表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真夏生まれの召使い少年  作者: 雛まじん
18/22

朝ごはん①


 僕たちの家のダイニングとキッチンの間には、仕切りがない。他の一般家庭がどうなのかは知らないが・・・つまりは、ダイニングからキッチンに移動するのに、一旦廊下に出る必要はないし、そもそも、居間を後にする必要もない。では、朝ごはんを作れと言われた僕が、何故、廊下へと躍り出たのか?

 簡単な話である。

 朝ごはんを作る気なんて、ないからだ。


(落ち着こう)


 と、僕は思った。


(冷静に冷静に・・・・・落ち着こう)


 何度か、深呼吸を繰り返す。

 今、僕の両手は自由になった。それに、一時的とはいえ、彼女の監視の目からも逃れることが出来たのだ。

 誰かに助けを求めるならば、このタイミングしかない・・・・・昨夜、彼女が寝ている隙にも何か出来たんじゃないかという後悔が、一瞬頭をよぎったが、これは「仕方ない」と割り切ろう。あんなコンディションでは、何も出来なくて当然だ。

 僕が直接キッチンに行かず、廊下に出たことに関しては、彼女も多少の不信感を抱くかもしれないが・・・・・短時間ならば大丈夫なはずだ。もしも何か疑われたなら、「ちょっと準備がある」とか言って、テキトーに誤魔化せばいい。

 今やるべきことは、美味しい朝食を作ることではない・・・・・何がなんでも外部と連絡をとって、この状況から助け出してもらうことだ。

 幸い、世の中には、こういう異常事態のときに助けを求められる機関がある。警察に学校、友達や両親だっている。おかしくなってしまったのは家の中だけのことで、家の外では、今も平和な日常が続いているはずなんだ。

 一昨日は、普通に学校に行っていたじゃないか。ソウや牧華さんとも当たり前のように話していたし、昨日だって、ゲームをしたり、買い物に行ったり・・・・・何事もなく、いつものことが出来たはずだ。

 大丈夫・・・まだ、僕自身はおかしくなってなんかいない。

 何にも、変わっちゃいないんだ。

 変な女の子が、家にいるというだけで。

 兄が・・・・・兄さんが、死んだというだけで。


(大丈夫・・・大丈夫なんだ)


 そう、思っておこう。

 思い込んでおこう。


(・・・・・ん?)


 と、しかし僕は、廊下の光景に違和感を覚える。正確には、違和感を感じたのは廊下ではなく、玄関の方だ。

 いつも通りの玄関である。

 いつもの通りの玄関・・・。


(死体は・・・)


 兄の死体は一体、どこへいったんだ?派手に出血し、あちこち傷だらけだった兄の死体は、どこへ消えた?


(・・・・・)


 駄目だ・・・思い出したくない。忘れようがないし、今だって、その光景が脳裏に焼き付いているけど、詳細まで思い出したいと思うほど、時間は経過していない。兄の最期の姿を見てから、まだ二十四時間すら経っていないのだ。


(今は・・・今は後回しだ)


 助かりたい。

 死にたくない。

 そんな思いが、僕の脳内を支配していた。兄さんには悪いとは思ってるし、本当に申し訳ないと思うけど・・・。

 今は。

 今だけは・・・。

 僕は廊下の固定電話を手に取り、警察に連絡しようと試みる。残念ながら僕の両親は、中学生である僕にスマートフォンを持たせてはくれなかった。こういう緊急事態のときこそ、あの携帯機器が役に立つっていうのに・・・。

 ともかく110番だ。

 警察に連絡して事情を説明すれば、助けに来てくれるはず。

 一度深呼吸して、話の順序を考える。兄が殺されたこと、女の子に監禁されていること、自分も殺されかかっていること。


 ・・・・・おい。


 こんなこと、誰が信じるっていうんだ?


 ボタンを押そうとした僕の手は、そのまま宙で停止した。行き場をなくし、僕は腕をゆっくりとを元の位置に戻す。

 警察。

 学校。

 友達。

 両親。

 誰でもいい・・・助けに来てくれるならば誰でも良いのに、誰にも助けを求められない。こんな話・・・こんな事情、話したところで、頭がおかしいと思われてしまうだけだろう。警察なんかが来た日には、逆に僕が捕まってしまいかねない。この状況を客観的に見てみれば、それは明白だろう。

 だって・・・十歳にも満たない女の子が、大学生の男を殺せるはずがないのだから。男子中学生を監禁出来るはずが、ないのだから。

 むしろ私怨だか何かで、弟が兄を殺したと考える方が自然だろう。男子中学生が女子小学生を監禁する方が可能だし、男子中学生が女子小学生を殺す方が、まだ容易だろう。少なくともその逆よりは、まだ可能性がある。

 考えなければいいのに・・・考えてしまう。

 自分が疑われる可能性を・・・・・事実とまったく逆の解釈をされてしまう可能性を、考えてしまう。

 考えてしまうと、もう駄目だった・・・受話器を置き、頭を抱える。

 どうしたらいい?

 疑われずに今のこの状況から僕を助けてもらうには、どうしたら・・・。


「・・・何をしているのですか。召使い」


 と。

 顔を上げると、あの子が廊下に顔を出していた。訝しむように、僕の方を見つめている。


「あ、えっと・・・」


 き、気付かれたか?助けを呼ぼうとしていることを、気付かれてしまっただろうか?


「私は、朝ごはんを作れと命令したはずです。廊下で瞑想しろとは、言っていません」

「あ、あの・・・で、出前を取ろうと思って」


 いやいや・・・何を言ってるんだ、僕は。誤魔化し方が下手なのにも、程があるだろう。こんな言い訳をしたところで、「外部と連絡を取ろうとした」ということは、伝わってしまうというのに・・・自分の愚直さには、本当に呆れてしまう。


「出前?」


 と、彼女は、首を傾げた。

 「兄さんは本当に死んだのかな?」と、質問をしたときと同じように。

 不思議そうに。


「出前とは、なんです?」


 ・・・・・。

 幸いなことに。

 僕の愚直さは、功を奏したようだった。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ