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彼の特殊な精霊事情  作者: 神楽久遠
ワールドイベント開幕
94/190

94話 激闘を越えて

さて、イベントも後半です。




 ──チチチッ……。


 小鳥の(さえず)りが耳に届く。


 ──あ……さ……?


 意識が浮上すると同時に、閉じた瞼の上から()し込む朝日を感じ取る。


 ……んぅ?


 はっきりと頭が働かない。

 微睡(まどろ)みの中、眩しさから逃げようと毛布を引っ張りながら寝返りを打とうとして……。


 ──身体が動かせない事に気付く。


「……ぅぁ?」


 苦労して(まなこ)を開く。


 まず視界に入ったのは、板張りの天井。

 次いで見えた鴨居の上には、木彫りの彫刻を施した欄間(らんま)がある。


 視線を移せば、開け放たれた障子。

 奥にはガラス張りの窓があり、そこから顔を出した朝日がボクの顔まで射し込んでいる。


「んー……わしちゅぅ?

 ここどこぉ?」


 眩しさを嫌って首を横に向けると、掛け軸と鞘に入った太刀が飾られている床の間が目に入り、畳の上に敷かれている布団に寝ていた事をようやく認識する。


 ええっと、ええっと……?


 必死に思い出そうとするも、寝る前の記憶が全くない。そもそも、こんな豪華な和室がある旅館みたいな宿に来た事すら覚えていない。


 それに誰が着替えさせたのか、寝間着用の浴衣姿になっていた。

 しかも、両腕をがっちり固定されて仰向けにされた上、掛け布団以外にも温かくて軽く柔らかいモノが、ボクのお腹の上にしがみついている感触があり……。


「んにゅっ?

 ……なんだぁ、ティアかぁ」


 掛け布団と自分との間にティアの白藤髪を見付けた。コアラのようにボクのお腹にしがみつき、穏やかな寝息を立てている彼女にほっこりする。


 そんな彼女の頭を撫でて上げようかと思ったけど、ボクの両手は塞がっている。左右のボクの腕を抱き抱えるようにして、ユイカとティリルが寝ているからだった。


 抱き枕を抱え込むように完全にホールドされちゃっているから、動かそうとしても全く動かない。

 寝返りを打てない不便さはあるものの、彼女達のおかげで山間部の朝独特の肌寒さからは守られたようだった。


 幸せそうな顔をしてぐっすり寝ているみんなを眺めながら、ようやく動けない事への疑問が解消されたところで、この状況に納得を……。


「──するかぁ!」


「ふええぇっ!?」


「……うみゅっ?」


「わわっ!?」


 突然大声を出したボクに、ティリルとティアは悲鳴を上げて飛び起きる。ボクに負担を掛けないようにと浮遊状態でしがみついていたらしいティアは、そのボクの声にビックリして起き上がった際に、つい浮遊を解除してしまったようだった。


「げふっ!?」


 突然お腹に彼女の体重がのし掛かる。ボクの(やわ)い腹筋なんかが耐えられる筈もなく、めり込むように潰されてしまった。


 その、普段は軽くて何ともないティアでも、気が弛んでいる時にお尻から飛び乗られるような勢いで食らうと、なかなかキツいものがあった。


「……あ。あぁ! お兄様ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」


「セ、セイくん、大丈夫!?」


 身悶えるボクから飛び降りながら、必死で謝って来るティア。


「うへへっ……セイくぅん~うにゅにゅ」


 ユイカだけはボクの右腕にしがみついたまま、すりすりと頬擦りをしている。

 うん、ユイカは平常運転。まだ寝ぼけているみたいだ。まあそれはいつもの事だから良いとして。


「うぐぐ……い、いや、こっちこそごめん。いきなり大声出して。もう大丈夫だから」


 しがみついているユイカを引っ張りながら無理やり身体を起こして、平謝りを続けるティアを落ち着かせようとその頭を撫でてやる。


 それにしても……。


 自分のさっきまでしていた行為をようやくきちんと認識したのか、真っ赤な顔で俯いて、あうあう言ってるティリルを見やる。


 引っ付き虫なユイカとティアは分かるんだ。

 特にここ最近、毎日のようにボクの寝床にカグヤと競い合うように潜り込んでいたから。


 初めは恥ずかしくて拒否したんだけど、あまりに悲しそうな顔をするものだから、たまにはと許可したら、いつの間にやらそれが毎日の日課みたいになっちゃったからなぁ。


 しかも山小屋以降は、寝る間も精霊化を続けている関係で触れ合えないのが悲しいって、ティアはそうボヤいていたし、一日以上ユイカと顔を合わさなかった日なんて今までなかったしね。


 こんなこと今回が初めてだから、相当寂しかったんだろうな。離れている時間が長ければ長いほど、引っ付き時間が増えるのがユイカの特徴だ。


 問題はティリルである。


 ボクが知る限り、身体を気兼ねなくペタペタ触ってくる事はあっても、寝床に潜り込まれたのは今回が初めてなんだけど……。


「そ、その……お布団で寝ているセイくんに回復魔法をかけていたら、つい眠くなっちゃって……そのまま寝落ちしちゃって……」


 ボクの視線に気付いたのか、ティリルはそう言い訳しながら、照れ照れモジモジし始める。


 な、なんだろう、この可愛い生き物(おんなのこ)

 こっちまで照れるじゃないか。


「──そ、その割には敷き布団がくっ付けられて、一つにされてるんだけど……?」


「はうっ!

 ……そ、それはその……結衣ちゃ……ユイカが」


「やっぱりユイカの仕業かぁ。まあ良いけど……」


 ボクも今のティリルとまともに顔を合わせる事が出来ず、そっぽを向きながらそう答える。


 みんなで寝ようとか言い出したんだろうな。

 彼女の言いそうな事ではある。


 屋上でショッキングな光景を見せてしまったのは事実だ。みんなにかなり精神的な負担を強いた事は理解しているから、ボクなんかで良ければ、いくらでも手助けしようと思う。


「──あの、もう左腕は大丈夫……かな?」


 ようやく落ち着いて、回復職としての職務が羞恥心を上回ったのだろう。甘えモードに移行したティアを撫で続けているボクの左手を見ながら、怪我の回復状態を訊いてきた。


「そういやあの時、いきなりポトッと左腕が落ちたんだっけ?

 あれにはびっくりしたよね。めちゃくちゃ痛かったし」


「そ、そんな大事(おおごと)なことをあっけらかんと言わないで。もう……ものすごく心配したんだよ」


「……ごめん」


「うん、良し。違和感とかないかな?」


 むすっとほっぺを膨らませて言うティリルに素直に謝る。ボクの謝罪を受けて、いつもの笑顔を取り戻した彼女は、ボクの左腕をペタペタと触り始めた。


 ティリルがしがみついていたせいか、さっきまでちょっと痺れた感覚が残っていたけれど、それもすぐに消えた。ペタペタと触られてくすぐったい感覚はしっかりとあるし、普通に動かせる。


 ティリルが言うには、昨夜はなんとか見た目を繋げられただけで、神経とかの運動や感覚の機能の回復が出来なかったとの事。


 自分はまだまだ回復職(ヒーラー)としては未熟だから、部位欠損級の治療は恐ろしいくらいのMP(マナ)と時間を使わないといけないと語っていた。


 それを短時間で何とか誤魔化せるレベルに繋げられたのは、ひとえに〔魂の(アニムス・)契約(パクトゥム)〕のおかげらしい。


 それに、彼女はボクのMP(マナ)タンクみたいな役割もしていたからね。途中で高品質の即効性MP(マナ)ポーションが尽きてしまったらしく、十分な治療が出来なかった要因もあった。


 戦いの前にボクが渡した分も使い切っていた状態で、あんな大怪我をしたもんだから、駆け付けてきたダンゾーさんに、そして一報を聞いて慌てて来たレトさんやミアさんに分けて貰わなかったらヤバかったと聞いた。


 ポーションの飲み過ぎで気持ち悪くなったらしいし、正直あの日だけでどれだけのポーションが消費されたのか、怖くて訊きたくない。


 こりゃいざという時の為にも、ボク達でMP(マナ)ポーションの在庫は買い占める勢いで確保しておかないと駄目だな。

 ティリルだけに負担をかける訳にいかないし、そこは奢りで。



 彼女に触られながら、あの時の事を思い出す。


 レントが斬られかけた瞬間、後先考える事なく咄嗟に〔献身(ディヴォーシャン)〕を発動させた。


 個人的には、その選択肢自体は間違ってはいないと思っている。

 レントを助けることが出来たし、彼の活躍であのディスアグリーを撃破する事が出来たのだから。


 幼馴染が英雄の如く敵を圧倒して倒すというシチュエーションは、なかなか壮観で格好良かった。

 流石に学校一のモテ男だけに、決めるところは決めてくれる。


 ただね。


 一歩間違えば、ボクの死亡によって支援者がいなくなり、戦闘部隊崩壊の危険性も孕んでいただけに、独り善がりの判断だった事は否めない。


 そこは反省点であるべきだろうなぁ。


 レントの代わりに左腕を切り落とされ、全身に打撲痕や裂傷が浮き上がったボク。

 全身から血を撒き散らしてその場へと倒れ伏したボクに駆け寄り、涙しながらも必死で腕を繋ぎ、傷を癒してくれたティリルに感謝の念が絶えない。


「うん、全く問題ないよ。痛みもないし。ありがとうティリル」


「いえ、その……。ホント良かったぁ」


 はふっと胸を撫で下ろすティリル。本当に心配かけちゃったなぁ。


 心配をかけたといえば。

 ティアやカグヤ、ユイカもなんだけど……。


「やっぱりレントにも完全にバレちゃってたよね?」


「うん。完全に気付いていたと思う。勘とか凄く鋭い人だし。

 それにあのレトさんの様子は心配だよね」


「そうだね。レトさんにも悪いことしちゃったみたいで、ちょっと心配だよ」


 血だらけで倒れたボクの状態と治療にあたるティリルのマナポーション在庫不足の情報をダンゾーさんから受けたらしく、すぐ飛ぶように駆け付けて来たレトさん。半狂乱になりながら、ボクを抱き抱えてきた彼女の事をも思い出す。


 ティリルの治療が進むにつれ、少し遅れてきたミアさんの懸命の呼び掛けもあってか落ち着きを取り戻してくれたものの、その彼女の言葉の端々──「また」とか「もう失いたくない」とか──から何かのトラウマを誘発させちゃっていたみたいで、何だか申し訳ない気持ちで一杯だ。


 この和室の入口に設けてある襖付きの衣装棚を見る。

 開け放たれたそこに掛けられているのは、ボク達の装備衣装とレトさんから借りていた漆黒のコート。


 治療直後は身体に力が入らず、ぐったりとしていたボクの身体についた血糊を綺麗に処理してくれたのも彼女だし、加護衣を再構築し直して付着した血の痕跡を消したものの、繋ぎ治した腕の切断痕が袖と肩口が開いている形状の加護衣の隙間から見えてしまい、うまく隠れてくれなくて困っていた時にコートを貸してくれたのも彼女である。


 返しに行く時にきちんと謝って、そしてお礼言わなくちゃね。


 それに石畳に飛び散った血痕の処理が出来ずにいた時、その代案をユイカへ提案したのもレトさんだ。


 本当は水の精霊魔法で成分分解して誤魔化したかったんだけど、ティアと精霊化し直す事が来なかったのが痛かった。


 カグヤとの精霊巫女形態では付与系精霊魔法しか使えないからね。ユイカがボクの血を焼き焦がしてくれなかったら、そのまま屋上に放置しなくちゃならなかったところだ。

 

 精霊化を維持しながらの肉体変化はかなりの負担がかかるみたいで、傷付いたあの状態では、発動させることが出来なかったからだった。

 当然いったん解除してしまうと、二日もステータスダウンと変化不可のペナルティーを喰らってしまう。


 結果から言うと、解除して普通に精霊魔法を使えば良かったんだけど、ずっとティアと精霊化して戦ってきたものだから、素の状態でもある程度精霊魔法を使える事をすっかり忘れてしまっていた。


 寝不足と怪我のダメージからか、靄がかかっているみたいに頭が働かなかった要因もあるなと思う。

 いや、これはさすがに言い訳か。


 こうして改めて考えると、単に運が良かっただけで色々拙かった点がぽろぽろ出てくるなぁと、ユイカとティアを甘やかしながらほっこりしていたところで、ふとカグヤがいない事に気付く。


「……あれ? なんでまだ精霊化したまんま?」


 次いで、自分の意識とは無関係にパタパタと動いている白銀の尻尾に気付き、頭にそっと手をやる。狼耳も依然そこにあるのも確認した。


 戦闘する事はもうないのに、なんで解除してないんだろうか?

 そういや、レントと別れた後の記憶が全くない。


「ええっと……。

 昨夜ね、目星をつけていた宿へと歩いて移動中に、セイくんってば、途中で力尽きたみたいに歩けなくなってその場にへたり込んじゃってね。追いかけてきたこの街の兵士さんがその様子に、疲れているだろうから乗りなさいと、軍馬車を手配してくれたの。

 その事は少しでも覚えてる?」


「……全く覚えてない……」


「あらら、やっぱり。馬車がやって来た時にはもう寝ちゃってたんだよ。ミアさんが確認しに行った……二人が前泊していた宿の空きが無かったらしくて、その兵士──キルケさんの紹介のこの宿に落ち着く事になったの。ここに着いた後はレトさんがこの部屋まで運んでくれたの」


「そうなんだ」


 うわぁ、やっちゃったか。

 レトさんを始め、色んな人にお世話になりっぱなしだなぁ。


『カグヤ聞こえる?』


 ボクと同化しているカグヤに念話で呼び掛ける。


 だけども返事がない。

 まだ寝ているのかなと思いながら、精霊化を解除しようとして……全く反応しない事に固まる。


「あれ? おかしいな?」


 気を取り直してもう一回。

 しかし手ごたえがないし、スキルも反応しない。


『カグヤ……カグヤ!? ボクの声が聞こえる!?』

 

 念話で再度呼びかけるも、そもそも念話も発動している気配が感じられない。


「セイくん? どうしたの?」


「お兄様?」


「……出来ない……」


「へっ?」


「精霊化が解除できないんだけどどうしよう!?

 な、なにか変な事しちゃったのかな!?」


「ええっ!?」


「あ」


 ボクの慌てふためく声にティアが驚きの声を上げる中、ティリルは何かを思い出したように手を打った。


「レントさん、ポータルでクリア処理を終わらせたんだね」


「ど、どういう事? それとこれが一体何の関係が……」


 別れ際に、一人で処理しておくとは言っていたのは覚えているのだけど、それが一体どうしたと……。


「昨日クマゴロウさんとレントさんが話していたんだけど、クリアしたら最終日が終わるまでスキルも魔法も使えなくなるって言っていたん……だけど……。

 あれ……聞いて……ない……の……?」


 次第に表情が死んでいくボクを見て、ティリルは台詞の途中で段々と尻つぼみになっていく。


「──つ、つまり……どういう事なんですか?」


「イ、イベントが終わるまで女の子でいてね、としか」


 死んだ魚のような目になって無言でいるボクの代わりに、ティアが訊いた。ティリルもまた言いにくそうにしながらも、ボクにそう止めを刺す。


「──あ、あはは……もう、やだなぁ。そういう事は先に言ってよ……」


 何とか出た乾いた笑いに、さっとティリルとティアが目を逸らす。


「くぅっ……レントの馬鹿ぁ!

 大事な事はちゃんと言えっ!」


 朝の静寂しじまを切り裂くように、ボクの慟哭が響き渡ったのだった。





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