第3話 翔べ!シンデレラ
シンデレラは去って行ったチャーミングの背中を、うっとりと見つめていました。
「な、なんて素敵な方なのかしら! 貴族かしら? 武道会に行けば会える? 武道会に行けばきっと会える!」
その時、シンデレラに七色の照明が当たります。
「あーーー♪ なんて素敵なぁーーー♪」
ミュージカルでした。突然始まったのでこちらもビックリ。
「あの方のお名前はチャァァーミングゥゥーーー♪♪」
バックに踊るエキストラが集まって歌に合わせて踊ろうとしました。
「……ラララララーーー──♪」
歌詞が途絶えた。
思いついてないなら歌わなきゃいいのに。と、みんな散開しました。
しかしシンデレラにとってはそんなことどうでもいいことです。彼女は胸の前で可愛らしく握って叫びました。
「武道会に出る! そして、あの人にもう一度会うんだわ!」
「騒がしいわね」
一人悦に入っているところをちゃちゃを入れられたと声の方を見ますと、あちらもこちらを睨みつけています。それは魔族の女性でした。
「あの方ともう一度会いたいですって? 下賎な人間の小娘がなによ!」
「誰よあんた!」
「私は悪魔のマゴット。彼は私が先に目をつけたのよ! 殺されたくなかったら武道会には出ないことね!」
「なによ! 殺せば反則負けですからね!」
マゴットの手のひらが怪しく光ります。
「大焔熱魔法!」
上級の焔熱呪文です。
ミス! ダメージを受けない!
シンデレラは華麗にバックステップで避けました。
「ふん。逃げ足だけは早いみたいね。でもごらん」
見ると床に白い線がありまして、シンデレラの足はそこから出ていました。
「場外だよ。はっはっはっは」
なんでそれが場外なのかは分かりませんが、シンデレラに圧倒的な敗北感が襲いかかってきました。
「敵わない……。敵わないわ……。それに、戦士は手続きが面倒。武器もないし、なんかもう、なんか」
シンデレラは肩を落として家路につきました。
「ただいま……」
「お帰り。姉さんどうだった?」
「どーもこーもないわよ。受付はたらい回しだし、戦士になるには武器がない。八方塞がりよ」
「そっかぁ。じゃぁ、諦めるしかないね」
「人生あきらめが肝腎だもんね」
シンデレラは顔をあげて妹たちを見ました。そしてにこやかに微笑みます。
「でもさぁ」
「ん?」
「素敵な人に会っちゃった!」
「ま! 姉さんたら!」
三人の女子たちは嬉しそうにはしゃぎました。
キャッキャ、キャッキャと大盛り上がり。そして一息つきます。
「でもね、つぎ会うにはやっぱり武道会に出ないと。その人も出るみたい」
「そっかぁ」
「魔族なんだけどね」
「そんなの関係ないじゃん?」
「だよね」
アナスタシアがシンデレラに顔を向けます。
「そーだ。姉さん、武道家は?」
「え?」
「武道家なら拳ひとつじゃん! それなら出場出来る!」
「そーだね! えらいぞぉ。アナスタシア~」
シンデレラは、それは名案だとアナスタシアの頭をイイコイイコと撫でました。
もはや、優勝など考えておりません。
ただ、美青年チャーミングにあう。
理由はそれだけ。
なんとも、不純な動機でした。
次の日シンデレラはもう一度登録に向けて武道会受付場に向かいました。
すると、その道すがら声をかけられました。
「これ、そこな人」
「はい?」
シンデレラが声の方向を見ると、白い木の面を被った老婆が石の上に座っておりました。
はて? こんな珍妙な人に知り合いがいたかしらん?
「あなたは、それで武道会に出れるの?」
「出れるのって……。出るのよ?」
突然、その老婆は殴り掛かってきました!
ミス! ダメージを受けない!
いつものシンデレラのバックステップ。見事な敏捷性です。
「ふふ。すごい特技だわね。でもそれじゃ勝つことはできない。二回戦で場外負けさね」
「そーね。それが私の目下の悩みってとこかしら?」
老婆の白い面の下の目がキラリと輝きました。
「私は、伝説の武道家フェンリル・ゴッドマザー」
「え?」
聞いたことありませんでした。
しかし、そんなこというと、この老い先短い老人がショック死するかもしれないので、シンデレラは驚いたフリをしました。
「あ、あの有名な、フェンリル……なんとかさんがなんの御用?」
「私のことは老師といいなさい。私直々に数時間で稽古をつけて最強にしてあげよう!」
うさん臭いことこの上ないですが、シンデレラの特技は100%かわすことだけ。
数時間の稽古でそこそこ武術を学べるなら、それにこしたことはありません。
シンデレラは二つ返事でした。
「では、私について参りなさい」
老師の案内で行ったところは厳かな無人のほこら。
そこで二人は修行しました。
老師の指導は凄まじく、基礎から応用、さらには奥義まで伝授しました。
「これが正拳突き」
「ほう」
「これが回し蹴りね」
「なるへそ」
「これが発勁」
「ふむふむ」
「これが百歩神拳」
「はいはい」
「そんで、鷹爪三角脚」
「よしきた」
「ラストに羅漢仁王拳」
「オーケー」
シンデレラは修行の中で、肉体、技だけでなく精神力まで鍛えられ、ほこらを出る頃には、凄まじい武人となっておりました。
「押忍。老師。ありがとうございました! 謝謝」
「うむ。決して自惚れるでない。敵は己自身の中に有りだ!」
二人は、ほこらを出ました。
時間にするとわずか3時間。
昼を示す鐘がリンゴーンリンゴーンとなっておりました。