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真夏生まれの召使い少年  作者: 雛まじん
8/22

下校と小説③


 まだ手に入れてすらいない小説のオチを、なんの躊躇(ためら)いもなく暴露しやがった兄との会話を半ば強引に切り上げ(半ば、じゃないな。かなり、あからさまだ)、僕は漫画コーナーへと向かった。

 新刊を買おうという気は、完全に失せてしまっていた。クオリティが下がっていると評価されていて、さらにオチまで知ってしまっている小説なんて、買う意味があるのか?いや、買うところまではいいとしても、本を開いてみよう、読んでみようという気は、果たして起きるだろうか?

 ・・・いや。

 いやいや、待て、僕。

 クオリティが下がっているかどうかなんて、僕自身が判断することだ。他人の評価を、そのまま鵜呑みにしてしまうのはいけない。僕にとっては、今までの作品の完成度を(しの)ぐ、これまでにない最高傑作に仕上がっているかもしれないじゃないか。オチを知ってしまったのは、まあ、もう取り返しがつかないとしても・・・。

 なにしてくれてんだよ、あの兄貴は。

 兄さんとの会話で、損をすることはあっても、得をしたことはないような気がするな・・・。


「おう、ミリ・・・どうした?目が死んでるぞ。新作の小説、見つからなかったのか?」

「いや、もっと悪いこと・・・」

「もっと悪いこと?・・・なるほど。小説が、世の中から消滅していたんだな。ドンマイ、ミリ。これからは漫画を読んで、生きていこうぜ」

「そこまで悪いことじゃねぇよ」


 どんだけ小説が嫌いなんだ、お前。


「わけ分かんねーところから、わけ分かんねーネタバレをされて、わけ分かんねー気持ちになってるだけだよ。それだけ」

「ふーん・・・?まあ、災難だったな。それで、買わないことにしたのか?その小説」

「検討中だよ・・・。で、お前の方はどうなんだ?漫画、まとめ買いしたのか?」

「いや、やっぱ高いわ。新品でまとめ買いすんのは。お小遣いの少ない中学生には、無茶な買い物だな」

「んじゃ、お互い、成果はなしか。無駄足になっちゃったな、ここまでの道のり」


 本当に、何をしにきたのだという話だ。単に無駄足になっただけではなく、買おうとしていた小説のオチを知ってしまうという、大損をしてしまっているじゃないか。

 しかも・・・。

 あの、女の子。

 横断歩道で出会い、学校の校門に(たたず)んでいるのを見かけ、書店から出ていく場面に遭遇し・・・。

 こんな偶然、あり得るか?

 今日初めて会ったばかりの人間を、その日のうちに三度も見かけるなんて、どれくらいの確率なのだろう?

 いや・・・厳密には、さっき見たのは後ろ姿だったから、僕の勘違いということも、もちろんあるかもしれない。二回遭遇したから、三回目の遭遇を果たしてしまったと思い込んでいるという線も・・・。

 でも明らかに、服装は同じだったんだよな・・・。

 白いワンピースに、群青色のリボン。

 まったく同じ服を着た女の子が、まったく同じ町にいるという考え方こそ、見当違いというものじゃないのか?


「なあ、ソウ」

「なんだよ、ミリ」

「初めて会ったばかりの女の子に、一日のうちに三回も遭遇するなんてこと、あると思うか?」

「?・・・なんだ?知らない子と、フラグでも建ったのか?おめでとう。お前の未来は明るいな」

「おい、冗談で引き取ろうとすんな。そんな、幸せまっしぐらなお話じゃないって」

「じゃ、なんだよ。いまいち、話が見えてこねぇんだけど」

「えーっと、だからさ・・・」


 うーん。

 詳しい説明をしようとすると、変に現実味のない話になっちゃうんだよな・・・。トラックに轢かれかけたとか、校門から、僕を睨み付けていた女の子がいたとか。

 「こいつ、変な妄想(もうそう)(へき)があるんだな・・・」とは、さすがに思われたくない。

 さて、どうやって説明するべきか・・・。


「じゃあ、たとえば。たとえば、だぞ。ソウ」

「ああ。例え話だな。どんとこい」

(いの)()(そう)は今朝、全然知らない女の子と、たまたま話す機会がありました。学校に行った後も、ふと気が付くと、彼女の目線を感じます。帰り道の買い物の途中でも、偶然、彼女の姿を見かけてしまいます。三度目は後ろ姿を見かけただけで、その子だという確信は得られませんでしたが、その服装や髪型から、おそらく同じ子であると、あなたは考えます」


 と、僕は一気に言い切る。


「さあ、ソウ。こんな状況になったら、お前はどうする?」

「その子と付き合う」

「・・・・・」

「その子絶対、俺のこと好きじゃん」


 ・・・・・あれ。おかしいな。

 これでもかってくらい、ハッピーエンドな結論になってしまった。

 なんか違うんだけどな・・・。


「おいおい。今、お前の周りでは、そんなことが起こってんのか?」

「まあ・・・・・そう。そんな、感じ?」

「そりゃお前、モテ期ってやつがきたんじゃねーのか?地味でどこにでもいるような一般人の袖内(そでうち)(みり)くんを好きになってくれる奴が、ついに。ついに!現れてくれたってことじゃねーのか?」


 ニヤニヤと笑いながら、ソウは言った。

 心底楽しそうに笑ってんなぁ・・・こいつ。


「どんな子なんだよ、その子。同学年か?それとも、先輩?いや・・・お前、先輩に好かれるって感じの奴でもないよな。じゃあ、後輩?どんなこと話したんだよ。名前くらいは聞いたのか?黙ってねーで、なんか言えって。どうなんだよ?ん?」


 ウザいテンションである。

 そんなノリノリで質問されたところで、返せる答えは、僕にはない。

 なんか・・・なんか。

 なんだか、そういうことではない気がするのだ。さっきの僕の説明では、確かに、そういう結論になってしまうかもしれないけど、実際は、そんな雰囲気の話ではない。

 色恋沙汰とか。

 そういう、なんというか・・・・・テンションが高くなるような話とは、この件は無縁であるような気がする。あの子からはそんな、ほのぼのとした雰囲気は感じ取れなかったのだ。

 どこか、ずれている。

 今の会話の雰囲気と、この件の雰囲気には、どこかズレがある。

 歯車が合ってない。噛み合っていない。

 そんな、気持ち悪さ・・・・・。


「なんだよ。教えたくないのか?正式なお披露目までは、秘密ってか?」

「そう、だな・・・。うん、そういうことにしておいてくれ」

「煮え切らねえなぁ・・・。ま、気が向いたら教えてくれよ。同じ学校の子ではあるんだろ?どの子が本命なのか、(たくま)しく想像を膨らませておくからよ」

「・・・いや」

「いや?別の中学の子か?」

「・・・・・」

「ん?」

「・・・小学生」

「・・・・・・・」


 空気が固まり。

 自身も、一分ほど硬直したのち。


「・・・帰るか」


 と、ソウは静かに言った。


「・・・ああ。帰ろう」


 その後は、特に言葉を交わすこともなく。

 僕らはトボトボと、帰路を歩いたのだった。

 


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