93話 夢幻泡影
イベント六日間の内、三日目終了です。
──レント──
冒険者ギルドの両開きの扉を押し開け、俺は月明かりの下へと歩み出した。
「思ったよりも、すんなり終わったな」
地平線に落ちていく満月を見ながら独りごちる。
あの戦いの後、セイへと預けていた書簡を引き取った俺は、冒険者ギルドに届けに行った。
面倒な事を明日に回すより、今夜中に全て終わらせて、みんなでのんびりしたかったからな。流石に疲れているだろうセイや女性陣を先に休ませて、俺が一手に引き受けたわけだ。
あの大熊の事もあり、夜が明けるくらいの長丁場も覚悟していたんだが、普通に書簡を手渡すだけで終わった。
一応設定されていた本来の出来事、つまりこの書簡が狙われていた事の説明を行ったが、一通り定型的な事を聞き取りされただけだった。
というか、その職員の血走った目には『この糞忙しい時に来やがって』という不満がありありと窺われた為、こちらからとっとと逃げ出した、が正しい。
決死の防衛戦の事態把握と後処理で全く余裕が無いのだろう。下手に「関係者です」とか「戦ってました」と言おうものなら直ちに拘束され、尋問紛いの取り調べや強制労働という名の後処理手伝いを押し付けられそうだったからだ。
流石に目立ち過ぎた為いつかはバレるだろうが、その時には既にこの平行世界から脱出しているだろうから、そちらも心配していない。
無かったことにされるだろうしな。
本格的な報酬については、イベント集計ランクの方で貰えると思う。そっちに期待している。
だからギルド報酬はいらないし、ねだるつもりもないという訳だ。
むしろ早く終わらせる事が出来て喜んでいるくらいだ。俺もなにかと疲れているしな。
「あとはポータルに触れれば終わりか」
クマゴロウさんの話では、必ずしもパーティー全員が個別に触れる必要はないらしい。ギルドで任務完了証明書を持った者がポータルで終了手続きをした時点で、全員がクリアとなるそうだ。
この街のポータルは冒険者ギルド前の階段広場にある為、すぐにでも終了させられる。
だが俺は陸橋の上から眼下の噴水横に設置されているポータルを確認しただけで、足を止めてそのまま橋の欄干に身体を預け、空を見上げた。
「──あの馬鹿たれが……」
不満というか、愚痴というか。
セイやダンゾーと別れる前のやり取りを思い返しながら、つい言葉を漏らす。
あのスキルの事だ。
たとえ問い詰めたとしてもきっと誤魔化そうとし、機会があればまた使うだろうな。
そもそも近接の仲間に使うもんじゃないだろ、あれは。
セイの奴は、自分だけが傷付くならどうでもいいと、思っている節がある。
自分だけの事なら、絶対に人に助けを求めない。助けて、と言わない。そういうところはかなり頑固だ。
あいつは分かってない。理解していない。
あいつが傷付けば、美琴が、結衣が、あいつの家族、この世界の精霊達、そして俺もが悲しむという事を未だに理解していない。
周りがあいつに対して必要以上に過保護になっていく原因の一つがこれなんだが、な。
ティリルやユイカはこのスキルを詳しく知っているようだ。しかし、あいつの意思を汲んでいるのか、俺の問い掛けにも黙ったままで、なんでも無いように装っていた。
まあ彼女達は根が素直だし、隠し事が出来ないタイプだから、ちょいとつつけば、すぐに顔に出て分かりやすかった。
「あの〔献身〕とやら。デメリットが強烈だな」
あれだけの性能だ。相当でかい反動があるんじゃないかと思っていたが、まさか俺のダメージをあいつが全て肩代わりして怪我をしていたとは。
それだけじゃない。恐らく俺が受けるはずだった痛みも全て伝わっていただろうから、自分も含めて二人分の痛みに苦しんでいた可能性まである。
最後の最後まで、何でも無いように装うとしやがって。
「あれを使わせないで済むくらい俺が強くなればいいか」
そう結論づけ、空に輝く月に誓いを立てる……。
あの勝利宣言の後、俺の姿──今から思えば俺の装備の状況を確認したユイカは、ただでさえどこか悪かった顔色を更に真っ青に変え、口を押さえ震えた。
そんな妹の様子に疑問を持った俺。
問いかけようと口を開いた時には、ユイカは既に踵を返し、門の方へと駆け出していて。
セイの元へ向かった事くらい簡単に想像がつくのだが、戦いに勝ったにしては不自然過ぎるユイカの態度に、言いようのない不安が沸き起こってきた。
俺もすぐに後を追いかけたかったのだが、大勢のプレイヤー達に押しかけられて手荒な祝福を受けた為に、かなり出遅れてしまった。もみくちゃにされながら、宴会の誘いに断りを入れつつ、セイの元へと急ぐ。
正門を潜り抜け、側防塔の入口が見えてきたところで、屋上から降りてきたセイと出会った。
その傍にはティリルとユイカの他に何故かレトさんまでいたが、セイ以外どこか雰囲気が変だ。
「セイ!」
駆け寄る俺の呼び掛けに対して、銀色の髪を靡かせながらこちらに向き直ったセイは、俺の姿を認めてふにゃりと笑った。
「あ、レント。お疲れさま。凄かったねぇ」
「あ、ああ。お前もな」
疲れているせいなのか、気が張っているのか。
普段見慣れている親友にしては妙にテンション高めな状態に、一瞬戸惑い、口ごもってしまう。
「上から見てたよ。流石だね。最後の技何あれ? いつの間に覚えたの?」
その姿は森精種の時とは打って変わって、犬系獣人種のそれで。カグヤと同じ銀狼族の姿へと変わっていた。
見慣れない漆黒のコート──丈が少し大きいようでブカブカだったが──を羽織っているが、前のボタンを留めていないから、以前見た事のあるカグヤが着ていたデザインに似た羽衣ドレスが見え隠れしている。
俺の後ろに付いてきていたルシエルや他のプレイヤー達が、変わってしまっているセイの容姿を見て騒ぐ中、逆に俺は無言になり、その姿をじっと見ていた。
「ん、どうしたの?」
種族が変わった以外、特段変わりがないように見える。
だが……今の俺は獣人なんだ。
だから、セイから微かに漂う血臭に気付かない訳がない。
更に顔色も良くなかった。いや、むしろかなり悪い。この短時間で大量の血を失ったかのような、少し青白い顔をしている。
普通ならここに来るまでに怪我をしていた、もしくは、寝不足と連戦で疲れているだけだろうと思うところだが、戦闘前には全く感じなかった血の臭いがするとなれば、怪我をしてしまった事は明白だ。
何故、怪我をしているんだ?
屋上へと奴の攻撃は届いていない筈だ。
「セイ、お前怪我してないか?」
「……おかしな事を言うね。届く距離じゃないでしょ」
一瞬の間があった後、にこにこと笑いながら否定するセイ。更には、ほらっ、と言わんばかりに、その場でくるりと回ってみせる。
「顔色が悪いのは何でだ?」
「えと……MPが切れかけだし、寝不足のステータス異常も出ちゃってるから、そのせいかな?」
嘘をつくな。今考えただろ。
目が少し泳いでいるぞ。
黙って見つめていると、また「えへへっ」と笑う。
またその笑み、だ。
何年お前の幼馴染をしていると思っている?
お前が都合が悪い時や誤魔化そうとした時、つい出てしまう癖は全部知っているぞ。
何故、誤魔化そうとするんだ?
違和感が強くなっていく。
血の臭いがするのに、屋上で踊っていたのに。
着ている服の乱れもないし、妙に綺麗すぎる。
思わずティリルの方を向いたら、さっと目を伏せて視線を合わせようとしないし。
それに。
誤魔化しれなくて焦っている時に出やすい癖の一つ、お腹の前辺りで右手で左手の親指をいじる癖が、右手しか動いていないのは何でだ?
さっきから動きに合わせて揺れているだけで、左手が全く動いていないのは何でだ?
その様子に疑念を深めながら、何気なくその左手を掴もうと手を伸ばし……。
パシッ。
セイは右手で俺の手を払ってきた。
「……ぁ」
無意識だったのだろう。呆けたように小さく声を漏らした後、ばつの悪そうな表情をみせて、そくささと俺から距離を取っていく。
「……お兄。こんなところで強引にコートを剥ごうとするなんてデリカシー無さすぎ」
「レントさん駄目ですよ。それにセイさん躍り疲れてますし、これから宿に休ませに行くところなんです。もう行っていいですか?」
二人が状況をねじ曲げて俺を悪者にしようとしてくる上、どこか焦りが見え隠れしていた。レトさんに至っては、終始無言で俺とセイの間に入り、背後に隠そうとしてくる。
やはり怪我をしているのか。多分左の……左……腕?
急に思い当たる。
あのセイの声が聞こえた時、奴の大剣に斬られた場所はどこだった?
──まさか……?
まさかまさかまさか!?
一連の違和感が俺の中で、最悪の形になって繋がってしまう。
「ささ、セイちゃん。ほっといて早く宿に行きましょ。良いところ知ってるわよ」
黙り込んで突っ立ってしまった俺の前から、セイを引き離しにかかる。
「レ、レトさん、ちょっと待って!
──レント、これ預かっていたやつ」
レトさんに背中を押されて離されていく途中で振り返り、セイは虚空の穴から取り出した書簡を俺の方に放り投げてきた。
落とさないよう、慌てて受け止める。
「それ、ギルドにはいつ持って行くの? 明日?」
「──いや、今からやっておく。パーティーリーダーの俺一人で十分だ」
「うん? それってボク達がいなくても大丈夫なの?」
「そうらしい。全部終わらせておくさ」
「じゃ、お願い。流石に疲れたから先に休ませてもらうね」
「ああ。それとセイ」
「ん?」
「危ないところを助かった。いつもありがとう」
「い、いきなり何言ってるのさ!? そ、そりゃ……その」
「ああ、早く行け。イベントは明々後日までだ。ゆっくり休んでくれな」
「あ、う、うん。じゃ、おやすみ」
お礼の言葉を言われるとは思っていなかったのか、照れながらそっぽを向くセイ。慌てて口ごもるあいつを急かすような形で、強引に話を終わらせる。
この場から早く離れようとあいつを連れていく女性陣の様子に、俺は軽く手を振って見送った。
見えなくなるまでその場で見送っていた俺は、その後執拗に問い詰めてくるルシエルの追求から逃げ出し、再び戻ってきて独り側防塔を登り始めた。
何かを探しに行こうと思ったわけではない。
白黒はっきりさせようと思ったわけではない。
ただ何となく足が向いただけだ。
そう自分に言い訳をしながら階段を上り、いまだ数多くの精霊が舞う屋上に出て……そこに人影を発見する。
「──レント殿、月が綺麗でごさるなぁ」
「あぁ、そうだな」
天を見上げたまま、こちらを振り返らずに話しかけてくるダンゾーの横へと並ぶ。
「いつからここへ?」
「奴が暴走を始めてレント殿が一騎討ちを始めた後でござるな。拙者非力ゆえ、あのような超人バトルには混ざれぬでござるよ」
「嘘ぬかせ」
相も変わらずおどけてみせるござる忍者に、俺は真っ向から否定する。
「気付いていないと思ったのかよ」
「……流石目敏いでござるなぁ。
相手の一撃が半端なく重くて、完全に反らせなかったのは反省点でござる」
頭を掻きながら「やりにくいでござる」とダンゾーは苦笑いを浮かべ、再び空を見上げる。
こいつが率いる忍者部隊は遊撃として、要所要所で他のプレイヤー達のバックアップをしていた。こいつらがいなかったら、もっと苦戦していたし、たくさんの死傷者が出たはずだ。
あれだけの大規模戦闘にも関わらず、誰一人として、死に戻りしたプレイヤーも死亡したこの世界の住民もいなかった。これは奇跡に近い。
──そう、俺達もこいつに助けられた。
あの時暴走を始めたディスアグリーの大剣の軌道は、本来なら俺の脳天を直撃するコースをとっていた。故に死に戻りを覚悟したのだ。
それを、疾風の如く駆け付けたダンゾーが横手から大剣に一撃加えてその軌道を反らしてくれたおかげで、あいつは即死を免れた。
床を、石畳を見る。
そこにあるのは、黒ずんだ何かが付着し焼け焦げた跡。それが広範囲に渡って広がっている。
もちろんこれは血の跡だ。誰の血かは考えるまでもない。
「ユイカは水魔法を使えないからな。燃やして焦がすしかなかったんだろうが、誤魔化すならもっときっちりやれよ」
おびただしい程の量がある。恐らく俺の身代わりになって腕を切断され、その噴き出た血に違いなかった。
ティリルが傍にいてくれたからこそ、すぐに止血し繋ぐことが出来たんだろうな。
「知って理解して。レント殿はどうするつもりでござるか?」
「どうもしないさ。どうせ言ってもそれが人助けである限り、忠告を無視してまた同じ事を繰り返す。あいつはそういう奴だ」
「……眩しい。優しい子でござるな。あの子にそっくりでござる」
再び空に在る満月を見やる。
「あの美しい月の輝きと同じく、彼女もまた輝きを放って拙者達を導いてくれたでござる。
──レント君。彼女やセイちゃんに見られるあの意志の強さはどこから来るのだろうか?」
「……俺の口からは説明できかねます」
途中からがらりと口調を変えたダンゾーさんに、俺も接し方を変える。
「あれは、何かを演じている訳じゃないですからね。
現実よりも力を持てるこの世界で、どんな者にも成れるこの世界で。
……なのにあいつは普段と全く変わらない」
「この世界に降り立った私達プレイヤーの中ではまさに最年少──それであれだ。それに君も同い年だったよね。年に似合わず君も十分規格外だし、一体どんな生活を送ってきた……おおっと、すまない。
根掘り葉掘り現実を詮索する気はないよ。話さないでいい。考察と問答は職業病みたいなモノだから、道下を演じる愚かな男の、単なる独り言だと捉えてくれ」
俺が僅かに身構えたのを機敏に察したのか、彼はそう付け加えた。
ダンゾーさんはそうは言うが……。
確かにちょっと変わっているとは思っているんだが、俺達ってそんなに特殊なんだろうか?
まあこういうのは主観が入るモノだし、何をもって普通と判断するかで変わるものだから、突き詰めても仕方ないか。
「──レント君、お願いがある」
「なんでしょう?」
「もしレトちゃんが言い出したらで構わない。未だどこにも所属していないレトちゃんとミアの二人を君のクランにいれてやって欲しい」
「それは……」
言葉に詰まる。
セイの抱えている事情を考えれば、俺が即答する訳にはいかなかった。
「もちろんそちらにも事情があるだろうから、断ってもらっても差し支えない。レトちゃんが私達以外にあれだけ執着をし、生き生きとしている姿をみせるのは久しくなかったことだ。出来れば叶えてやりたいし、君達ならレトちゃんを託せられる」
何やら事情がありそうだ。
彼が言う『彼女』はレトさんやミアさんではないのは確定、過去形で語られていた『彼女』は恐らくもう……。
頭を振る。
これ以上は部外者の俺が立ち入るのは失礼か。
「……セイ達さえ良ければ構いません」
「ありがとう」
微風が二人の間を通る。
暫し二人無言で月を見上げていたが、
「──湿っぽいのは好かぬな。
さて、これから皆で戦勝祝いでもするでござるよ。酒が呼んでるでござる」
ポンと手を打ち、そう提案してくる。
「あー、今日は無理なんじゃないか?
クマゴロウさん、もう帰ったぞ」
「なぬ?」
「自分の妻があんな状態なのに、騒ぎにいける人じゃないだろうが。うちのパーティーは俺以外は全員宿に寝に行ったし、そもそも未成年だ」
「……おぅ」
「すまん。どうしてもやりたけりゃ、他に騒いでる人らに混ざってくれ」
ガックリと膝をついたダンゾーに、今回ばかりは憐憫の情を覚えながら、そう提言するのだった。
結局ダンゾーの奴、外へ飲みに行くのを止めたようだ。さっきまで俺と一緒にクリア申請していたからな。
ただ、宿に戻って温泉で一杯やるとは言っていたが。
夜がしらみ始める中、俺はポータルへと歩み寄る。
俺達のクリア日数は四日目の朝になる。今日を入れて三日間の自由行動が取れるな。
これからひとっ風呂浴びて爆睡するとして、明日から何しようか?
クマゴロウさん達の話では、状態固定の加護とスキルが封印されるらしいから、戦闘系でやり残したことはないかと思考を反芻する。
全ての用事が終わっている事を確認し、キラキラと虹色の光を微かに放つポータルに触れた。
ブンッと音を立て、ポータルが起動する。意識が加速され、世界が停止したかのような感覚を味わう。
限りなく静止した時の中で、俺の脳裏に聞き慣れた音声ガイダンスが流れ始める。
『──サーバー三八/パーティー登録ナンバー二八七五/リーダー名レント認識……試練完了申請を開始しますか?』
「ああ、これで全員終了だ」
音声入力タイプのアナウンスに従って返答していく。
『リーダー権限での全メンバーの終了宣言を認識。再確認します。
全メンバーの状態異常及び体力魔力の全回復。健常状態固定の実施。武器及びスキルと魔法使用不可による非武装化の実施。
──これでよろしいですか?』
「オッケーだ。すぐに始めてくれ」
セイの傷が治ると聞いてすぐに許可を出す。
血が足りていないのもあるし、左腕が動かないということは、完全に癒やす事が出来ていないからだ。
これであいつの体調も元に戻るだろう。
『次にランキング戦への参加を希望しますか?』
「そちらも頼む」
みんなの意見は既に聞いている。当然参加を即答する。
『──了承しました。事前規定通り、サーバー対抗戦も同時に参加が確定しますが、よろしいですか?』
「……サーバー対抗戦? ああ、各サーバートップチームのPV投票戦か」
今回はイベント参加人数が多くサーバーが分かれた為、ややこしくなったが、確か毎回イベント一位獲得者の戦績がPV化して次の公式動画になるんだったな。
初回イベントからずっと『円卓の騎士』のあの二人が独占しているし、どうせ今回もそうなるだろう。不動の人気を誇るあの二人にはどうせ敵わないだろうし。
同じパーティーになった源さん夫婦はラッキーだったな。せいぜい有名になってくれ。
確かこちらのランキングは、各サーバーのトップチームとの参考PVの投票対抗戦だから、最下位でも報酬が良かった。
もし出場枠に当選出来たらラッキーと思っておいた方が良さそうだ。
「返答は変わらない。もちろん参加だ」
『──了承しました。最終確認です。
全パーティーメンバーの試練終了宣言と、ランキング戦の参加表明。間違いないですか?』
目の前にYES/NOの選択肢が現れる。
最終確認だけは、間違いの無いようにパネル確認のようだ。表示されている〔YES〕のボタンを、俺は迷いなく押し込んだ。
『──申請を承りました。サーバー内ランキングは試練終了後に発表を行います。サーバー対抗戦投票期間は試練後一週間を予定しています。
ご参加ありがとうございました』
音声終了と共に、再び周囲の音が戻ってくる。
「これで終わりだな」
ようやく肩の荷がおりる。
試しに虚空の穴から太刀を取り出し抜こうとしてみるが、接着されているかのように鯉口を切れなかった。スキルを使おうとしても、なんの手応えもない。
「こうなるのか。これ、武器屋での買い物の時やこのまま振り回したらどうなるんだ?」
ふとした疑問が湧いてくるが、まあそんな事どうでもいいか。
「んじゃ温泉でも入るかな。
さて、と。あいつ等、宿はどこに決めたんだろうか?」
昨夜はのんびり出来なかったからな。宿も泊まれたらいいレベルの処だったし。
ユイカとティリルの二人がきちんとした宿を探す手配になっていたから、後はそちらに向かえば良いだけだ。
メールボックスに届いている彼女達のメールを開き、そこに添付されている地図を見ながら、朝焼けの中を山手の方へと歩き始めたのだった。




