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心の裏側

作者: 二色幻

 人が自分を自分だと確信をもって言えるのは、誰しもが『私』という自分自身の……

 

 というあたりで私は本を閉じた。

 

 一応、さーっと下の方も見てみたけれど、私には理解できる内容とは思えなかった。

 

 本棚に戻すと、「『私』の正体」という題名が書いてあるのが目に入った。

 

 たまたま目に入って手に取って見たけど、私は過去の自分に「なぜこんな本を手に取ったの?」と聞いてみたい気分になっていた。

 

 私は手に持った本の代金を払うと、そそくさと本屋を出て行った。

 

 外は店に入った時と同じで、雨がザーザーとまるで昔のテレビのような音を響かせていた。

 

 私はため息をつくと、傘を開いて雨の中を進んだ。




 その日は風が吹いていて、雨はまっすぐ下を向いて降ってはくれなかった。そのせいで傘ではすべての雨粒を防げず、距離のある足に雨粒が当たっていた。

 

 肌に当たる風はまるで針のように冷たく、マフラーをしていてもひんやりする。

 その上ただでさえ寒いのに、雨粒によってその寒さがより一層際立って、最悪の状況になっていた。

 

 上を見上げると雨雲が空を覆っていて、月さえ見ることができない。ところどころ街灯によって照らされているが、夜闇を照らすには到底足りない。

 

 吐いた息は瞬く間に白くなり、まるで幻のように消えていく姿は、雪こそ降っていないけれど今が冬の真っただ中であることを示していた。

 

 寒さに耐えるとともに、雨音のノイズを聞いているうちに、目的地にたどり着いた。

 

 マフラーに半分顔を埋めたまま顔を上げると、『  』と書かれた表札が目に入った。

 

 私は慣れた手つきで玄関のカギを開けると、冷たいドアノブに手をかけた。

 「ただいま」という声と共に、先に進んだ。


 


 ピピピ、ピピピ

 

 枕元で目覚ましががなり立てる


 軽くたたくように、目覚ましのボタンを押してスイッチを切る。

  

 しっかり寝たはずなのに、妙に疲れが残っている。

 それに妙な夢だった。


 二度寝したい気分だったが、平日にそうも言ってられない。

 怠い体を動かし、いやいやながら布団を出た。


 

 卵焼きにパン。

 ごく普通の朝食を取りながら、テレビから流れる音声を聞いていた。


 ”一昨日、○○市に住む藤村貴崎(23)さんが行く不明になりました”


 最近こういうニュースが多い。

 

 席を立ってお皿をシンクで洗う。

 

 行方不明。

 これで三人が行方不明になっている。


 まだ事件について話していたが、テレビの電源を落とした。 


 昨日と似たような内容だった。 


 教科書の詰まったカバンを手に取り、家の鍵を開けた。


 外は生憎の雨だった。

 

 私は忌々しげに傘を開いた。

 

 ねえ知ってる?

 

 そんな声に手を止めて、正面を向いた。

 「何を?」と私は聞き返した。


 噂だよ、噂。


 そういうのに疎い私は、当然知らなかった。


 最近みんな言ってるでしょ。


 人付き合いの少ない私に言われても困る。

 とても話したそうな顔をした彼女に言った。

 

 どんな噂なの?


 彼女はこう返した。


 雨が降る夜中。

 黒髪の長い女の人がその中をさまよっている。

 出会ってしまった者は、命を持っていかれる。

 彼女はそう言った。

 自分で言っておいて怯える不思議な行動をとっていた。


 特に珍しくない、よくある噂話だった。


 なにその反応? 


 彼女は私の態度に言いたいことがあるようだ。


 もうすぐ授業が始まるよ。


 しょうもない噂話には興味が持てないの、と前置きして言った。

 すぐ後にチャイムが鳴った。


 


 帰りのホームルーム。

 担任はいろいろ言った後、最後に付け加えた。


 最近、この辺りで誘拐事件が起こってるから、全員気を付けるように。

 

 夜中出歩かないように、とも言った。


 たしかに最近この辺りで事件が目立っている。

 ニュース番組でも、同じようなものが流れていた。


 この町で起こってることなのに、まるで別世界の出来事のようで、現実感がわかない。




 ねえ、知ってる?


 帰り道で彼女は同じことを言った。


 噂話はもういい。


 同じような話の予感がした私はそう返した。

 

 噂じゃないよ。

 行方不明事件の話だよ。

   の知らないことだよ。

 

 そうはいっても、ニュースでやってることはほとんど知っている。

 彼女が何を言おうといているのか。


 ついに死人が出たんだって。


 驚きが顔にも出た。

 たしかに知らない。

 ニュースにも、ネットでも見ていない。


 でも、本当なの?


 何人も行方不明のままなんだから、死んでいる可能性が高い。

 けど、ガセネタのような気もする。

 

 たまたま死体が見つかる直前に、誰かが見つけたみたい。

 その誰かがネットに載せたみたい。

 今頃ニュースでも速報をやってると思うよ。

 確かめてみたら?

 



 彼女の言った通りだった。

 

 家に帰った後確かめてみた。

 ネットでも、ニュースでも、この話題一色だった。


 行方不明になっていた一人が死体で発見された。

 清水英二(32)。

 死因は刃物での刺し傷。

 犯人は以前逃走中。

 

 誰かが載せたものも探したけど、拡散され過ぎてて、どれが元かなんてもうわからなかった。



 もうそろそろ寝よう。


 パソコンの電源を切った。 




 ピピピ、ピピピ

 

 また枕もとで、目覚ましが鳴っている。


 疲れが取れないうちになったから、若干機嫌が悪い。


 軽く叩くように目覚ましを切る。


 6:30 11/13


 起き上がるときに、目覚ましの画面が目に入った。




 朝食をとりながら、テレビから流れている音を聞く。


 ”一昨日、××市に住む    さんが行方不明になりました”


 これで四人。

 たしかこの人はクラスの人。

 犯人は複数で、計画的に犯行を行っているのではないかとも言っていた。 

 犯人の人相といった情報は、何も流れていない。

 ふと窓の外を見ると、大降りの雨が降っていた。

 

 


 朝ついた教室は、いつも通り騒がしい。

 話し声や笑い声。

 それは外から響いてくる雨音に負けないものだった。 

 いつも通りの日。


 チャイムが鳴って全員が席に着く。


 ごちゃごちゃしていると分からないけど、整理されると分かる。

 

 一人いない。


 二つ前。一つ左。

 空席が一つ。


 多くの人がその席を見て、ざわめいている。


 ほどなくして先生が来た。


 教室を見渡した後、空席について話した。


 ”西沢弘樹君が行方不明になりました”

 

 聞いた瞬間クラスで大きなざわめきが起きた。

 

 教師に次々と質問が飛ぶ。


 ”本当なんですか”

 ”どういうことですか”

 ”無事なんですか”


 担任は一度クラスの面々をなだめて話した。


 ”昨日から家に帰っていないそうです”

 ”電話も通じません”

 ”どこに行ったかもわかっていません”


 最後に、なにか知っているのであれば、知らせてくださいと言った。



 

 ねえ、今日何日だっけ?

 

 昼休みに課題を書いていた私は、彼女に声をかけた。


 11月13日だよ。


 彼女はそういった。


 ねえ、知ってる? 

 こんな話知ってる?

 

 彼女は少し間をおいて聞いた。

   

 何?また噂?


 私は手を止めずに聞いた。 


 違うよ。

 いなくなっちゃった、子についてだよ。


 私は彼女の言葉で、顔を上げた?


 何か知ってるの?

 

 私はそう聞いた。


 知ってるよ。

 みんなが知らないことを知ってるんだよ。

 

 彼女は自信満々に言った。

 いつもどこか変わった子だけど、今日は何か違う。

 どこか不気味だった。


 何を知ってるの?


 私は聞いた。

 

 いなくなった子はもう死んでるんだよ。

 他の人ももう死んでるんだよ。

 もう誰も戻ってこないんだよ。

 


 知ってるでしょ。

 あなたが知ってるんだよ。









 今日は、枕元で音がしなかった。

 目覚ましの電池が切れていた。

 だから軽く寝過ごして、朝食を取る暇もなかった。

 朝のニュースを確認することもできなかった。

 

 身支度を整えると、すぐに学校に向かった。


 外は相変わらず、大降りの雨が降っている。


 

 学校に着いた。


 朝ついた教室は、いつも通り騒がしかった。

 話し声や笑い声。

 それは外から響いてくる雨音に負けないものだった。 

 いつも通りの日。


 

 授業が始まった。

 今日は席が二つ余ってる。

 

 行方不明になったと担任が言っていた。

 昨日から家に帰っていない。

 電話も通じない。

 

 そのせいで朝は軽く大騒ぎになたった。

 

 知っていることがあれば、知らせてくください。

 面白半分で広めないでください。

 最後に担任はそう言った。


 

 ねえ、知ってる?

   

 彼女がまたそういった。


 何?


 私はそっけなく返した。

 

 あの子ももう死んでるんだよ。


 彼女は微笑みながらそう言った。  

 とてもいい笑顔をしている。

 自分が聞き間違いをしているんじゃないかと思ってしまうぐらい。

 

 あの子っていなくなった子?

 他にも死んでるの?


 私は聞いた。


 そうだよ。

 あの子も死んでるんだよ。

 他の子も死んでるんだよ。

 みんな死んでるんだよ。


 冗談のじょうな言葉のはずなのに、冗談には思えなかった。


 なんで知ってるの?

 なんでそんなことを知っているの?


 私は恐る恐る聞いた。


 誰かから聞いたの?

 誰かに教えてもらったなの?


 私は聞いた。


 違うよ。

 誰からも聞いてないよ。

 誰からも教えてもらってないよ。


 彼女は嬉しそうに言った。

 

 みんな殺されたんだよ。

 みんな殺したんだよ。

 

 知ってるでしょ。

  

 

 


 


 今日は生憎の雨だった。


 ピピピ、ザーザー、ピピピ、ザーザー


 目覚ましの音に混ざって、雨音が聞こえる。


 

 ”昨日    さんが行方不明になりました”

 ”今までに四人が行方不明になっています”

 ”行方不明者は五人に上りました”


 テレビではそんな物騒なことを言っていた。

 

 ふと、外を見ると相変わらず大降りの雨が降っていた。


 


 授業が始まった。

 

 席は三つ余っていた。

 

 教室は暗い雰囲気に包まれていた。

 教室の外から響く雨音は、まるでBGMのように聞こえた。

 

 

 休み時間になると、こんな話がちょくちょく聞こえてくる。


 ”あいつらどうしたんだろう?”

 ”犯人はまだ捕まんないのかよ!”

 ”もしかして死んじゃったのかな?”

 ”あたしたちもあんなことになっちゃうの?”

 ”僕たちも死んじゃうのかな?”

 

 心配する人。

 怒りを覚える人。

 怯える人。

 などなど。


 

 いろんな人がいるね。

 

 彼女はそんなことを言った。

 

 昼休みになっても教室の雰囲気は変わらなかった。

 

 いつものように賑やかにしようと、どこか空回りする。

 

 こんなに行方不明になれば、誰だってこうなるよ。


 私は当たり前を言ったつもりで答えた。


 そうかな?

 

 彼女は聞いてきた。 


 そうでしょ。


 頭を上げず、課題を書きながら答えた。 

 

 じゃあ、あなたはどうなの?

 あなたは心配しないの?

 あなたは怒らないの?

 あなたは怯えないの?


 彼女は体をなりだしながら聞いた。


 私は……


 私は……


 心配だよ。

 怒ってるの。

 怖いよ。


 でも


 現実だとは思えない。

 どこか別世界のことに思える。


 本当?

 本当に?


 彼女は聞いた。

 なぜか疑っているようには見えなかった。

 

 本当だよ。

 

 私はそう答えた。


 そうだよね。

 あなたはそうだよね。

 

 彼女は微笑みながらそう答えた。

 

 今日って、何日だっけ?


 これ以上同じことを聞かれたくなかった。

 私は話題を逸らす様に聞いた。


 今日?

 

 今日はね。





 11月13日だよ。




 え?

 

 彼女の予想外の発言に、そんな声がこぼれてしまった。


 どうしたの?


 彼女は不思議そうに聞いてきた。


 今日って何日なの?


 私は再度聞いた。


 11月13日だよ。


 彼女は同じことを言った。


 どうしたの?

  

 彼女は微笑みながら言っている。


 だって……


 私は答えられなかった。


 昨日は何日だっけ。

 明日は何日だっけ。


 分からない。

 思い出せない。


 どうしたの?

 

 彼女は以前笑いながら聞いている。


 何かおかしいの?

 何か違うの?


 彼女はさも当たり前のように言っている。


 何もおかしくないよ。

 なにも間違ってないよ。

 

 知ってるでしょ。

 あなたが知ってるんだよ。





 

 11月13日


 ”今朝    さんが行方不明になりました”


 11月13日


 ”昨日    さんが行方不明になりました”

 ”これまでに学生含めて八人が行方不明になっています”


 11月13日


 ”今日未明    さんと    さんが行方不明になりました”


 11月13日


 ”  高校の教師、    さんが行方不明になりました” 


 11月13日


 ”今朝    さんが死体で発見されました”

 

 11月13日


 ”今日の昼頃    さんが自殺しました”

 ”高所から飛び降りたとみられています”

 

 11月13日


 ”今日の夕方    さんが    を殺害しました”


 11月13日

 

 11月13日


 11月13日






 外では雨が降っている。

 大降りの雨が降っている。

 

 地面に雨が当たる音。

 窓に雨音が当たる音。

 風が窓に当たる音。

 

 静かな教室の中では、その音たちはより大きく聞こえる。


 とても静かだ。


 誰の話す声も聞こえない。

 誰の歩く音も聞こえない。

 

 椅子を動かす音も聞こえない。

 チョークの音も聞こえない。

 ページをめくる音も聞こえない。

 


 ねえ、なにかおかしくない?


 私は彼女に聞いた。


 何もおかしくない。


 彼女はそう言った。

  

 おかしいでしょ!


 私は声を張り上げながら言った。

 立ち上がりながら言った。

 はずみで椅子が倒れて、音を立てる。


 何がおかしいの?

 

 彼女は微笑みながら言った。


 だって、誰もいないんだよ!

   君も

   さんも

   先生も

   ちゃんも

 誰もいないんだよ!

 誰一人いないんだよ!


 私は誰もいない教室を示しながら言った。


 そんなことないよ。


 彼女は静かに立ちあがった。


 何もおかしくないよ。


 ゆっくりと私の正面に歩いてきた。 


 誰もいなくても、何もおかしくないよ。

 

 笑顔を浮かべながら、ゆっくり両手を上げる。 

 

 誰もいなくても、何も間違ってないよ。

  

 彼女は両手を私の頬に置いた。

 私はなぜか何もしなかった。

 

 誰もいない、でいいんだよ。

 誰もいなくて正解なんだよ。

 それであってるんだよ。


 彼女の両手は力を入れていない。

 なのに私は顔を背けることができなかった。


 もう誰もいないんだよ。

 もう誰も帰って来ないんだよ。

 

 彼女は私に言い聞かせるように言った。


 だって

 みんな死んだんだよ。

 みんな死んだるんだよ。

 みんな殺されたんだよ。

 みんな殺されたんだよ。


 そう言う彼女の微笑みはどこか恐ろしく見えた。


 あなたが殺したの?

 

 私は聞いた。

 

 あなたが殺したの?

 みんなを殺したの?


 私は咎めるように聞いた。


 そうだよ。

 私が殺したんだよ。

 みんな私が殺したんだよ。


 彼女はとても楽しそうに、微笑みを浮かべている。

  

 でも私だけじゃないよ。

 私だけが殺したんじゃないよ。

 

 その言葉は、なぜか言い訳には聞こえなかった。


 そうでしょ?


 彼女は私に聞いてきた。

 私の顔を見ながらそう聞いた。

 

 どうして私に聞くの?


 私は戸惑いながら返した。


 だって

 あなたが知ってるんだよ。

 

 私と同じ蒼い瞳で見ている。

 

 あなたが知ってるから私が知ってるんだよ。

 私が知ってるからあなたが知ってるんだよ。

 

 私と同じ声で言った。

 

 ねえ知ってる?

 

 私と同じ短い黒髪。

 

 知ってるでしょ。


 私と同じ顔で言っていた。







 

   11月14日


 ”昨日×××ホテルで、大量殺人が発生しました”

 ”  高校の 年 組の生徒とその担任教師。ホテルの従業員三人が殺害されました”

 ”  高校の    さんと    さんは自殺だと警察は発表しました”

 ”犯人は    容疑者、同  高校 年 組の生徒とのことです”

 ”全員を殺害した後、自殺したとのことです”

 ”なお殺害の動機は不明です”


 ”彼女の瞳は蒼です”

 ”彼女の髪は短い黒髪です”

 ”彼女の顔は私の顔です”

 ”私の顔は彼女の顔です”

 


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