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1-5 奇人現る

 力がなければ化け物に食われ、或いは化物と化す。

 力を求めれば苦痛を伴い、或いは同じように化け物と化す。


 契約者と言うのはどれだけ命懸けで戦おうと碌な死に方をしないのだ。どれだけ足掻こうと、その沼の底に変わりはしない。

 昨日、それをまざまざと見せつけられた僕のテンションは、地の底を這っていた。


「はぁ」


 もう溜息しか出てこない。ダークファンタジーは何処までも醜怪で悍ましい未来を用意していていて、僕にはそれが回避する術がまだ見当たらないのだから、嫌にもなるわ。

 今日は週に一度の楽しみの日だったのに気が滅入って仕方ない。ふて寝したくてしょうがない。


 だから例の武器屋の片隅、長い大袋を抱えつつ憂鬱な未来を考えない様に床板の木目を黙々と数えて気を紛らわす。


 店の主人が凄く迷惑そうな顔をしているが、気にするか。遠慮なく閑古鳥が鳴くような空気を醸し出してやる。

 と言うかそもそもこの店自体、元々人が少ないのだ。別にいいだろう。


「そー言えば、主よ」


 ショーケースの中身を入れ替えている店の主人に声をかけてみる。


「何だ? その仰々しい喋り方」

「気分転換に言葉遣いを変えてみた。で、僕の聞いた話じゃ契約者が使う武器や防具は専ら『工房』とか言う所で作られているらしいじゃないか」

「具体的には、工房は特殊な技術を用いる技術屋の総称だ。正しくは近くにある湖畔の要塞と、暗雲の隠れ家の二つだな」

「ああ。そうだったっけ」


 そう言えばそんな話を聞いた覚えがある。


「で、こんな武器屋よりそっちの工房の方が商品が良いんだろ?」

「ああ。うちの商品は全てただの鉄と皮で作られている。だが彼方は全てが特別製だ。化け物専用の化け物平気だな」

「商品価値的に負けてるじゃん。何で潰れないの?」

「住み分けが出来ているからだ。こっちは初心者用。あっちは中級者以上。それに隠れ家の方から偶に商品を置くこともあるしな。共存共栄と言う奴だ」

「ああ、そっか」


 それにしても人が少ないけどな。一日の売り上げがゼロの日もあるんじゃないだろうか。

 ひょっとして裏であくどい事をしているのでは。本当にヤバい方の麻薬売買とか、奴隷商人とか。

 なんて邪推を始めた頃、やっと今日のメインイベントがやってきた。

 

 キイッと扉が開いて、ひょこっと出てきたノッポの女。先ずは店主を見て手を振った。


「ヒヒッ。ハローハロー、店長。うちのちっこいお得意様はいるかなぁ?」


 変な笑いと妙なイントネーションの挨拶で入ってきたこの女こそ、僕の商売分野の相棒である。

 まるで枯木みたいな女だった。ひたすら高く細く、その身にスーツを被せてフラフラと近づいて来る。

 血の気のない様はまるで幽霊でもあるが、それでも先ず細さに目が行くだろう。ガリガリで骨のような体躯は拒食症と言っても納得のものだった。

 そして次にあの笑みだ。三日月をそのまま張り付けたみたいな作り笑い。歪すぎて寒気すらする。

 それが僕に気付いて、こちらを向いた。


「あ、そんなところに居たんだ」

「ベレンガリア、いい加減もっと自然な笑いを身に付けたらどうだ? 客商売的に」

「『暗雲の隠れ家』のお客は気に入ってるよ? 皆私の大ファンなんだ」


 ベレンガリア。暗雲の隠れ家の工房長であり、僕の友達。

 しかし、同時に少し苦手な相手でもある。


 現にダンスのステップを踏むように、しかしリズムをグチャグチャにしたような足取りで僕の方に進むと、急に僕の頭を掴んで来る。


「やぁ。今週の売り上げを渡さないとねぇ」

「ベレンガリア、僕の頭を一々掴まないと話せないのか?」

「ああ。話せないんだ。何かに掴まっていないと体がふらついて呼吸がし辛くなる」

「一回医者行けっ。安静に座っていろっ」

「それじゃ遠慮なくぅ」


 ヘラヘラ笑って荷物を下ろし、長い手足を持て余し気味にして座る。そしてフゥっと息を吐くと壁に背を預けた。

 何とも疲れ切った様子で、更に億劫な風に内ポケットに手を突っ込んで出てきたのは金の詰まった革袋。今日も結構な額が来たな。


「これが、簡易松明の売り上げだよ。いやぁ凄いねぇ。臭いけど」

「そこは改良出来ないよ。良い油が手に入らないんだ」


 そう、彼女こそ僕の松明を商品棚の片隅に置いてくれる恩人で、毎月アパート代程度の売上が発生する源泉だ。

 だからどれだけ変人でも無下には出来ない。


「けど、何でまた頭を掴むんだ」

「お客は私のファンだけど、私は君の頭のファンなんだ。今度型取っていい?」

「型を取る為って言って首切られそうだからやだ」

「流石にしないよぉ。ヒヒッヒヒッヒヒッ」


 いや、するな。こいつは絶対する。その上でどうして死んだのか、と生首に問いかけるんだ。

 疑いの眼を向ければ、ベレンガリアはわざとらしく笑って見せて、僕の手にある袋から金貨を一枚摘まむ。

 別に棚代を寄こせというわけじゃない。それは既に払っている。この一枚は、次の為の投資だ。


「また素材を持ってきたよ。買うだろう?」


 素材。それは僕の実験に必要なものであり、僕の生存確率を引き上げる可能性の種だ。


「いつもありがとな」

「ヒヒッ。言っただろう? 私は君の頭のファンなんだ。君がどんなアイディアを出すか楽しみで楽しみで、昨日はずっとベッドの上で笑っていたんだよぉ」


 それは凄く不気味だろうな。従業員も遂に壊れたかとビビっただろう。


「夜通し作業していた子達も楽しみなんですねと笑うから、もう工房中は笑いでいっぱいさ」

「何その悪夢的空間」


 咄嗟に三日月を貼り付けた笑いが満ちる工房を想像して、直ぐに振り払う。さっさと忘れないと夢に出てきそうだ。

 とにかく今は素材だ。長い腕で並べ始めたその素材一つ一つに眼をやる。


「これが爆発を起こす変怪から搾り取った血を加工したもの。面白いんだけどね。油分に反応して爆発する。大体一対一で大爆発」

「絶対買いっ」

「だろうねぇ。で、こっちが精油。カンファ―を量産している工房から不要な部分を分離した油をお安く融通してね。これを松明に使ってくれるなら大体一樽一銅貨で売っていいよ」

「安ッ。そこらのパンより安いし、松明にも使いきれねえよ」

「そこはねぇ。ほらまた色々と考えてくれるだろう?」

「まぁ、な。今ちょっと楽しい事を考えたわ」


 だって油だし。場合によっては一撃必殺も夢じゃない。

 他にも液体を吸いジェル状になるとか言う粉末やら、塗料として使われる金属粉末やら、色々とあって全て中々そそられるものばかりだ。

 しかしその中に有って異質なものが一つ。

 いや中にと言うよりは……外に。


「で、店の前にあるのが今日一番のお勧め商品さ」

「前?」


 ベレンガリアがゆっくりと立ち上がり、窓の外に身を乗り出すので、僕もそれに習う。

 すると入口の邪魔にならない様な位置に荷車に乗った大きな石弓が見えた。あれなら三十キロクラスの矢も撃ち出せるだろう。


「あれ、作ったのか?」

「いや、以前、どでかい変怪を討伐する時に大量に作られたものだね。でも今は無用の長物で、超安値で売られてる。でも、バラせばまだ使えるだろう?」


 そして君はバラすのが得意そうだ。

 そう当然のように言われたけど、僕は貴方に自分の力を放した覚えないんだけど。

 でも、うん。確かにこれはいい。色々と、楽しい。


「因みにここの倉庫に後三台あるから、好きに使うといいよぉ」

「流石にそこまで使わんわ」

「えー? じゃあストレス解消にとか?」

「しないわ。あ、でも倉庫は自由に使いたいな」

「いいよぉ。どーせ無くして困るもの入ってないしねぇ。でもその代り、増産お願いだよ? 木材もきちんと入っているからね」


 窓から顔がこちらに迫る。ずいっと見下ろされて、苦笑いが漏れてしまう。


「あー。うん。頑張ります」


 量産なんて疲れるだけだと思って逃げて来たけど……こりゃ寝不足になるな。

 そう思いつつも、そこまで力になってくれる人には尽力したいと思うのが人の心。

 新製品開発も含めて、この変人兼恩人にしっかり貢献をしていこう。



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