90話 今のボクに出来ること
2017/12/21 指摘があった重複箇所付近を修正調整しました。
満月が天頂に差し掛かり雲一つない夜空の中を、ルーンヘイズ連合軍が二重三重にその邪気の繭を包囲していた。
もちろん後方に待機している予備兵も含め、この街の戦力全てが門の外へ出払っている。文字通り、総力戦の構えだ。
その様子をボクは側防塔の屋上から眺める。隣には、ボクの専属となっている癒し手のティリルと、この場所で召喚し直したリンだけが佇んでいた。
パーティー制限が無くなっているため、編成は自由に行えるようになっている。その為、バランスよく五人一組の小隊を編成し、その四方八方にて、ボスの移動を封じる形で展開。スイッチ要員もきちんと配備してある……らしい。
まあ、全てレントの受け売りだけど。
対ワールドボス戦略会議でそうレントが語っていたが、その辺さっぱり理解出来ないでいたら、「お前は離れたあの側防塔から援護してくれたらいいから」の一言で終わった。
思うところはあったけど、素直に頷いておく。
この指示の裏の意味は、例の金属アレルギーのせいでもあるんだよね。
近接職に近寄られるだけであんな状態になってしまう為、もし地上部隊に編成されるとしたら、もう後方に位置するしかない。
それにボクに護衛を付けようとしても、防御系近接職は全身金属鎧な事が多いからね。その時点で、もう一緒にいられない。
それならばと発想を変えて、ボクとティリルだけ二人で側防塔の屋上にいる事にしたのだった。
ここからだと戦場が一望でき、かつ、ボク達なら相手へと攻撃も届かせられる。守りも前方の軍隊を抜かれなければ問題ない……はず。
それにこれからボクが行うことは、この程度の距離など全くないに等しいからね。
ユイカやレトさん、ヒンメル姉さんもこの側防塔に残りたそうだったけど、それは許さぬとばかりに、レントやミアさん、クマゴロウ義兄さんがそれぞれ彼女達を引っ張っていった。
うん、三人とも悲しそうな目でこっちを見ないで下さいよ。引き離されてドナドナされていく子牛を見ているような、変な気分になってしまったじゃないか。
「そろそろ、かな?」
邪気の繭を精霊眼で確認しながら、何気なく呟く。残り五分を切った。
どんな姿形で生まれるかは全く予想できない。ただ繭の大きさから、前よりも巨大化する事は確定的である。
「──セイくん。本当に体調は大丈夫?
昨日からろくに休めてないんだよね?」
契約スキルである〔魂の契約〕によって、ボクの体調状況を完全に把握しているティリルが相手だと、流石に誤魔化しきれなかった。昨日ろくに寝れていない事までバレている。
奇跡的にもまだ〔寝不足〕のステータス異常は発生していない。リンの背に揺られていたからかな?
ただ少し前から何だか身体が怠い。多分近いうちに、寝不足から来るデメリットが発生するのは間違いない。出来たら発生する前にケリをつけたい。
側防塔の屋上から援護して欲しいと強調して指示してきたレントも、ボクの体調面を考慮してくれていたのは間違いなかった。
「……うん、まあ大丈夫。これが終わったら、温泉にでもつかってゆっくりするよ。最後にひと踏ん張りだ」
「そうだね。わたしもしっかり支え続けるから」
「ありがとう。
──さて、やるよ」
感謝の言葉を述べ、ボクは精神集中を開始する。
今回はボクは攻撃を担当しない。レントを始め、皆と相談した結果こうなった。
確かに威力の高い攻撃をボクは繰り出せる。
けどそれも、個々で見た時の話だ。こういう集団戦──軍勢を組んでの大規模戦闘においては、絶対的に数の差で大勢が決まるのが世の常。一騎当千と呼ばれる英傑ですら、最後には数の暴力に屈する。
つまりボク個人の操る火力よりも、数多くの人間の力を向上させる方を選ぶ。支援を密にする事によって、部隊の総合力の向上を優先しよう。
そして……。
今後は邪軍VS精霊軍、又は邪軍VS国軍という構図が増えてくる筈だ。
レントはそう推測し語る。
それならば、ボクの取る行動はただ一つ。
『カグヤ、やるよ』
『うん』
「──精霊巫女形態換装。〔月精の寵授巫女〕!」
精霊化自体は解除せず、ティアとカグヤ、その精霊巫女の姿を入れ替える。
ボクは攻撃形態から支援形態へと、カグヤの姿を模した獣人種銀狼族の姿へと変化した。
カグヤの力を具現化したこの精霊巫女に変化すると、攻撃系魔法や障壁などの防御系魔法を一切使えなくなる。
その代わり、この姿で〔舞踏〕か〔祈誓〕どちらかのスキルを使うだけで、ボクが味方だと認識している相手全員に全ステータスの強化付与を行う事が出来る。
しかもこれはあらゆる付与魔法と重複しない上、ボクの〔精霊化〕のレベル数値と同じだけ上昇するのだ。
現在ボクの〔精霊化〕のレベルは二十四。このイベント中だけで四も上がった。連続で長時間変化していたのと、かなりの敵を倒してきたからだと思う。
このレベルと同じ数値を付与するということは、それはつまり、全員のステータス六項目の基礎値が全て二十四も上昇することとなる。これをレベルに換算すれば、なんと三十六レベル分のBPを得たのに等しい。
それに本来パーティー単位でしか掛けられない付与魔法を、全部隊同時に掛ける事まで可能になった。
これだけの底上げと付与範囲の広さは、さすが統括精霊の一柱──月の精霊との支援特化型精霊巫女といったところだね。
更にいうと、この形態は支援系魔法であれば、なんでも使えるし、そもそも月系統の精霊魔法は他者への支援に特化している。
まさに仲間を支える為だけに存在する精霊巫女といえた。
そして精霊化の対象から外れたティアをこの現世に顕現化させる。
彼女にはボクの代わりとして、リンと共にこの場所から遠距離火力支援を担当してもらうつもりだ。
──ただ、ね……。
「うぅっ。やっぱり慣れない……」
透けた羽衣ドレスの腰帯の下から飛び出る尻尾が、二重構造になっているミニスカートに干渉していないか気にしつつ、変な所はないか入念に確認する。
よく見れば、やっぱり太ももが薄絹から透けて見えちゃってるし。一度気になってしまったら、もう無理だ。恥ずかしくって仕方ない。
月の光の下で虹のように煌めくこの薄絹の羽衣のスカート部分は、ふんわりと軽く広がった膝下まであるフレアスカートの形状になっているんだけど、材質はチュールに近い形状で透けているんだよね。
で、中着として着ている大袖の和風ドレスのスカートの方はというと、戦闘で動きやすいようになのか、それとも必要ないとされてしまったのか分からないけど、かなりのミニスカートになってしまっているのだ。
それにこの銀狼の尻尾、自分の思考や感情を読み取って勝手に動いてしまうから、もしスカートと干渉してしまうと厄介な事になりそうで怖い。
「お兄様、どこもおかしくはありません。よく似合ってます」
「……その、セイくん。問題なく可愛いから、自信を持って」
「いや……可愛いとか、ドレスが似合うと言われても……」
顕現したティアとティリルの的の外れた励ましに、がっくりと落ち込んだ。ボクの精神を反映しているのか、狼耳と尻尾がへにょっと垂れる。
そんなボクの様子に「あ……」と小さく呟いて、ティリルは俯いて頬を染める。
……え、その、ティリルさん?
無意識なんだろうけど、そのわきわきと小さく動かしている手をやめて欲しいんですが。
こんなところでモフモフされたら、戦闘どころじゃ無くなってしまう。
「あの、あの……お兄様?
不躾な視線は、その羽衣の光彩が防いでくれるかと。ここから見ても、うっすらと足の輪郭が分かる程度ですので、多分離れたら全く分からなくなると思います。
それでも気になさるようでしたら、カグヤ様のスパッツを履けば良いのでは?」
「……こんな所で生着替えするの?」
「あ」
思わずジト目になってしまったボクに、ティアは考えてませんでしたといわんばかりに間抜けな声を上げ、そっと目を反らしてしまった。
殆どカグヤと精霊化を行わないから、この加護衣は自分で脱いだ事も着た事もない。でも腰帯を外さないと、尻尾を出す穴が付いているスパッツが綺麗に履けない事くらいは分かる。
そもそもこの加護衣の構造も着付けの難易度も分からないし、元通りに出来るか分からない状態で、こんな野外の目立つ所で腰帯をバラしたくはない。
室内へと履きに行く時間もないし、もう諦めるしか無さそうだった。
『ねぇねぇ、私達や友達以外には、見えなく出来るんだよね?』
『まあ、そうだけど……』
『じゃあ問題ないよね。セイなら大丈夫。気にしないのが一番』
『あ、そうでした。お兄様、コードっていうモノで守られていましたね。なら安心ではないのですか?』
『……そ、そうだよね』
うん、確かにフレンド限定制限はしっかり入れてあるし、二柱の言う通り、気にしないのが一番。
そう、気にしない。気にしない……。
そうやって自分に言い聞かせ、必死に心を落ち着かせていると、ティリルが声を掛けてきた。
「セイくん。繭が羽化するみたい」
その報告に、慌てて前方を確認する。
邪気の繭が硬質化しており、その表面がパキパキと割れ落ち始めている。
やっぱり卵みたいだなと思いながら、いつもの扇を虚空の穴から取り出す。
前に〔祈誓〕スキルも修得したんだけど、精霊魔法を併用して使うなら、やっぱり前から使っている〔舞踏〕スキルの方が馴染みがあって使いやすい。
舞いながら精霊魔法を使うくらい、もう簡単に出来る。その足運びや動きを利用することで、その効果を増幅させられるようになってきたし。
「──天に満つる その望月や
邪なる存在を祓えし御力を
汝の見守りし 勇猛なる衛士にぞ
平に与えんことを……」
両手に扇を持ち、ゆったりと舞い始める。
ボクの舞に触発されたのか、再び多数の精霊が喚起され、共に舞う。
そんな幻想的な光景の中、弧を描き月を示す動きを取り込んだボクの舞に合わせて、複数の肉体系の強化だけでなく、〔戦意高揚〕を始めとし、各種異常耐性などの方も全軍に重ね掛けしていく。
たとえ昨日この地に降り立ったばかりの新米同郷者でも、これだけの付与があれば、歴戦の同郷者のようなステータスになっている筈だ。
そしてとどめに、『聖なる祈りの歌』の魔法をティアとリン、そして全軍に付与する。
『ティア、後は任せたよ。ただし、安全には十分に気を付けて』
『はい、お兄様』
後はこの状態を維持するだけだ。
奴の邪気を完全にこの世から浄化し、この戦いに終止符を打つ。その為に、やれる事は何でもやろう。
カグヤがボクを支えてくれたように、ボクもレントを支えよう。
亀裂を更に拡げようとして、割れた繭から飛び出している剛腕をその瞳に映しながら、その場で舞い続けた。




