98話 お出かけしよう
よく晴れた昼下がり。
ボク達は街へと繰り出していた。
昨夜に発生した、この街ルーンヘイズの存亡を賭けた大規模戦闘。周囲を見渡しても、その影響は全く見受けられない。
商魂逞しい商人達の呼び込みの声があたりに響き、あちこちで子供達が駆け回るような平和な光景が広がっていた。
かなり厳しい戦いだったけど、街には一切の被害が出なかったのは救いだ。彼らの日常を守れたんだなと思うと、何だか感慨無量な気持ちにさせられる。
街を周回している馬車にも乗らず、ゆったりとティアとふたり並んで歩く。
行き先は一応商店が多い東区を目指している。目的地等は特に決めていない。
色んな商店を覗きながら、気になるモノや目ぼしいモノがあれば購入するつもりでいる。まあメインの購入品は間違いなく食材になる予定だけども。
美味しいモノを食べれば、笑顔が増える。
これがボクの信条でもあるからね。
料理人になるつもりは更々ないけど、親しい人に美味しいと言って食べて貰いたい。だから料理の腕を磨きたい。
この世界じゃ稼ぎがいいから、食材を買い漁って新しい料理にチャレンジ出来る。色々な料理を作ることが出来る。
ここで得た知識や技能は無駄にはならないから、腕前を上げる為にも、こればっかりは誰に言われようと止める気はない。
実のところ朝の時点では、寝る予定のレントを除いた全員で、街のあちこちへと散策に出かける予定だった。
だけど出発直前になって、急遽ユイカがティリルと行かなければいけない場所が出来たと言い出した為、ボクとティアだけで別行動となったのだった。
もちろん街へ出かけるにあたって、きちんと普段の加護衣から普通の服へと着替えている。
カグヤの正装である月精の加護衣だと、周囲から浮いちゃってショッピングどころじゃないと思ったからだった。
もちろん浴衣も論外。この街がいくら温泉街として整備されているとはいえ、それが許されそうなのは、和風旅館が立ち並ぶ北区だけだ。
という事で、今のボクはパーカーに近い形状の上着に、キュロットとニーソックスを穿いた活動的な恰好になっていた。
これはマツリさんが大量に作ったボク用の女性服の中からなるべく中性的な服装をユイカ達に選んでもらった結果である。
当然ながら、このキュロットに尻尾を出す穴など開いていなかったので、裁縫が得意なティリルに頼んだ。
急ぎの無理な注文だったのにもかかわらず、二つ返事で引き受けてくれた。寸法合わせから開けた穴の補強に至るまで、短時間で綺麗に整えてくれたんだ。
ティリルって本当に何でも出来るよね。家庭的なスキルも高いし。ボクは裁縫系は苦手だから、正直羨ましい。
それとね。
ユイカが急にボク達と一緒に行けない事を言い出したのは、ここ最近のティアの事を気遣った結果なのだろうと思っている。
でも、いきなり思い付きで言うのはまずかったんじゃないかな。
ティリルって、隠し事が出来ない素直な性格してるからね。口裏合わせをしないで、急に変更したせいで挙動不審になっていたしなぁ。
気付いていない振りをするのは大変だったよ。
これだけ分かりやすくても、ティアにはバレていないみたいだ。だからこそありがたく、その筋書きに乗っからせてもらっている。
ボクとしても、ユイカと同じ気持ちだ。
ティアにお世話になりっぱなしだし、特にここ最近はかなり負担を掛けちゃっているから、ここいらで好きな事をさせてあげたいと思う。
もちろんカグヤにも伝えてあるし、協力してもらっている。『おふたり仲良くね』と伝えてきた後、彼女は無言になった。
こうして周りの協力のもと、ティアとふたりっきりのお出かけが始まった。
そこで、何か形に残る物も記念に贈りたいなと思って、色んな商店を訪れていた。その中でも、今は宝飾を扱うお店を優先に回っているのだけど……。
「セイ様、セイ様! これなんてどうでしょう? 絶対、ぜったーいセイ様に似合いますよ」
「……ねぇ、ティア。ボクはティアのプレゼントを買いに来たのだけど?」
はしゃいだ声を上げて、ティアが琥珀のネックレスをボクの胸に押し付けてくるのを見て、思わずそう返す。
気の利かない台詞だと思うけど、さっきから行く店ごとに色んな服やら装飾品やらを持ってきては、毎回ボクに押し当てるようにしてお勧めしてくる事、既に数十回。
しかも自分の欲しいモノは一向に選んでくれないとなれば、いい加減この流れを断ち切りたい。
「私なんかよりも、セイ様の魅力を上げる方が先決なんです」
「ボクもティアに感謝の品を送りたいんだけどなぁ。もっと可愛くなって欲しいし」
「……あぅ。セイさまぁ~、その言い方ずるいです」
一瞬で真っ赤に頬を染めて俯いたティアの頭をそっと撫でてあげる。
「ティアにはいつもお世話になっているんだから、今日くらいはボクの事より自分の事を優先にしてね」
「うぅ~。私にとってはセイ様の事の方が何よりも大事なんですよぉ~」
まあこういう性格だと分かって言っているんだけどね。だからこそこの子を、この時間を大切にしたい。
結局この店では、ティアが選んでくれたネックレスの他に、ティアが使う髪留めリボンを買う事にした。
ティアが今着ているのは、雷鳴の精霊としての正装に似せて作られた、黒基調のフリル付きツーピースである。もちろんこちらもマツリさんの作だ。
そんな彼女の白藤色の髪を黒のレースのリボンで左右に結わえてあげると、可愛い一匹の兎さんが出来上がった。
「セイ様セイ様。今の私はウサギさんです。寂しがり屋なので放置されたら死んじゃいます。離さないようぎゅっとして下さい」
「今のボクは一応狼さんなんだけどね」
「ふぁっ!? ティアはセイ様に美味しく食べられちゃうんでしょうか?」
「どちらかというと、連れて帰って一緒に暮らしたいかな」
「えへへ。お持ち帰りされちゃいます」
ティアとじゃれ合いながら、色んなお店を覗いていく。
その後、色々とウインドーショッピングをしながら中央広場に戻ってきたボク達は、数多く立ち並ぶ屋台の中からクレープそっくりなお菓子を焼いているお店を見付けた。
ここらでちょっと休憩しようかな。
「ティア、食べたいのどれ?」
立て看板に書かれているお品書きを指差しながら、ティアに訊ねる。
今は甘いモノを食べたい気分だし、オカズになりそうなのは除外する。そうなると、デザート系のこの四種類になるな。
■シナモン+アップル
■ブルーベリー+クリームチーズ
■あずき+栗+生クリーム
■桃+生クリーム
この街やっぱり観光街だけあって、この世界では今まで見たことなかった食材がたくさんあるなぁ。
「えと、えっと……。
──あうぅっ、どれか一つなんて決められません。セイ様が決めちゃって下さい」
ニコニコしている屋台のおじさんの手元近くにある具材と品書きを見比べながら、ティアが決められずにボクに丸投げしてくる。
「それじゃ……ね。おじさん、この〔ブルーベリー+クリームチーズ〕と〔桃+生クリーム〕下さいな」
「あいよっ!」
威勢のいい返事。サッと手際よく焼いて完成させるおじさんへ支払いを済ませると、彼女に桃入りのクレープを手渡す。
すぐ側のベンチへとふたり並んで座ると、ティアは早速それにかぶり付いた。
「あ、甘くて……凄く美味しいです!」
ぱぁっと輝くような笑顔を見せるティア。はむはむと小動物みたいに齧るティアにほっこりしながら、ボクもブルーベリーのクレープを口に入れる。
「これ、美味しいな」
口の中に広がる甘酸っぱいブルーベリーソースが、クリームチーズのトロける甘さをスッキリとした後味に変えてくれる。
これは美味い。
「セイ様、美味しいですよね」
ティアの笑顔にボクも微笑みを返し、ふと自分が持つクレープに視線を落としたボクは、
「ほら、あーん♪」
いたずらっぽい笑みを浮かべ、彼女の口元に差し出した。
「……ぇ? ふええぇっ!?」
一瞬きょとんとしたティアはその意味を理解した瞬間、顔を真っ赤にして叫ぶ。
「しぇっ、しぇいさまぁ!?」
あ、びっくりし過ぎて呂律回ってない。可愛い。
「ほらほら、こっちの味も食べて♪ 甘酸っぱくて美味しいよ」
「ふわぁ……ぁぅぁぅ……」
驚きの表情で固まっていたティアは、こくこくと頷いてそのクレープを見つめる。
「ほら、垂れちゃうから早く」
「……ひゃ、ひゃい」
意を決してといった感じでクレープを口に入れたティア。
「うぅっ……おいし過ぎて、味がよく分かりません」
なんだ、それ?
真っ赤な顔でよく分からない事を言う彼女に首を捻る。
「謎かけみたいな事言うね。どういう意味?」
「うっ。意地悪です。そういう事をいうセイ様には……お、お返しを。
セ、セイ様も、あ、あーん」
ティアが自分の食べかけの、しかも齧った方を差し出してくるのを見て、彼女の言いたかった意味に気付く。
しかし……ごめんねティア。
この程度で照れていては、あの姉さんやユイカの相手など出来ないのだ。
「いただくよ」
差し出された部分を齧り取り、ゆっくりと咀嚼する。
うん、甘くみずみずしい桃の味が濃厚な生クリームにマッチしているな。
あのおじさん、かなりの腕だ。こういうのも上手く作れるようになりたいな。
「うぅ、セイ様ずるいです。さすが手馴れてます」
「ごめんごめん。そういうつもりはないんだけど……あ、頬っぺに付いてるよ」
少しムスッとして小声で呟くティアに優しい目を向けて……彼女の頬っぺたに付いている生クリームに気付き、指ですくって取って上げた。
「は、はうぅぅ」
指についたそのクリームをぺろりと舐めたボクを見たティアは、その顔を更に真っ赤にして俯いたのだった。
更にボク達の散策は続く。
獣人種となったボクは変装状態に等しいのだけど、それでも時々すれ違う同郷者の中には、ボク達の正体に気付いた者もいたみたいだ。
漏れ聞こえてくる「あれエルフちゃんじゃね?」「犬耳あるぞ?」「なんだ、知らんのか?」の声。
隣にいるティアの事を言及した人もいたし、中には露骨に指差したりしてくるのもいて、少し不快感がある。
だけど、有名税と割り切る事にした。もう構わない。取り繕う事はしない。
隠すということは、ティアやカグヤに窮屈な思いを強要する事に他ならない。本人達の意にそぐわない事はしたくない。
ティアは最初とは違い、自分の正体を誤魔化そうとする気は無いようだ。今朝出掛けに「変装しなくていいの?」と訊いたところ、「もう隠さなくてもいいです」と、それをはっきりとボクに宣言した。
カグヤも徐々にだけど、ボクの傍に居られるなら表に出たい意志を示している。
それにどうせこのイベントで大勢の同郷者が大熊と戦う中で、ティアやカグヤと一緒に居る姿や、その力の行使を目撃されているからね。もう今更だよ。
けどさすがにボク達の後を追跡してくるのはいただけない。
「──しつこいですね」
ボクの右隣でティアが不機嫌そうな声を出す。
少し前から現れた、気配を隠す気もない追跡者が六人。全員男ばっかりだ。
余所見をしながら談笑した様子を醸し出してはいるが、こちらを注視している気配を感じる。
それとは別に、かなり離れた物陰にもいる。男どもの追跡を受けて、ボクの意識が警戒モードに切り替わったお陰で気付いた。
とはいえ、これは現実技能の一つだから、こちらのスキルのように手慣れていない。だからいつから追跡を受けていたかも分からないし、目的が読めない以上何をしでかそうとしているのか分からない。
ただどうも三、四……いや五人くらいはいそうだ。こちらは分散して後を追ってきているみたい。
「……セイ様、奴らを殲滅して良いですか?」
「こらこら。そういうこと言わないの」
くいくいとボクの袖を引っ張ってきたティアが物言いたげな表情をしていたので、立ち止まって「どうしたの?」と訊きながら顔を寄せたらこれだ。
そんな物騒な台詞を耳打ちしてきたティアを何とか窘めようとする。
「放っておけば、そのうち諦めるでしょ」
正直こちらから相手にしたくない。こういうのは絡んでこない限り、放っておくのが一番だと思うからね。
「でもでも……あの男達って、数日前廃村で破壊行動していた無法者ですよ」
なぬ?
そう言われて、改めてチラリと目の端で確認する。確かに言われてみれば、あのスキンヘッド、どこかで見覚えがあった。
精霊眼で確認を……ありゃま、これまで封じられちゃっているか。
あの時の鑑定した奴等は全員〔犯罪者予備軍〕だったな。
名前はなんだったかな……あ、そうだ。そういや顔写真のリストを作ったはず……あったあった。
クラン名が【リア獣爆発しろ】か。間違いなく絡んでくるな。こればっかりは自信がある。
「ティアお手柄。多分こっちに絡んでくるだろうし、その時はどうするかな?」
道に迷った振りをしながら、ティアと顔を突き合わせて対応を話し合う。
あいつら六人とも普人種に見えるから、念話が出来ない今の状況でも話を聞かれる心配はないはず。
ボクとしてはこのまま逃げる事で関わり合いを避けたいんだけど、ティアが討伐に非常に乗り気で困った。
相手がクリア済みの状態か分からない上に、今のボクは戦力にならない。多少の護身術はあるけど、ガチの高レベル近接職に勝てるわけないしなぁ。
ティアにだけ負担を強いる訳にはいかないから、ボクとしては逃げて衛兵の詰所に駆け込むのがいいと思ったのがその理由だ。
そう提案しても、ティアは頑として首を縦に振らなかった。
「いつまでも引き連れていたくないです。セイ様との楽しい思い出が穢されてしまいます。早急に退場していただきましょう」
「けどティアの負担が……」
「私なら大丈夫です。力は封じられていませんから、全てこの私が対処致します。セイ様はどんと構えていて下さるだけで結構です」
「……仕方ないなぁ。ボクのMP残量にだけは注意してね。ティリルとのリンクが今はないんだから」
「はいっ♪」
ボクの役に立つのがよっぽど嬉しいのか、にこにことティアが微笑む。ボクとふたりっきりのお出かけを邪魔されたことに対する憂さ晴らしの感情が透けて見えるのは、やっぱり致し方ないところか。
「もし危なくなったらすぐ逃げるからね。それとあいつ等まだオレンジのはずだから、ちゃんと手加減するように」
こいつ等って、もう犯罪者になっててもおかしくないんだけどね。器物破損も立派な犯罪行為だし、それを確認できないのは痛い。
あんな事を犯したのにもかかわらず、もしこれでも奴らがオレンジのままなら、壊したのが廃村だったからかな。それとも衛兵による現行犯逮捕が必要?
正直この世界の犯罪者の定義が分からないなぁ。
「分かっています。邪精霊に堕ちてしまったら、もうセイ様といられなくなってしまいます。そんなのは絶対嫌です。きちんとぎりぎりを狙います」
「……ほんとに手加減してよ?」
妙にやる気を出してしまっているティアに、もう一度しっかりと念を押す。
ボクだってあんなつまらない奴らのせいで、ティアと別れるようなことになるのは嫌だし。
それにさっきから、何だか嫌な予感がするんだよなぁ。気のせいであって欲しいけど、それが段々と強くなってくる。
本当に大丈夫なんだろうか?
「任せて下さい♪」
そんなボクの心配をよそに、うきうきと軽やかな足取りのティアに引っ張られるまま、人通りの少ない路地を選んで進んで行った。




