99話 傷痕
本日は2話連続で投稿します。100話は14時に予約投稿しています。ご注意ください。
99話と100話は元々一つの話でしたが1万文字を超えてしまったので、『転』と『結』として二つに分けました。タイトルでご想像の通り、この99話でセイ君の過去の一部が出てきます。
後、2018/2/1に素敵なレビューいただきました。活動報告や返信等書かせてもらいましたが、嬉しさのあまりこちらに記載忘れるという。
本当にありがとうございます。
更に入り組んだ路地裏に入り込んだボク達は、狭く高低差の激しい通路を道なりに進んでいた。
わざと道に迷っている振りをしながら、背後へと気を配る。
周囲に人気がないからか、流石に気配を消そうと考えたようだ。建物の影を利用して姿を隠しつつ、されどぴったりと後をつけてくる男達。
まぁ、全然消しきれていないけどね。獣人種の超感覚って、こんなに便利なモノだったんだ。
今後はハクやリンを使わない移動の時とかは、こちらの力を使う事も選択肢に入れた方が良さそうだ。
やはりこいつ等、完全にボク達をターゲットとして狙い定めている。
本音を言うと、どこかで諦めて去ってくれたら一番良かったのだけど、これはもう仕方がないか。
そう覚悟を決めたところで、タイミングよく行き止まりにぶち当たった。しかも上手い具合に少し開けた空間になっていた。
ちょうどいい。場所を探す手間が省けたな。ここで対処しよう。
別の追跡者はボク達の存在を見失ったのか、それとも道を間違えたのか、その気配が遠さがって離れた場所をウロウロしているし、今なら各個撃破が出来そうだ。
そのまま振り返り、しばし待つ。
少しして建物の陰から顔を出したスキンヘッドの男と目が合ったところで、ボクの方から声を掛けた。
「──で、さっきからあなた方はボク達に何か用でもあるんですか?」
「……なんの事だい。お嬢ちゃん達、俺達に何か用か?」
ボクの問いかけを否定しつつも、ゆっくりとこちらに向かってくるスキンヘッドの男。その背後から現れた男の仲間達はボクが袋小路にいることに気付くと、途端に下卑た嗤いを隠そうともしなくなった。
そいつらはスキンヘッドの合図と共に、道を塞ぐように散開する。その動きは出口を塞いでボク達をここから逃がさないようにしようとしている風にしか見えない。
その様子を黙って眺めるボク達を尻目に、このスキンヘッド男──ガンドルフ率いるクラン【リア獣爆発しろ】のメンバー達は、ボク達の逃げ場を完全に塞ぎ終わった。
そんな奴らの姿をぐるりと見回す。
全員鎧も武器もその身に着けていない様だ。見た感じ金属系の物がない事に、少しだけホッとする。
恐らくこいつ等もクリア済みだと思うけど、虚空の穴に引っ込めているだけかもしれないから油断は出来ない。
さっきまで手を繋いでいたティアが、作戦通りに怯えたフリをして、ボクの右腕を抱き締めるようにして引っ付いてくる。
そんな彼女を背後に庇っているように見せることで、自然な流れでティアを奴らから見えない位置へと移動させ、力の準備を始めた彼女の正体を気付かれにくくする。
「お店を出た所から、ずっとボクの後をつけていたでしょう?」
「たまたま来た道が一緒なんだぜ。ここで行き止まりとは知らなかったな。なんせ初めてくる街なんでよ」
「という事は、あなた方も『プレイヤー』なんですか?」
「そうだぜ。スレで人気者な『エルフちゃん』よ。おっと、今は『犬耳ちゃん』だったか?」
うわぁ。また変な通り名付いちゃってるのか。
はぁ……これから見極める為にも喧嘩を売らなきゃいけないというのに、力抜けちゃうな。
咳払い一つ。
気を取り直して、緊張に少し強張った表情を作る。
「では、正直に言いますね。あなた方みたいな乱暴で粗野な無法者に、その通り名すら呼んで欲しくないです」
「あ? 言ってくれるじゃねぇか。初対面なのによぉ」
「始まりの廃村で、笑いながら机を蹴っていたでしょう。ねぇ、『ガンドルフ』さん?」
「っ!?」
「そっちの『とっぽす』さんは壁の地図を壊してましたね。あ、その為のハンマーを渡したのは、そっちにいる『ヘリ男』さんかな」
ボクの指摘に、あっという間に顔色が変わる男達。
うわぁ、分かりやす。ポーカーフェイスとか出来なさそうだなぁ。
「馬鹿な……あれを見てる奴が」
「おい、待てや。適当な事抜かしてんじゃねぇぞ!」
「あれ、ボクが知らないと思っているの? そういうの調べる方法があるんですよ、これが。
理解したかな? 〔犯罪予備軍〕のリア獣さん」
「なんだと、てめぇ!」
「優しくしてりゃ、つけ上がりやがって!」
瞬間沸騰して口汚く罵り始める男達に、失笑を禁じ得ない。
語彙が貧困で台詞がワンパターンだし、これは底が浅そうだ。
最初はあの変態忍者のように、わざとならず者を成りきりしているのかと思っていたんだけど、これは違うのかな?
正直分かりにくいな。本気でやっているなら、ボクとしても手加減しないんだけど。
うーん、もうちょい確かめよう。
「おい、てめぇ。なに笑ってやがる!?」
「普段掲示板見ているなら知っているでしょう? バライスのPvsP戦の顛末とかね。
ボクがあなた方のような人種が大嫌いで、向かってくるなら容赦しないという事も知っている筈です。ボク達の後をつけて何をするつもりだったのかは知りませんが、ここで潰させてもらいます」
「ぬかせ! クリア済みのひ弱な後衛職が俺達近接に敵うと思ってんのか!?」
「クリア済みなのはあなた方もでしょう?」
「それがどうした!? それでも腕力で劣る相手に負けるはずがねぇ!」
……誘導にかかった。
こいつらもクリア済みか。
馬鹿だなぁ、こいつら。バラしてどうするんだろう?
ミスリードを狙った訳でもなさそうだし。
それにだ。
隠しているとはいえティアが精霊で、しかも雷鳴の精霊だという事もまだ気付けないし。確かに髪型とか違うけど、普通気付くでしょ?
「泣き叫んでもここじゃ周りに聞こえねぇぞ。謝るなら今のうちだぜ?」
「どんな事しても死ぬこたぁ無いからよ。たっぷり可愛がってやる」
「二人ともどんな声で啼くんだろうなぁ」
……下劣な。
もし演じていたとしても、これで全く手加減する必要もなくなった。
「何しても傷付かないなら、こちらも好き放題出来るって事を分かってます?
おかげでボク達も闇堕ちせずに済みそうですし」
「ははっ! こいつもう勝った気でいやがる」
「ひぃひぃ言わせてやんよ」
「単純な力比べで負けるわけねぇからよ」
口々に身勝手な事を喚き散らしながら、男達はこちらへとにじり寄ってくる。
その時、ボクの腕をトントンと軽く叩くティア。
ティアの準備が万全となった事を知り、ボクは最後通告を行う。
「──逃げるのなら今のうちですよ?」
「今更ビビってんじゃねぇ!」
「ざけんな!」
「泣いて謝っても容赦しねぇ。もう逃がさねえからな」
ボクの言葉を無視して、更に包囲を狭めてくる男達を確認すると、ティアへと合図を行おうとする。
その瞬間、威圧用にナイフを取り出していた男が言った台詞が、何故かボクの心に深く突き刺さった。
「女二人でこの人数から無事逃げきれると思うなよっ!」
──ドクンッ!
心の臓が跳ねる。
──女二人でこの人数から無事逃げきれると
思っていたのかよ!?
ぐぅっ!?
一人の男の台詞にかぶさるように、ノイズのかかったような妙な声が脳裏に響き、予期せぬ痛みが額に走る。
──なんだよ。こっちのこいつは男だぞ。
女みたいな顔しやがって。
──三人ともこましたろと思ったのによ。
──ちっ、騙されたんか。お楽しみが減った
じゃねぇか。
──おめぇら相変わらずひでぇ趣味だな。
俺にゃ無理だわ。
──うっせ。お前も人の事言えんのかよ。
──もう一人のちびじゃりはどこに隠した?
おい、言えよ!
目の前の男達とは、全く違う声。
ゲラゲラと耳障りな不快な音と打撃音。そして頬に走る謎の痛み。
誰ともよく分からないはっきりしない人物達の姿が、陽炎が立ち昇るかのように揺らめき、目の前に次々と現れる。
何だコレ?
こいつら一体?
痛み出す頭を無意識に押さえながら、訳の分からないこの状況に困惑する。
まさか何かの精神攻撃!?
こいつ等の誰かに、やっぱり未クリアの奴がいるのか?
でもおかしい。
見える範囲に魔法使い系の人物がいない。何処から攻撃してきたんだ?
──コイツの身体に聞けばいいんでね?
もっと痛めつけりゃ、どっちかが吐くだろ。
──お、じゃ俺の出番か。
響く声を無視して探そうとした瞬間。
今度は謂れのない痛みが全身を走る。
何者かに殴られ、蹴られ、地面に何度も叩き付けられたような痛みが走り、そして馬乗りにされたような圧迫感が胸部を襲う。
──よう、ガキ。これから女と見間違われない
ように、この優しいお兄さんが男としての
箔を付けてやるよ。
どっと周囲に広がる不快な笑い声と泣き叫ぶ女性の声が頭に響き渡り、そして……。
右目の上、現実にある額の古傷の辺りに灼熱の激痛がはしっ!?
「──あぎぃいぃ!?」
「……ぇ? セ……セイ……様?
……あ……あ、ああ……お、おにぃさまぁあああっ!?」
「……は?」
「な、なんだっ!?」
いきなり絶叫を上げ、額を押さえて仰け反りながら後退り、そして崩れ落ちたボクの姿に、ティアがこの世の終わりのような悲鳴を上げ、男達が戸惑いの声を上げる。
「よ……よ、よくもお兄様をぉ!!」
「ま、待て、俺達はまだ何もしてねぇ……」
「へ……おに?」
「問答無用! お兄様の仇!」
「「「ぶぎゃぁあああぁああぁっ!!
ぁぼべべべぼっ!!」」」
ティアの絶叫じみた叫び声と電撃音、それに男達の悲鳴があたりに反響する。
その悲鳴を尻目に、俯き地面にへたり込んだまま、荒い息を繰り返す。
い、今のは一体……?
何かの精神攻撃でも食らったの?
何とか四つん這いになって起き上がろうとした。
が、手足が震えて力が入らない。完全に腰が抜けている。
ひとまず立ち上がるのは諦めてこの荒い息を何とか落ち着かせようとしながら、自分の身体の状態をチェックする。
もう痛みはなかった。よく分からない声ももう聞こえない。何か怪我したわけでも、実際に攻撃されたわけでもないようだ。
ただ、動悸と息切れが収まらない。
指先までが硬直して痺れ出し、瘧のように全身の震えが止まらない。視野が狭窄してめまいに似た感覚があった。
さっき起こったアレが原因か。
何とはなしに、さっきの出来事の内容を再び思い出そうとして。
『セイ! それはやっちゃだめぇっ!!』
いきなり響くカグヤの制止の絶叫も空しく……。
──フラッシュバック。
瞬間。
ビクンと身体が大きく跳ねる。
心の内から噴き出る制御できない様々な感情。
苦痛。恐怖。憎悪。悔恨。そして……。
──喪失感。
底知れぬ負の感情が次から次へと湧いて来て、耐えきれずに一瞬で意識が黒く塗り潰され、そして闇に溺れていった。




