表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/12

1-13 エピローグと始まりの余話

 出血多量、全身打撲、骨折、感染症。エトセトラエトセトラ。

 怪我と病気の総合デパートとなった僕は、今日もベッドでお粥暮らしである。


 無理やり傷口を閉じた時に汚泥か何かを一緒に塗りこめてしまったらしく、一時期ヤバい事になっていたが、今は全身気怠く熱っぽい程度で済んでいた。

 高価な薬を使わずにここまでに至ったのは奇跡らしい。医者も太鼓判を押す免疫力は、医療従事者に放置するという選択肢を取らせるほどだった。

 汚泥が入ったかもしれないのに放置でいいのかよと思う反面、まあいいやとも思う。

 それに結構いい気分なんだ。


「凄かったな! テオ!」


 と目をキラキラと輝かせた子供達に称賛されるのは。

 いやぁこれで僕も子供達のヒーローですか。照れ臭いなぁ。熱でフラフラの脳に憧憬の声がよく染み入るなぁ。

 これで何か綺麗な宝石か何かが褒章で貰えれば文句ないんだけど。


「こら。テオは病床の身です。騒いではいけませんよ。仕事に戻って下さい」

「はぁい」


 そこにリリー神官長が来た。

 神官長は僕が感染症に罹ってから毎日のように来てくれていた。しかも彼女の敬愛する然るお方を伴って、だ。

 僕としては恐れ多くて遠慮したいのだけど、そんなことを言えば最後、治る見込みがないと安楽死させられそうで言えていない。


「さて、調子はどうですか」

「相変わらず熱っぽいです。でもだるさは少し収まったかも」

「それは良かった。これも白枝様の加護のお陰ですね」

「はは、ええ。まあ」

「今日も白枝様が面会してくださるそうですよ」


 と枕元に置かれるのは深い青の絹にくるまれた、然るお方。白枝様だ。

 今日もウジ虫みたいな触手を元気に動かして、ご機嫌なようである。

 ……吐き気がする。熱上がったかも。


「は、はは。今日も壮健そうですね」

「……」


 当然話せるわけもないけどウネウネと動いて反応している気もしなくもない。

 でもこれ以上近づかれたくないから話すのは止めて置く。


「所で町の様子はどうなりました? 被害の状況が大体明らかになったとか聞きましたけど」

「そうですね。思いの外壊れていませんでしたよ。鱗系の変怪が到来したとは思えないほどです」

「鱗の変怪が来た割りには?」

「ええ。鱗を被った変怪は嵐です。辺りはただの瓦礫の山になります。あれだけ大きいと、契約者との戦いで町一つは潰れたでしょうね。テオのお陰です」

「それを言うならバジル達、狩人のおかげでしょう」


 まあ、自分のお陰もあるけど。結構あるけど。


「しかし、バジルがあんな風だとは思わなかったな」

「ああ、あの線の細い子ですね」


 そう言うとリリー神官長が目を閉じてしばらく静寂に浸る。

 そして溜息をつくと僕の頭を撫でた。


「この世界には夢も理想も何もないんですよ」

「?」

「貴方がどこに行こうとこの世界には何処にも幸せなんてありはしません」


 穏やかな笑顔で僕に語り掛ける神官長は、子供に話すには異常な言葉を紡ぎ続ける。


「世界中の人々は悲しみ、苦しみ、憎み合って生きています。最早怒りしか生きる糧がないのです」

「それは、不幸ですね」

「怒り憎み合う事が不幸である。そんな当たり前のことも、皆忘れ去りましたよ。それでも貴方は幸せを掴もうとしますか?」


 そう言うリリー神官長は、何故かとても小さく見えた。まるで子供みたいで今にも折れそうだった。

 だからだろうか。僕は断言していた。


「当然です。僕はそうしますよ」

「幸せなんて何処にもないのに?」

「僕は、生き残ったことが嬉しいです。称賛されるのも楽しいです。今、幸せですよ」

「……」

「それをもっと集めに行くんです」


 そうでないと、僕が僕じゃなくなる気がする。

 僕はほんの一週間前まで一番基本的な事を忘れていた。現実に打ちひしがれてそんなことも忘れていた。

 それじゃ駄目だ。現実は受け入れないといけないけど、屈してはいけない。

 僕が僕である為には、もっと強かにならないといけない。


「それに、幸せはありますよ」

「そうでしょうか?」

「はい。世界はずっと広くて、僕達は小さいんです。だから気付けてないだけなんです。だからまあ、のらりくらりとやっていきますよ」


 もし見つけたら、神官長にも見せに行きますね。

 そう笑えば、神官長もにっこりと笑ってくれた。


「そうですか。私は貴方を育てられたことを誇らしく思いますよ。テオ」


 そして笑みを消して、神官長が懐から何か小さな紙を取り出す。


「これを渡しておきます」

「それは?」

「貴方がこの教会に捨てられた時、一緒に入っていました。テオと言うのはここに書かれた名前なんです」


 差し出されたメモを見る。古びた羊皮紙みたいな感触のそこには青いインクで短い一文が書かれていた。

 

「白樹教会、テオⅥ? 何ですかこれ?」

「白樹教会と言うのは、『第一書架教』の元総本部です。しかし今は変怪の巣窟となっています。そしてテオⅥと言うのは不明です。しかし、この二つが貴方の出自のを解く鍵になるでしょう」

「……僕の出自って」


 転生したことに理由なんてあるんだろうか。僕はただ死んでここに生まれたんじゃないのか。

 でもそうだとしたらこのメモは可笑しい。白樹教会、テオ、それに六という数字。一体何を表しているんだろうか。


「もし貴方が道に迷った時は、そこを目指してみるといいでしょう。道程は困難ですが、きっと貴方なら行けるはずです」

「ありがとう、ございます」


 僕は一体何者か。ひょっとしたらそれを探ることが僕の生まれてきた理由なのかもしれない。

 そんな予感がして、掌ほどしかない羊皮紙が嫌に重く感じた。

 でも、その重みを握りしめて窓を見る。


 子供の命を背負うことが出来た。皆で街を守り通せた。

 ならこの程度も出来ないわけがない、


 僕はこの世界で生きようと決意していた。

 そして、そう考えたのはそれは僕だけじゃないはずだ。


「では私はこれで。そろそろお話をしたい頃でしょうし」

「?」


 一体なんだろうと思っていると、神官長がドアから出て、代わりに誰かが入って来る。

 今回の戦いの相棒だった、バジルだ。


 花束を持ってお見舞いと言った様子だけど、あっちもかなりボロボロだ。包帯にまみれ、松葉杖を突きつつのお見舞いと言うのも斬新だな。


「そっちが花束渡される側じゃないのか」

「あはは。まあお互いに酷い有様だね」


 神官長が座っていた椅子に今度はバジルが座る。


「そっちの調子はどう?」

「調子は悪いが、気分はいいぞ。孤児院のヒーローだからな」

「それは良かった。俺も、酒場のおじさんからツケをただにしてもらっていい気分だよ」

「ツケってどれだけ飲んだんだよ」

「主に食事だよ。お金が稼げなかったときによくツケでご飯を貰ってたんだ。パン粥だったけど、ちゃんと甘くしてくれてて美味しかったなぁ」

「そっか。そりゃ何よりだ。いい加減安不味まずい病院食も飽きて来たから、退院したらそれを食べてみようかな」

「退院したらって、テオはいつ退院なの?」

「お金の心配がなければ、後一週間だな。何か治療のプロがこう、グリっとかゴリッとかやったから」

「グリ?」

「そう、中で」


 何を想像したか、バジルが顔を青ざめる。


「それ、俺も受けたかも」

「ああ、想像じゃなくて思い出したのか」

「うん。初めて治療するとか、練習台とか遠くで聞こえて、治療の時もあれ? とか言われて」

「トラウマになってないか?」

「なってないけど、暫くお医者様には近づきたくないな」


 それをトラウマって言うんじゃないだろうか。でなければ心的外傷後ストレス障害ってきちんと言った方がいいのか。


「でも、一週間か。なら、間に合いそうだな」

「間に合う?」

「俺、この町を出ることにしたんだ」


 サラリと言ったが、随分と思い切った決断だった。町を出る。つまり危険な外を旅して別の拠点を見つけるという事だ。

 護衛を雇える商人や初心者を脱した契約者ならまだしも、バジルには難しい事だ。

 例え実力があったとしても、安定を脱するという事なんだから。

 

「どうして出るんだ? 別にここで過ごしてもいいじゃないか。街の救世主だ。感謝されるだろうし、仕事もやりやすいだろ」

「でもここじゃきっと変われない」

「変われない?」

「俺、あの大きな鳥と戦って、初めてこの仕事に意義を感じたんだ。自分が契約者で良かったって。誰かを助けられるんだって」

「そう変わりたいと」

「うん。俺は誰かを守れる契約者になる。でも……それを君に見ていて欲しいんだ」


 そう言って僕に差し出したそれは、何かの紙だ。初めて見るそれの文字を読むに、異例のものだと分かる。


「契約者の、登録書?」

「契約者を束ねている、『蒐集家』って所から。本当はもっと年がいってないと駄目らしいけど、君の判断力や力量を見て特別に渡すって」

「それは有り難いような、迷惑なような」

「でも『蒐集家』から結構いい待遇を受けられるって」

「いい待遇ね。具体的には?」

「蒐集家の施設がある場所で色々と情報とか聞けるんだって」

「情報か……」


 それはいい待遇だ。色々と新素材の情報を聞けたなら、より快適な生活を望めるだろう。

 そして……僕もあの戦いで色々と思う所があった。


 商人になるというプランは安全に生きるための手段に過ぎない。良く言えば良識ある大人的な思考だ。

 でも、果たしてそれでいいんだろうか。いや、それだけでいいんだろうか。

 毎日毎日仕入れと店番をする。きっとそれは楽しい事だろう。ただし、心の底から店をやりたいと思う人間にとっては、だ。

 ただただ生きる為にそうするには、店の運営は奥深く難しいだろう。


 僕が本当にやりたいこと。第二の人生で、やりたいことは……


「探さないとな」

「探す?」

「ああ、探す。僕は探すよ」


 安全地帯から一歩踏み出して、このどうしようもなく暗い世界で、楽しめるものを探す。幸福を見つける

 神官長に対する宣言を、今バジルにもしてやろう。


「だからバジル、僕と一緒に楽しい事を探しに行かないか?」

「……俺が誘うつもりで来たって察した上で言ってるでしょ」

「当然。先手は取らせないって言うのが交渉や戦いに置いての常套手段だからな」


 バジルの手から紙を抜き取って、代わりに握り拳を突き出す。

 この臆病で優しくて、何より自分の命を張れる。そんな奴とならきっと見つけられるだろう。

 第二の人生で生きる意味。人生の喜び。そんな深くて難解で、気恥しいものを。


「旅立ちは一週間後だけどね」

「行き先を決めたり、準備を進めたりしたらあっという間だぜ」

「まあ、そっか。じゃあ、よろしくテオ」


 お互い包帯まみれの拳を突き合わせれば、何かが始まった気がした。

 その何か形容しがたいものだけど、あえて言うなら僕の人生、かも知れない。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ