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彼の特殊な精霊事情  作者: 神楽久遠
ワールドイベント開幕
88/190

88話 救済

やっとこさ戦闘開始です。


2022/9/9 とある魔法の槍を矢に。一時間→二時間に手直し。その他手直し。


 

『──あるじ?』


『……いや、なんでもないよ』


 リンが不安げな念話を飛ばしてくるのを受け、ボクはリンを落ち着かせるようにその首筋を撫でる。

 背後から抱き着くカグヤのその腕に必要以上の力が入ってしまっているのも、ボクの精神状態を機敏に察してしまっているからなのだろう。


 城壁を取り囲むように展開している敵を避ける為に、街へと崖が張り出している北側へと大きく迂回せざるをえなかった。


 おかげで正門までまだ遠く、こんな所の城壁の外にまで闇獣が蠢いているこの現状に、一抹の不安を感じてしまっても仕方がない。


『お兄様……大丈夫です。あの絶望的な窮地の中、私を救って下さったお兄様なら』


 そうだ。

 あの時ボクはレントの制止を無視して、たった一人でティアの元まで駆け付けた。

 愚直に前進し、ただ助ける事しか考えていなかったから。


 そう、今回も一緒だ。やる事はただ一つ。

 急ぎみんなと合流して、彼らの支援に入るのみ。


 城壁の内を、馬上より見下ろす。

 兵士や冒険者の先導のもと、どこかに慌ただしく避難する人達。


 城壁の外を、馬上より見下ろす。

 邪に染まり死せる大熊から剥がれ落ち、無秩序に蠢く不死者(ノスフェラトゥ)達。


 黄泉より蘇ったあの大熊に操られる悲しき獣。

 形の崩れたこいつらを見ていると、どうみても熊に見えない。奴に犠牲になった人々が救われたくて怨嗟の声を上げ、もがき苦しんでいるようにも見える。


 あるいは。

 奴に喰われた救われない魂が、その元になっているかも知れない。


 もし、そうなら……。


「……何とか救えないかな?」


「セイちゃん?」


 思わず独りごちたボクの呟きを聞きとがめ、横を走るレトさんが小声で聞き返してきた。


 だけど、この時のボクはその声が頭に入って来なかった。馬上から見える光景をいたわしく思いながら、ボクは物思いにふける。


 無意識に精霊眼が起動して、自分の感覚が肉体から乖離していくのを感じた。

 空へ大地へ、そして世界へと拡散していく。




 ──クルシイ。


 ──助けて。

 

 ──死にたく……ないよ。




 ……今のは?


 ほんの僅かなその思念こえに、思わずボクは意識の照準を合わせた。


 視界が蒼く染まり出す。

 精霊眼が今までに使った事のない力を解放し出したのが、感覚でわかる。



 それは過去視。

 眼前に浮かび上がる魂の記憶。


 流れ込む感情。

 阿鼻叫喚の光景。

  

 友が。恋人が。家族が。

   

 なすすべもなく、引き裂かれ、喰われる。


 皆が絶望をその顔に貼り付け、こちらに必死に手を伸ばし……。



 ──お前も……来い……。


 


「──ぅぐっ」


『あるじ!?』


「「セイちゃん(にゃん)!?」」


「セイ!?」


『お兄様!』


 いきなり呻き喘いだボクに驚いてリンが脚を止め、レトさん達がこちらに駆け寄ってくる。


「……大丈夫。心配しないで」


「何言ってるの!? 顔が真っ青よ!」


「少し休むにゃ!」


「いえ、行きます。彼らを救わないと……」


 リンを強引に出発させる。


「え? 救う? にゃ?」


「もう、一体何の話よ」


 ボクの言葉が理解出来ず、けど置いて行かれまいとレトさん達もまた走り出す。


 ほんとごめん。

 彼女達に心の中で謝る。


 立ち止まっていれば。

 本当の事を話せば、レトさん達に止められ邪魔されそうだったから。


 心配してくれているのはよく分かるんだけど、知ってしまった以上もう引き下がれない。引き下がりたくない。


 危険な事をしているのは、重々承知の上。

 レントやユイカ、来訪者プレイヤー達、そしてこの街の皆だけじゃなく、囚われた彼らの魂も。


 全員一緒に救ってみせる。


 

 再び彼らの声に耳を傾け、その魂に接触を試みる。

 覚悟とその心構えが出来ている分、さっきよりまだ堪えられる。


 苦痛に呻き、世界を憎み、ボクを仲間に引き入れようと呪いの言葉を吐いてくる彼らを縛り付けるモノを必死で探す。


 それさえ見付けられれば。

 彼らを縛る呪いを浄化し解き放つことが出来る筈だ。



 ──このカラダ壊れ、こわコワレテ……。


 ──しんでモ、また何どデモ死……。


 ──ムダだ。大人シく喰わレロ。


 ──私を更にクルシめるの?



 違う!

 あなた達を救いたいんだっ!



 ──どウせ、むリダ。


 ──さぁ、お嬢チャンも一緒ニなろう。


 ──お姉ちゃん。頑張って……。



 え? 今のは?


 雑多な怨嗟の中、聞こえた一筋の善なる意思。

 そこに意識を集中させていく。



 ──お姉ちゃん、頑張れ頑張れぇ。



 その子の励ましを力に、更に集中していく。


 遠く肉眼では見えないはずの大熊の姿が、ボクの視る世界の先に浮かび上がる。

 その邪に染まる真っ黒な大熊の中に、消化出来なかった異物のように存在する小さな白光。


 (とら)われた人々の魂達のうち、その一つ。

 そこに視える少女の魂。邪なる闇に囚われてもなお、純真なる輝きを放つ。


 醜悪なその禍々しい力の塊から伸びる数多くの糸のようなモノ。それらが一体一体の闇の獣と化した犠牲者達へと繋がり、植物が根を張ったように絡み付いている。


 輝く少女の魂は邪なる力に染まらず、抵抗し続けているようだけど、その他の魂はその力に侵され変質している。


 これは!?


 ……そうか。これが喰らった犠牲者をあの闇熊へと変化させている力の正体か。


 血管の中を血液が行き交うように脈動しているそのくだの一つに、風の力を結集させ叩き付ける。

 が、何事もなかったようにすり抜けてしまう。



 ──やめろヤメロ。


 ──余計な事をするナ。


 ──大人シく仲間にナれ。



 くっ、どうすれば助けれる?


 さっき魔法をぶつけても、すり抜けただけだった。物理的なモノじゃないからか。

 つまり精神や魂に直接作用するモノじゃないと……。


 天啓のように()()()()


 そうだ。

 あの時した行動と想い。


 全ては同じなんだ。


 ティアのいたあの場所で、邪気にまみれた坑道を浄化したように。

 今度は邪気に囚われた人々を助ける。


 未熟なボクの力をコントロールしてくれていたエフィは今いない。

 浄化の力を増幅してくれた祭壇はない。


 だけどもティアが、そしてカグヤとリンがいる。

 あの時より、力の使い方を学んできた。


 問題ない。

 やりとげてみせる。




「──まで、あと少しよ」


 レトさんの声にボクは現実に引き戻され、周囲をキョロキョロと確認する。


 いつの間にか随分と距離を進んでいたようだ。前方には仰々しい大掛かりな門と側防塔が見える。

 そこには、多くの兵士や冒険者、それに手当てを受ける負傷者の姿が辛うじて確認できた。


 そばにミアさんがいない。最初の宣言通り先行し、戦う兵士達に通達をしに行ったのだろう。


 起動しっぱなしの精霊眼が、この場にいる全ての魂を色や大きさとして映像化する。


「……レント?」


 偶然にも、門の外にそれを見付けた。

 幾重にも囲まれ、しかも遠すぎて物理的には見えないけど、その魂がレントだと何故か直感的に理解した。


 アイツが後方の安全な場所にいるわけがない。

 必ず最前線に立とうとするはずだ。


 邪なる闇に染まってしまった多くの魂に囲まれた中に、輝きを放つ光の魂が、たった三つ。

 完全に孤立してしまっている上、遠くにいる大熊から不穏な波動が……。


「『リン』止まって!」


 認識した瞬間、ボク焦燥感に駆られ叫ぶ。停止を待つのももどかしく、リンから飛び降りる。

 猶予などもうない。少し遠いけど、やるしかない。


「セイちゃん、何を!?」


「ここからやります。レトさんはボクの護衛を。誰もここに近付かせないよう、周りを頼みます。

 ……カグヤ、ティア合わせて」


 虚空の穴(インベントリー)から扇を二(へい)取り出す。


 宣誓する。


「我、精霊王女(エレメンティア)の御子なり!

 ()べなる精霊達よ。我が喚び掛けに応じ、今こそ馳せ参じよ!」


 扇をゆるりと拡げ、精霊眼の力を全解放。

 踊るは鎮魂と再生の舞。


 カグヤとティアのバックアップを受け、精霊眼が制御し始めた力の流れに身を任せ、一気に精神が解離しトリップする。

 

 世界へと拡がっていくボクの意思と祈り。


 願うはただ一つ。

 安らかなる魂の浄化と解放。


 すなわち救済。


 ボクの周囲に存在する下級精霊が活性化し、一気に顕現化していくのが視える。


 歓喜の声を上げ、謳い出す精霊。

 周囲に満ちていく精霊。


 現出する精霊は数多くあれど、大半は光の下級精霊。

 ボクの祈りと喚び掛けに、彼女達は強く応える。


 強い浄化の意志の波動を浴び、邪に囚われた魂の嘆きが止まる。

 その動きが停止し、脱力して天を見上げる。


 光の精霊達が彼らから闇の衣を引き剥がし、魂を縛り拘束している管を破壊、浄化を行い、彼らを癒し導いていく。

 


 ──あぁ、そうか。



 悟る。

 光の精霊、その本質を。


 闇を照らして明るいとか、光の波長とか、レーザー光線とかを思い浮かべていたけど、この世界でそんなものは目に見える副産物だ。


 慈愛。導き。浄化。

 そして邪を赦さぬ破邪の力。


 光の精霊の()()はこれか。



「──天地(あめつち)()つる 数多(あまた)の精霊よ

   平穏なる 泰平(たいへい)の世の為に

   我が祈りを 汝に捧ぐ」



 以前エフィと共に唱えた祝詞が自然と口をつく。


 ボクの意志を受け、囚われていた魂の救済は続いていく。


 拘束を断ち切った魂が天に還る。

 精霊が飛び交い、浄化された魂が天に還っていくその様は、まるで蛍の海のようで。

 ボクを中心として放射状に、この街全域に、そして世界へと拡がっていく。



 この大地を俯瞰(ふかん)したかのように、この世を認識する。


 レントと他二人を取り囲んでいた汚されていた魂は、既に攻撃をすることなくヨロヨロと後退り、天を仰ぐようにその動きを止める。


 あたかも天からの救いに感謝し、ようやく永眠す(ねむ)るその時を待つかのように。



 しかし……。


『──届かない』

 

 呟きが思念となって漏れる。


 やはり広域に拡げすぎたのか、あの諸悪の根元たる大熊まで浄化の光が届くも、全く効果がない。鬱陶しそうに僅かにその身を震わせただけだ。

 この技だけでは、奴が纏う邪気の衣を貫けない。


 ボクにこの事を気付かせてくれたあの少女に届かない。しかも、まだまだ多くの魂が奴の体内に囚われているのだ。

 ここから別の魔法を撃ったとしても、流石に距離がありすぎる。


 打って出る、か?


 そんな考えが頭をよぎったが、すぐに否定した。


 この力はボクの力だけじゃ不可能だ。この身に宿るティアとリンの援護を受けたカグヤが側で祈り続けているからこそ、この奇跡がこうして実現されていると、ボクの感覚が訴えてきている。

 

 カグヤの側を離れ城壁の外へと足を踏み出し、カグヤの側から離れてしまっては、彼女の援護がボクに届かなくなってしまう。

 力が弱まってしまい、それがあの大熊に通じなければ、前に出た意味が全くない。


 奴が焦れてこちらに向かってきてくれれば良いのだけど。


 そう思った矢先だった。


 大熊──ディスアグリーがこちらを確認し、(わら)ったかのようにみえた。


 その瞬間、大熊から邪気の気配が更に大きく膨れ上がる。その口が大きく裂け、この口内に邪気の渦が出来始める。


 邪気の塊を吐き出そうとしている先を知り、その狙いがボクではなくレント達だと知覚する。



 ()らせるものか!



 打ち出された邪気の塊を視認する。

 破壊と阻止は不可能。間に合わない。


 だけど!



『──やらせない。彼らを(まも)って!』



 ボクの意志(こえ)が世界に轟く。


 ボクの喚び声に応えてくれた精霊達が、盾を天にかざした熊の獣人の援護へと殺到する。


 彼が展開していた光の盾。それを半ば乗っ取る形で、強化を行う。

 光の精霊達の力を存分に注ぎ込まれ、その属性と強度を数段も引き上げられ、盾と呼ぶのは失礼なほど強固な要塞と化し。


 ──激突。


 光の盾がしっかと邪気玉を受け止め、その場で拮抗し、光の花を散らした。邪気に喰われまいと激しく抵抗する精霊達の叫びが、光となって周囲を乱舞する。


『──全て守る!

 護り切ってみせる!』


 精霊達が受ける痛みと邪気に押し潰される感覚が精神的な圧力となって、肩代わりしているボクに全てのしかかってきた。


「ぁぐぅっ!」


「!? セイちゃん!」


 奇跡的にも気絶を免れた。だけど、大きく精神を揺さぶったその衝撃に(こら)え切れず、よろけて倒れかける。


 咄嗟に駆け付けたレトさんに支えられ、断続的に襲ってくる痛みと衝撃に負けじと、レトさんに支えられながらも両足を踏ん張って再び立ち上がる。


 ──負けてたまるか!


 痛みはなくとも傷付いていく精霊達を強引に癒し、強化し。

 邪気を浄化しようとする精霊力を確保する為、全力でMP(マナ)の供給を行い、全て浄化しようと吠えるように意志を込めていく。


 この塊を弾き飛ばせば、もしくは地面に落とせば、当然すぐ楽になれた。


 だけどそんな事をすれば、街にどんな被害が出るか分からない上、周囲には救いたい魂が数多く存在する。彼らに当たってしまう事があってはならない。


 そう、誰一人やらせはしない!


『リンとの力の共鳴(リンク)、準備出来たよ!

 ご主人様、私達を使って!』


 更なるカグヤの祈りの力が届く。この身に感じていた重圧が一気に消えた。


 カグヤが発動させた『献身ディヴォーシャン』が、ボクの痛みと苦しみを一手に引き受け、力を、そして余裕を与えてくれる。


 そして──視た。

 拮抗したその状況に苛立ち、それを崩そうとして、あの大熊が前に出たのを。


 周囲にまだ浄化されずに残っていた魂を全て回収した大熊が、ボクが展開した守りを粉砕しようと、こちらに駆け出して来たのをしっかと()()える。


 先程までなら、なすすべもなくやられていただろう。

 だけど、こちらもさっきまでとは違う!


『カグヤ! もうしばらく肩代わりお願い!』


『うん!』


 ボクのそんな無茶な頼みに、嬉しそうに二つ返事で守りの維持を引き受ける。


 受けている苦痛や辛さは相当なモノだろうに。

 なのに深く繋がっているカグヤからは、ボクに頼られて嬉しいという歓喜の思念だけが強く伝わってくる。


 長引かせるつもりはない。

 ここでケリを付ける!


『ティア、合わせて!』


 返事を待たずして、虚空の穴(インベントリー)に扇を放り込む。次いで狼牙を取り出し、抜き放つ。



「──天に満ちたる煌めきよ 我らが祈り

   清らかなる想いに応えよ 

   慈愛なる恩寵(おんちょう) 壮麗(そうれい)たる輝きの雫

   掲げたる聖杯へと 願い給う

   永久(とわ)に響け 我らが捧げし

   聖なる祈りの歌(ホーリーソング)!」



 両手で捧げ持つ抜き身の狼牙を媒体とし、新たに近隣地域から光と雷の精霊を結集させる。精霊が宿った狼牙はボクの手を離れて宙に浮かび、純白の輝きに包まれ、放電を繰り返し始める。


 今まで使いたくても使えなかった光の精霊魔法。土壇場で真髄を理解し発動させることが出来たお陰で、この付与魔法が使えるようになった。


 しかもあのゲーム上では、単なる武具への光属性付与だったこの魔法は、ボクのイメージに沿って改変され様変わりし、あらゆる()()に光の属性を付与する魔法へと進化を遂げている。  


 この魔法さえあれば、ティアの雷にすら光の属性を付与出来る。

 そう、これでティアの力は破邪の力を秘めた『雷光』となる。


 光と雷の精霊が宿る狼牙を再び手にして、急ぎ詠唱を開始する。



「──数多(あまた)戦場(いくさば)を渡りし 常勝無敗の軍神よ

   我が懇請(こんせい)に 応えたもう

   烈々(れつれつ)なる渇きを満たし 勝利へと導き給え

   賜りし神名の矢 闇夜を切り裂き

   一条の雷光となりて

   我が宿敵を滅する牙と成せ……」



 左手を前に突き出し、狼牙を右手に握り締め、弓で矢をつがえるように構える。


 握り締める左手からは雷光の弓が実体化。蒼白く放電を繰り返しながら巨大化してゆく。


 込める願いはただ一つ。

 いまだ奴の体内に囚われ続けている魂の救済。


 いまだ拮抗を続ける邪気の塊と、その向こうにいる大熊。

 標的を見据え、なるべく引き付けて、そしてその力を解放する。



「──ゆけ雷光の矢 貫きしモノ(ブリューナグ)!」



 本来の魔法は雷光の()

 だけどもそれはしっくり来ない。ボクが望んだのは全てを浄化し救済する破邪の矢。


 それ故に詠唱を創り変え(アレンジす)る!


 (たい)を限界まで引き絞り、溜めに溜めまくった弓矢。狼牙を起点にし、直径がボクの身長程もある、蒼白く輝く雷が一条の光となって放たれた。


 それはあっさりと邪気の塊をぶち抜いて一気に霧散させると、そのまま突き進み、危険を察知して躱そうとした大熊を逃がさぬとばかりに不規則に折れ曲がりながら追尾し、そしてその横っ腹に突き刺さった。


「があああぁぁっ!!」


 苦悶の雄叫びを上げ、身に纏う邪気の衣を強化し、はね除けようと身を(よじ)る大熊。


 けど、無駄だよ。

 祈りを込めたその矢の精霊力が尽きない限り、どんなに暴れようとも、目的を達するまでは決して抜けはしない。


 突き刺さった雷光は、その姿を巨大な矢の形状へと変えている。自身の毛皮に食い込みつつあるその矢を抜こうとするも、掴もうとするその手の腐肉が雷撃で焼け、光によって浄化され、崩れ落ちていく。


 攻守逆転。


 雷光の矢(ブリューナグ)は意志を持つかのように、その邪気の衣を削り続け、遂に防御を貫いた。放電と浄化の光を撒き散らしながら、大熊の体内へと確実に食い込んでいく。



 ──そして。


 囚われていた魂の在処(ありか)へと届いた。



「ぐごがガッ!?」


 ビクンと痙攣し、動きを止める大熊。

 矢に込められていた破邪の力がその体内で全解放され、なすすべもなく内側から光に焼かれ浄化される。

 その身体が大きく風船のように膨れ上がり、所々から光が漏れ始めて……。


「ギオォオオオオオッ!」


 膨れ上がる光の圧力に耐えきれず、四散した。

 内に溜め込んでいた数多くの魂が一気に解放される。大熊の中で繋がりを断ち切られ、浄化されたそれらの魂はそのまま天に昇っていく。



 ──お姉ちゃん、ありがとう。



 あの子の思念(こえ)が耳に届く。

 

 いや、お礼を言いたいのはこっちの方だよ。

 彼女がいたからこそ気付けた。大切なモノを守る事が出来た。


 だから、ボクからも。


 ──ありがとう。





 遠くで大きな歓声が上がる。

 沸き上がる人々の喜びの声を耳に、半ばトランス状態であったボクの精神は、この現実へと完全に戻ってきた。


「……え、一撃って? やったの?」


 現実に立ち還ってきたボクの横で、レトさんが目の前で見た光景に、呆けたように呟いている。


 そうだね。

 ボクも()()()()()()()()()()()


「まだです。終わってませんよ」


「え、嘘? そんな、だって……」


 そう、あの大熊『ディスアグリー』は四散した。だけど。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 つまり、それが意味することは……。

 


 精霊眼が再び奴を捉える。


 大熊が四散した場所の周囲に邪気が渦巻いている。飛び散って撒き散らされた邪気は、再び寄り集まろうとしている。


 言うなれば、それは巨大な邪気の繭のようなモノ。

 周辺の邪気を吸収しながら、巨大な揺り籠が形成されていくのが見える。


「繭というよりは、卵みたいに見えるなぁ」


 墨汁が凝り固まったような深き黒色(こくしょく)の楕円形の球体を見て、そう思わず呟いた。


「卵って……あの霞んで見える黒色(くろいろ)の玉の事?」


「うん。どうなるかよく分からないですが、今までのあの熊は俗にいう『幼虫』みたいな存在(モノ)だったと思いますよ」


 繭に保護された存在。つまり、今は『(さなぎ)』だ。

 そして、当然その先にあるのは羽化──『成虫』に相当する存在が出てくるはず。


 出来たら動かない今の蛹のうちに潰しておきたいところなんだけど。


「今攻撃を加えても、無理そうです。ほら、このように……」


 精霊眼からの情報に嘆息し、それでも物は試しにと、手にした狼牙を斜交(はすか)いに振り抜く。


 光が付与されている狼牙から翡翠色(エメラルド)に光輝く風の刃が打ち出され、邪気の繭に向かって肉薄するも、何事も無かったように すり抜けてしまい、ダメージらしきモノは全く与えられない。


 レトさんが今言った「霞んで見える」の言葉通り、陽炎のような何かに包まれ、何らかの防御機能が働いているみたい。どうも羽化するまで待つ必要があるようだ。

 幸い羽化までの時間は、精霊眼が教えてくれている。


「どうもすり抜けちゃうみたいです。あと二時間は羽化にかかるようですし、今のうちに体制を立て直した方が良いと思います」


「……そうね。色々ありすぎて、少し整理する時間が欲しいわ」


 ボクが放った魔法の結果を見て大きく息をついたレトさんもそう同意し、何気なく二人揃って正門の方に目を向ける。

 そこには謎の巨大繭のせいで、さっきとは逆の意味で大騒ぎになり、右往左往している人々の姿が見て取れる。

 

 まあ考えても仕方ない。得意じゃないし。

 そういうのは、もうレントに任せよう。

 

 そう思って、ボクは今回の功労者の二柱ふたりに声を掛けた。


『カグヤ、ティアもお疲れ様。二柱(ふたり)とも体調は大丈夫?』


『はい、お兄様。問題ありません』


『うん。リンの力のおかげで、たいしたことないよ』


 そうは言ってくれるけど、少なくともカグヤには相当無茶をさせたからなぁ。それにこれから大勢の人達の中に行くから、カグヤは落ち着かないだろう。


 やっぱボクの中で休んでもらうか。二時間の猶予も出来た事だし。


 カグヤに依り代の中で休むよう伝えると、ボク達は再び正門の方へと移動を開始したのだった。






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