1-8 松明と行く先の闇
毎夜毎夜、小金稼ぎと新アイテム開発を続ける日々はまあまあ充実していた。
爆弾も順調に試作品までこぎつけて、店に卸すことも出来た。それを使ってみてくれたお客さんの情報も集まりつつある。
そこから爆発範囲と起爆時間の調整も地道にし続けている。いよいよ本格的なボマーになる日も近いだろう。
今夜も太りつつある月が高く昇った頃に出て倉庫に向かってみると、その扉の前に何故か先客がいた。
酒瓶を抱えて眠っている様は、起こさないと凍死しそうだなと思う反面、こいつなら平気かなとも考えてしまう。
「まあ、起こすけどさ。バジル、寝るな死ぬぞ」
革製のローブにくるまっていた優男を揺らすと、意外にも直ぐに意識を取り戻す。
その人の良さそうな顔は眠たげだったが、僕を見ると直ぐに眠気が飛んだようだ。
「んあ? あ、ああテオ君。どうしてこんな夜に」
「非行中。そう言うバジルは何でこんなはずれで寝ているんだよ?」
「……宿で寝るお金が無くなったから」
アハハ、と笑うバジルに溜息が出てしまう。
きっと今日と言う日まで碌に仕事が出来なかったんだろう。そしてこんな所で酒で寒さを紛らわしている。なんとも情けない話だ。
しかし、呆れはするが笑えはしない。何せなんだかんだ言って僕とこいつは似た者同士なのだから。
僕達は戦うのが怖い。そして彼は戦う事から逃げて宿からここに至り、僕も戦う事から逃げる為にここに来ている。
明日は我が身、と言う言葉がこれほどリアリティを伴って感じられるのも、そうそうないだろう。
しかし幸いなことだ。僕は無料で屋根と壁を提供できる。少なくともバジルは雨風をしのげる。
「ここの倉庫、僕がただで借りているんだけど、朝までここで寝ていいぞ」
「本当!?」
「ただし中のもの盗んだらただじゃ置かないからな。縄で縛って全身に爆弾括りつけて変怪の群れの中に突っ込ませるからな」
「そんな事する度胸ないさっ」
ある意味一番納得する理由を吐いて、さっさと扉の前に立つ。よほど寒かったらしい。
そりゃそうだ。酒で気を紛らわしても体が冷えることに違いはない。
鍵を開けて直ちに扉を開ける。
「ほら、入って」
「ありがとう。恩に着るよ」
「着なくていい。どうせ僕も温情で借りてるだけだし。お礼だったらベレンガリアに言って」
「ベレンガリアって、あのベレンガリア? 工房の主と狩人を兼任している人」
「ああ。そんな人だったんだ。まあそうだよ。っと……うわ今日も沢山あるなぁ。作業が大変だ」
爆弾と松明の素材が山積みになっている。そしてここに入れろと言わんばかりにある荷車と伝言が書かれた紙。
曰く、物珍しさから中々売れているので、今のうちに稼げるだけ稼いだ方がいい。増産をお願いしたい、とのこと。
「物珍しさ、か。つまりリピーターはあまり居ないって事だな。爆弾はあまり人気ないか……」
もっと食いつくかと思ったけど、予想は裏切られたか。やっぱり商売は甘くないなぁ。
まあいい。他の契約者が使わなくても僕が使う。言われた通り、今の内にガッポリ稼いでしまおう。
早速素材を桶に突っ込んでコネコネと合わせていく。
「うわ、木が溶けた?」
「違うよ。木を粘土状にしているんだ」
「ど、どうやって?」
「そりゃ第一書架教の子供だからね。ほら」
腕まくりをして文様を見せると、バジルが驚いたように目を見開いた。
「こ、子供にも叡智を与えるのか? あそこは?」
「いや、僕を拾った時にはもう叡智は授かってたんだと。だからあそこの神官長は僕を御子だとか天使だとか言ってる」
「て、天使? その……君が?」
「言いたいことは分かる。だが一応、教会内じゃ品行方正なんだよ。人を殴ったりはしないし」
「へぇ。で、どうして真夜中にこんなことを?」
「僕は戦うのが怖いから、他の手段で生計を立てるのさ。これはその為の準備段階」
バジルには見せていいだろう。そもそもこの製作には叡智が必要で真似なんて出来ない。つまりコピー商品も出ることはない。
今のところは、だが。
「この松明とかいいだろ? 多少湿っていても火に近づければ燃える。ジリジリと燃えるから燃焼時間も長い。今もっと光量を多くしてほしいという要望があって、太めの奴を作ろうと思ってるんだ」
「あ、知ってる。洞窟とか廃墟を探索するのに使ってる人が居るらしいね……ってなんでそんなものを作ってるのかな?」
「僕が開発者兼制作者だから」
「あはは、そんなバカな」
と笑うけど、改めて暗い倉庫の中を見回すと、バジルがまじまじと僕を見て来た。
「本当?」
「本当」
「じゃあ、神官長が言ってるように本当に天使か何かですか?」
「ああ。実は月からテレパシーを貰っているんだ」
「マジですか!?」
「い、いや嘘だよ」
「何だ。驚かせないでください」
軽い冗談だったのに大真面目に受け取られて、俺の方が驚いたわ。
あんな冗談で心底信じるなんてどれだけ純粋無垢なんだろう。それかお前は僕をどんな目で見ているんだろう。
「言っておくけど、ただの子供だからな。僕」
「ただの子供は自分を子供だって言わないし、契約者と共闘しないし、道具を開発して売ったりしないと思うんだ」
「言われてみれば、確かに」
「後、人を引き倒して殴らない」
「それはやるだろ」
「え?」
「?」
思わず手を止めてバジルの方を見ると、バジルもキョトンと僕を見ていた。
意見の総意と言うか、常識の差があったらしい。
「子供なんて大人相手に容赦も謂れも無い暴力を仕掛ける小さい暴力装置だろ?」
「いや、違うと思うけどな」
「だったら知らないんだよ。突進と同時に鳩尾に頭突きをかます親戚の子供の怖さが」
僕を徹底的に打ちのめしたその事件以来、あの子は『鉄砲玉』と呼ばれ怖れられている。
当人は何かやったのかと首を傾げていたが、その純粋無垢さが益々憎らしい。
怒るに怒れないじゃないか。
「うん。あいつらは暴力装置だな」
「君もまだ子供なんだけど」
「おう。暴力装置だな」
「あ、笑わないで。殴られた頬が痛くなる」
「だったらもうパニックにならない事だな。多分またぶん殴るから」
「俺の気質はもう戻らないから、もう少し優しい処遇をお願いします」
「分かったよ。次は首絞めて落とす」
「益々暴力的じゃないかな? それ」
「嫌だったら僕みたいに違う仕事でも探せばいいんじゃないか。孤児でもないんだろうしさ」
なんて軽く言うと、バジルが急にキョトンとする。
何か悪い事でも言ったのかと思うと、直ぐに口元に笑みが浮かんでカラカラと笑い出す。
乾いた笑い、と言うものだ。
「ははっ。それは無理だよ。仕事の選択ができるのは中央の人間の特権だもの」
「そうなのか?」
「そういうもんだよ。色んな仕事があるのはいつだってあっちで、しかも向こうでも競争してる」
そう言うとバジルは軽くため息をついてお酒を飲む。
その様に、何となく彼の背中に隠れた現実が垣間見えた気がした。
「そうか。世知辛いな」
「そーいうもんさ。寝る所があるだけまし。町を追い出されれば直ぐに死ぬからね。っとそうだった。夜更かししてる場合じゃない。早く寝ないと」
そういうと、バジルは横になって目を閉じる。
それを見届けて、僕はため息を吐いてしまった。
彼も存外、酷い境遇にいたようだ。いや、この世界の誰もがそうに違いない。
ここではどうしようもなく行き詰った人間が多い。どうしようもないのでどうすることも出来ずに死ぬ人が大多数だ。
ここには不思議な力がある筈なのに、ファンタジーと言うものをあざ笑うように強烈な黒い現実が塗りつぶす。
「一応ファンタジーなのにな」
小さく呟いて松明を見る。燃え続けるそれはここを照らすには十分だが、自分の未来を明るくするには役者不足だった。
自分はこの世界でどれだけ我を通せるのか。あるいは小さく燃え尽きるだけか。
この世界の常識すらおぼつかない僕には、どうしても自身の未来が見通せない。
そして僕以上にバジルの御先も真っ暗なんだろう。
そんな彼に果たして救いの手は伸びるのだろうか。なんてことをふと思ってしまった。
誰もが必死に生きている中では、そんなものなど何処を探しても存在しないというのに。