83話 ゴザル参上
もう少しレント君が続きます。
──レント──
「ところで、もう一人はまだ来てないんですか?」
身内話が一段落したところで、そういえばココに呼び出した男が見当たらない事を二人に質問する。
今日も色々あったし、二人を出来るだけ早く休ませてやりたい。
「俺達と一緒に来て、さっきまでここにいたんだがな……」
苦々しい口調で、クマゴロウさん。
熊の顔のせいで表情が分かりにくいが、温厚な彼には珍しく機嫌がよろしくないな。
何かあったのか?
「少し前『食事と酒、女の子成分が足りないでござる。ちと、補給するでござる』と言って出ていっちゃったわよ。失礼しちゃうわよね」
口を尖らせて言うヒンメル姉さんに、頭が痛くなる。
あのゴザル野郎。
ホント何しに来たんだ?
「な、なかなか個性の強い方ですね」
「そうなのよ。うちの旦那に『拙者も合法ロリ嫁欲しい』とか馬鹿な事言って困らせるし。私だって好きでこんなナリしてないわよ。
……まあ、ちょっとは……そこそこ利用したことはあるけど」
やっぱりあるんだ。
「そりゃ有効に使うでしょ」
俺の視線の意味に気付いたのか、自信満々にそう付け加えるヒンメルさん。
「これが自由に年齢や身長を変化出来たら色々遊べて楽しめるのに……ままならないわぁ」
いや普通、人間は自由に背丈や年齢変えられないから。頬に手を当てて悩ましげに、そして色っぽくため息つかれても困る。
まあ……この世界でそういうスキルがあるなら知らんが。
というか、あのゴザル野郎。スレと同じテンションで人弄るにしても、もう少し相手を選べよ。
「という訳で話を戻すけど、ユイカちゃんもティリルちゃんもご猿には気を付けてね。絶対に気を許しちゃ駄目よ」
「絶対あり得ないから大丈夫」
「あの……どう気を付けたらいいんでしょうか?」
「スレでは『ケモナー』とか『エルフスキー』とか叫んでたから、『近寄らない』『触らない』『口利かない』でいいんじゃない?」
その言葉に顔をひきつらせる狐娘とエルフ娘。
「もしかして『犯罪予備軍』だったりするのか?
……どうしろと?」
ダメだ。本気で頭痛い。
「オレンジじゃないから、まだ大丈夫よ。
……ただ、うちのセイちゃんには絶対近寄らせちゃ駄目よ。あの子しっかりしているように見えて、実は色んなガードが緩いんだから」
「確かに隙だらけだよなぁ」
階段を駆け上がったり飛び跳ねたりして、ふとすれば、こちらに見えそうになっているスカートの中とか、どれだけこっちが気を使って視線逸らしたり、身体を挟んで周囲の目から隠したりしていると思っているんだ、あいつ。
どうせインナーウェアのホットパンツだからとか、どうせ『謎の光』で隠れるからとかと思ってるんだろうが、あんまり油断してると、その内足元掬われるぞ。
「ねぇそんな奴、もう放置して場所移動した方がいいんじゃない?」
「そうですね。会わせたくないかも」
「ノウッ!? キツネちゃん達それ酷いなりぃ!」
「ひゃぁっ!?」
「ぴっ!?」
言いたい放題言っていた二人の背後からいきなり現れた男が大声で叫び、二人してヒンメル姉さんを盾にして、その背後に隠れようとした。
何気なく自然体で女性達の前にスッと移動するクマゴロウさん。
その様子を見て、ようやく来たかと俺は振り返った。
まず目に入ったのは、目の覚めるような蛍光ピンクの色をした何か。
──なんだこの物体?
一瞬思考停止し、脳が目の前の場景を拒否する。
嫌々ながらよく見てみれば、くすんだ亜麻色の短髪を逆立てている焦げ茶色の瞳をした長身細身の男だった。
そして辛うじて忍者服と認識出来るような衣装を着込んでいる。
普通は忍者装束というと、光を吸収しやすい黒に近い色合いで染められた衣装の筈だ。
更に同色の頭巾ですっぽりと顔を覆い目元のみを晒し、刃物を通さない鎖帷子に、丈夫な足袋と脚絆で足元を固め、手甲を装着した姿を大抵の人は思い浮かべるだろう。
だがこいつはというと、とにかく派手で何から何まで桁外れだった。
強いラメ入りショッキングピンクの忍者服に、あちこちに訳の分からない刺繍(左胸に『エルフ道』と描かれている)があるし、頭巾ではなく頭に巻いている鉢金には、何故か『ケモナー参上!』の文字。
あのな、どっちか統一しろよ。
……じゃなくてだな。
なんだ、この生き物は?
俺が見ていることに気付くと、男はニヤリと笑い、クルリと背中を向いた。いや、背中を見せた。
そこに描かれている刺繍──『アイ ラヴ セイちゃん』の文字とデフォルメされた似顔絵──を見てしまい、強い衝撃と頭痛がぶり返す。
いかん。頭痛が酷い。
再度脳が認識する事を放棄しようとしているようだ。
普通の格好をして寡黙に立っていれば、どこか陰のあるニヒルな男という評価と忍者らしく見える筈なのに、何でこんなに残念なんだ。
しかもこの忍者モドキ生物、ひたすら派手過ぎて全然忍んでない。
派手な法被を着たどっかのアイドルグループの追っかけの方がマシだ。いや、それは流石に追っかけの方々に失礼か。
正直これ以上、この男をまじまじと見詰めたくなかった。
「勝手に一人放置プレイさせないで欲しいでござるよ」
「……あ、ああ、すまん。しかしあんたも悪いん……」
何とか取り繕って、そう声を出そうとした。
「やるならここは一つ、そっちのカワイコちゃん達のジト目付きを希望するでござる。荒縄で亀甲もオッケー!
こうゾクゾクっとクる、一番いいのを頼むなり!」
訳の分からないポーズを取りながら叫ぶ生き物に、俺は戦慄する。
……ヤバい。変態だ。
紛れもない変態がここにいる。
「黙れ変態!」
「ぷげらっ!?」
俺のすぐ側を何かが通り過ぎ、目の前の変態忍者の顔面にクリーンヒットした。そのまま縦回転しながら、ドアから外へ吹っ飛んでいく。
……ひ、人って結構簡単に縦回転出来るんだな。初めて知ったぞ。
まあ良いツッコミ貰って幸せだろう。
安らかに眠れ、ゴザル。
彼の冥福を祈りつつ後ろを振り返れば、右手のひらをこちらに向け、肩で息をしながら真っ赤になっているヒンメルさんの姿が。
ヒンメルさんって、自分から言うのは問題なくても、言われる事には耐性低そうだからなぁ。
恐らく何らかの魔法攻撃なんだろう。保護が発生している街中では、基本的にプレイヤー同士のダメージは入らない。だが、見ての通り、吹っ飛ばす事は可能だしな。
「おーい、生きてるか?」
魔法攻撃自体ではダメージを受けないが、壁にぶつかるなどの間接ダメージは入ってしまう。
一応レイド戦仲間になるかもしれない相手であるからな。嫌々ながらもそう声を掛けながら、ドアの外を覗き込むように顔を外に出して……。
「翼の姐さん、変態呼ばわりは酷いでござるよ」
え?
背後から聞こえるゴザル語に振り返れば、普通に席に座って文句を言うゴザル忍者の姿があった。
「姐さん言うな。うちの大事な子達に変な事を吹き込もうとするからよ」
「確かに拙者は変態かもしれぬでござるが、そもそも目覚めた切っ掛けは、あの日ビギンの街で出会ったセイちゃんからのジト目でござるからなぁ。こうビビッと来て魂が産声を上げたでござるよ」
「なにあの子のせいにしてるのよ。くびるわよ」
「セイちゃんに正面からソッと抱き付かれ、こう涙ながらに絞められるなら、本望でござるな」
「駄目だこいつ。早くなんとかしないと」
ヒンメルさんとゴザル忍者の掛け合い漫才を背に、部屋の外をしっかり確認してみれば、『身代わりでござる』と書かれた等身大の人形が転がっており、それも見ている内にスッと消え失せてしまう。
変わり身の術のつもりか、これ。
「一体いつの間に?」
「拙者、忍者でごさるから」
いや、回答になってない。
この扉じゃないと部屋の中に入れない筈なんだが。すり替わった所、全く分からなかったぞ。
やはり忍者の格好をしているだけあって、そっち方面のスキル構成か。
性格はともかく、かなりの手練れだな。
「そう言えば自己紹介がまだだったでござるな。拙者はダンゾーという忍者をやってるでござるよ」
チラッと、ステータスプレートを見せてくる。
──【ダンゾー】 種族レベル:47 ──
種族:普人種
職業:下忍 職業レベル:28
「あるのかよ。忍者職」
「昔は〔レンジャー〕で無理くりやっていたでござるが、精霊の加護『闇』を会得したら、出てきたでござるよ」
ニンマリと笑みを浮かべながら、誇らしげに言う。
「事件解決の影にはダンゾーありと言わしめられるように、日々精進でござる」
「あんたね。『事件発生の影には』の間違いじゃないの。うちの子達に犯罪めいた事をしたら、直々に私の手で葬って上げるからね」
「それはあり得んでござるなぁ。拙者、絶対に強要はしないでござる。尊敬する先達の辞世の句は『YESロリータ! GOタッチ!』であるからして」
……おい、こら。ちょっと待て。
それだと、マジもんの犯罪者じゃないか。しかも辞世の句って、死亡前提かよ。
「あ、もちろん『合法』の『GO』でござるよ。無垢な子が頬を染めながら、というのがいいでござるなぁ。
あ、既婚者はNGでござる。旦那から詰め寄られる趣味はないゆえ」
女性陣からの冷たい視線が突き刺さりつつも、両手を広げてはっはっはとお気楽に笑うダンゾー。
クマゴロウさんから抑え切れてない不機嫌なオーラが漂い始めたのを感じ、俺は焦る。
どうするんだよ、この空気。あの馬鹿、こういうのに慣れてない相手に、ちょっとはっちゃけ過ぎだろ。
ここからどうやって話し合いに持ち込もう……?
そう思った矢先、クマゴロウさんが動いてしまった。
「──流石にそこまでにしてくれないか。ダンゾーとやら」
顔を伏せて黙り込んでいたヒンメルさんを心配に思ってか、そっと抱き寄せ、静かにそう宣言するクマゴロウさん。
ヒンメルさんの頭を撫でながら、
「俺の妻は純真なんでな。これ以上はごめん被りたいのだが?」
言外に『これ以上妻を弄り続けるなら分かるな?』というプレッシャーを滲ませるクマゴロウさんに、ひょいと肩を竦めたダンゾー。
ぽんっと軽く柏手を打てば、その姿がぶれて、一見普通の町人の格好をした彼が現れる。
それは早着替えのネタスキル『瞬間装着』か。
「そうですね。あなた方と本気で事を構える気は全くありませんので、行き過ぎた言動は謝らせていただきます。すいませんでした」
突然うって代わって真面目な口調でそう一礼する彼の変化についていけず、面食らってしまうクマゴロウさん。
「ただしアレがこの世界の俺ですんで、せめてこの共闘の間だけでも認めていただきたい。当然ケツは自分で拭きますよ。
それに窮屈なのは、現実世界だけで十分でしょう?」
「それは……そうだな。その気持ちもまあ分かるし、羽目を外してはしゃぐのもいいだろう。だが妻の気持ちを……」
「大丈夫よ、あなた。心配してくれてありがとう。
……ええ、そうね。確かにそんなのつまらないわよねぇ。ちゃんと受けて立ってあげる。こちらからも容赦なく突っ込んでいくから覚悟しなさい」
不適な笑みを浮かべながらそう宣言してみせるヒンメルさんの様子に、クマゴロウさんは「余計なお世話だったのか」と苦笑する。
「……レント君、それに君達も同意見か?」
「俺は端からそう見てますし、気にしてませんよ」
「ご自由に。何かされたら、変態をぶちのめすだけ」
「あ、あはは……わたしはお手柔らかに」
「それはモチのロンでござるよ。弄られるのは望むところ!」
俺達の同意を得られて嬉しそうに笑みを見せるダンゾーの様子に、内心ホッとする。
彼も俺と同じ気持ちの筈だ。
ネット慣れしていればこの程度のやり取りはどうってことないんだが、クマゴロウさんはどうにも真面目だからな。こういう独特な掛け合い漫才に対して、冗談やネタとの境界線が分からず、本気にし過ぎてしまったようだ。
ダンゾーの方もクマゴロウさんを見誤って、はっちゃけ過ぎたし、今回のコレはお互い様だろう。
クマゴロウさんみたいな人は、ダンゾーのようなエンジョイタイプとのやり取りは荷が重いようだな。やはり俺が適時入った方がいいか。
変な空気になったせいで現実的な真面目話になってしまったが、逆に本題に入れる切っ掛けが作れそうで良かった。
「さて、お遊びはこのくらいにしてだ。そろそろ本題に入りたいんだが構わないか?」
強引に本来の目的へと軌道修正を図る。これ以上脱線されても困るし、さっさと終わらせて休みたい。
だが、その前にちょいと俺からのお仕置きだ。
覚悟しろ、ゴザル忍者。
「あと今回の会合の為に、飲み物と食事は用意してある。セイが大量に作り置きしてくれていた料理やお菓子があってな。みんなも食べてくれ」
「レントちゃん?」
そんな奴に食べさせてあげる事ないわよと、彼女の目が如実に語っているが、無論いい思いだけをさせる為じゃない。
「なぬっ!? セイちゃんの手作り料理あるか!?
拙者の分はっ!?」
こらこら、キャラがブレてるぞ。
「あるある。あいつが俺専用にと調整してくれたカレーなんだが、あんたにもやるよ。凄く旨いぞ」
「ふおぉぉぉ! セイちゃんの手作りカレーでござるかっ!
拙者、カレーは飲み物と豪語するくらい大好物でござるよ!」
「おお、それは良かった。ただ毎食食べていたから、残念ながらあと二人前くらいしかないが、それを分けようぜ。他の料理はカレーを完食してからな」
「げっ、アレ出すの?」
「少し離れましょうか」
「……レントちゃんも結構やるわね。あなた、こっちで食べましょう」
「ん? 何が起こるんだ?」
ボソボソと皆が囁き合ってそっと距離をとっていく中、俺はテーブルの上に各種料理やお菓子、飲み物を並べ、最後にデンッとカレー鍋を置く。
「……は?」
並べられていく料理から香り立つ匂いに、だらしなく頬が緩んでいたダンゾー。
最後に置かれたカレー鍋から立ち込めるスパイシー過ぎる香りと色に気付いて、一気に表情が引き攣った。
チッ。流石に気付いたか。
「……ちょいと、レントの旦那? 何ゆえこのカレー、真っ赤な色してるでござるか?」
「そりゃ、カレーは辛くなきゃカレーじゃないだろ」
答えにならない答えを惚けて返す俺。
あの夜にセイが最初作っていたカレーは、たったの二十倍だった為、俺には甘過ぎた。あの後頼み込んで、倍の四十倍に引き上げて貰ったから、なかなかいい具合に仕上がっている。
「あいつの作る飯は、何だってプロ級に旨いぞ。白米もある。さあ、食え。今すぐ食え。むしろ全部食え」
「ちょっ!? 貴様、謀ったでござるな!
自分でも食えないものを……」
「お、心外だなぁ。こんなに旨いのに。あいつが今の台詞聞いたらショックだろうな。『ダンゾーさんなんて大っ嫌い!』って泣くかもしれん」
目の前でカレーをもしゃもしゃと口に運びながらそう煽る俺に、ムンクのような絶望的な表情を見せ葛藤に震えるダンゾー。
正直あいつにこの事がバレたら、むしろ俺がこっぴどく叱られる羽目になるんだが、そんな事こいつが知る由もない。
さあ、しっかり(地獄を)味わいながら食え。
「うぅ……何という高難易度ミッション。だが拙者はあの子の全てを受け入れてみせるでござる!」
訳の分からない台詞をほざきながらも、意を決してスプーンを手に取り──口に入れた。
「あ、吐いたらセイに報告するからな」
口に入れた瞬間顔色が変わり、その手からスプーンがこぼれ落ちたダンゾーに対して、しっかりと釘を刺しておく。
「……ゴフッァアアッ!?
舌いてぇええ!」
「ほらほら、早く食べないと料理冷めるぞ。これなんて凄いぞ」
水をがぶ飲みしているダンゾーを急かしてやる。
俺はさっさとカレーを食べ終わって、近くにあった小籠包を食べ始めている。包まれている皮を箸で割れば、スープ混じりの肉汁がブワッと溢れ出し、中も熱々、刻んだ野菜もしゃきしゃきでメチャクチャ旨い。
「あ、あがが……」
「食いたくないのか? お前の気持ちはそんなモノか?
ほらほら、もう小籠包が無くなる……お、嬉し涙か?」
「ちゃうわい! 拙者も食いたいんでござるぅうう!
ぬおぅおおおっ! カレーなんぞに負けないでござるぅ!」
煽りまくる俺に、涙を流しながらカレーを食べるダンゾー。
その異様な光景に、ティリルとユイカは関わりたくないとばかりに、更に離れていく。
「レントちゃんも中々の鬼ね」
「……成る程。ネタはネタで、イタズラはイタズラで。こうやって返せば良かったのか。流石はレント君」
「……アレもどうかと思うわ。あなたは今のままでずっといて欲しいな」
「ん。了解した。
……しかし、このハンバーグ旨いな。セイの奴、また腕を上げたか」
「ホント良い主夫になれそうね。私達の家族親類の中では、一番家庭的だし」
「確かにそうなんだが、頼むからお前も少しは料理を覚えてくれ。毎回俺ばかり作ってるだろう?」
「……えへっ」
相変わらずだなヒンメルさん。
あいつが都合の悪い時によくやる、笑って誤魔化そうとするアレって、やっぱりヒンメルさん譲りか。
二人の夫婦の会話の端で繰り広げられた惨状とゴザルの慟哭は、話し合いが始まるまで続いたのだった。
めっきり寒くなってきましたね。
風邪をひかないよう皆様お気をつけ下さい。
と、次の更新で書こうと予定していたら、自分が風邪を同僚からうつされたでござる。
二週間一緒の部屋でゴホゴホされたら、流石にうつってしまうわw
ホント気を付けましょう。




