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1-4 叡智の行き着く先

 僕が得た唯一の『チート』、可塑の叡智と言うものは戦闘には不向きだけど、それ以外は万能ともいえる技だった。

 例えば教会で椅子が壊れたとしよう。直すのにもお金がかかるし素人仕事じゃ不安が残る。

しかし僕の手にかかれば釘も金槌も使わずにその椅子を直すことができるのだ。


「テオ、椅子の脚折れたお願い」

「あいよ」


 と返事をして駆け寄って、折れた足をコネコネしてくっつける。

 それだけであら不思議、壊れた椅子は元通り……とは行かないな。少し歪だ。


「でもまあ使えるだろ?」

「だね。ちゃんと足の長さ同じだし。あ、台所のお皿もお願い」

「了解」


 そう。勿論椅子だけじゃない。その他、穴の開いた鍋、割れた皿、簡単な擦り傷もチャチャっと治せる。

 物持ちがいいなんてもんじゃない。消耗品でなかったら無くすまで使い続けられる。


「うん。完璧だな」


 調理場の片隅にしゃがんで、割れた皿をくっつけてついでになだらかにして、他の皿と一部の違いもない完成度にする。

 これで使用感も違和感なし、と言うか他の皿と混ざれば先ず見分けることは出来ない。


「ほら出来たぞ」

「おーありがとう。何か、全然戦いに使えないけどそれ以外には万能だよな」

「まーな。これで一儲け出来ないか考えてるんだよ。二足の草鞋ってやつ」

「あー知ってるぜ。 『簡単松明』だろ?」

「そう。僕の一押し商品」


 簡単松明。俺の腕輪にも使われたそれは巷で流行りつつある、と良いなぁと考えている僕のオリジナル商品だ。

 その作り方は、僕にとってはまさに簡単。


 先ずは皆が寝静まった頃、こっそり起きて廃材置き場に行く。そしてこっそりと木材を確保して、今度は教会の台所の隅、廃油入れの前に陣取る。

 後はこの二つを叡智と言うマジカルパワーでコネコネするだけだ。


 木と油を混ぜ合わせてくっつけて、なんとそれだけで商品の大本は完成だ。表面の油を拭って火を付ければ暫く燃え続ける芯となる。

 後はより分けて置いた難燃性の廃材で囲ってやれば先端からジワジワと燃えるようになるという寸法だ。


「良い商品だよな。売り上げも上々だし」


 こっそりとある店に卸しているのだけど、これが中々楽しい事になっているのだ。

 何とは言わないが、具体的に言えば固定客も付いてきて、その売り上げで安いアパートを借りられそうなくらい、と言う感じだ。

 お客の不平不満といえば、揚げ物の匂いがする程度。つまり本格的な油を使えば商品として問題ない。


「くくく、ここはダークファンタジーな世界だけど、別にその土俵に上がる必要はない。僕はせいぜいこうやって稼いで、自分の理想を実現するさ」


 何せ僕には夢がある。その為にはこういうちまちまとしたことも必要なのだ。

 なあに。この異種の材料を組み合わせる技術には無限の可能性がある。それこそやりようは幾らでもあるというもの。


「差し当たっては、これだな」


 今度は台所の床を剥がして、能力で作った床下収納から机へ、例の物を移動させる。

 武器屋の主に使わないからと融通してもらった白く錆びた金属だ。これがこの暗く悲劇しかない世界で生き抜く力となる。

 さて、早速コネコネしようか。明日の為に。


「っと違う違う。その前にこの素材達を床下に隠しとかないとな」


 ガラスの破片、鉄片、その他他の人から融通してもらった不用品の数々。その全てをザラザラと床に押し込めて、入りきらずに拡張工事をしつつ。

 そうして自身の叡智を使った楽しい夜は更けていく。




 翌日、また腕輪と新たに作った足環を嵌めて、仕事をする。

 そう、仕事だ。化け物が襲って来ようと暗い現実が待っていようと教会の仕事は減りはしない。

 前の世界だったら間違いなく国連が騒ぎ立てる労働環境で、ヒイコラ言いながら働くしかない。


 しかしそんな仕事の合間にもこっそりと作業は進めている。

 要らないもの、使わないものをこっそりポケットに貯め込んだり、色々な商品のアイディアを練ったりしして、日々を過ごしている。

 たまにいいアイディアが浮かんで笑ってしまうが、それが許されるのは白枝様と言うより不気味な存在が居るおかげだろう。


 今考えているのは、軽くて頑丈な防具だ。木材や革、鉄製品などを組み合わせてあの変怪の噛みつきにも耐えうる防具を作りたいと考えている。

 あるいは頑丈な布を作りたいなとも思っている。


 しかしいい方法がない。悩みの種だ。


 例えば安直に金属と布を混ぜ込んでみる。と、柔らかさの欠片もないただの塊になる。糸から練り合わせてもゴワゴワになる。

 柔らかくて頑丈。この二つの両立はかなり大変だと痛感させられた。

 それでも一応一定の成果は得られたものの……微妙な感じだった。


「うーん。使い捨てってのが僕としては微妙なんだよなあ」

「テオ、白枝様のお手入れをぼんやりとやってはいけません」


 呟いていると、後ろから神官長に見咎められる。パッと振り向いて慌てて一礼した。

 考えている間に白枝様のお世話に移っていたらしい。小部屋の中で白枝様の上に餌用のキャベツを乗せてしまっていた。

 きっとまた祈りを捧げに来たんだろうリリー神官長の為に壁によって、謝罪する。


「す、すみません。別に白枝様の皮を剥ぎたいとは思っていませんから」

「一応、私達の方は大らかな宗派ではありますがご神体の前ですよ」


 ダメ、と軽く頭を叩かれて窘められる。

 でもそれよりも興味深い言葉を聞いた気がする。


「宗派って事は第一書架教って色々な宗派があるんですか?」

「ええ。勿論、主に私達拝月派と月下派が居ますね。語弊を恐れずに言うなら、白枝様を信仰するか研究するか、と言った感じでしょうか」

「へえ白枝様を研究……」

「ええ。と言っても白枝様を解剖するのではなく、過去の文献や生態を調査するものらしいですけど……それでも不敬ですよ」


 ねぇ、と同意を促されても俺には信仰心はないので同意しかねる。

 何方かと言えば解剖してその不思議パワーの源でも探ればいいと思ってしまう。


 そもそもの話、白枝様にカリスマ性がないのが問題だ。信仰されたければもっと見た目を良くするべきだろう。

 その背中に着いたウジ虫っぽい触手を取り払うとか、ヌメヌメの肌に粉でも叩いてみるとか、もっと鮮やかな色になってみるとか。

 それこそ見た目はウミウシっぽいのだから鮮やかな青とか配色すればいいんじゃないか。


 って、こいつは別に信仰されたいとは思っていないのか。

 寧ろ何故か好かれて困惑しているのかも知れない。

 そう、周りがドン引きしているように信仰対象すら引いている可能性だってある訳だ。


 だがしかし、こんな薄気味悪い第一書架教だけど、その印象に反して意外と皆には受け入れられている所がある。

 それは信仰の対象が薄気味悪いだけでそれ以外の感性は真っ当であり、更に町をより良くしようと活動しているからだろう。


 町の清掃活動や医療の普及、孤児の受入と教育、職を追われた者達への炊き出しや仕事のあっ旋。

 その中でも最も貢献しているだろう活動が『契約者』達への奉仕活動と『白枝』様の『叡智』の授与だ。


 今日も一人、何者かが教会の門戸を叩いたらしい。

 小部屋の戸が叩かれて、孤児の一人が入ってくる。


「失礼します。神官長。契約者様がお見えです」

「ああ、また救いを求める方が来たのですね」


 神官長が薄く笑う。その清廉な笑みは聖女のような笑みだ。でもその笑みに僕ともう一人の孤児は少し顔を青ざめてしまう。

 白枝様を持ち抱き抱えると、彼女は僕達に笑いかける。


「ではテオ、行きましょうか」

「はい。神官長」


 と言ったものの、僕は町に最も貢献している筈の活動が大嫌いだった。いや恐らくここの子供全員が嫌いだった。

 皆が口をそろえて言う事は、契約者が来た日は不味い飯がことさら不味くなるである。

 それでも神官長は皆を招集するので、僕を含む孤児はその『儀式』に参列しなければならない。



 ああ、憂鬱だ。




 講堂に行くと既に皆が集まっていた。

 長椅子並ぶ講堂には孤児が居並び、講壇が退けられたところには一人の男。

 外套に身を包みフードを被るステレオタイプの契約者だった。袋を足元に置いており、そこから血が滲んでいるのが見える。


 また妙な奴が来たなと思いつつ空いている席に座って、目を開いたまま光景を遮断する手段はないか考えていると、隣の子供が小突いてきた。


「また儀式だぜ? あいつどうなると思う?」

「近くを通り過ぎた時にタバコの匂いがしたからダメじゃないか?」


 ここでいう煙草はし好品のそれじゃない。

 酒場で嗅いだ、あの清涼感のある香りを発する特殊な紙巻煙草だ。正式名称は……何だったか。


「ああ、『カンファ―』やってるのか。じゃあダメだな。今日の食事は喉を通らねえぜ」

「ああ、そうだカンファ―だった。……ってことは一応あの人も、ベテランなんだよな」

「ああ。自分の肉体を強化して変怪を狩ってる、長年の契約者だな。カンファ―吸うくらいまでになってるなら、それこそ凄腕じゃないか。きっとあの袋の中身、アレが対価だぜ」


 その言葉に反応するかのように、早速男が袋を開ける。

 その拍子に袋の中の何かがバランスを崩し、ゴロリと転げ落ちたのは首だ。長い牙が生えた人の頭蓋骨がこちらへ眼窩を向けている。

 しかしその何年も経ったような頭蓋に張り付くのは乾いた肉と、鱗が生えた皮膚だった。


「変怪? あれミイラか?」

「いやあれがそのまま動いてるんだよ。骸骨が動いてるんだ」

「あたし、変な仮面被ってるって聞いたよ」


 子供達がざわつく中、しわがれた声が神官長に問いかける。


「死に立てだ。儀式にも使えるし、頭を割れば赤琥珀や武器が作れるはずだ。『工房』に売れば金になる」

「そうですね。確かにこれで足りますよ。しかし、貴方は随分と無茶をされて居るようですね」


 神官長が彼の手を持って、腕を捲る。

 そこにはびっしりと刻まれた白い紋章。肘までそれが伸びている。

 それは彼が自身を投げ打って、危険な橋を渡って、その上で強さを得た証だった。


「各教会にそれぞれ伝わる叡智、それを刻んで……およそ三つ分ですか」

「それでも力が足りなかった。その結果が、これだ。相棒の成れの果てさ」


 そう言って無造作に頭を掴んで袋に押し込む。


「成程、人由来の変怪でしたか」

「そうだ。仇を討ちたいが、あの館に巣食う変怪にはこのままでは太刀打ちできない」

「それで、この教会に」

「ああ。最早この身がどうなろうと、俺はやらねばならない。そうでなければ、死んだも……同然だ……失礼」


 ゆっくりと煙草をくわえて、火をつける。

 あの紙巻煙草がただの清涼感ある煙を楽しむものではないと言う事は、先月知ったばかりだ。

 あの神に混ぜ込んでいるのはカンファ―と呼ばれる無色の結晶で、いわゆる麻薬だ。しかし快楽を得るものでなく痛みを取るものである。


 契約者の半数以上が疼痛に悩まされるのは常識らしい。

 それは古傷のせいもあるが、この世界独特の事情でもあった。例えば今行われる叡智の授与もそうだ。

 教会で叡智を授かる訳だけどもその力の代償なのか、授かった人間は高確率で頭痛を発症し、それに悩まされることになる。


 しかもそれが治ることはない。弱く延々と響くようなものから突発的に割れるような痛みまで、様々な違いはあれど彼等はずっと付き合わなければならないのだ。


 まあそれだけで済むならいい方だが。


「ふぅ。もう、大丈夫だ」

「そうですか。では、授与を始めます」

「……」


 契約者が片膝を付いて、手を差し出す。それはまるで騎士が王に誓いを立てる一幕に似ていた。その様に契約者の出自を思い出す。

 そもそも契約者と言うのは彼等が白枝様と契約を交わして変怪を狩っていたことに端を発する、といった説だ。

 しかし今の時代、リスクのある叡智よりも変怪の血肉を使った武器の方が手軽で楽だろう。


 叡智を求める契約者など前時代的とすら言えるかもしれない。


 それでも彼は力を求めるのだろう。相棒とやらの仇を討つために。

 正直言って無謀だと思う。僕が契約者だったらもっと別の方法を模索するし、神官長だったならその選択を諫めただろう。

 でも今の僕に止める手立てはない。彼はもうこの道しか見えていない。

 いくら後味に悪いストーリーが嫌いだと言っても、死にに行く人間は止めようがない。

 僕が出来ることは心の中で祈る事しかなかった。


「貴方に白枝様の加護を」


 神官長が手に乗った白枝様を男の手に近づける。すると、白枝様がブルリと震えて体が大きくなった。

 いやウジの様な触手が急に増えて、伸びて来た。


 まるで一本一本が喘ぐように左右にくねって、互いに絡みつく。

 増えた先からボロボロと零れ落ちて、地面に落ちて液体となり、油の様なシミになる。


 まさしく虫が湧いたような、そんな光景だ。寒気と吐き気を覚える光景だ。しかし二人は動じることはなく儀式を続けている。

 その気色悪い塊の中に細長い触手が生まれて、伸びる様を見守っている。


 ゆるゆると伸びて先端が膨らんで、それが男の手に触れて、ドバッと何かが溢れ出す。

 その何かは、直ぐに腕を駆け巡って何かの線を描くと染み込み消えた。


「ぐっ」


 途端、男が焼き鏝を握ったかのように手を引いて、うずくまる。

 そのままガックリと体勢を崩し、無言で何かに堪えている。

 いよいよ、始まるんだ。


「……」


 自身の腕を潰すほど握り締めている。腕の中から不快感が這い上がっている様だった。腕に何かが潜んでいるように見えた。

 汗が顎を伝って落ち、それに追随するように頭が床に落ちて、額を擦り付ける。威嚇する猫みたいに背中を大きく丸めて、荒く息をするその度に上下する。


 まるで何かがそこを突き破ろうとしているみたいだった。背中が裂けそうだった。


「グゥゥウ!」


 だが男がばっと仰け反った。その顔は既に人の外のものだった。

 顔の穴と言う穴から生白い触手が伸びていた。


 ヌラリとした光沢を伴ったものが口、目、鼻、耳から這いずり出て、のったり暴れている。それが目玉を内から千切らんばかりに押している。

 男は呻いてそれを千切ろうと手を伸ばす。しかし爪を立てた途端、爪はボロリと剥がれ、変わりに爪があった場所からも同じものが伸び始めた。

 それと同時に腕の毛穴と言う毛穴から同じものが伸びてざわめき、男の右手を埋め尽くした。


 顔から触手を生やし、腕を触手で肥大させたそれはもう人じゃなかった。ただの化け物だった。

 これが叡智を得る代償、その力に耐え切れなければそれは人間ではなくなる。


 人を襲うだけのただの化け物に成り下がる。


 何ておぞましい光景だ。なんて不気味な光景だ。

 でも何よりも怖いのは、それを美しいと思ってしまう事だろう。


 男から生えた触手はまるで真珠や象牙の様な乳白の輝きを持って、それがうねって誘っている。

 男を苗床に、宝石が出でているような光景すら覚える。

 気持ち悪いのに美しい。吐き気するのに目が離れない。


「やはりダメでしたか。処理をお願いします」


 リリー神官長が合図をすると控えていた騎士達がその槍を振り上げる。

 それに対して化け物は何かしようとするがその前に槍が彼を突き刺していた。


 何度も何度も突き、潰し、引き裂いて、ただの肉塊にしていく。

 やがて残ったのは触手とウジがビクッと震えるだけの死骸。友の仇を取ろうとした契約者は消えた。

 名誉も何もない死だった。


 その死体を見て心が疼くのを感じたが、僕はそれを無視して黙とうを捧げた。



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