KAIBAからの漂流者たち
KAIBAからの漂流者たち
scene01~逃避行
大型台風の影響で数日の長雨も明け方にはあがっていた。珍しく予報と一致して。
眠たい目をこすりベットから身を起こすと、殺風景な部屋で一人コーヒーを沸かす。
体の疲れが重く引きずったままに、ぼんやりと佇んでいる。
カーテン越しに浮かぶ朝靄が徐々に日差しを掲げてゆく。コーヒーの湯気が揺ら揺らと香りを携えてそれを遮っている。
カップに注ぐと一口含みながら俺は、使い慣れたジッポの音を響かせてマルボロに火をつける。朝の訪れを吸い込むが如く。
予定している今日からの旅路を、もう一度想い描いてみる。とは言っても、漠然とした目的地だけしか浮かばないのもいつものこと。
さて、準備が整った気分になれた。さぁ出かけよう。そろそろ湿った路面も乾く頃だから。そして俺の旅が始まる。
一人部屋を出る。駐輪場に置き去りのバイクのカバーを剥がすと、キーを差し込む。
我が相棒のスポーツスター、先程までの眠気を吹き飛ばす如く、鼓動を始める。アイドリングが落ち着くと、スタンドを外し、シートに跨りギヤをシフトする。進路は西へと愛馬の鉾先を向け、そしてゆっくりスロットルを開けてゆく。
今日から台風一過の猛暑日になるとの天気予報だが、未だ気温は低いまま。東池袋から西新宿へ、そして甲州街道へと流れをリードしてペースを上げてゆく。まだ車の数は少なく、信号にも引っかからずに快調にスルーする。
古びた革ジャンの隙間から透き通った朝の風がそよぐ。暑くなる前にこの街を出よう。
昨日までの刹那を後ろへ追いやるように、尚もスロットルを開けてゆく。
scene02~サチコ
夕べ届いた留守電に気づいたのは午後1時過ぎだった。
サチコは夜の仕事柄そんなライフスタイルが日常である。
メッセージを聞く。ケンタの声がする。
「最近連絡しなくてゴメン。明日から有休もらったんで風に吹かれてくるよ。なんか疲れちゃってさ。心配してあまり電話かけてこないように、頼むぜっ。」
勝手なやつ、とサチコは呟く。いつものことだが。
ケンタとはかれこれ2年の付き合いになる。サチコが働く居酒屋で知り合う。
ケンタがまだ美大に通っていた頃、友人たちと飲みに行ったものだ。皆んな生き生きとした眼差しで熱く語り明かした日々が懐かしい・・・
時はバブルが弾けた頃の最初の就職氷河期、ケンタの前途も危ういものだった。
だが夢を食べているケンタにとって、それほど深刻でもない体裁ではあった。
そんなこんなで友人たちの薦めもあり、二人は付き合うようになっていった。
「今度さぁ、映画見に行こうよ、チケット二人分取ったからさ!」
屈託のない明るい笑顔でサチコを誘う。ニコッと応えるサチコ。そんな楽しい日々は長くは続かないのが世の常なのか、居酒屋の景気にも危うさが見え始めていた。客足も徐々に遠のき始めた。
居酒屋はサチコの両親が経営するもので、とはいっても賃貸であることが経営を圧迫していた。今では家賃や仕入れのつけも溜まりはじめている。
その後企業に就職したケンタにとっても、不況の風当たりが強い状況に変わりなかった。
ケンタと会う機会も徐々に少なくなっていたサチコにとって、久しぶりの勝手なケンタの声を聞けたことで、なんとなく悪い気はしなかった。
scene03~定年
「飯田さんお疲れ様でした。体に気をつけてお元気で。」
女学生から花束を渡されて照れくさく苦笑する大学教授最期の日を迎えた飯田である。
しかし長い教授人生にもピリオドは来るものだなぁ・・・
さぁ、明日から第二の人生を歩もうではないか!と、この時までは暢気にも颯爽と振舞っていた。
だが、実際に2、3日も経つと、住み慣れた我が家ではあるが、なんとも居心地が悪い。
神さんはというと、やれ生け花だ、デパ地下だと気ままな用事を作っては出かけているが、月に数回の会合しか予定の無い飯田としては、いざ職を失ってみると何とも落ち着かないのが性分からなのだろう。
教授人生とて、陳腐化したネタ知識を繰り返してきたようなもので、そもそもライフワークとする気にもならず、残り少ない人生を楽しむとて、ただ漠然と思い巡らしてはいたのだが、かといって何をどうしたらよいのか途方に暮れるばかり。これではただただジジイになるのを待っているだけの存在ではないのか?
決め手に詰まった面持ちの飯田はこれまで感じたことのない焦りを覚えた。
ふと、退職金のことを思い出す。私立大学のそれは結構手厚いものであった。
「そうだ、ワシには金だけはウンザリするほどあるではないか。これまで派手な使い方といえば、このささやかなマイホームくらいのもので、住宅ローンなどとっくに払い終わっているではないか。ワッシは無敵だ!」
飯田は変な自信に納得してみると、かつて誰にも見せたことの無い、いや、見せられない程の異様な笑みを浮かべていた。
そんな異様な興奮のあまり血圧が上昇したせいか、何だか心臓が踊る。いつしかヘビースモーカーとなっていた飯田は、咄嗟に気を落ち着かすためタバコに手を伸ばす。
が、突然心臓に痛みが襲った。
「まずい、こっ、これは発作かな?」
と思った瞬間、息苦しくなり、飯田はその場に突っ伏した
どの位の時間が経過したのだろう、気がつくとそこは病院のベットの上だった。
「あなた、気がついたのね。心配したわよ、でも大した事なくてよかった。」
飯田の傍らにいた神さんの目は潤んでいた。どうやら気を失って倒れて間もなく神さんが帰宅し、飯田を発見、救急車で運んだとのことだった。
神さんはすぐに医者を呼んだ。
「飯田さん、前にも発作が会ったのではないですか?明日念のためMRIを撮りましょう。」
医者はそう告げると看護婦を従えて足早に去っていった。
神さんは一先ず家路に着いた。しかし、思ってもないことが起こるものだ、歳には勝てぬのう。危うく死ぬところだったか・・・
飯田に今まで味わったことの無い焦燥感が襲った。
ぐっすり寝た翌日、MRIを受けた飯田は当分の間入院することに決まった。それにしても病院の飯はこんなにも味気ないものか。食った気がしない。神さんにうなぎでも届けてもらおうか。いつまでこうしていなきゃならないんだ、ただの老いぼれになっちまうのか。
一週間後検査の結果を持ってきた医者が怪訝な面持ちをぶら下げているのに気づく。看病の神さんもそれを察知し一気に動揺が訪れる。医者が口を開く。
「心臓についてはエコー及びMRIともにそれほど心配は要りません。ただ、肺に影がありまして、更に精密検査をしていただくことになります。」
それを聞いた二人は声を出すことも出来ず愕然とした。
少し経った頃、救急車のサイレンが鳴り響く。急患の知らせを受け医者は出て行った。
scene04~フライト
宮田は度重なる気流の荒波の中を彷徨うように操縦管を操っていた。慣れた航路ではあったが、いざ荒れだすとたちが悪い。上下左右に大きく揺れ動く機体に乗客もさぞ不安であろう。エルニーニョの影響なのか大気が不安定なことも手伝い、非常に手ごわい状況に陥っている。機長のフライト時間としては右に出る者のない宮田ではあるが、その分数知れぬ状況を経験しているが、今回はどうも様子が違っていた。副機長は既に意気消沈の様子を隠せずにいる。管制塔からのフライトを見合わせるようにとの指示を突っぱねたのが仇となっていた・・・
乗客に非常事態アナウンスを促す。乗客は最悪の事態に備えシュチュワードの指導のもと、訓練を開始した。
宮田の視界は雲で覆われていたため、レーダーを頼りにするしか術はなかった。悪夢よ去ってくれ、すがるように祈るのみ。もはや不時着かと脳裏によぎった瞬間、前方の視界が奇跡のように澄み渡った。
「抜けたか!」
先ほどまでの機体の揺れはうそのようにおさまっていた。客室に完成が沸き起こる。幾分震える声で宮田は機内アナウンスで無事を告げる。
「宮田さんっ、もうだめかと思いましたよ!」同様に震える声の副機長が涙を浮かべながら握手を求める。しかし問題は此れに留まらなかった・・・
宮田の血圧は長年のフライトで常に高い数値となっていた。職業病だと自負しながらも誇りにさえ思っている自分もいた。しかし、恐怖からの震えはとまらなかった。副機長にフライトの主導権を渡すと、座席に身を沈める。副機長に余計な動揺を与えまいと気分の悪さを口にしないでおくことにした。
機は無事に予定時間を経過しながらも着陸を終えた。無事を確認した宮田は安心して気を失った・・・
どのくらいの時が経ったのだろう。夢でも見ているのであろうか。真っ白な部屋の天井を見上げ、ただ天井の模様の数を数えてみる。やがて再び眠りに落ちてゆく。
そんな中、夢とも幻ともいえぬ、かといっておおよそ現実離れした、どうにも奇妙な体験を宮田はすることになるのだった。
ストーリーはこうだ・・・・実は宮田はいまだ荒れ狂う乱気流の中で操縦管を握っていた。副操縦士も動揺を隠せないままである。視界は雲で覆われ、レーダーを頼りにするのみの状況に陥っている。操縦管を握る宮田の手は振るえ、意識が遠のきながらその音は聞こえた、或いは音としてではなく脳波で察知し、脳で変換することで音と認識しているようであった。それが音ではなく声になって誘導するように宮田に語りかけている・・・
「なぁ、お前。あんまり神の領域を飛び回って犯すではないぞ。お前ほど自由気ままにこの神聖な領域を飛び回っているものは、近いうちに天罰が下るに相違ないぞ!」と。
そしてその声の主はどうやら客室に居る様な気配を感じ、そして制御を自動運転に切り替え、操縦管から手を離すとよろよろと立ち上がり戸外の客室へと向かう。
客室には青ざめた乗客の面々、そしてそれは往々にして死を覚悟しているような嫌な空気となって立ち込めている。しかしその空気の中、不思議と一番奥に佇んでいる白髪に白く長い吊りひげを携えた長身のご老体だけが、その髭のある口元に不敵な笑みを浮かべ、こちらをじっと見つめているような様子。血圧のせいか、ぼんやりしているので凝視すると、なにやら脳裏にテレパシーのように言葉が現れる。
「お主、航路をベトナムへ向けたまえ。」と。
変だな、気のせいだろうか。疲れが出たのに違いない・・・
宮田は何やら納得できず怪訝な面持ちを引きずって操縦室へと戻る。座席に着くと不思議なことにフライトスケジュールの変更指示を副機長は既に承知しているのか、管制塔に送信している。ベトナムへと。管制塔はあっさりと了解した。燃料も不足している筈なのだが・・・
先ほどまでの乱気流は徐々に収まりを見せ、どうした訳か、視界の先にはベトナムの首都ハノイにあるノイバイ空港が見える。まるで吸い寄せられるかのように静かに着陸してゆく。
宮田は時計を見てあっけに取られる。何と先ほど飛行していた場所からは到底到着するはずのない時間しか経過していないのだ!
何やら空港の様子も変だ。先ほどきれいに舗装された滑走路に静かに着陸した筈だったのだが、眼下に見えるの路面には雑草が鬱蒼と生い茂り、穴ぼこだらけなのだ。周囲には時代錯誤な旧式の軍用機ばかりが待機している。
その光景は以前訪れた様子とは明らかに異なり、現代とは思えぬ風景で、何故かキナ臭い空気さえも張り詰めている様子だ。位置情報は間違いなくノイバイのはずだが、どこか後れた国の空港に降り立ったような錯覚すら感じられる。
軍服を着た誘導員が持つ手旗の案内に従い、軍用機の並ぶ方向へと機体を異動してゆく。誘導員からハッチを開けるよう指示が出る。乗客は階段を伝いそろそろと地面に下り立ち、言われるがまま古びた建屋へと向かう。私と宮田も後につづく。
向こうから軍隊長らしき軍服の一人が近づいてくる。どうやら出迎えのようだ。何故かあまり歓迎していないようにとれる態度が表情に浮かぶ。軍隊長と思しき軍服の一人が宮田に話しかける。
「あなた方の訪問の目的については既に日本から要請があり認可されている。しかし、事情の詳細については不明だが昨今の状況下において誠に理解しがたい案件ではある。それにしても見たことも無い機体だな?ま、とりあえず宿舎まで案内しよう。」
宮田は事情を把握することなく不安を抱えたまま隊長に連れられて建屋へと向かう。
入国手続きをするでもなく、木造の建屋の玄関前にチャーターされたバスへと乗り込む。乗客は皆、事の成り行きを理解できないまま同様に宿舎へと向かう。
以前来たときとはまるで違う風景・・・舗装すらされていない道路を延々と走り、やがて古びた町並みへと進路を向ける。何か祭りでもあるのだろうか、民族衣装を着た人々が行き交っている。車は以前うる覚えのハノイ旧市街に似た市街を通過し、木造の宿舎に到着する。フランス領であった過去の面影もある景色だ。隊長と思しき男から18:00に食堂で夕食会を開く旨を伝えられ、ひとまず部屋へと案内される。夕食までの間、休息をとることとなった。
宮田は約束の18:00前に食堂へと向かう。既に乗客のほとんどの面々が席に着いている。先に着席していた副機長の手招きに従い、隊長の隣の席に着く。
ご当地のベトナム料理が次々とテーブルに並べられてゆく。一通り準備が整った頃、将
校はおもむろに立ち上がり、口を開く。
「我が国の戦禍については皆さんも既にご存知のことだろう。降って沸いたような悲惨な状況である。我々も一丸となり断固として屈服せずに耐え抜く覚悟である。この状況下において皆さんが日本国から来られたことは誠に意味深いことではある。ご承知とは思うが此処に来られた以上、皆さんの安全はある程度までは我々が保障することになるが、当然ながらご自身方の安全は各自においても責任を持っていただきたい。それを心得ていただいた上で、明日からは我が同胞として共に尽力しようではないか!そしてベトナムの復活を願って、乾杯!」
隊長はそう言い終えて席につくや、グラスの酒を一気に飲み干して見せた。
乗客たちは怪訝な様子でざわついている。当然だろう、事情が飲み込めぬままの宮田も副機長と顔を見合わせる。すかさず傍らの隊長に質問する。
「今のお話についてご質問ですが、戦禍と仰いましたが何のことでありましょうか?」
将校は2杯目の酒を半分ほど飲み込むと口を開く。
「機長、だいぶお疲れのようだが?知らん筈はあるまい、今現在の戦禍のことだよ。お隣さんも顔色がだいぶ悪いようだが?」
副機長の太田は確かに青ざめていた。そして隊長は続ける。
「皆さんが日本から我が国へ向かわれ、そして我が国で受け入れた理由については、軍部から未だ十分な説明は受けていないと察するが。ただ、当面の間、此処を拠点に留まっていただき、この国状を改善することに協力いただくという事だけが日本国政府より伝えられている。我々は皆さんの生命の安全を確保することに徹する使命にある。」
隊長はそう告げるとそそくさと食事を済ませ退席した。
少しの間があっただろうか、急に太田が大声で切り出す。
「機長、一体どうなっているのでしょうか、今の戦禍って?ニュースでも今が戦時中などと報じていませんでしたよね。そもそも機長の指示でベトナムに向かうことになったのですよ、何故フライトスケジュールを変更したのでしょうか。そして、いつ日本に戻る予定なんですか?」
太田の声のせいで、先程までざわついていた乗客は皆、こちらを伺っている。ことの事情を飲み込めぬ私は、先ず乗客たちを落ち着かせるために説明をすることにした。
「皆さん、悪天候により突然のフライトスケジュールの変更にてベトナムに到着したことを先ずお詫びいたします。事前に国内情勢の変化を私も理解していませんでしたが、どうやら将校のお話にもあったように、今ベトナムは良い状況ではないようです。そして私達も含め当面の間、此処を拠点に生活をすることになると聞きました。皆様方の安全は軍部隊長殿を筆頭に保証していただけるとのことです。これから私は何らかの形で日本と連絡をとり、明日からのスケジュールを立てますので、詳細は再度明日ご説明します。何はともあれ無事到着の運びとなりましたのでご安心ください!皆さん長旅お疲れ様でした。ベトナムの晩餐をぜひともごゆっくりと堪能くださいませ。」そう告げると、現状を払いのけるような様子の宮田は黙々と食事を始めた。
翌朝、早い時間に目覚めた宮田はロビーに向かう。ロビーには軍隊長が既に座っていた。
「隊長殿、お早うございます。実は日本に連絡を入れたいのですが、可能でしょうか。」
「あなた方の行動は全て軍部の指示に従っていただくことになっていますので悪しからず。機長殿には乗客の皆さんがいらっしゃる場でお伝えできなかった内容がありますので、朝食後、そうですね、9時ごろにあなたの部屋に向かいますので待機願います。」
訝しげに微笑む隊長はそう告げると、昨日と同じく足早に退散した。宮田は思った。あいつは何かをたくらんでいる。しかし私だけに伝えたい話とはどんな話だろうか・・・
scene05~トンネルの向こう側
八王子インターから山梨方面へとバイクは快調に、まるで昔の戦闘機乗りの気分にさせるノートを奏でながら機体を先へと走らせる。相模湖を抜けるヘアピンカーブをいくつも超えてゆくとトンネルに入る。いつもより早めの起床も手伝ってぼんやりと眠気が襲う。トンネルの中はトラックが通った後だろう、煙っているのかぼんやりとした視界の中で通過する。トンネルの先は以前ここを走った頃と比べ道が広くなったような感じがする。
まだ人の気配もまばらなサービスエリアへと愛馬を滑らせる。ひとまずトイレ休憩としよう。
今朝方よりも日差しが大分高くなっている。缶コーヒーを口に含む毎にタバコをふかす。ベンチに横になると幾分の眠気を纏った俺は、図らずも眠りについてしまう・・・
30分ほど経ったのか、再びバイクにまたがり先を急ぐ。ジリジリと夏の暑さが迫る予感。
しばらくすると大型トラックの台数が増え始める。避暑地へと向かう行楽客も同様に。 トラックの後ろに付いていたせいで看板を見失ったようだが以前走った覚えのあるイン
ターでハイウェイとおさらばして下道に下りる。山に囲まれた見慣れた風景が広がってい
る。だが、久々に来たせいかだいぶ様子が変わったようだ。もしかしてインターチェンジ
を間違えたのだろうか。
広い敷地の店舗駐車場に乗り入れると、バイクを降り小さな肩掛けカバンの中の地図を探す。「あれ、忘れたか?しかし今朝確認して入れたはずだが。あるはずの地図が見当たらない。」途方に暮れた俺は辺りを眺めるや、どうも様子が変であることに気づく。
scene06~居酒屋にて
サチコはケンタに言われるまま電話をかけることは無かった。居酒屋の開店時間はとうに準備を整えるも空しく人っ子ひとり来る気配すらない。両親はテレビの野球中継をポカンと眺めている。カウンター席に着いたサチコは携帯を取り出し、常連さんの連絡先を眺める。
「そういえば飯田先生もしばらく来てないわね。営業活動してみようかな。あれ、電源切ってるのかな、つながらないなぁ。宮田機長さんもお仕事で海外にでも行かれてるようね。ケンタも電話するなって言うし、もうっ、つまんない!」
そう言うとカウンター横のテレビのチャンネルを勝手に変え始める。テレビはニュースを報じていた。
「今朝羽田発ハワイ行きのスケジュールで飛び立ったボーイング787型機の行方がいまだ消息不明の状態にあります。当機が離陸直後にエルニーニョの影響で巨大台風が発生しており、天候が不安定な状況の中、欠航便が相次いでおり、未だ捜索の自衛隊機の出動を見合わせています。機長の宮田氏とも連絡が途絶えており、手がかりの無い状況が続いています。」
サチコと両親はその報道に釘付けとなる。宮田機長って、まさかあの宮田さん?大変なことに?
突然、サチコの携帯がなる。電話の向こうは飯田の声だった。
「おひさしぶり、ご無沙汰しちゃってごめんね。おじさん当分そちらにお邪魔できなくなっちゃった。病気で入院しちゃったんだ。歳には勝てんねぇ。それよりニュース見た?サチコさんも知ってる宮田機長で間違いなさそうだけど心配だね。ま、あいつのことだからベテランだし、へこたれはしないがね。帰ってきて武勇伝でもぶつだろうね。はは・・」
飯田の幾分弱々しい声がサチコを余計に心配にしたが、飯田教授にお見舞いに行くことを告げ、電話を切った。
scene07~眼下の夏
飯田はふさぎこんでいた。宮田の一件もそうだが、なにしろ退職後の楽しみをちっとも堪能する間もなくいきなり病院のベットの上に横たわっている自分に愕然とした。
そしてMRIの時間が刻々と迫る。病状が深刻な状況にあることに不安がよぎる。夏の暑さとは関係の無い嫌な汗がじとっと手のひらをぬらす。
神さんがむいたリンゴのひとかけを頬張るとかつての栄光を回想する。俺の研究は間違いなく成功するはずだった。最後の最後で足りないものが脳波信号をコントロールする回路の一部に決定打を欠いていることにある。此れさえ叶えばノーベル賞も狙えたはず。
いや、此れでよかったのかもしれない。企業や政府機関からの援助もあり順調な研究人生も歩めた。ただそれで良いのではないか。もしこの研究成果が決定的なものになった暁には、この回路を搭載したチップを軍事目的にも使用する筈なのは目に見えている。この研究を引き継いだ協力企業の健太君には申し訳ないが、私はこの研究を成功しないことを望む。そうだ、健太君に電話をしてみるか。
「はい、ケンタです。今旅の途中で甲府市辺りに居るはずですが、何か景色が違っていて道に迷ったようです。でも何か変です。看板とか表示が全て横文字に変わってしまっているのです。何故かアメリカにでも来て居るような・・・」
飯田の脳裏に、もしや、と一つの疑念が渦巻いた。
「健太君、もしや私が渡したあのお守りを今持っているかね?」
ケンタはいつもキーホルダーにくくり付け持ち歩いていた。
それは居酒屋でお守りと称して飯田が皆に渡したものだった。まさか成功したのではないかという疑念。飯田はあっけに取られると同時に電話の手が震える。飯田はケンタに何かの間違いだろうと適当にあしらうと、そそくさと電話を切った。
飯田はその直後、とある人物に長々と電話をかけ、予定していたMRIに入る際に例のお守りをこっそりとポケットに携えた。
scene08~五里霧中
約束の9時を過ぎた頃、軍隊長がやって来た。相変わらず訝しげな表情を浮かべて髭をいじりながら傍らのソファーに腰を下ろし、そして目をつむった。しばらく無言で居る隊長の口が開く。
「改めて私は現部隊の隊長のアールと申します。機長及び皆様方には誠に不可解な思いをさせており申し訳なく思っている次第である。どこから話せば良いか誠に難解な事象であるが、先ず現在の我が国の情勢について説明するとしよう。我々は目下アメリカとの戦争状態にあることは周知の事実ではある。だが我々の部隊は僅差で優位な体制を築いており、そこにあなた方が日本から支援部隊として選任され送り込まれたのである。ややこしいが、今回のハワイ行きの機に搭乗するメンバーは各界より人選させてもらった方々であり、政府と協議の上決定させて戴いた。あらゆる手を尽くしこの状況下でいち早くこの戦争に勝利し、国家としての最良の形での復興を最小の人員で遂行するためのいわばエキスパート部隊となることを念頭に各界のスペシャリストを人選した次第だ。」
やはり、と宮田は不思議な錯覚ではないことに改めて気づく。しかしベトナム戦争は過去に終結した筈で、昨今の情勢では好景気に沸いている筈ではないか・・・疑念が残る。
「ただし、このことはまだ非公開扱いでお願いしたい。いろいろと疑問はあるだろうが、徐々にわかってくるはずだから今のところはここまでの説明に留めておく。いや、私の一存ではなく日本政府からのお達しであり、私もそれ以上のことは把握していない。」
政府が絡んでいるのか、しかし何故全容を明かしてくれないのだろうか。知る権利が無いなんて、まるで情報操作でも起こしているのか?ベトナムが戦争状態にあるなんて一言も日本では報道されていなかったぞ。そしてどのような理由につけ本人の承諾無く、まるで強制的にこちらに連れて来られるなんて以ての外だ。飯田は将校を睨み返す。
「アールさん、いくら何でも一方的過ぎやしませんか。私たちはハワイ行きのフライト便で向かっていたのに、急遽ベトナムに航路を変更されて強制的に国のために協力しろと仰っているのですか?そんなこと認められるはずが無いじゃないですか!」
「いいえ、宮田さん。航路を変更したのはあなたご自身の選択なのですよ~。」
宮田はハッとした。そういえば何かに吸い込まれるようにベトナム行きの航路変更になったことを思い出す。いや、私が決断をしたわけではなく、白い髭の爺さんに指示されるまま変更に至ったのだ。しかし、確か私が指令を出す前に副機長が管制塔とのやりとりで変更したのではなかったか?或いはあの時わたしは血圧も手伝って放心状態であり、思わぬことを思い込み、そして口にしたのであろうか。私は何てことをしでかしたのか!
scene09~苦難の序章
ケンタは彷徨っていた。ただ宛ても無く西へとバイクを走らせて行くのみ。しかし半分此れも旅の醍醐味だ、もともと宛ては無かったのだと、自分に言い聞かせてもみる。だが謎は解けぬままで居る。それにしても過去に旅したアメリカ或いはハワイの道でも走っているような気がしてならない。山が次第に近づいてくる。谷間の峠道を越えてゆくと景色が急に開けた。はるか彼方に何やら人だかりが見える。何か事件でもあったのか警察が道を封鎖しているようにも見える。
近づくとそこは検問所であった。白人と思しきPOLICEに案内されるがままにバイクを道脇の空き地へと寄せる。スピード違反をした覚えは無いが・・・
「どちらまで行かれますか?どちらから来ましたか?」
「まだ目的地は決めていませんが、東京から長野へ向かっています。」
「TOKYO?NAGANO?あなた頭おかしいか?ここはHAWAIあるね。」
これはたまげた、HAWAIだと?とうとう頭が変になったか?出口の見えない研究の日々でこんがらがってしまったようだ。これはまずい・・・
「君、詳しい話しは後で聞くので、パトカーの後についてきなさい。」
怪訝ながらケンタは白人警官に言われるがままにポリスステーションへと向かう。建物の階段を上がり2階奥の部屋に通されて暫く待つと、扉からすらっと背の高い60代絡みの東洋系の人物が現れる。日本人だろうか。
「健太君ですね。お待ちしていました。こちらの都合で勝手な出頭をお願いし、申し訳ありません。私はここの所長の村田と申します。実は、飯田先生からは既に貴方の事について事情を聞いております。そして飯田先生からのご依頼であなたに特殊訓練を遂行して頂く事になっております。カリキュラムについては後ほど説明差し上げますのでご心配なく。先ずはお疲れでしょうからホテルへと案内いたしましょう。」
有無を言う間もなくそそくさとパトカーに乗せられ、今夜の宿であろうラハイナホテルへと向かう。何時間走ったろう、古臭い町並みの中心街に佇む何だか古臭いカントリーチックな宿に到着した。入り口には何やら厳重に警備員たちがこちらの様子を伺っている。
まず案内されたレストランでの食事は中々ボリュームがあり満足できた。特にフルーツの美味しさは南国に来たことに改めて気づかされる。食事を終えほっと一服し人心地付くと、ケンタは自分の置かれている事の成り行きを聞きだすべく飯田教授に電話をかける事にする。が、掛けようにも携帯は電池切れ。不覚にも充電器の持ってきていない。地図のことといえ如何にずさんな旅支度かと自己嫌悪に陥る。部屋でやることもない俺は、ビールでも飲んで寝てしまおうかと、ただうつろに佇む。
Scene10~サチコ2
明くる日の午後、サチコは飯田のお見舞いへと病院に足を運ぶ。飯田より聞いた205号室には飯田の姿は無かった。飯田の奥さんと思しき婦人が何かあわてた様子で部屋に駆け込んでくる。サチコとは初対面だ。サチコはそそくさと自己紹介を済ますや、取り乱したままの飯田婦人は口を開く。
「それがね、あの人MRIに入っていったはずなのに途中で姿が見当たらなくなったそうなの。看護婦さんにも確認してもらったけどまだ見当たらないの。手術が怖くなって逃げ出したのかしらねぇ・・・」
サチコは飯田の携帯に電話をかけたものの、電波の届かないメッセージのみ。教授は手術に恐れをなして雲隠れしてしまったのだろうか。飯田の奥さんがまた切り出す。
「それでね、MRIの技師さんが断層写真をモニタリング中に、急に画面が消えてそれきり姿が見えなくなってしまったそうなの。逃げ足の速いにも程があるわよね。」
サチコが帰路につくころ、ふと携帯が鳴る。それは飯田からのメールの受信だった。
「私は今ある所に居る。事情はまだ言えないが神さんには心配しないように伝えてほしい。
ところで、サチコちゃん、お守り大事に持ってる?今回の事情は時が来たら全て話す。」
何か意味深な内容のようで見当が付かない。お守り?財布につけていつも持っているけど何か意味があるのかなぁ。まぁ何て不思議なおじさんだ事!
またもや電話が鳴る。今度は着信だ。不思議な飯田から。
「もしもしサチコちゃん、急なお願いで申し訳ないが、今すぐ品川駅までタクシーで来てくれないか、事情はさておき追われているんだ・・・着いたら電話して、じゃあ後ほど。」
切迫した様子の飯田から電話を切る。怪訝なままのサチコ。だが、こうはしていられない、あわててタクシーを呼ぶ。
品川駅にタクシーが滑り込んだのはもう夕方のこと。店には出られないと両親には連絡を入れた。そして、飯田が現れた。
あいさつもそこそこ、飯田と連れ立って品川駅から立川駅へと向かう。いくらか弱った様子の飯田は行き先以外は無言でいるので、声をかけずらい。そして立川空港の管制塔へと足早に進む。空港の面々は飯田のことを良く知っている様子。飯田は係員を急かし、セスナを一機チャーターするように告げる。
「サチコちゃん、今から説明する話をとりあえず耳に入れておいてくれ。これはサチコちゃんにとっては途方も無い話ではあるのだが解ってほしい。真実かどうかは後で理解してくれればそれでいい。まぁ何れ気がつく筈だが。
ま、要約すると・・・実は今私が追われている状況というのは、私が全力を費やし教授人生を賭けて研究開発した、あるチップをめぐる軍事的使用の案件での対立が発端であり、政府関係者からの協力を拒否したことが原因となる。サチコちゃんも持っているよね、あのお守り。その中に私が開発したチップ、いわば“時空移転装置”が入っているのだよ!
何やら興奮状態の飯田は続ける・・・それは私が教授在籍の時分に決定打に欠けていることで完成には至っていないと懐疑的であったが、共に研究開発してきた現在協力会社に在籍のケンタ君の発想からヒントを得て、既に完成していたことに気づいたのだよ。私の理論が正しかったことが実証された。というのも、私がMRIの電磁波を利用したことと、ある方法との相互作用を行うことで、そこから移動できたことで証明ができたのだ!ケンタ君は既にハワイにいる情報も確認している。旧友で信用を置いている村田というハワイ州警察署長のもとに今頃到着している。健太君にはあるミッションを遂行してもらうことになっている。さぁ準備は出来た。話の続きはセスナの中で。」
セスナは既にチャーターされ眼下の滑走路にあった。二人は乗り込むと離陸体制へと滑走路の端まで移動する。飯田は手馴れた様子でセスナを操る。どおりで宮田機長と仲よく飛行機の話で盛り上がってたわけだ。エンジン全開でふわりと離陸してゆく。機体は高度を上げてゆく。そのとき、突然ものすごい炸裂音が鳴り響き、エンジン音が不安定になった。そして高度は見る見る降下してゆく・・・と、飯田が大声を上げる。
「だめだ、政府のやつら俺らを殺す気だ、サチコちゃん、今から私の言うとおりにしてくれ。お守りを握って“ベトナムへ飛べ”と強く念じるのだ。」
何ナノ、時空移転装置?ケンタはハワイ?このおじさん壊れたの?あっけにとられているサチコは言われるがまま、念じ始める。が、機体は依然、降下体勢にある。眼下に立川の町並みが近づいてくる。もうだめかと眼を閉じ、何だか解らぬ状況でなるようになれと乱心で必死の表情でサチコは“ベトナムへ飛べ”と強く念じ続ける。それからどれくらい経ったであろう、雲に突入したのであろうか辺りは真っ白の霧に包まれ視界が全く利かなくなったことに気づく。飯田も未だ念じ続けている。プロペラ機のエンジン音は聞こえないままでいる・・・
Scene11~アブリカタビラ
明朝ケンタは警備員の黒人の男から一通の手紙を受け取る。それは飯田教授からのものだった。
「Dear健太君: 急な状況の変化にさぞかし驚いていることと察します。所長の村田君とは知己の親友であり、信頼の置ける人物であります。この手紙の内容にあるミッションは人類の平和を恒久的なものにするための、言わばその1ページ目を健太君に担ってほしいとの一心で計画したものである。ミッションとは以下のとおり。
1・戦闘機の飛行訓練。
2・ゲリラ戦を想定した特殊訓練
3・人命救助訓練
4・諜報活動の習得
詳細は村田君にお願いしていますので、まぁがんばるように。ではアブリカタビラ!」
不可解な飯田からの手記ではあるが、何故かケンタにはピンと来るものがあった・・・というのもこの手紙の内容は当然、警察幹部やアメリカ軍関係者に既に開封され内容が確認されている可能性がある。何故ならばこのようなイレギュラーな特殊訓練を行うこと自体、関係者にとって不可解なことであるから。そしてどうやら飯田教授、心底は村田署長のことを信頼していないようだな。以前飯田のもとで研究開発を行っていた時分にCONFIDENTIALな内容を用いる場合、私たちだけの暗号表現を使っているが、パッと見アブラカタブラは呪文のようだが、この手紙の用紙は特殊加工が施してあり、海水に浸して炙り出すと文字が浮き出る材質になっている。これも教授との研究の賜物。暗号の“アブリ”はまさに炙り出しのことを意味し、“カタビラ”は片方の平、即ちもう片面を意味している。つまり“手紙の裏面を炙れ”の隠語である。あとで確認するとしよう。
しかし、手紙の差出日が昨日なのは早すぎはしないか・・・さては教授、とうとうやらかしたか!どうやら“時空移転装置”が働いたようだな。やれやれ大層なことになった!
暫くして何やらいぶかしげな面持ちの村田署長が部屋に入る。それは飯田教授の勘が的中したようだ。
「飯田先生の手紙は読んだかね?このミッションを遂行するにあたり、どうも気になるとことがあるのだが、そこまでして健太君に期待していることとはいったい何が目的なのか君はご存知かな?まぁ何れ飯田本人に会う機会があろうから、そのときに聞くとするが。では友人の教授からのご意向ではあるから、本日から私が担当を司ることにするのでそれなりに覚悟するように。まず初日は軽くランニングで体力作りから始めよう。近くにビーチがあるからひとっ走りしようか。」
村田の先導でビーチまでのランニングを開始する。もちろん“アブリカタビラ”持参で!
初日のミッションは運動不足のケンタにとって過酷ではあったが無事終了した。ビーチまでは結構な距離で、昨日の疲れと今日の日差ししが重荷となった。そして今日最も重要であるミッションは海水にアブリカタビラを浸すことで無事完了できた。部屋に戻るとすかさず愛用のジッポでタバコに火をつけると同時に炙り出しを開始する。みるみる文字が浮き出し始める。文面はこうだ。
「P.S.健太君:
最大目的は米国の核攻撃の抑止である。核爆弾を積んだ戦闘機を阻止すること。尚、この手紙は直ぐに処分せよ。村田を全て信じるなよ。じゃご安全に!」
なんとも背筋がゾッとする内容に、ケンタの手は細かく震える。世界平和がモットーとはいえ気弱な自分がこんな大役を担われること自体相当なプレッシャーでもあり・・・飯田を信じるのも問題ありそうな・・・ん~もうやるっきゃない、かな?
Scene12~陰鬱なフライト
サチコの両親は今日も閑古鳥の居酒屋のカウンター越しでテレビを見ながらサチコからの連絡を待っていた。母の今日子は煮込みの支度をしている夫に
「サッチャン遅いわねぇ、連絡もくれないで。」
父の重雄はつゆの味見をしながら
「サチコも大人だから心配ないさ。今頃健太君とどこか旅行でもしているんだろ。」
今日子はテレビのチャンネルを変えるとニュースが映る。
ニュースでは立川飛行場から飛び立ったセスナ機が消息不明となっており、自衛隊が現在調査中であることを報じていた。乗客については公表していなかった。
「いやね、宮田さんの飛行機といい、ここの所消息不明ばかり。大気が不安定なのね、温暖化のせいかしら。嫌な時代になったものね。まさかサチコたちが乗ってたりして。」
「よせよ縁起でもない。野球が始まるからチャンネルを変えろ!」
その頃政府機関では、宮田機長の飛行機とセスナ機の消息について情報収集に追われていた。だが本部中枢の一部の人間には時空移転装置との関連について既に把握していた。
「宮田機長の機については既に設定された目的地に到着していることは確認できている。現地の軍司令部とのコンセンサスはとれているので、引き続きミッション続行中。」
総理官邸にはひそかに宮田たちの情報が伝えられていた・・・
ベトナムハノイの軍部官邸ではアール隊長とオスレイ指揮官が日本との極秘ミッションについて議論を交わしていた。
「指揮官殿、それは飲めません。我が軍部の人員があくまで平和的解決を念頭についてきてくれているのを欺くことになりかねません。」
「しかしだね隊長、これは私の一存ではないのだよ。あくまで日本政府からの要請を受け入れての決定事項だからね、もちろん我が国の利害関係にはつながってくることだよ。そこのところは君にも解るだろう。」
「しかし、それではまるで日本政府が人選して送り込んだといわれるスペシャリストたちを我が国で奴隷同然に働かせて、その代償を横取りするようなものではないでしょうか。」
「いやいや、君、ものは考えようだよ。君にもそれ相応の経歴があるだろう。ここは何としても強行すべきなんだ。全てはお国のためにあり!」
議論は長時間に及んだが、やがてオスレイ指揮官に押し切られた形で終わった。
太田副機長は昨日の一件を洗い流すがごとく飲んだ深酒のせいで、目覚めた頃は既に午後を廻っていた。頭の中で未だ整理のついていない現状について、しかし幾らか楽観的にもなってきていた。もともと機長の宮田とは長い先輩後輩の間柄であり、宮田のことは一筋縄に信頼し、ある種憧れの存在でもあるから。長いフライト時間を共に生き続けた経験知は全て宮田のおかげでもある。そしてこの現状に居ても宮田の手足となり、乗客の方々の安全を第一に尽力する意気込みにも似たものが俄かに沸いてきていた。宮田の部屋に電話を入れる。宮田もまだ昼食をとっていないことで二人は遅いランチへと食堂へと向かった。
「しかし弱ったもんだ。俺達どうなっちまったのかな。まるで狐にでもつままれたような。」
「機長、私も同感です。そういえば、今朝のアール隊長とのお話で何か掴めましたか?」
昨日は大声で私に掴み掛からん勢いの太田ではあったが、時のせいか落ち着いていた。
「ああ、まだ何とも頭の整理がついていないが、どうやらアール隊長は僕らを利用してここでお国のために働かせようとしているのは確かなようだ。ただ不思議なことにフライトの乗員は皆、日本政府の要請で人選された各階のスペシャリスト達であり、そして彼ら自身人選されたことは未だ知らされていないようだ。アール隊長からも口止めされたが本人達には公言しないようにと。」
宮田はそう言い終わるとテーブルのメニューを取りぼうっと眺め始める。
「しかし、いつまでの期間ここに居ることになるのでしょうか。」
「今回のベトナムの混乱を収めるためのミッションが終わるまでさ。そんなこと俺にわかるかよ!まぁ長い眼で見といたほうがいいな。」
「気長でいいですよね機長は。私はハワイへのフライトが終わったら神さんとの婚約を控えていたのですから、どうしたものか。」
太田は二日酔いの頭痛も手伝って頭を抱え込む。
「別に気楽でもないが、この状況を誰に聞こうにも連絡は途絶えたままだし、全てはアール隊長の手のひらの中にあり情報も不鮮明であるから、こりゃまるで幽閉だぜ。少なくとも僕らより情報の少ない乗客たちはもっと気に病んでいるのだから、僕らは乗客のために一生懸命やるっきゃないね。まずは乗客のメンタル面でのケアからだな。」
「そうですね。では機長もお疲れでしょうから、食事が終わったところで早速乗客たちを集め会合を行いましょう。ある程度の様子はわかりましたので、説明は太田に任せてください。」
食事を終えた二人は乗客の各部屋に廻り、15:00にティータイムをかねて食堂に集まるように告げた。
定刻に体調不良の乗客2人以外の18人が集まった。たまたま夜間で天候が悪い便であったせいか少ない乗客数であったのも眼が届きやすくてやり易い。太田の進行で状況説明から始まり、質疑応答。それから乗客夫々の自己紹介が昨日までの不安より幾分和やいだ様子で行われた。彼らなりにも夫々の未来に覚悟は決めたのかもしれないが。
「私は医学部在籍の医師、中村と申します。専門は外科で現在52歳、具合の悪い方おりましたらいつでもお気軽にご相談ください。」
皆から熱い拍手があがる。何故か体育合宿のような雰囲気にも似てきたが。
「お疲れ様です!自分は自衛隊13部隊長現役の江田と申します。元気だけがとりえの55歳ではありますが、状況は謎ですが、ともあれ皆で明るく元気に楽しみましょう。ははは!」
なかなかこの状況下では期待が持てそうな気配。
「私は熊本大学で心理学の教鞭をとっております中山と申します。女の歳はご遠慮いたしたいのですがそんな状況でもなさそうなので、一応38です~。今回は皆さんのメンタル面でご協力できるかなと。宜しくお願いいたします~。」
ちょっとした華のある笑顔だけでも癒されそうな。
「あの~皆さんお堅いご職業の方ばかりでなじめてないですがぁ・・・池田と申します。グラフィックデザイナーなんかやってます。お役に立て無そうですいません28歳です・・・」
うーん、頼りなさそうだが気さくなキャラで若さがあってよろしい。
「あれ、文化人居たので安心した。わたくしも小説なんぞを書いております志田です。48で今回のシチュエーションはネタ集めには持って来いで、実際喜んでますが。」
一気に場の空気が明るくなった。この人何か持っている。面白くなってきたぞ。
「ロックやってま~す、長部と申します、ヨロシク。一応文化人かな?先ほどの外科先生と同い年の52歳でっす。不器用ですが!」
おっと、この人着ているものからギンギラでキャラ濃いね~!
「料理家の山口と申します。歳は60になります。京都に料亭を営んでおりましてお役に立てると宜しいのですが。せっかくですのでベトナム料理も研究したいですね。」
なんともお淑やかな女将さまであります。
「北海道の牧場で馬の調教をやってます吉沢です。28歳独身、体力には自信あります。ここでは家畜の世話をやることになるのかなぁ。」
中々体格のふくよかな、どちらかというと柔道強そうなお姉さんですね。
「某一流自動車メーカーでテスト車両のメカニックを担当しております須田と申します。35歳で機械ものは何でも直しちゃいます。プロなので。」
何とも鼻につくが、ここでは頼もしい存在である。
「IT企業で長らく通信技師でありまして、現在70歳、隠居の身の野田であります。今回ハワイ旅行楽しみにしていましたが、どういった訳だか、ベトナム体験ツアーに参加させていただきまして、願わずもわざわざありがとうございますねっ!」
歳のせいか嫌味な口調で一気に場がしらけたが、知識はありそう。
「リゾート開発系企業の社長兼営業をしております土屋と申します。今回は仕事でホテル買収を企画していましたので誠に残念ですが、この地で新たな企画に挑戦したいです。46歳で趣味はアーチェリーを楽しんでいます。」
中々精悍で慇懃な雰囲気。熱血ビジネスマンで桁違いな富裕層か。
「八ヶ岳の宇宙科学研究所で館長をしております66歳の細田です。ここは該当も少ないのできれいな星空が楽しめそうですね。望遠鏡もって来たかったなぁ。」
何ともお家柄のよさそうな風貌の紳士であります。13人目は?
「私は警視庁捜査一課の佐々木と申します。55になります。皆さんの安全・人権の優先確保に尽力いたします。」
ちょっと後でいろいろと相談に乗ってもらおうか。
「メガバンクを脱サラし、ファンド系企業を立ち上げ金融畑一筋の原田と申します。東大卒39歳ですが何かお手伝いできるのでしょうか。」
エリート女性ながらも中々凄腕で性格キツそう。
「大阪でハイヤーを駈ってます清水と申します。58歳で要人を官公庁にお運びしております。職業柄ここでは言えない話を結構耳にしますよ。」
この人の人脈も役に立つだろうか。
「大手建設業現場監督長の館林です。61歳で重機オペの経験では私の右に出る者を知りませんね。」
体格がずば抜けてでかい。風格が威圧感あり、苦労人だろう。はいっ17人目の方。
「紡績業を営んでおります瀬戸と申します。親父の代からの2代目で26歳、主にジーンズ生地を扱っています。」
神戸のボンボンだね。失礼だが取り得なさそう。さて最後に18番目の人は?
「石油プラントを飛び回っています、島津と申します。現在50歳、今回はハワイで休暇を過ごした後にアメリカのシェールガスプラントでの仕事を予定していましたが、疲れてたのでベトナムで当分いいです。よろしくお願いします。」
中々危険で忍耐が必要な仕事をされているのですね。
こうしてお休み中の2人を除いて18人の賢者たちの自己紹介は和やかなムードで終わった。それにしても全く異なる業種のスペシャリストが揃ったものだな。今後の活動については軍部隊長の指示待ちだが、日々ミーティングを行うことを約束して解散した。
Scene13~奇妙な再会
真っ白の霧に包まれた機体の中、サチコは「ベトナムへ」と念じ続けたまま、傍らの飯田のことも気にかけずに、いつしか記憶が遠のいていったのだった。そしてどれぐらいの時間が経ったのだろう、ふと気づくと隣に居るはずの飯田の姿は忽然と消えていたのだった・・・機体は尚も白く深い霧の中をふわりと宛てもなく、或いはベトナムに向かって彷徨い続けている。どうやら自動操縦モードに切り替わっている様子。次の瞬間、一気に視界が開けてゆく。飯田の居ない操縦席に不安を抱えながらも、何故か危機的状況だという観念はサチコにはなかった。青い空に白い雲がぽっかりと浮かんでいることで不思議にほっとできているような気さえする。やがて機体はゆっくりと機首を降下し始める。やがて地上の景色が見え始める。その鬱蒼とした森に包まれたような場所は、サチコには懐かしささえ感じさせていた。やがて自動操縦を頼りに森の中に一筋の滑走路が見え始めた。
セスナはゆっくりとその身を地面へと滑り込ませて着陸した。スローダウンした先には警備員らしき姿がこちらを伺っている。恐る恐るといった感じの警備員たちがこちらへ近づいてきた時、初めてサチコはわれに返ったように恐怖心が巡ってきた。
「失礼します!」いきなり村田署長の部屋の扉が開いたのと同時に警備の黒人が一人の娘を連れて駆け込んできた。黒人は驚きを隠せずに署長に詰め寄る。
「どうもこうもありませんが、奇妙な小型機が先ほど到着しまして・・・この小娘が一人で乗っていたのでお連れしましたが・・・」
ふうむ、と、村田も怪訝な面持ちではあったが、この状況に落ち着いた様子で娘を椅子に座らせた。
「娘さん、いったい貴方はここに何をなさりにいらしたのだね。どこからも連絡を受けていないし、レーダーにも察知されていないのが不思議なのだが。」
口から心臓が出そうな様子のサチコは、ただ怯えているだけだった。それからどの位沈黙が続いたのだろう、戸外からこの様子を聞きつけたケンタが駆け込んできた。
「サ、サチコ・・・」
ケンタの声を聞き、うつむいていたサチコははっとして口をあけたままケンタを呆然と見つめ、そして椅子から立ち上がるやケンタに抱きついた。サチコは震えながら涙ぐむ。皆目見当もつかないケンタはただ成すがまま立ち尽くす。
「お知り合いかね、日本からじゃ長旅だったろう。しかし娘さん一人でよくお越しになったね。中々の勇気だ。それにしても飯田さんの考えは謎だ。使用が無いから明日から健太君と一緒に行動してもらおうか。」
その後サチコはケンタの部屋に連れられていった。
「私もまだ事の成り行きを理解できないで居るのよ、ただなんとなく飯田さんには「ベトナムへ飛べ」と念じるように言われていたけど、そしてそう呟いていたけれど、頭の中にはただケンタのことだけが心配でたまらなかったのよ。飯田さんは途中で消えてしまうし、気がつけばここに着陸していたの。そうなの、ハワイなのね・・・」
ケンタはただ黙り込んで気が急いているサチコの言葉をじっと聴いている。そして窓の外を遠い目で見つめている。教授は無事であろうか・・・
翌朝はサチコは未だ呆然と窓の外で訓練をしている健太を眺めていた。そして今までの成り行きを一つづつ解決しようと頭の中で整理し始めた。そういえば飯田にもらったお守りはどこかしら。それはズボンのポケットの中にあった。飯田はたしか「時空移転装置」がこの中に入っているといっていたわね。と、おもむろにお守り袋の中を指で探るように押してみる。装置のチップらしき異物感が無いことに不思議な様子のサチコは、まるでこれまでのパンドラの封印を解くようにお守り袋の締め紐を開いた。中には綿が入ってはいるが、全て取り出したところでチップはどこにも見当たらなかった・・・サチコはまた白い霧に包まれていくように呆然となった。
Scene14~奇妙な再会2
「こちらベトナム官邸、日本へ外線をつないでくれ・・・ああ、総理ですか今晩は。先ほど飯田教授も一ヶ月の間どこを彷徨っていたのかようやくこちらに来られたところで、だいぶお疲れな様子でして。はい、まだご病気の様子が芳しくないのも手伝って辛そうですが、目下ミッション続行中との事でして、はぁ、アメリカ軍の進行が激化してきましていずれハノイへと攻め込んでくるのも時間の問題かと。ええ、護送された方々も無事落ち着いたようですので明日からレクチャーに当たりたいと考えています。ところでアメリカ側との密約は如何でしょうか。時空移転装置の取引についてですが。なにせこちらにとっても条件の切り札でありますから総理から穏便に事を運んで頂かないことにはこちらも対処できかねますので。詳細は飯田教授からも問い詰めますが、何か裏取引があるような気がしてならないのです。もちろん、我が軍は総理の計画通りに遂行するのみですので、何とかアメリカ軍の侵攻を遅らせるようにご対応いただきたく存じます。では、失礼します。」
オスレイ指揮官の持つ受話器の手と額には嫌な汗がにじむ。アール隊長を呼ぶ。
「あれから一ヶ月、レクチャーの進捗は如何であろうか。いつ敵が攻め込んできてもおかしくはないぞ。」
「はい、しかし宮田機長に日本政府との内容をなにもかも告げるわけにも行かないので。」
「早いところハノイ市を強靭な拠点として立ち上げねばならないが、日本政府の言う核兵器開発推進をあからさまにできないのは君も承知のはず。我が国が密かに世界一の核保有国として構築していくことが日本にとってもメリットなのだから。そのためにわざわざ人選してもらい日本から大勢の技術者たちを呼び寄せたのだから。ひいてはアメリカにとってもこのことは脅威になることだろう。宮田君はまだ気づいていないはずだ。可哀想なことにスペシャリストたちのほとんどは計画に則って動いているのだから。物事を遂行するためのリーダーとしてはピカイチだが、逆にあの堅物がこのことに気づいたらそれこそ計画は頓挫するに決まっている。そこをうまくやらなきゃ。」
「しかし指揮官、時間と共に彼らの団結力は高まってきておりまして、宮田機長をかなり尊敬する姿勢がともすると、こちらへの背反行動となりかねないかと。あまり感情を揺さぶらずに進めることは私としても非常に苦慮しております。飯田教授はこのことを?」
「何も告げては居ない。飯田教授は病気も手伝ってかなり気に病んでいる。宮田機長とは旧友であるからこのことに気づけば「時空移転装置」を作ってここから脱出するであろう。そうなれば計画は全て頓挫することになる。それよりも、確か技術者で2人は政府の要人だったな?」
「はい、その二人が背くことは先ず無いでしょう。根っからの悪党ですからね。面の皮が厚いというか。態度もでかくていけ好かないですがね。こちらの諜報活動にも余念が無いようですがね、私たちも監視されているようで。」
「ハハハ!これは愉快だ。僕らが背反するとでも思っているのかね?少なくとも現状は日本のご機嫌取りに徹するが、もしこの計画がうまく進んでアメリカ軍が撤退するほどの核保有国になってからなら話は別だがね。ま、この際、計画が無事終了してもスペシャリスト連中をこちらの奴隷として囲い込んでしまえば鬼に金棒だがな!ワシも中々の悪党だなぁ!なにはともあれ飯田教授と宮田機長、そして副機長の太田は要注意だぞ。意外に太田は敏感なところがあるからね。」
太田は日本からのスペシャリストと懇意に打ち解けていた。共に汗して計画立案から夫々のレクチャーを朝も夜も無く尽力してきた友として、戦友のような気持ちでいた。そして彼らスペシャリストたちを心から信用していた。しかし敏感な太田としては、あの最初の自己紹介の席を休んでいた2名については幾らかいぶかしく感じていた。一人は宗教家の木戸。彼は政治家連中との交流が深い教壇の実質No.2でおよそ懐刀のような存在だそうだが、そのしぐさに職業柄か胡散臭い感じが滲み出ていた。もう一人は占い師の沢野。やはり職業柄か信用なら無い雰囲気が漂っていたが、似たもの同士この二人はいつも密談しているような、辺りを警戒する素振りが多々見られ、他のスペシャリストたちからすると不自然な印象が残っていた。スパイのように目を光らせているような気がしてならない。
時間の経過と仕事内容によりスペシャリストたちはなんとなく数人づつグループ化されてきていた。日々のミーティングの意見交換の際はグループの気心が功を奏しスムースに事が運んでいつも和やかに計画が立った。
「なんか日本に居た頃が最近懐かしく感じるねぇ、そんなに日にちが経っていないのにね。それもこれも皆様方との生活が充実しているおかげですねぇ!」
口軽やかで気さくな小説家先生、志田は場を和ますサブリーダーとして皆に先生、せんせいと慕われていた。ともすると国を後にした不安の色が浮かぶ面々を明るく包んだ。
「志田先生のなんでも楽しんでやろう、って意気込みが僕らにも伝染しちゃってね。しかし最近、宮田機長と佐々木捜査一課長をあまり見かけないが、ご存知ない?」
その頃佐々木は宮田と議論を交わしていた。
「機長、正直に申しましょう。実は私のことについてまだ全てをあなたに明かしていないのですが、これらの活動は国家間の駆け引きでありまして、私の任務はその事についての極秘捜査であります。おいおい全て明らかになりますが、そもそも日本国総理主導の元に、ベトナムへのフライトは必然的に計画されたことであり、今行っている平和への社会貢献というのは建前であって、実はその・・・」
「私も最初からうすうすは感じていた。なにせ軍隊長からの曖昧な指令は何かを隠蔽しているように口篭っていたし、木戸と沢野の様子は明らかに怪しい。彼らに監視されながらうまく何か計画遂行の一翼を担わされている気がしていたのだ。」
と、部屋のドアの向こうで何やら物音が聞こえた。佐々木が扉に走りよって開けると、壁際に二人の男が走り去る影が映る。
「まずい、やつらに聞かれたか・・・木戸と沢野だろう。宮田さん、今後私たちに命の危機が伴うことになるでしょうから共に行動するように。そうだ、ここを出ましょう。」
佐々木が話し終わるや否や一本の電話が鳴った。宮田が受話器を取る。
「宮田機長お久しぶり、飯田だ。早速だが2階の非常口に来てくれ。十分気をつけてな。」
宮田は佐々木に内容を告げると二人はそそくさと部屋を出る。辺りは既に暗くなっている。飯田の言う2階非常口の扉に到着すると向こうからハンチング帽の飯田が現れた。
「事情は後で話す。さあこちらへ。」
飯田は非常口から戸外へ二人を連れ出す。足跡に気を使いながら階段を階下へと急ぐ。階下には黒塗りのセダンが待機していた。飯田が後席に乗り込むと二人も続く。運転席には大阪ハイヤーの清水が硬い表情でハンドルを握り、助手席には同じく険しい面持ちの自衛隊13部隊長の江田が座っていた。そして無灯火のまま細い路地の暗闇へゆっくりと車を滑らせてゆく。飯田が口を開く。
「よし、清水君、そのままKAIBA自治区を目指してくれ。」
清水と面識など無く、ましてや地理もろくに知らないはずの飯田教授が、今やスパイさながらに淡々と指示を下す。この親父、いつの間にそんな芸当を覚えたのか!
「よし、次の交差点から裏通りを抜けてローカルハイウェイに乗れ。」
なんとも面食らった感の宮田ではあったが、淡々と指示を出す飯田が滑稽でならない。
大阪でならした清水のハンドル裁きは気持ち良いほど完璧であった。隣の江田はミラー越しに後続車の追尾、周囲の不審行動を警戒する。その様は軍人の鋭い目つきとなる。3時間くらい経過したであろうか、やがてローカルハイウェイを下ると小さな町並みがひっそりと現れる。その中心部に小さなアパートの駐車場に車は止まった。
「さぁ、どこから話そうか。とりあえずここまでくれば一安心。宮田君、突然の出来事で誠に驚かれたことであろうが、佐々木君から既に概要はお聞きになったかね?そう、これらのベトナムでの取り組みは表向きは平和を装い、実のところ反正義的な国家間の極秘計画が仕組まれているのだよ。そしてそれを阻止する因子が活動しているのも事実、佐々木君もその一人。内部からも時間の経過と共に生まれてくるもの。それを監視するため密かに木戸と沢野が人選されたのだ。しかし今の状況からすると、僕ら不在のまま計画を進めることをいぶかしく思う人々が増え、ひいてはテロにも似た対立が内部紛争として勃発するであろう。こちらもそれに先立ちその人々を救護することになろう。いずれ来るXデーは近い。そもそもベトナム主席もこれら軍司令部の動きを全く把握していないばかりか、軍が一人歩きして国を揺るがす行動をとりつつあるのだから。何としても阻止せねば!」
5人はあらかじめ用意されたアパート最上階である8階の一室へと案内される。外観からは複数の部屋に分かれているような外観とは裏腹に、なんとワンフロアーが地続きとなっていた。まるで要塞のようにいくつもの武器庫が鎮座しており、管制塔のようなモニター類が並んでいる。レジスタンス本拠地の様相を呈している。何ということだ!
「私がベトナム入りしたのは君たちが到着した数日後になる。そして昨夜君たちの居住地に到着するまでの間ここで過ごしていたわけだ。これらは全てベトナム主席に内々で準備頂いたものだ。平和的解決が望ましいが、状況は至って逼迫している。」
宮田はあっけに捕られたまま部屋の入り口で立ちすくんでいた。
「話はここからが長いからね、一つ私の揺ぎ無きスピリットとしては、正義のためならかつての英雄、チェ・ゲバラにもなろうというものさ。そこに正義があるのなら、己の命もいとわない覚悟なのだ!事の始まりは私の研究してきた「時空移転装置」が雑誌に紹介された折、主席がたいそう興味をもたれ、常日頃諸外国から平和を脅かされつつあった祖国を危惧して何とか手引きしてもらえないかと極秘裏に直談判されていたのだよ。特にアメリカはマフィアと結託して我が国を麻薬栽培の拠点とし資金源として乗っ取ろうとして来ていた。常に情報操作しているからこの情報は一般的にはされていないが。そしていよいよ完成の域に到達した頃、今度は日本政府が嗅ぎ付けて軍事目的への使用に関わるよう私を利用しようとしてきたのさ。それを突っぱねた挙句、私も政府監視下に置かれる身となり肩身の狭い思いをさせられてきたのだよ・・・さぁ話はいったん区切らせてもらって・・・皆さんこちらの席について下さい。そろそろ出前でも頼もうかな。」
思いのほか壮大な計画に宮田一同は唖然としていた。出前が届くや空腹に耐えかねた一同は無言のまま食事をとる。KAIBAの夜は更け込んでゆく。
宮田はこの突然の訪問者に驚いてはいたのだが、ただ、複雑怪奇なこの一ヶ月の出来事を振り返れば飯田との再開に少しの安堵さえ覚えるのであった。
その頃太田たちは宿舎で皆を集めミーティングを行っていた。宮田機長たちが行方不明であることを皆に告げると話を続ける。
「皆さん、軍隊長の指揮のもと我々はここベトナムの地の平和的貢献活動に寄与し続けている。しかし私としてもここにたどり着いた経緯を自分なりに分析してみると不可解な疑念が残っている。まずボーイングでのフライトのメンバーはハワイを目指していたわけだが、何故か導かれるようにベトナムに到着した。そしてみなさん旅客メンバーはそれぞれ各階のスペシャリストとして活躍されている面々である。おかしくはないだろうか。まるで申し合わせた様にだよ!普通に考えれば観光地であるハワイ行きの便であるから家族連れ、夫婦連れである可能性が比較的高いはず。それが知人と連れ立ってきた人間は一人も居らず、それからこの不可解な計画遂行に文句も言わずに共同作業を強いられている。そう、まるで申し合わせたようにだ。もしかして君たちは何かしらの使命のもと必然的にこの計画を遂行するために人選されたのだろうか。教えてほしい、あなた方の本当の目的を。」
一同は太田の言葉を聞きながら、ひそひそとなにやら隣のメンバーとざわつき始める。彼らの面々には太田が予想した表情は見られず、一様に不安な表情に変わっていた。医師の中村が切り出す。
「私も実はこの状況の中、よりによって皆平然とした素振りでここの活動に取り掛かっていることに不思議でしょうが無かった。誰一人としてはむかうものも居ない、ただ言われるがままに。」
心理学教授で、ここでは数少ない女性の中山も同様に持論を繰り広げる。
「私もこの不安な状況に変わりは無いものの、そもそも日本人は団体行動性に秀でている特性がありますが、それは農耕民族としての集団生活の積み重ねで培われた経緯が作用しているのでしょう。しかしここにいらっしゃる方々は凡そ特殊技能ともいえる職種に従事されており、それぞれのオリジナリティーによって活動されている。そういう人種は集団性とは基本的にかけ離れた存在であって、纏まることに対して嫌悪感さえ覚えるのが普通ではないでしょうか。」
28歳グラフィックデザイナーの池田は
「それはこの場合、基本的に当てはまらないんじゃないかな。そういう人種は特異な状況下においてこそ好奇心が描き起こされるものだよ。平々凡々な生活など望んでいないのは普段のことであって、慣れっこなのさ。そんな僕も中々楽しんでいる感じだよ。」
ロックンロール文化人を自称する長部は
「そうそう、俺にとってもここはロックの魂がうずくような魅力があふれていて、そりゃもう楽しい日々だね。ただ時々何やってるのかなぁと自問自答はしてるけどね。別に俺の人生はその繰り返しなんで、深く考えたことも無いけどね~、ナンクルナイサ~!」
料亭女将の山口は
「私は毎日の献立を作ることに忙殺されていたので特に不安なことも忘れてしまっていたかもしれませんね。だって、ベトナムの食材は私のクリエイティブな部分を刺激してくれて、もう、楽しくて楽しくって!しかし不可思議なことに、食材の備蓄倉庫の量が半端じゃないのよこれが!まるで戦場に配給でもするようにね。」
柔道体型で牧場のお姉さん吉沢は
「わたしも家畜の世話に躍起になっていたので毎日爆睡で。この一ヶ月あっという間だったわねぇ。だって厩舎の数と面積が広すぎるもの。ひと廻りするだけでもよっぽどよ!従業員だって何百人居るのやら。」
自動車会社メカニックの須田はなんとも鼻につく言い回しで
「もともと僕は目の前にある難題を掘り下げてテストを繰り返すことが体に身についているから、感情的な部分とはあまり縁が無いね。人間関係なんて特別必要じゃないし、そんなことにはあまり興味を感じないしね。」
IT通信技師であった長老、野田は重い口を開く。
「うーん。長年の勘と経験知からすると、うーん、長く生き過ぎたのかもしれないな。実はここでの経験や古めかしい景色がなんとも懐かしくてね。まるで昔を旅しているような錯覚で・・・。少しボケが入ってきたかな?こりゃ失礼。」
野田の口調に普段の嫌味な感じは見られないことに一同が気づく。
「まぁこんな不可思議な状況に陥ることもともすれば起こることさ。一晩中悩んだって何も解決できない出来事もある。しかしある一瞬の閃光のように閃きが突然ふっと湧き上がることだってあるのだ。それが私の歩んだ通信畑の研究にも幾度と無く生かされたものだった。」
野田が言い終わると突然、窓の外から稲光が差し込み、そして雷鳴が轟いた後、部屋の明かりが消えた。皆がざわめく。野田は手持ちのペンライトを太田に渡す。窓外では激しい雨が降り出してゆく。
リゾート開発社長の土屋が話し始める。
「私の携わってきたリゾート開発の業務というのは往々にして国家間の利害関係が生じるものであったから、今回の取り組みも往々にしてその辺が絡んでいることだろうと思う。私が今任されているベトナム都市計画構想にしても軍部と綿密な交渉の上進めているが、これまでのリゾート開発とは異なる不可解な要望に正直不安を感じながら計画しているが、その様子は地上戦を想定していることは間違いないだろう。シェルターのような地価都市計画まで浮上しており、長期戦の構えなのだろう。口外しないように言われているが。」
一同がどよめく。宇宙に見識の深い細田が切り出す。
「やはりそういうことか。毎晩せっかくの星空を無駄にしないように空を眺める日課になっているが、おかしな動きをする飛行物体を何度も目撃している。まるで私たちを上空から偵察しているかのように遥か何万フィート上を動き回っているのだよ。そして軍部から渡された私への計画資料によると、そこには大型望遠鏡の開発と施設印の育成カリキュラムが詳細に綴られているのだから。この平和な星空をかき消すかのようにね。」
やがて停電が復旧した頃、食堂の中にいつの間にか居なくなっていた女将山口がワゴンの上に鍋とお椀を引き入れてきた。
「まったく突然停電になったから大変だったのよ。そろそろ皆さん小腹が減ってきた頃でしょうから暖かいフォーをどうぞ。」
山口は傍らのお椀に出来立てのフォーをよそる。それぞれがワゴンに群がる。
「状況はおおよその想定とは違うようですね。私としては皆様方が日本政府からの要請で請け負われて任務遂行のためこの地に降り立ち計画遂行に勤しんでいるのではないかとの疑念を持っており、私と機長だけが事の事情を把握できないでいるものだと思っていました。皆さんを疑っていた自分がなんとも情けない。みなさんそれぞれ大なり小なり不安を抱えながらこの一ヶ月をすごしていたのですね。」
そう言い終わると太田は涙ぐんだ。初めての正直さが一同に伝播する。
金融畑エリートの原田がそれを遮るように立ち上がる。
「いいえ太田さん、決して騙されてはいけません。私もこんな性格柄事の成り行きを独自に分析しており、ここで始めて公表しますが、口止めされていましたから使用がありません、最初の会で欠席した二人、そう木戸と沢野は信用に値しませんよ。皆さんもうすうす感じていたようですが。軍部との計画立案会議にはどういったわけかいつもこの二人は列席しており、インフラ資金繰りの内容の一部始終を把握しています。そしてこの資金計画の額面は凡そベトナムの国家予算規模を遥かに超えた取り組みであり、日本政府からの莫大な援助が絡んでいるのは明らかであります。そしてアメリカからの脅威に対しての平和的計画を装っているが実のところ日本政府に対しての大きなフィードバックが諸事情から垣間見れてならないのです。軍部もそれを利用して自分たちへの資金流入を密かにたくらんでいる如く上乗せを要求するのです。」
フォーで温まってきた人々の背中が一瞬にして凍りついたように辺りの空気が張り詰めた。
建設業現場監督長の館林も共感したように切り出す。
「私も重機導入計画資料を見て驚いていたのだが、口外するなと軍部に強くとめられていた内容だが、えい、この期に及んで言ってしまえ!明らかに普通の重機ではないものを計画している。その台数も半端ではないが、全て戦車として即座に切り替え可能な装備を備えており、明らかに大きな力によって地上戦を計画しているものだ。既に海外から大量に運搬が開始され、到着までにオペレーター要因の技能訓練を完了しておくようにとの要請が綴られているのだ。」
「それにしても何故私たちだけにも、その内容を口外しなかったのだ。」
宮田がうつむきながら呟く。
「俺にとってあんた方だって軍部の手先としか見て取れなかったのだよ。これまで何度もミーティングは取り交わされてきたが、詳細については軍部担当から直接説明を受けるようにとの事だったじゃないか!ある意味業務の丸投げをしているようにしか受取れない。」
「私たちも手探りだったのだよ、アール隊長から幾度と無く詳細について議論を交わしてきたが一向にして深い部分を探ることはできなかった。ただ平和裏に遂行せよと一方的に統率するようにとの指示のみが私たちには任務として委ねられていた。宮田機長もいつも頭を抱えていたものだ。普通の感覚ならとっくにノイローゼになっていただろう。」
紡績業の瀬戸も頷きながら語り始める。
「みんな考えているところはやはり不安から来るものだろう。私への軍部からの要請はジーンズ生地の大量生産とパラシュートや軍服、装備品の作製図、特殊縫製のものばかり。何が平和的活動なのか皆目見当がつかなかったけれど期限に間に合わせるのが必死の思いで忙殺されていたのだよ。全ては平和のためと自問自答しながら、早く終わらせていつか日本に帰る日が早まるようにとね。疲れ果てたね。」
石油開発業の島津も後を追う。
「シェールガスプラントの開発に軍部は興味伸身でね。家畜の糞尿から発生するバイオガスを利用した大型プラント開発計画が持ち上がったところだった。そこからパイプラインで遥か数十キロ先まで輸送する莫大な計画で、通常使う使用量を遥かに超えた量を捻出しようというものだ。軍備と考えれば頷ける。」
皆の意見が一周したところで最期に気さくな小説家の志田がまとめにかかった。
「私が一番気楽だったのかなぁ。まぁ軍部からはこれまでの軍関係のストーリーや戦国時代の持久戦の様子などを深く探られていたものだ。そして平和的解決のための戦いという相反するのシナリオを私に計画するように詰め寄ってきたのだ。私もあまり深く考えずにこれまでの知識の中で理想的な構想を提示したつもりだが、実はね、軍部の貪欲で裏腹な様子になんとも辟易としていたものだから、ちょっとした隠し味をスパイスとして散りばめてあるがね。」
太田そして一同が乗り出すようにして志田の話に聞き入る。
「そう、私がシナリオを握っているのならば、本当に私が思い描く理想社会の構築を散りばめるに決まっているではないか。少しだけヒントを与えると、そうそう、実はこの食堂で私たちが日々ミーティングを行っていることは軍部の耳には入っている。ITの野田さんとメカの須田君と組んでこの部屋に仕掛けられている盗聴器をさきほど破壊してあるからもう安心だよ。多分先ほどの落雷の影響で不具合が生じたと軍部は勘違いしていることだろう。ええと、先ほどの話に戻るが、完璧な戦いのシナリオなどありえないことは自負しているのだよ。そこでスパイスをちょこっと加えることで、ちょっとした作用により軍部の壊滅に至ることが可能となり、私の描く理想的な平和社会に突入するというわけなのだよ。もちろん皆さんの多大なる協力体制が必須となるのだが。そのスパイスについては列席した軍部と日本政府からの諜報員と思しき木戸と沢野には明かしていないがね。」
一同は志田の発言に仰天した。以外にもこの人やるじゃないかと。太田が食い入る。
「そして志田さん、ストーリーというのは?」
「もちろん軍部に転覆劇のスパイスがばれたら真っ先に私の命は狙われるだろう。とても危ない綱渡りなので私のストレスレベルは半端ではないがね。とりあえずは軍備のためのこれらの活動は続けていく。そして完成の域に達したときにスパイスにある作用を加えることで一気にこちら側の体制へと引き込むわけ。いわば土屋さん、原田さんお得意の乗っ取りが始まるわけ。」
「いいぞ、その案!最高だね。そして重機は戦車に仮装して私たちがベトナムを乗っ取るということかね。」
大きく鼻を膨らませた館林は興奮しながら大声を上げた。
「いいえ、それは違います。一部あたってはいるが、あくまで平和的解決なので。しかしバックヤードには日本国政府の目論見が取り巻いているわけで、アメリカのベトナム侵攻も目下やまないままで居る。そう一筋縄には行かないが平和的解決の後、僕等が無事に故国への脱出を行うことまでは考えている。そのシナリオがまだ見えないで居るのだが・・・」
夜遅くまで議論は熱を帯びたままやまないでいる。人々の目にはかすかな希望の光が見え隠れしていた。やがて彼らは自然解散となった。
Scene14~パンドラの憂鬱
サチコが来て一週間。飯田からのミッションについての紙切れを手渡す。
1・戦闘機の飛行訓練。
2・ゲリラ戦を想定した特殊訓練
3・人命救助訓練
4・諜報活動の習得
「これって何を意味しているの?戦場に借り出される下準備なのかしら。そんなの嫌よ。」
「飯田のことだから不安なことは無いはずさ。」
「しかし飯田さんは既に消えてしまった・・・そして私はケンタの元でこうして生活している。そろそろお父さんお母さんも心配していることだし。」
部屋の扉のノックの音に気づく。幸子が扉を開けると警備の黒人から一通の封書を受け取る。案の定封筒は一度開かれた様子。健太が中身の内容に釘付けとなる。それは飯田からのものだった。
「健太君、そろそろサチコちゃんとのHAWAI生活にも慣れた頃だね。実は私だけ一人で無事ベトナムに到着しているのでご心配なく。なにせいろいろと事情があってサチコちゃんをこちらに連れてくるわけには行かなかったのだ。そのうちこちらに二人で来ることになるからね。ではミッション遂行に勤しんでくださいアブリカタビラ。では!」
まるでこちらでの様子を見透かしたかのような文面である。以前同様のアブリカタビラ。そういえば以前のアブリカタビラの内容をまだ確認していなかった。
翌日のランニングの際持ち出した2通の封書を携えてきたケンタはサチコの目の前で炙る。
浮かび上がる小さな文字の羅列、前回同様。そして二人は文面の内容に目を見張った。
一通目の内容を確認する。
「アメリカ軍行使計画中のベトナム核戦争阻止のため、君たちに尽力してもらうほかは無い。村田には「時空移転装置」の件は明かしていないが研究論文を見ればおおよそ予想はつく筈。そのため健太君のミッションについても利用する目論見ですんなりと引き受けてくれた。奴らはこの「時空移転装置」の技術を盗んで軍事目的に使用することを国家機密事項として企てている。それを阻止するために取り敢えずは健太君はアメリカ軍のメンバーを装って訓練に従事してくれたまえ。
二通目はこうだ。
「大変だ。健太君、サチコさんを連れて今すぐ遠くへ逃げるのだ。村田たちに私の計画がばれてしまった様だ。近々に君たちは処刑されかねない。今すぐそこから逃げ出しなさい!」
飯田の文面に二人は言葉を失う。
To Be Continued !