所を何か所も作っているんですよ。ダメだったらそこに逃げ込むだけです」
「そして生き残った後に、その書簡を持って隣町へ?」
「最悪の場合はそうですね」
そう最悪な場合でも僕は生きていける。それだけの準備をしているし、たった今長期的にも生存の目途が立った。
だから、皆を助けられる可能性を摸索できる。
「神官長も気付いてるでしょ。僕は結構強かなんだ」
「ええ。人を倒して殴り付けるくらいの悪ガキだと知っていますよ」
「ぐっ」
一応路地裏に引きずり込んでから殴ったけどバレていたか。
気まずそうにそっぽを向く僕を見て、神官長がにっこりと笑って本を受け取る。
そして代わりにもう一つの封筒を手渡した。
「これは?」
「隣の教会の紹介状です。町が一つ潰れた後にその書簡を持ってもあちらが困惑するだけですからね」
「……お見通しですか」
「知っていますか? 親と言うのは子供の悪戯を見抜く者なんですよ」
息子の事なら何でもお見通し、はこの世界でも共通だったらしい。