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1-12 雨の先、届く刃

 巨大な変怪との戦いは、苛烈だった。敵は化物と認識していたけど、その認識すら甘かった。

 例え片羽をもがれてもあいつは化物で、血は固まって弱ることがないし、寧ろ攻撃がどんどん苛烈になっていった。


 血の礫は僕達が身を隠す瓦礫を次々に破壊していき、隠せなくなった所で僕達の体に容赦なく食い込む。

 血で出来た槍も威力と速度が上がって、受け止める度にバジルの手から血が滴った。

 打ち下ろされた翼からの暴風が僕達を容易に転がし、首を使った攻撃で壁に叩き付けられる。


 長々と戦っている内に、俺は気付けば咳き込むだけで血反吐が出るようになっていた。バジルの剣は折れていた。

 敵は圧倒的だ。攻撃しても通じないし、敵の一撃をいなすだけで命が削れている気がした。


「ハァ、生きてるか?」

「何とか……でも脚折れたかも」

「おお、大変だな。けど立て。次だ」

「人使いが荒い子供がいるよぉ」


 泣き言を言いながらもバジルは立った。僕も立って睨む。

 時間は稼げた。辺りが瓦礫の山になるくらい暴れ回って半径一キロほどがすっかり焼け野原になったけどそれでも生き残った。


「いやいや、味方遅すぎだろ」

「もしかして、町を放棄したんじゃないかな?」

「だとしたら酷い話だ」

「それか数じゃなくて強い人が必要だとかで探し回ってるとか?」

「それも酷い話だ。悠長すぎる」


 しかし、だとしたら次の作戦を考えないといけない。

 一か八かの賭けを、しないといけない。


「バジル、変怪って急所あるか?」

「心臓かな。後、頭を壊したり切り落としても動かなくなるって」

「そっか。なら手はある」

「?」

「バジル。武器屋に行って、でかい剣を貰ってこい。それと教会に石弓もあるからそれを」

「テオは?」

「しばらくこの鳥とダンスを踊る」

「無理だ。ボロボロじゃないか」

「バジルよりは上手にステップ踏めるぜ。それに夢を叶えるまでは死なないさ」


 そう、脚を負傷したバジルには無理な話だ。時間稼ぎをするなら僕しか出来ない。

 そしてこの二つさえあればこっちのものだ。確実に倒せる。そう思う事にする。

 でないと心が折れてしまう。


「じゃ、なる早で頼む」

「……分かった。死んじゃ駄目だよッ。絶対だからねッ」


 バジルはそう言って折れた足で走り出した。……あれじゃ後で治療するのも大変だな。

 しかし、うん。悪い気はしない。


「さてさて、さてと。どーしよーかな。このデカブツ」


 見上げれば僕を食べたくて仕方ないだろう怪鳥が立っている。

 片翼をもがれながらも、もう片方で自身を包む姿は随分と威厳があってやっぱり人間臭い。

 人間臭いからこそ怖い。どうしてこんな歪な存在から人間らしさを感じれるのかと、自分の感性を疑ってしまう。


「人間っぽいなら話し合いの一つでもしたいんだけど? そうだ落語を一席打とうか?」


 なんて冗談を言う。横目で隠れられそうな瓦礫を見つつ、時間を稼ぐ。

 いい加減アドレナリンも切れてきて、泣きたいくらい腕が痛くなってきた。

 だけど丁度いい。あの距離は自分で自分の尻に鞭を撃てばと届きそうな距離だ。

 それに、怪鳥もまた礫を放つつもりで、まさにぴったりと言える。


「五分だろうが十分だろうが、持たせてやるさッ」


 走って、風と礫に追われながら瓦礫の影を目指す。

 レンガや石畳が破壊される音がどんどん背中に迫ってきて、心臓が縮む。

 でも生存本能が僕の脚をほんの少し早くしてくれた。それで、済んでの所で瓦礫に身を隠せた。


 暴風が吹き荒れて、真横の木を礫が貫通する。

 背中からビシビシとヒビの入る音を感じる。


 だが、この瓦礫は持った。次は……あそこだ。


「うわっ!?」


 僕が飛び出すと同時に背中で叩き壊される音。後ろを見れば、まるで墓標みたいに赤い結晶がぐっさりと刺さっている。

 ああ、あんな死に方は御免だな。と思っている間にも怪鳥がまた槍を撃ち出す構えで、全く容赦が感じられない。


「だが! 前みたいに濫造斉射しないって事は、そろそろ血が切れて来たか!?」


 挑発しながら瓦礫を確認して、一撃を伏せてやり過ごす。

 でもそれと同時に脚が迫っているのは気付けなかった。というか瓦礫ごと蹴られるなんて想像すらしていなかった。

 ポォンと高々と飛ばされて、蹴られたと実感したと思ったら瓦礫に沈んでいた。激痛だ。背中の皮膚がズタズタになった気がする。


「最悪。今日は厄日だな」


 でも敵から距離を取れたのが嬉しいと思う辺り、そろそろ極まってきたなぁ。

 背中に手を回して、無理やり血を止める。でも手が届かなくて止めきれない。そもそも腕からの出血が実は止められていないというのがヤバい。

 傷口を塞いだだけで、太い血管からは今もドバドバと血が体腔に溢れているのが分かる。

 塞いだからまだ収まっている方だろうけど、身体を動かすのがしんどい。血が足りない。


「あああ、もう。何でこんな世界に生まれ変わったんだよ。もっとフワフワな世界に生まれたかった。お姫様とランデブーとか、宝石いっぱい詰まった宝箱とか何処だよ」


 ……よし、まだ口は動く。まだぼやく元気がある。まだ生きていられる。

 全く冗談じゃない。夢をかなえるその時までは絶対に生き延びてやるぞ。

 飛んでくる槍の群れの中でだって、生き延びて見せる。


「まだまだイージーモードだってのっ!」


 生き残った手で、飛んでくる槍を弾いて軌道を変える。

 手が痺れるが暫くは折れないだろう。衝撃もフラフラの脚を崩れさせるものじゃない。

 霞んだ目で認識するのが酷く辛い作業だがやれない事もない。


「あー。眠くなってくるわ。簡単すぎるわ」


 実際眠いし、多分これ凍死一歩手前と同じだな。

 でもバジルに命令した手前、死ぬわけにはいかないよなぁ。


「しかし、幻覚は見え始めているらしい」


 急に目の前が真っ赤になって、爆発が巻き起こっている。

 随分と面白い光景だ。一体どうしてこんな幻覚を……。


「いや、本当に熱い?」


 これは、本当の炎だ。爆風と熱が肌を焼いて、眠気を焼き尽くした。

 見れば、遠くから大型のスリングショットを使って爆弾を飛ばす小さな影。黒い衣と帽子を被った人々。


 僕がずっと待ち望んでいた、あいつらだ。


「ハハッ。援軍か。遅すぎるぞ」

「そりゃ悪かった。初めての武器だったから作戦を立てるのに手こずってな」


 ぐいと持ち上げられて、誰かの肩に担がれる。

 横を見れば、武器屋の主人がそこに居た。


「おー。その禿げ頭に後光が見える」

「そうか。だったら賽銭を投げろ。育毛剤を買う」

「孤児にせびるな。と言うか僕今日からハゲ教徒だから、生えたハシから全力で毟るぞ。で、あいつらは何処の人達?」

「分隊だ。ここで時間を稼ぐ隊と、援軍を呼ぶ隊に別れている。だが……お前の武器は弱いな。怯むが大してダメージを与えられていない」

「ちっ。いいんだよ。これからどんどん改良していく」

「これからがあるのか? 死にかけてるようだが」

「誰が? この程度じゃ死なないな」


 死の感覚は一度味わったから分かる。この程度はまだまだだ。後一時間放置されても生きていられた。

 ただあの怪鳥が一時間放置してくれなかっただけだ。


「人間は意外としぶといもんだぞ。主人。それよりもバジルを見たか?」

「ああ。会議中に駆け込んで大剣を寄こせと言ってきたな。事情を説明せずに勝手にかっぱらって何処かに行った」

「おおう。助けてくれとでも言えばよかったのに」

「朦朧としてたんだろ? だがあいつの雰囲気でヤバい事は伝わった。そして間に合った」


 壊れていない建物の陰に座らされると、何やら箱を持った人達に囲まれる。

 そこから出てくるのは液体の入った瓶と包帯だ。


「応急手当てする。怪我の状況は分かるか?」

「背中の皮膚がズタズタ、翼から飛んできた礫で全身穴だらけ。後左手が複雑骨折して中で噴水ショーが起きてる」

「こんな時でもユーモアか。良い契約者になる」

「褒めるな。重傷だって勘違いする」

「そうか。なら率直に言おう。良く生きてるな。治療中に死ぬんじゃないか?」

「だからと言って現実を叩き付けるな」


 そんな話をしながらも周りの人間が僕の体をまさぐって治療を始める。

 めり込んだ礫を一つ一つ抜いて、無理やり塞いだ腕の傷を切り開いて、液体を湿らせた脱脂綿で拭い、何かを確認した後塞いでいく。


「……その液体は?」

「傷を塞ぎ治癒を助けるものだ。自然治癒する過程で体内で消化され消える」

「成程……いいかもな」

「おい、こんな時でも商売か」

「当たり前だろ? 自衛手段の確立にもなる」

「じゃあ次のも気に入るぞ。血を無理やり増やす薬だ。液体の飲み薬。ほら飲んでみろ。死にたくなるくらい不味いと有名な薬だ」

「お子様の舌には厳しいな。蜂蜜と混ぜてくれない?」


 なんて言いつつ飲む。……うん酷い味だ。生臭い。それにどことなく焦げ臭い。口中がギュッと皺寄るくらいえぐいし、何故か仄かに酸味もある。

 思わず武器屋を見上げて、聞いてしまった。


「これは……拷問用の薬?」

「いいや。立派な薬だ。楽になり始めただろ?」

「……確かに」


 全身がグッと熱くなったがその代りに思考が冴え渡ってきた。

 それに……傷口の痛みも引いてきた。


「怪我を治す作用も?」

「小さいのだったらな。古くから受け継がれてきた妙薬だ。半ばオーパーツだな」

「そうか。ありがとう。助かった」


 一息ついて、チラと壁から顔を出す。

 怪鳥は未だ炎の中で翼で身を包んで守っているらしい。……いや。

 炎の中に異質な赤が見える。


「武器屋ッ! 攻撃が来るぞ!」

「全員回避しろ!」


 その叫びと共に、僕がちらと見た、キラキラと赤く光る輝きが打ち出される。

 前とは比にならない大量の礫。それが暴風に乗ってここまで届く。


 残っていたガラスが微塵に割れて、誰かの悲鳴が聞こえる。炎付きの油も飛んだんだろう。あちこちで火の手も上がっている。


「あの羽、凄いな。強靭な上に炎を浴びても焦げ一つ見当たらない。どうやって羽根をもいだんだ」

「攻撃に使ったから、相打ち覚悟で引き千切ったんだよ。そういう叡智持ちでね」

「便利な叡智だな。しかし俺達にはそんな事をする手段はない。やはり町は放棄するしかないな」

「孤児や他の人はどうなる?」

「犠牲だ」

「そうか……なら却下だ」


 さて充分休んだ。血も戻って万全とは言い難いが八割がた元通りだ。

 両手を握ると、ちゃんと力が入った。どうやら『オーパーツ』の名は伊達じゃないらしい。


「おい、お前……」

「さて、そろそろ時間だ。武器屋。借るぞ」


 武器屋の腰にぶら下げている爆弾を二つもぎ取って、戦地に走る。

 すると契約者達を蹴散らしていた怪鳥が、炎の中でこちらを見た。

 どうやら僕は最重要危険人物らしい。名誉なことだ。


 それに僕がどんな事をしたのかも理解しているのか近づこうともせず、一歩退きながら鱗と言う鱗から血を流し、それを固めて槍のようにする。


「いきなりその技か。確かに苦手だけどもっ」


 荒れる大気と槍の雨の中を全力で走る。

 大量の嵐を両手を使って防いでいく。早速治りかけた骨がギシギシ悲鳴を上げているけど、今は無視だ。

 あれだけ早く武器屋まで行ったんだ。多分もうすぐ来る。

 目指すは怪鳥を挟んだその先、教会のある方角。


 暴風域では足を掬われ転んでしまうが、すぐに立って走る。そして怪鳥の真下で爆弾を二つ投げ捨てる。

 加害範囲は百メートル。だが殺傷範囲はもっと狭い。背中は焼けるが死にはしない。


「そして爆風で更にブーストっ!?」


 背中に激痛が走る。燃える油と溶けた金属が張り付いたんだろう。

 でもこれでいい。視界に入ったぞ。


 ボロボロなバジルと子供達、そして怪鳥に向けて引き絞った弓。


「バジルその剣で首狙えるか!?」

「勿論ッ!」

「僕の手の性質は分かってるなッ」

「分かったっ! 合わせるよっ!」


 バジルの左手から血が溢れて糸状になり、一斉に中に放たれる。その全てが怪鳥の体に向かい伸びて、巻き付く。

 だが糸は動きを封じるものじゃない。その全てはむしろ怪鳥の動きを阻害しない場所を狙っていた。


 それを好機と見たかそれとも本能がさせたか、槍が飛んでくる音がする。それを見た子供達が一斉に物陰に隠れる。

 僕もその音から逃げるように走るけど、隠れる為じゃない。

 僕が飛び込んだのは、石弓だ。その弓の台に両足を乗せて、反転して見据える。


 怪鳥と、自身に向かって来る赤い槍の雨を。


「今だッ」

「うんッ」


 バジルが石弓を起動する。グンッと加速して、空中に放り出される。

 逃げてきた槍の雨を、今度は突っ切った。すぐ横を槍が掠めるが瞬きする余裕すらない。

 眼前に迫る変怪。食らいつこうと嘴が開いているんだから。


「はっ。言ってるだろ」


 そいつに向けて片手を構える。

 ぶつかる一瞬で、思いっきりその頭を掬い取った。


「ダークファンタジーは大嫌いだって!」


 頭蓋がえぐり取られて、初めてその巨体が傾いだ。

 だがこれで終わる訳がない。真打は、救世主はいつだって遅れてやってくる。


「セイヤァァァァ!」


 空中で振り向けば、声と共に急接近するバジル。

 撒き散らされる槍と礫の中を、複雑な軌道を描いていて飛んでいる。片手の五指に巻き付いた指で糸を操作しているのが、微かに見えた。

 さながら燕の様に空を切るバジルは大剣を片手で構えると変怪の頭に降り立つ。


 英雄譚の、ワンシーンの様だった。

 バジルと言う英雄は、その大剣を化物へと突き立てた。


 空が割れんばかりの甲高い絶叫が辺りを木霊する。同時に怪鳥が首を振って暴れ回る。

 だがバジルは離れない。まるで足を縫い留めたように、いや事実全身を糸で縛って固定して、張り付いている。

 そして今度は左手も添えて思いっきり伸び上がる。


「これで、終わりだっ!」


 再度、突き立てる。深く深く突き込んで、命の糸を切り捨てる。


 変怪の動きが止まった。風も礫の音も止んで、静寂が包む。

 いつの間にか僕は落下していて、契約者が受け止めてくれていた。でも礼を言う事も忘れてその情景に見入っていた。


 嘴が、カタリと開いた。そこに生の気配はなく壊れた部品が落ちたようだった。

 同時にその巨躯がグニャリと傾いで、崩れ始める。砂埃が上がって、風が巻き上がる。

 つまり、僕達は変怪を倒した。倒してしまった。出来てしまった。

 倒せた、のか。


「……後任せたわ。地面に子供埋めてるから助けてやれよ」


 そう思った途端気が抜けて意識が薄らぐのを感じ、そう言い残す。

 後はどうなるのか、さっぱり分からないが、まあ子供は大丈夫だろう。

 僕が気を失っていても、バジルが何とかしてくれるはずだ。




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