表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真夏生まれの召使い少年  作者: 雛まじん
7/22

下校と小説②


「んじゃ、俺は漫画コーナーの方、行ってくるわー。買うにせよ買わないにせよ、俺は漫画コーナー以外、用がないからな。本屋って、漫画だけ売ってればよくね?」


 ふざけんな。

 そんなことされたら、堪ったもんじゃない。たまには小説も読め。こいつ、頭は良いくせに、なんで文章を読むのは嫌いなんだ・・・・・それも偏見か?

 僕とソウは別れ、それぞれ目的のコーナーへと向かった。僕は新刊小説のコーナーへ。ソウは漫画コーナーへ。

 大きな本屋の多くがそうであるように(僕は大きな書店をここしか知らないので、「多分」だが)、この本屋の新刊小説のコーナーも、入ってすぐのところにある。書店に足を踏み入れてすぐの本棚にズラリと、最近発売されたばかりの小説が並べられているのだ。。

 本棚の一角は、「話題の小説」が占めているが、ここはスルー。名前が有名なだけの「話題の小説」には、僕は見向きもしない・・・・・なんて言うつもりはないけれど、基本的に僕は自分の興味がある本以外は手に取らないのだ。

 いろんなジャンル、いろんな作家の本を読むべき、とウチのクラス担任は言うけれど、所詮、読書は娯楽だ。少なくとも僕にとって読書は、その程度のものでしかない。何かを学ぼうとか、何かを知ろうといった、知識欲を持って読書に臨んだことは、思い出せる限りでは、ない。

 教科書を読むとき、勉強するときは別として。

 好きなアーティストの音楽ばかりを聞くように、好きなものばかりを食べるように、好きな作家が書く小説を、好きなように楽しむだけだ。食事と違って、どれだけバランスの悪い読書をしたところで、体を壊したり病気になったりするわけでもないし・・・・・まあ、読む本の、そのこだわりにもよるけれど。

 さて、そんな風に筋金入りの読書家を気取りながら、本の読み方にこだわりがあるような奴のフリをしながら、新刊小説のコーナーをグルリと見て回った結果。

 

 あれ?

 

 ないぞ?

 

 新刊の発売日は、確かに今日だったはず。記憶力に絶対の自信があるわけではないけれど、これはしっかりと覚えている。新刊の発売が待ち遠しくて、毎日、発売日を確認していたくらいだ。しかし、二周、三周したところで、目的の新刊は見つからなかった。これだけ探してもないとなると・・・・・やはり、僕の記憶違いだろうか?

 いや・・・ちょっと待てよ。

 発売日は、本が世の中に出回る日、というだけであって、どこの本屋でもその日に本が並ぶとは限らないのだ。ましてや、ここは田舎の書店だ。新刊が発売日当日に売っていなかったとしても、おかしくはない。僕の探し方が雑だったということでなければ、ありそうな線ではある。

 だとすれば、新刊を手に入れるためには、明日以降まで待たなければならないのか・・・・・楽しみにしていただけ、ちょっとショックだ。


(一応、既刊の小説のコーナーも見ておくか・・・。新刊が、既刊の小説の近くに並んでいたこともあるし。それでもなければ、完全にお手上げかな)


 そんなことを考えながら、僕は新刊のコーナーを離れ、既刊の小説のコーナーへと足を向けた。


(あー・・・やっぱり、ここにもないな・・・・・)


 何度も見直したが、目に入ってくるのは、お馴染みのタイトルの小説ばかりだ。新刊は、どこにも見当たらない。

 残念だけど、諦めるしかないかな・・・。往生際悪く、最後に店員に聞いておくか。


「あれ・・・(みり)か?よう、お疲れ」

「・・・・・」

「おーい?粍?ミリさーん?」

「・・・・・」

「おいこら!反応しろっての!」

「いたたたた!」


 右腕を、思いっきりねじられた。

 本来曲がってはいけない方向に、割と全力で。


「痛いって!・・・・・あのさ、兄さん。弟が、ちょっとした悪ふざけで無視したくらいで、右腕を折ろうとしないでくれるかな?」

「そりゃ悪かったな。だけどな粍、今のは、悪ふざけをしたお前が悪い。無視なんて決め込まれたら、腕を折ろうって思考が働いても仕方がないってもんだろ」

「どんな思考回路だよ・・・・・」


 「はぁ・・・」と短い溜息と共に、ねじられた右腕を撫でる。

 本当に、折れるかと思った。

 いや、マジで。

 僕の腕を折ろうとした男は、書店の店員なんかではなく、ソウでもなく、もちろん、その辺のチンピラとかでもない。


 袖内(そでうち)(みち)


 僕の兄だ。


 「みつる」と誤読されることが多いらしいけれど、正しい読み方は「みち」。僕の「粍」もそうだけれど、僕らの両親のネーミングセンスはなかなかに尖っていると、子どもながらに苦々しく思ってしまう。


「兄さんさ、そんなに暇なの?暇なら、大学とか行ったらいいんじゃない?」

「阿呆。大学ってのはな、暇な奴が行くところじゃねえのさ。勉強したい奴が、勉強したいときに行くところなのさ。んで、その大学も、今は夏休み。つまり、僕は暇してていいってわけだ」

「ふーん。暇で羨ましいね、ホント。夏休みが二か月半もあってさ」

「おう。羨め、羨め。いやあ、毎日が楽で楽でしょーがねーよ」


 皮肉は通じなかったみたいだ。別にいいけど。

 兄さんは隣町の大学に通う、大学二年生。とはいっても、僕の中学校と同じく、兄さんの大学もまた、現在は夏休み期間だ。毎日毎日、暇を持て余しているようなので、一度、アルバイトでもしたらどうなのかと勧めてみたのだが。


「アルバイト?夏休みに遊ぶ分の金は貯まってるから、やんねー」


 とのことだった。

 あっそ。

 大学生って実際、よく分からない生き物だよな、と僕は思う。

 僕たち中学生と違って、単位さえ取れれば、好きに授業に出て、好きに授業を休めるらしいし。そんなの一年中休みなのと、大差ないんじゃないのか?その上、長期休暇もあるって・・・・・一体、どんな天国だよ。

 大学、か。

 まったく、よく分からない世界だ。ほんの5、6年先の未来だというのに、僕には、自分が大学生になっている姿がまったく思い浮かばない。中学生の僕には、縁遠い世界だ。


「で?お前、書店で何やってんの?かくれんぼか?」

「いや、書店にいるんだから、本を買いに来たに決まってるじゃん」


 書店でかくれんぼって。

 いくらなんでも、発想が飛びすぎだろ。かくれんぼに最も縁がある保育園児でも、そんなことは思い付かないはずだ。

 おっと。

 こんな冗談にまともに応じていたら、いつまでたっても会話が終わらないな。


「今日、新刊の発売日でさ。僕のお気に入りの作家の小説なんだけど・・・」

「小説の新刊?それって・・・もしかして、この作者か?」


 と、兄さんは、僕が先ほどまで眺めていた小説の辺りを指差す。


「なんだ・・・兄さんも読んでんの?」

「ああ。おもしれぇよな、この作者の文章。なんつーか、言葉の選び方が巧みでさ・・・・・ところで粍、お前、読書のペースってどんな感じ?速いか?遅いか?」

「なんだよ急に・・・・・まあ、一日中読んでいたら、一冊読み切れるかな。けど、大抵は、一週間で一冊読み切れるくらいのペース。兄さんと違って、夏休み期間じゃない平日だったら、毎日学校があるからね。一日に読める文章なんて、たかが知れてる」

「かははは。言うじゃねーか。悪かったな、怠け者で。とはいえ、僕の読書のペースだって、同じようなもんだ。でもよ、世の中にはとんでもない速読をする奴がいてな・・・・・約三百ページの小説を、わずか半日で読む奴もいるわけだよ」

「?・・・まあ、そりゃ、いるだろうね。それよりもハイスピードで読む人だって、いるだろうし」

「だよな。んで、そういう奴が小説の発売日当日に、読んだ感想をブログに上げてたりするわけだ」

「・・・うん?」

「そいつのブログによると、今日発売の新刊は、ちょいとクオリティが下がってるらしくてな?前作の最後に出てきた、謎の女の子が実は・・・」

「ちょっと!ストップストップ!」

「ん?なんだよ?」

「なにさらっと、ネタバレしようとしてるんだよ!」

「?・・・なんか、問題あるか?」

「大ありだよ!」


 ああ、そうだ、忘れてた・・・この馬鹿兄貴は、ネタバレとか気にしないタイプの人間だった・・・・・。ネタバレされても、読書を心の底から楽しめるタイプの人間だった・・・・・。くっそ、余計なことを聞いてしまった。

 クオリティが下がってるって。

 ある意味、オチを聞くよりも最悪なネタバレじゃないか。

 ああ、もう・・・読むモチベーションが、どんどん下がっていく。


「おいおい、そんなに落ち込むこたぁねぇだろ?謎の女の子が実は、主人公の妹だったって言っただけだろうが」

「言ってない!そして言うな!」


 最悪だ・・・この一瞬で、新刊に対する期待が半分以下になってしまった。

 まったく。

 まったくまったくまったく。

 ・・・・・にしても。


(謎の女の子、ね・・・)


 謎の女の子。謎の少女。

 小学生くらいの、謎の・・・。


「・・・!」

「ん?どうした?そんなに目を見開いて」

「今、あの女の子が・・・・・」

「ああ・・・やっぱり聞きたくなったのか?そうそう、その謎の女の子、実の実は女装男子でな?妹だと思ったら弟だったってオチだ。はっはっは・・・・。笑えるよな?」


 笑えねえよ。

 そのオチに対しても。

 今、書店を出ていった、見覚えのある女の子に対しても。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ