86話 怪しい案内人?
さぁ、セイ君のターンです。
「──しつこいなぁ、もう」
ジグザグに駆けるリンの背に揺られながら、缶ジュースくらいの大きさの小樽を虚空の穴から取り出す。
これは前から源さんにお願いして大量に作ってもらった、液体を入れておくための木製の樽だ。
ちょっとした料理用の液体調味料を入れる事もあるけど、主な用途は、水気の乏しいエリアで水の下級精霊を召喚する為の媒体容器である。
このイベントが始まる前に受け取って、すぐに井戸の水を汲んでおいたんだけど、いきなり出番があるとは思わなかった。
ボク達を追走してくる闇熊の方へと、後ろ手で放り投げる。
「──穿て 我が汝に求めるは 無双の水槍」
ボクの力ある言葉とイメージに応え、水の下級精霊が喚起された。
内部の水が器を食い破るように膨張し、分裂を繰り返し始める。空気中の水蒸気をも吸収し、大量の小型の槍を形成していく。
「まずは三つ……行け!」
幾つもの生み出された大量の水槍。その内の三本だけを、並走して追いかけて来る三匹の闇熊に放つ。
その水槍は狙い違わず闇熊の脳天に突き刺さり、その身を溶解させる。躱そうとした奴もいたけど、そんなのは許していない。
ボクが水の下級精霊にお願いしたのは、単純な事だ。『脳天を貫きその身を破壊するまで、執拗に追いかけ続けろ』ただこれだけ。
威力よりも追尾能力を強化したその水槍から、奴らは逃れる事は出来ない。
残る水槍を周囲に展開させたまま、ボク達は先を急ぐ。
『お兄様。後方から更に数五匹です』
「わっ、わわっ!? セイ~。前からも横からも来てる!」
「くっ、行け!」
二柱の言葉に、ボクは周囲に展開していた水槍を放つ。
躱されても命中するまで追いかけるこの槍も弱点はある。当然展開し維持するだけでMPを使うから、あまり乱用出来ない。
ティリルがボクのMPを支えてくれているからこそ乱用出来るとはいえ、今頃ルーンヘイズの街も大変な事になっている筈だ。
なるべく彼女へ負担を掛けたくなかったけど、樽の残りが少なくなってきたせいで、そうはいっていられなくなった。
あのボス熊が走り去った後、その後を追いかけるボクに奴の眷属達が襲い掛かってきた。
まるでこの先に行かせないように立ち塞がる闇熊達。その処理にボクは頭を悩ませていた。
一体一体はかなり弱い。水の精霊魔法一発であっさり沈められるし、他の属性であろうとも、数発打ち込めばなんとかなる。
それに見た目も熊の形をしているのが稀であり、急遽ボクを足止めさせる為だけに無理矢理生み出した感が強い。
ただ、その数が尋常じゃない。
始めはポツリポツリとしかいなかったこの闇熊は、今や四方八方から襲い掛かられるほど数が多くなってきている。奴らが徘徊する場所へボク達が飛び込んで行った形だ。
ワールド級のアナウンスと共に、あのボス熊の能力が最悪な形で強化されてしまったらしい。
この半分形の崩れた出来損ないの眷属に最初に襲われてから、既に二時間余りが経過している。
流石にこんなの相手にしていられない。早く街まで行って本体を叩かなくてはならないのに、このままではみんなが……。
『リン。出来るだけ急いで。ルートは任せるよ』
『任せて』
闇熊の大群が雪崩のように前方から向かってくるのを見て、リンは街道を完全に外れて大きく迂回しようとする。
日が落ち始めて茜色に照らされ始める草花を千切り跳ね上げながら、草原の中を疾走し、出来るだけ奴らの包囲網の薄い場所を探す。
「セイ、大丈夫?」
「大丈夫。まだまだいける」
背後から抱き着くように座っているカグヤが、戦い詰めのボクを心配して声を掛けてきたのに対し、何でもないようにそう返事をする。
昼過ぎから極度の緊張状態に置かれ、こうして休みなしで戦い続ける事になってしまったせいで、肉体的にも精神的にも疲労が蓄積してきている筈なんだ。
だけども全くそう感じていないのは、恐らくリンの力によるもの。騎乗者への癒しの力が強く働いているのを感じる。
この効果がある限り、疲労でダウンする事はないと思う。本当リンに出会えてよかった。
リンの背にいる限り無茶が出来そうだと気合いを入れ直し、奴らを張りきって蹂躙していたところで、リンが何かを見つけたらしく念話を発した。
『あるじ。あそこに何かいる』
リンから伝わる念話のイメージに従って、山裾の方を見る。そこに蠢く人影が見えた。
『敵……なのですか?』
ボクもティアと同じく闇熊かと思ったのだけど、どうも違うようだ。真っ黒な服装をしていたせいで一瞬勘違いしてしまったけど、どうやら人みたいだ。
熊の攻撃を受けているようだから、この戦いに巻き込まれてしまったこの世界の住人か、他の同郷者なのだろうと辺りをつける。
ただ、ね。
声を掛けづらい。
「何だか怪し過ぎるよ、あれ」
カグヤが指差して指摘するように、全身黒ずくめの二人組なのである。どうやら覆面もしているようだ。
男か女かも遠目で分かりにくく、着ている服を目を凝らして見れば、時代劇に出てきそうな忍者服のようにも見える。
『……まさかと思いますが、創造神様の試練クエストの敵なのでしょうか?』
『あー』
そういやそういうのもいたんだっけ?
すっかり忘れていたけど、元々は襲撃犯から書簡を守れってクエストだったな。
『そっちの敵なのかな?
今更出て来られてもなぁ』
二柱の念話にげんなりする。
こんな大変な時に、これ以上面倒事を増やさないで欲しいな、もう。
どうも闇熊に囲まれて立ち往生しているみたいだし、一緒に吹き飛ばして見なかった事にしようっと。
そう思って、駆け寄りつつ右手のひらを向けた時だった。
不意に黒ずくめの一人がこちらをクルリと振り返った。
ボクを見て何を驚いたのか、こっちを指差して大声でもう一人に叫ぶ黒ずくめ。
「あーっ! 遂にエルフちゃんを発見にゃっ!」
……へっ?
にゃっ?
魔法を放とうとした瞬間、思ってもいない予想外な事を大声で叫ばれて、構築していた精霊魔法が霧散してしまう。
女の子?
しかもボクの事をエルフちゃんって?
ということは、同郷者なのかな?
紛らわしいなぁ、もう。
ヤバい、ヤバい。吹っ飛ばす前に気付いて良かった。
冷や汗を隠しつつ何くわぬ顔をして、急いでリンをそちらに駆け寄らせる。
数十匹の闇熊に、幾重にも囲まれている二人。
飛び掛かってくる闇熊の攻撃を必死で躱し続けている。一人の手に持っている寸の短い忍者刀が、半分に折れているのが見てとれた。
「す、すいません。助けて下さい! こいつら凄く硬いんです」
折れた刀を持っているもう一人の頭巾を被った人──こちらも女の子だ──がこちらに対して助けを求める声に、すぐさま魔法を構築する。
「──そこを退け!
さあ、二人ともこちらに抜けて、ボクの背後に!」
声に魔力を乗せて詠唱の代わりとしながら、二人に呼び掛ける。
二人組を取り囲んでいた闇熊の中心で烈風が弾けた。指向性を持たせたその爆風によって、闇熊だけが左右へと吹き飛ばされ、包囲網の一部が瓦解する。
躊躇わずこちらへと駆け寄ってきた二人がボクの横を通り過ぎるのを待って、取り出した小樽を上空へと放り投げる。
コレが最後の樽だし、ちょっと敵の数も多い。ちょいと趣向を変えて、使ったことのない魔法で派手にこのエリアごといってみよう。
「──天より来たりし 冷酷なる天使よ
穢れ無き その腕にて
迷える魂と躯を抱擁せよ
汝らに清浄なる祝福と 永遠の眠りを」
破裂して膨張した水がこちらに殺到して来た闇熊どもに降り注ぎ、そしてその直後白い靄が奴らを飲み込んだ。それだけに留まらず、ボクが見える範囲の全てを覆いつくしていく。
「えっ、周りが? これって霧?」
「濡れたん?
これで奴らの防御力が下がったにゃ。攻撃にゃーんす!」
「あ、駄目! 今動いたら危ないよ」
どこでその情報を知ったのか知らないけど、靄に包まれる闇熊に駆け寄ろうとする猫語の少女に、ボクは慌てて止まるよう声をかけた。
「にゃ? エルフちゃん、どういう事に……にゃっ、にゃにゃぁあ!?」
「ええっ!?」
パキパキと音を立てて凍り付き、全身のあちこちから氷の花を咲かせ始める闇熊どもに吃驚し、思わず持っていた武器を落として抱き合う二人。
うん、実験成功だね。
初めて風と水の複合魔法として冷凍魔法を使ったのだけど、無事上手くいった。大した負荷も掛からなかったし、カグヤとリン、更にティリルのトリプルバックアップは伊達じゃないな。
今回の冷却魔法は『氷縛麗華』という氷系の拘束魔法。
本来の効果は、地面から這い上がる冷気で足から徐々に氷の茨で縛り上げて出血させながら全身を凍結させていくという、全身に咲く血の氷の花が薔薇に見立てられた単体魔法なんだけど、ちょいとアレンジしてみた。
あの霧は周辺の空気に含まれていた水分が凝結して、白く見えていただけなんだよね。ほら、ドライアイスが白い靄を出すみたいな感じ。
だから、猫の娘があのまま突撃しちゃったら、大変なことになっていた。ホント危なかったよ。
もしあの子が熱振動を停止させたあの空間に足を踏み入れてしまっていたら、氷の彫像が一つ増えることになるところだった。
立ち込めていた靄が全て流れて消えると、周囲には多くの氷の彫像が乱立していた。いずれも完全に芯まで凍結しており、もう動き出す事はあり得ないだろう。
「まあここまで凍ったら、もう放置しても大丈夫なんだろうけど……。一応、後始末するね。
──風爆」
ポンと手を打ち、さっきの風の魔法を起動する。
烈風が炸裂して氷の彫像を粉々に粉砕し、全てを無に返す。キラキラと月の光を反射しながら氷の粒子が宙を舞っていった。
「よし、エルフちゃんが見つかったからには急ぐにゃよ。とっとと一緒に戻るにゃ」
「え、ボク?」
ボクが巻き起こした風によって細氷が降り注ぐ幻想的な光景から、意外とあっさり立ち直った猫娘がそう宣言するが、言っている意味が全く分からず小首を傾げた。
「ふおぉぅー! リアルボクっ娘キタァーッ!」
「ちょっ、ちょっとミア、失礼でしょ!
それにちゃんと説明しないと……」
「ん、じゃレト、頼むにゃ」
「あのね……。もう、ミアはいつもそうなんだから。
──あ、すいません。名乗りもせずに」
そう言って頭巾タイプの覆面を外して脱ぐ彼女。
その覆面の下から転び出たのは、明るいクリーム色のウエーブのついたセミロングの髪。側頭部の髪に紛れるように垂れ耳が存在するのを見て、その背後でふさふさの尻尾が揺れていることにようやく気付く。
「獣人種?」
「はい、犬族のレトと言います」
「ミアにゃ。黒猫族にゃよ」
こちらはつんつんとした立ち耳が黒毛のショートヘアから飛び出している。
二人共見た感じ、ボクより年上っぽいな。向こうの世界では高校生辺りかな?
それにかなり可愛いし、種族の特徴もマッチしている。
それにこうして近くでよく見れば、着ている忍者服もそれなりに女の子らしく改造してあるようだ。
「ボクはセイだよ。こっちの子は銀狼のカグヤ。あと、エルフちゃんという言い方はしないで欲しいな」
「……よろしくです」
カグヤがボクの背から顔を出し、手短に挨拶するとすぐに引っ込め、ボクの首筋に顔を埋めてくる。
「ごめんなさい。この子はかなり人見知りなんです」
「あ、はい。了解しました」
「分かったにゃ。
ちなみにミアが猫の鳴き声で、レトがゴールデンレトリーバーから取ってるにゃ」
「何で脈絡もなくそこまでバラすの!?」
あー、名前?
犬の『レトリーバー』だから『レト』か。
安易とは言わない。ボクもお爺ちゃんの名前を捩ったし。
ただ、レトさんだっけ? レントと似てて間違えそうな気が。
「ボクも似たようなものだから、ね。お互い様ですよ」
あーだこーだとギャーギャーじゃれ付き(?)出した二人に、ボクはそう割って入った。
そうだ、こんな事してる時間ない。こうしている間にも、みんなは戦ってるんだ。
「じゃ、お二人とも気を付けて下さいね。ボクは街に急がないとダメだから」
「あっ! 待って下さい!」
ボクの言葉を受けてリンが馬首を巡らせたのを見て、レトさんが慌てて呼び止めてきた。
「私達は隊長から指示を受け、あなたを探していたんです。この先はあの闇獣で溢れています。敵のいない抜け道に誘導し、お連れするようにと」
え、ボクを探していた?
どういう事?
「うちらのパーティーの隊長の名はダンゾーっていうにゃ。レントという青年から、今回の試練クエストの責任者の一人に抜擢されてるにゃ」
「えと……これだけだと信用して貰えなさそうですので、きちんと説明しますと。
セイさんは今回の試練クエストの総リーダーであるレントさんのパーティーのメンバーですよね。そのレントさんのパーティーメンバーの一人であるティリルさんって方から、セイさんの居場所を聞き取りをしている隊長とメールでやり取りしながら、こちらに来ました」
「この辺りに来ると聞いて、隠形を掛けながら待ってたにゃ。にゃのに、レトがあの闇獣とすれ違う瞬間、特大のくしゃみをかますから」
「ちょっとミア!? 出ちゃったものは仕方ないじゃない!
それを今セイさんに言う!? なんで言っちゃうの!? そんな事までバラすなら、そのミアだってあの時大きな……」
「ちょっ、ちょっと二人とも待って。分かったから」
再びミアさんのペースに巻き込まれて脱線してしまい、また二人の言い合いが始まりそうな空気を感じ取って、ボクは慌てて待ったをかける。
仲が良いのは分かったから、とっとと話を進めようよ。時間がないんだから。
「すぐに抜け道に案内して貰えます?」
『お兄様良いんですか?』
今まで黙って事の成り行きを見守ってきたティアが、そう問い掛けてきた。背後から抱きついているカグヤも、ボクの胴に回しているその腕に力が入ったのが分かる。
『大丈夫、この二人を信じてみよう。この先これ以上はボク達だけで進むのはきつそうだし』
二柱にそう伝える。
「……良いんですか?
私達、とっても怪しいんですよ?」
「本当に怪しい人はそんな事を言わないですよ」
「おーセイにゃん、ナイス決断力~♪ 男前だにゃ~」
「え……? そう?」
「ミア、それ意味分かんないし、しかもこんな可愛い女の子相手にそれは酷い……って、ちょっとセイさん?
何でそんなに嬉しそうなんですか?」
「あ、いやその。
……何でもないです」
今まで『可愛い』は数多く言われたけど、『男前』なんてお世辞、一度も言われたことなかったからなぁ。思わず顔が緩んじゃってたみたいだ。
「その抜け道はこの子通れます?」
「大部分が無理です。そこは私達が背負って駆け抜けます」
職種柄脚には自信があるんですよ、とレトが笑顔で言う。
女の子に背負われるなんて、そんなの恥ずかし過ぎるけど、道も険しいみたいだし仕方ないか。
「面倒にゃし、ここからおんぶしていくにゃ。ささ、二人ともその幻獣から降りるにゃ。それともお姫様抱っこをご希望かにゃ?」
「うっ、お姫様抱っこはちょっと……」
ティアの坑道で、レントの奴からお姫様抱っこされた苦い経験が脳裏に蘇る。
しかも今度は女の子が相手だ。流石に許容出来ない。
「すいません。頼みますからおんぶで勘弁して下さい」
「じゃあ、私はセイの中に戻るね」
「あ」
「「え?」」
そう言うなり、止める間もなく自分で顕現化を解いてボクの中へと戻ったカグヤ。
今出会ったばかりの知らない人に抱き着くのはカグヤにとってはかなり難易度が高かったのか、ボクの依り代の中に逃げ込んでしまった。
淡い燐光となって消え失せたカグヤに、二人が呆けた顔をする。
あ、しまった。これはちゃんと説明しないと駄目だな。
どう言おう?
先々週辺りからリアルが年末進行中でして、書き上げる時間が取りにくいです。
ちょっとばかり更新が遅れるかもしれませんが、よろしくお願いします。




