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彼の特殊な精霊事情  作者: 神楽久遠
ワールドイベント開幕
96/190

96話 そしてふたりは

 分けることになった後半です。




「──様? お兄様?」


 物思いに耽ってしまっていたボクを、ティアが耳元で呼ぶ。その声に、はっと自分を取り戻した。


「ごめん、ティア。少し考え事をしちゃってた」


「ひどいです、お兄様。私の話、ちゃんと聞いてませんでした」


 そう返したボクに、ティアは拗ねたように口を尖らせた。


「その……ごめんね。次はちゃんと聞くから」


「ほんとですか?」


「ほんとほんと」


 そんなボクの様子に、少し考え込んだティアは更に身を寄せてくると、


「あの、じゃあ……その。

 あの時渓流の(そば)で約束したお願い、今言って良いですか?」


「ぇ……?」


 真剣な表情に変わった彼女を見返す。


 こちらを上目遣いで覗き込んでくるティアの決意と不安の入り交じっているその少し潤んだ瞳を目にして、ボクは思わず息をのみ……。


 ──じっと見詰め合って。

 ティアはその口を開き……。


「なぜ君がここにいる!?」


 突如聞こえた大声に、ふたりしてびくりと震えた。


 咄嗟にティアを腕の中へと抱き締めると、声の出所に背を向け彼女の姿を隠す。そして背中越しに声が聞こえてきた方──脱衣所がある方へと顔を向けた。


「朝から(やかま)しいな。他のお客に迷惑になると考えないのか?」


「……ぐっ。ここは離れで誰もいないから……」


「浴場に誰かいるようだぞ。ほら、浴衣がある。言い訳すんなって」


 あ、なんだレントか。


 脱衣所の中から漏れ聞こえてくるその聞き慣れた声にホッとして、緊張のあまり強張っていた全身の力を抜いた。そして、もう一人の声は誰だろうかと思考を巡らせる。


 どこかで聞いたことがあるような声なんだけど、よく思い出せない。それに何だか言い合いしているみたいだけど、何かトラブルでもあったのだろうか?


「……また邪魔された。邪魔された邪魔された邪魔された……邪魔邪魔邪魔……」


 腕の中で俯きながら、小声でぶつぶつと呟くティア。


 言いたくなる気持ちは分かるんだけどさ。

 ごめん。なんだか怖いから、そのエンドレスな呟き止めて欲しい。


「まさかこの宿に君も泊まっていたとは」


「ここに来たのは今朝だぞ」


「今朝? なんで今頃来たんだ?」


「もちろん寝る前に温泉に入りに来たに決まっているだろうが。俺が代表してイベント終了申請をしていたからな。街の中心からここまでゆっくり歩いてたら、朝になっちまったんだよ」


「僕達はまだ申請してないけど、そんなに時間がかかるのか。でもだからって、なんで同じ宿に……。

 ──はっ!? セイさんも!? 彼女もこの宿に泊まりに来たのか!?」


「当たり前だろ、同じパーティーなんだから。昨夜のうちに来てる筈だぞ」


「ど、どうしよう。いったい何をすれば……」


「……お前は何もするな。頼むから」


 聞き耳立てずとも、脱衣所から漏れ聞こえる会話と、彼らの衣擦れの音。


 最初喧嘩しているのかと身構えたけど、思ったより仲が良いな。

 それにボクの名前が出てきて話題になっている事から、絶対どこかで会っているはずなんだけど、全く思い出せない。


 どうもレントの知り合いみたいだし、一体どこで知り合ったんだろう?


「……こ、これは拙いです。こんな事してる場合じゃありません。お兄様、早く逃げるか隠れるかしないと……」


「あ!」


 我に返ったティアが焦った声を上げ、ボクも自分の置かれたこの状況がマズい事にようやく気付く。


 レントだけなら全く問題ないけど、事情を知らない男の人と鉢合わせちゃったら、さすがにアウトじゃないか!


 ティアの手を引いて湯船から立ち上がり、慌てふためきながらキョロキョロと周りを見回す。


 高い岩と板塀に囲まれているこの屋外露天風呂。

 壁際に洗い場が設置されているだけで、どう見ても隠れる場所がないし、そこに積まれている手桶を踏み台にしたとしても不安定過ぎて危険だし、そもそも隣の女湯へと逃げ込めるような高さにも到達しない。


 普通なら選択肢に入らない場所。

 しかし精霊のティアとボクなら問題ない。


 男湯と女湯を区切っている板張りの壁の方へとティアを連れていき、力を行使しようとして。


「よし、ここから女湯に物質透過か浮遊で隣に逃げ……って、ああっ!」


 今はスキル使えないんだったぁ!

 これ本気でヤバい! どうしよう!?


「ティアは先に壁を抜けて逃げて!」


 スキルを封じられているボクと違って、ティアはいつでも力を行使出来る。


 今は常時ボクと深く繋がっているから、ボクのMP(マナ)を使えば、ティア自身の力を消耗せずに透過も顕現化解除も出来る。


 ボクの我が儘に巻き込んじゃったティアだけは、絶対に逃がさないといけない。

 今の彼女の姿を衆目に晒す訳にはいかない。


 そう考え、ティアを向こう側へ逃がそうとした。


「い、嫌ぁ。お兄様と一緒じゃなきゃ嫌です!」


「そ、そんな事言っている場合じゃ……わわっ!?」


「ひゃぁっ!?」


 なのに首を縦に振らず、ボクに必死にしがみついて抵抗され、そのやり取りにバランスを崩したボクは、踏ん張ろうと足を後ろに出した。


 だけとも、さっき使ったボディソープがまだそこに残っていたのか、水と泡で(ぬめ)ったタイルに踏ん張りがきかず、そのまま尻餅をついてふたり仲良く抱きついたまま床に転がってしまう。


 その際、すぐ横に積んであった手桶を巻き込み、派手な音を立ててしまった。


「な、なんだ!?」


「何事ですか!?」


 ドタバタと走る音と、浴場に繋がる引き戸が勢いよく開かれる音。


「おいっ! 人が倒れ……んなっ!?」


「大丈夫でぇええっ!?」


 駆けつけた二人の驚きの声が耳に届く。


 ただ、ティアが床に当たらないように咄嗟に庇ったせいで、思いっきり頭を床に打ってしまった。そのせいで、目の前がチカチカして全く目が見えない。


 クリア者に付与される〔健常状態固定〕のおかげで怪我はしてないのは良いけど、衝撃とか痛みはそのままみたいだ。気が利かないなぁ。


「うぐっ、いたたたたっ……」


 ぶつけた場所に手を当てる。その際に頭に巻いていたタオルが外れてしまい、長い髪がバサリと乱れていくのを感じながら、ゆっくりと(かぶり)を振って上半身を起こす。


「あー、いつつっ……ティア大丈夫?」


「うぅ……何とか大丈夫で……。

 ──えぁっ?

 あわ……あわわわ……」


 途中で急にティアが横でパニックになり、オロオロし出した気配がする。


 痛みで霞む目を何とか開けると、こちらを見下ろして指差したまま固まるレントと、その隣で立ち尽くしている金髪の少年。


 あ、この人なら最近見たことがあるな。


 そうそう、思い出した。

 昨夜のボス戦略会議で紹介されたクマゴロウ義兄さんと姉さんのパーティーの人で、会議中ずっとこちらをぼけーとした表情で見ていた神官少年だ。


 二人とも男性用の湯浴み着である腰巻きだけをつけている。


 そっか。湯浴み着になれば、男は上半身のインナー外れるんだな。


 この人の名前は何だっけ?

 ええっと……る……るーるー……るし……?


 あぁ、そうそう。確かルシファーさん!


 ……あれ? そうだっけ?


 神……というか、精霊に仕える神官なのに、堕天して悪魔になった天使の名前をつけるとはこれいかに?

 まあ人が決めた名前だし、どうでもいいか。


 名前を何とか思い出したところで、完全に固まってしまっている二人に対して、愛想笑いを見せようとした。けど、やっぱりどうしてもひきつった笑いになってしまう。


「あ、あはは……レント昨日ぶり」


「……お、おまっ!? お前っ!

 そ、な、なんて格好し……早く何とかしろ!」


「へ?」


 意を決して話しかけたのに、レントってば、ボクを差す指がプルプルと震えているし、パニくってるのか思いっきり怒鳴られる。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 横からティアが泣きそうな顔で、頭から外れたタオルを持って身体を覆い隠そうとしてきたのを見て、ふと視線を下に落とし……なだらかながらもしっかりと女性を主張する双丘に桜色の突起が見えて、思考が完全に停止する。


「……ふえっ?」


 着ていたキャミソールタイプの湯浴み着の肩紐が千切(ちぎ)れとんで上半身が露出している上、ずり下がった湯浴み着が(くび)れた腰の下に引っ掛かっているだけになっているのが見て取れた。


「……あ、れ? なん……?」


 あまりの事に自分の状態が理解出来ない。尻餅をつき、立て膝で両足を彼らに開いたこの体勢。

 遮るモノが殆どない自分の身体をまじまじと見詰めてしまう。


 ああ、なるほど。

 自分の身体が相手だと『謎の光』って仕事しないんだ。


 そういやティアと転倒した時に何か破れた音したけど、まさか湯浴み着が破れ脱げて、こんな上半身素っ裸に……!?


 は、裸!? 男の前で!?

 しかもこの体勢ってヤバない!?


「──あ、う……ご、ごめ……ごめん」


 立ち尽くしているルシファーさんがさっきからうわ言のように謝ってくるけど、言動が全く一致してない。


 さっきからずっと前屈みになってガン見されている上、そして鼻を押さえているその手の隙間から血が──鼻血がボタボタと垂れているのを見て、真っ白になっている頭がようやく警鐘を鳴らし始め、一気に顔が紅潮する。


「ひっ! いっ……いやあぁぁっ!」


 男に視姦されている。


 そう認識した瞬間、この女性体に精神が引っ張られてしまったのか、ボクの意思とは無関係に過剰反応してしまった。


 女の子のような悲鳴が勝手に口をついて出る。

 タオルを持つティアごと強引に抱き締めて前を隠し、その体勢のまま、このエロ神官やろうから少しでも距離を取ろうとズリズリと後退していく。


「あっ! てめぇ!

 なにガン見してやがる!?」


「うごっ!?」


 手に持っていた手拭いを後ろ手で振り抜いたレント。それは濡れていたのか、スパンッ! という派手な音が出る。

 手拭いを顔面に叩き付けられたエロ神官は、その衝撃に()()って派手に後頭部から床に転倒した。

 

「きゅぅ……」


 そのまま気絶したみたいだけど、その顔は何処か幸せそうだった。思いっきり手拭いの跡が赤く顔面に付いているけど。


 うぅっ、自分でも見ないようにしてたのに、よりにもよってこんな誘ってるような体勢で人に、しかも良く知らない男に見られるなんて最悪だ。


「セイ、大丈夫か!?」


「れ、れんとぉ……どうしよぉ?」


 髪に巻いていたタオルを胸にかき抱いて、座ったまま彼を見上げる。


 そんな涙目になったボクを思わずという感じで見つめてきたレント。しばし見つめ合い……。

 次の瞬間我に返ったのか、うっと呻いて右手で顔を覆い、慌てて顔を逸らす。


「は、早く何か着直せ」


「あ……う、うん」


 あさっての方を向きながら言うレントの言葉に素直に従う。


 まずは湯浴み着の役目を果たさなくなったその布切れを脱ぐ為に立ち上がり、お風呂上がりに使おうと用意していたバスタオルを虚空の穴(インベントリー)から取り出して傍で涙目になって座り込んでいるティアに手渡した。


 うぅっ、ホント最悪だよ。

 しかも女の子みたいな悲鳴まで上げちゃうなんて。


「だいたいなんでまだ精霊化したまんまで、しかも男湯に入ってるんだよ」


 むっ!?


「別れてすぐ寝落ちしちゃったんだよ。朝起きたら解除出来なくなっているし、知らない女性がいるかもと思うと女湯に入る勇気ないし。こんなの仕方無いじゃないか!」


 元はと言えばさ。把握してたレントが後の事をちゃんと教えてくれてたら、そもそもこんなことにはなっていないんだよ。


 そう考えると段々腹が立ってきて、少し口調が荒くなってしまう。


「知らない男が入ってくるかもとは思わなかったのかよ!」


「うぐっ……それはその……すぐ逃げられると思ってたし」


「おい、こら。後付けで誤魔化そうとするなよ。少しは自分の身の安全と周りの評価を……いや、説教はともかくとして、だ。

 俺達は不壊インナーの筈なのに、それが変化している湯浴み着が何で破れてる? まずそれがおかしいだろうが」


 レントの正論に言い負かされ、最初の勢いを削がれて少しは冷静さを取り戻したボク。次いで()かれたインナー関連の問いに、口論で手が止まっていたのに気付き、ティアからバスタオルを受け取る。


「それは加護衣に付いていた下着のせいで、初期インナーが消滅して無くなったし、しかも十五制限コードまで完全に壊れちゃったから……」


「なぬ? マジかっ!?」


 ボクのその返答に、思わずこちらを振り向くレント。


 ちょうど大きめのバスタオルを身体に巻き付けようとした瞬間だった為、ボクの産まれたまんまの姿を上から下まで(あま)すとこ無くまた見られてしまう。


「ひゃわぁっ!? 今こっち見るな、ばかぁ!」


「す、すまん! また見るつもりはなかった! ほ、本当だ! それに変な光で、ちゃんと肝心なのは見えていないから大丈夫だ!

 た、ただな。お、お前がいきなり訳の分からん事を言うから……」


 両手で身体を抱き抱え、再びペタンと座り込んでしまうボクを見て、レントが慌てて身振り手振り必死に言い訳を口にし。


 その瞬間、ボクの横で座り(うつむ)いていたティアが急にキレた。


「──ねぇ、レントさん。なんでそんな言い訳しながら、今も堂々と見続けているんですか?

 ねぇ、わざと? わざとですか? そんなに言い訳してまで()()()の美しい柔肌を隈無(くまな)く見たいんですか? もしかして夜のオカズにしたいんですか? そのエロ神官と同じく、脳内妄想でお姉様を蹂躙(じゅうりん)してるんですか?」


「あ、いや、その、ちがっ!? いや、これは仕方ないだろ!?

 てか最後のそれ、言い方酷くないかっ!?」


 低く怒気を孕んだ声と共に、ゆらりゆらりと幽鬼のように揺れながら立ち上がったティア。

 立て続けに暴言を吐く彼女に、ビックリして声が出ないボクと口ごもってしまうレント。


 その後、レントの口から飛び出した開き直りとも取れるその発言に、ティアの堪忍袋の緒がブチッと完全に切れる音がした……気がした。


「あはっ、あははは……。

 ──ねぇ、レントさん。最後に言い残したい辞世の句はそれだけですか?」


 ほの暗い笑みを浮かべながら、ティアは散乱した手桶の一つを拾い上げる。

 怒りに震える彼女の全身がパチパチと放電を始めたのを見て、レントは思わず後ずさった。


「お、落ち着けティア。話せば分かる。

 ……な、な。そ、それはそっと床に置こうか」


「ティ、ティア! ボクだったらもう大丈夫だから……」


「いつもいつもいつも……私達の(むつ)みを邪魔ばかりして、そんなに私からセイ様を奪い取りたいんですかぁっ!?」


 絶叫に近い声を上げたティアを落ち着かせようとするけど、彼女は聞く耳持たない。しかも激しく帯電する彼女に触れることをつい躊躇(ためら)った。


「ちょ、ちょっと待て! 俺は邪魔など……いや、それだと単なる八つ当た……」


「言い訳無用です! 天誅っ!」


「ごぶぁあっ!」


 ティアが全力で投げつけた手桶を顔面へと食らい、レントも床に沈んだのだった。





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