表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真夏生まれの召使い少年  作者: 雛まじん
19/22

朝ごはん②


「・・・なんですか。これは」

「朝ごはん、ですけど・・・」

「朝ごはん?これが?」


 彼女は(いぶか)し気に、食卓の上をジッと見つめていた。ときどき、それがまるで異世界の食べ物なんじゃないかと疑うかのように、割り箸で「朝ごはん」を突いている。

 一旦、外部への連絡を諦めた僕は、「ご主人様」の指示に従って、渋々と朝ごはんを作ることにしたのだ。とはいっても・・・残念ながら、母親の台所仕事をあまり手伝ってこなかった僕には、料理の技術がまったくと言っていいほど備わっていない。「朝ごはんを作れ」と言われたところで、作る工程はもちろん、何を作っていいのかすら、さっぱり分からない。

 一般家庭では、どんな朝ごはんが基本なのだろう?

 分からない・・・他の家庭の朝ごはんなんて、ほとんど食べたことがないのだ。唯一、ソウの家で朝ごはんをご馳走になった覚えはあるのだが、何を食べたかなんて、すっかり忘れてしまった。お母さん方には申し訳ないことこの上ないが、僕ら男子中学生にとっては、朝ごはんというのは、優先順位の低い食事なのである。昼食や夕食ならまだしも、朝っていうのは、あんまりお腹が空いてないし・・・朝ごはんを記憶するくらいなら、その日の遊びの予定を考えることに思考を割く方が、まだ有意義だと言える。

 母さん・・・マジでごめん。

 さて、しかし、あの子の機嫌を損ねないためには、なんとしても朝ごはんを準備しなければならない。迂闊にも「朝ごはん、作れませんでした!」なんて言ってしまった日には、何をされるか分からない。最悪、救助を呼ぶ手段を見つける前に、使えない召使いに見切りをつけて、殺されてしまうかもしれないのだ。・・・・・それだけは、どうにか阻止しなければ。

 先ほど彼女に進言した、「出前を頼む」というアイデアは、却下せざるを得ない。それが出来れば一番良かったのだけれど、生憎、僕たちが住んでいるような田舎町には、出前を受け付けているようなお店はないのだ。「出前」というシステムがこの世に存在することは知っているけど、それを利用したことは一度もない。

 あれって一体、どういう仕組みなんだ?

 届けた後の器や皿は、いつ回収しに来るんだ?

 メニュー表もないのに、どうやって商品を選ぶんだ?電話のときに、店員が全ての料理の名前を読み上げるのか?

 そんな感じである。

 我が家では毎朝、母親がトーストと牛乳、昨晩のおかずの残りなどを出してくれているけど・・・それらの経験も、この場合は役に立たない。

 食パンがあれば、それをトーストするくらいは出来る。

 残りものがあれば、それを温めるくらいはできる。

 適当な食材を適当に切りわけて、適当な鍋にぶち込んで、適当な調味料を流し込めば、何かしらの食べ物は出来上がるかもしれない。

 しかし。

 冷蔵庫も冷凍庫も、悲しいくらいに空っぽである。


(こんなことなら、昨日買い物に行ったついでに、出来合いの食品くらいは買っておくべきだったかな・・・・)


 両親が出かけている間は、兄と僕とで食料品を買いに行っていたけれど、買ってきていたものは、既に出来上がっているお惣菜や冷凍食品ばかりで、食材そのものを買ったことは一度もなかったのだ。加えて、買ってきたものは一日の内に食べてしまうので、残りものが出ることもない。

 恐るべき、若者の胃袋である。

 食欲旺盛、バンザイ!


(うーん・・・・・)


 飲み物やら調味料やらは、さすがに普段から備えがあるけれど、それを「朝ごはん」として出すわけにもいかないし・・・食材を買いに行くのも、彼女が許そうとはしないだろう。うっかり僕を家に出すような真似を、彼女がするわけがない。


(はぁ・・・いつから僕たちの家は、飢餓の時代を迎えたんだ?)


 世間は飽食の時代だというのに。

 今の僕だったら、残飯を出す奴を、決して見過ごしたりはしないだろう。食べ物を粗末にする輩は、この僕が許さない・・・今この瞬間に限っては。


(・・・・・あ)


 と、それでも、何か食料が残っていないかと台所中の収納スペースの扉を開けまくっていたときだった。奇跡的に調味料庫の奥から、食料が発見されたのだ。


(賞味期限は・・・大丈夫っぽいな、これ。朝ごはんに適切ではないけど・・・まあ、ないよりはマシだよな)


 料理が出来ない男の強い味方。

 ズバリ。

 カップラーメンである。


(お湯を入れて三分、と・・・)


 三分。

 最速にして不適切な、朝ごはんの完成である。


「まあ、不味くはありませんが・・・」


 と、カップラーメンを(すす)った彼女の第一声が、これである。

 いや、美味いでしょ、カップラーメン。

 今の僕にとって、この即席めんは、救世主のようなものだ。食糧難の我が家に突如として現れたヒーローと言ってもいい。

 それを、「不味くはありません」だって?

 謝れ。

 カップラーメン様に謝れ。


「どうしたのです?何やら、顔が引きつっていますが」

「い、いや、何でもありません」

「しかし、ふむ・・・・・かなり人工的な味がしますね。体に悪そうな気がします。気がするだけかもしれませんが」


 あ。

 そうだ、思い出した・・・彼女は、「ええ、お願いします。栄養のあるものを」と、明確に指定していたではないか。

 「栄養のあるものを」、と。

 お腹が膨れればそれでいいというわけじゃない・・・不味いな。カップラーメンは美味しいけれど、不味いな。僕はカップラーメンが好きだけれど、栄養が整った食品であるかどうかと聞かれれば、自信を持って「はい!」とは答えられない。


「ご馳走様でした。さて・・・」


 と、文句を言いながらも彼女はカップラーメンを完食し、容器と箸をテーブルの上に置いた。完食といっても、さすがにスープを飲み干したりはしなかったようだ。しょっぱかったのだろうか?


「召使い。この朝ごはんの反省を行いましょう」

「は?反省・・・?」

「ええ。反省です」


 再び僕の方に向き直り、膝の上に手を置いた綺麗な姿勢になりながら、彼女は言った。


「日々の反省が、良い召使いを育てると教わりました。この朝食の何が悪かったのかを、具体的に挙げていきましょう」

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ