82話 望外な出会い
少しだけ時系列が戻ります。
レント君のターン!
2017/11/14 新登場キャラの容姿説明が少し抜けていたので追加
2017/11/21 とあるキャラを黒から白に変更
2018/1/29 主人公の母親の名前が変わってしまっていたのを修正統一化
──レント──
「あーすまん。それは駄目だ。上の許可なしに勝手に使わせることは出来ないな」
「……そこを何とか出来ないでしょうか?
今すぐじゃないんです。これから上に掛け合っていただけないでしょうか?」
「ふむ、そうだな……。
──お前さんは、いきなり現れた素性の分からない男が何の証拠もなく、『明日あたり仲間がモンスターを引き連れて逃げてくるから、ここの防衛設備を使わせてくれ』と言われて、『はいそうですか。分かりました』と、快く引き受けてくれると思うのか?」
「……思いませんね」
「だろ? 今目の前で襲われていて『助けてくれ』ならまだ介入出来るんだがな。
こちらの部隊に出来るだけ迷惑をかけたくないというお前さんの言い分も分かるんだが、俺達が傍観者になる事自体があり得んし、そもそも部隊を動かすには、それ相応の証拠と理由がないと無理だ。
──だから、すまん。悪く思わんでくれ」
俺との交渉に少しでも理解を示し、話に付き合ってくれているこの巌のような大柄な門兵は、見た目に似合わず、相当なお人好しなんだろう。
普通は邪魔扱いされ、けんもほろろに突っぱねられて終わりだからな。
ただ想定通り、厳しい結果に終わりそうだった。
二つの連なった双子山を越えたその先、三方を山々に囲まれたルーンヘイズの街。その街の南側にある正門の前に、俺達は無事辿り着いた。
この街は南側に門が一つしかない。
周囲は背の高い堅牢な壁に囲まれ、平野部に開けたこの南門以外、人の出入りが出来ないようになっている。
どのルートを通ろうとも、必ずここに来ることになる。分厚い壁をぶち壊さない限り。
セイの奴が恐らく渓流の流れにのって南方面に流された事は、間違いない。彼に発生したステータス異常とその所在の動きを伝えてきたティリルも、そう断定している。
普通ならそのまま河を下り、南側の街道からやって来るだろう。アイツの機動力を考えると、その方が早いからな。
俺達は何事もなくインスタンスダンジョンを抜け、無事に街まで来れたが、セイにはまだボス熊が張り付いている。
その迎撃方法を募集した掲示板では、議論が紛糾していた。
インスタンスダンジョンの出口で待ち構える方法。
街道を南下して、セーフティエリアを安置として戦う方法。
そして街の門まで誘き寄せて、門にある防衛施設の援護をもらう方法だ。
いずれの案も一長一短があり、すぐに決める事が出来なかった。
山道から完全に外れているから待ち伏せは不可能。今後どんな動きをするか全く予想がつかない上、セーフティエリアの所までは徒歩だと遠い点、街に誘き寄せて街に被害が出たらどうする等々。
そして一番の懸念として、もし死に戻りしまったらどうするのか? というモノだ。
このイベント中はポータルに触れて拠点セーブ出来ない。敗北、それはすなわちスタート地点に戻されてしまうか、もしくはイベント終了になってしまう。
ゴールに到着したのに、そんな馬鹿な事態になりたくないのは誰もが当然思う事だ。
ただ、セイがボス熊を引き付けたままのおかげで時間的な猶予が出来た為、直接会って話し合おうという話に落ち着いた。
大人数で顔を合わせた結果、何一つ決まらなかったら困るので、リーダークラスの人だけとした。まあその場にいてもいいが、口出しは控えてもらうという形だ。
更にその中から希望者のみを選出する。
そうして名乗りを上げたのは、アイツの専用スレの住人でお馴染みの三人。彼らにIDから俺にメールを送ってくれと頼んだ。待ち合わせする場所を指定する為だ。
既に街に到着していたらしい三人に、それならばと集まる場所の手配をお願いし、彼らはそれを了承した。
俺達もついさっき街に到着し、彼らにそれを知らせたから、今頃は場所の確保に動いてくれている筈である。
約束の時間までまだ猶予がある。それならばと、まずは前もってこの街の防衛状況を調べるため、そして、設備を使わせて貰えないかどうか確認をしたわけである。
これだけの頑強な正門を利用して戦えるなら、一番いいからな。
あれだけの強力なモンスター相手に、後衛職が城壁の上という安全な場所から参加できることが大きい。
だが結果は……悔しいが、ご覧の通りだ。
「俺達も領主からこの門を任されている以上、個人の感情で動くわけにもいかんのでな。今の俺達に出来る事は、監視の強化だけだぞ」
やはり提示出来る証拠もなしに、今説得するのは難しいな。
ここは一旦引こうか。
「分かりました。無理言ってすいません」
「まあ……その、なんだ。
──ほら、もう日も落ちた。さぁ、中に入った入った。宿にでも行って、お連れのかわい子ちゃん達をとっとと休ませてやりな」
俺の背後をちらりと見やりながら、申し訳なさそうに言う門兵。その言葉に振り返る。
さっきから一言も喋らず、暗く沈んだ表情で、満月に照らされる山の方をただただ見続けるユイカとティリルの姿がそこにはあった。
「……はい。そうですね」
二人の心情が痛いほど分かった。
俺もアイツが無茶する性格なのを知っているにもかかわらず。仕方がなかったとは言え、あんな死地に追いやってしまったことに、後悔に似たモヤモヤが消えない。
俺のミスもあるし、なおさらその想いが強かった。
アイツに送ったメールは未だに返ってこない。
今アイツはどうしているのか……。
数値上のHP──つまり生命力は既に全快している。アイツがいる座標も全く動いていない。
なのに返事が返ってこないということは……。
録でもない事を想像してしまって首を振る事で妄想を振り払い、苦虫を噛み潰したような顰めっ面で、かがり火に浮かび上がる目の前の門を見上げる。
確かに今の体調と精神状態のまま休めず、ボス戦に突入するのは危険だ。そうなれば他の皆の足を引っ張る事にもなりかねない。
「ティリル、ユイカ。ひとまず中に入るぞ」
「──あ……はい。行こ、ユイカ」
「……うん」
俺じゃ二人の不安を取り除いてやる事も出来やしない。
やれる事は先の段取りと、アイツの無事を祈る事だけか。
のろのろと門をくぐり抜けた時、背後から声が聞こえた。
「……おい、そこの──ベックス、ビルマ。今の話聞いていたな?
伝令だ。今大型の魔物発生の情報提供があった。周囲の監視警戒レベルを上げるよう全部隊に通達しろ」
「えっ、隊長?」
「キルケ隊長?」
……え?
「物見からの報告や偵察部隊からの狼煙があれば、即座に動けるよう非番の連中にも伝えてくれ。待機モードは『アルファ』だ」
「ちょっ!? 『アルファ』って、上から二番目っすか?
いくらなんでも……」
「あのな、ベックス……こういうのは、何かあってからじゃ遅いぞ? 何も無けりゃ訓練だったと思えば良いんだよ。
ビルマ、お前は斥候偵察部隊への出動要請。後で追って指示する。
ベックスは各自装備と設備の再チェックを行うよう伝えろ。あと状況次第では、すぐに冒険者ギルドにも応援要請を出せるよう備えとけ」
思わず振り返って彼らを見ていた俺に、
「まだいたのか? さっさと休みに……。
──いや、ちょっと待て。そう言えば、お前さんらは旅の冒険者だったな。この大通りを真っ直ぐ行けば、中央広場の手前に冒険者ギルドがあるぞ。休むなら、今はその隣の宿がお薦めだ」
こちらが見ていることに気付き、ニヤリと笑いながら言うキルケ隊長と呼ばれた大男。
「この街に暮らしている人間は、誰しも知ってる事なんだが。
──この街では、元素魔法『ファイアボール』を空に三発打ち上げるのが、戦闘部隊の緊急招集と民間人への避難の合図になっている。その意味の分からない旅人がここに混ざってしまっても、緊急時の混乱中は構ってられないからな。お前らは気を付けろよ」
「──ありがとうございます」
「ん、分かったのならそれでいい。
まあ、こっちの事は気にするな。早く行け」
後ろ手でヒラヒラと手を振りながら、指揮に戻る男。
彼はこの街の警護兵の部隊長だったのか……これは運が良かった。
ありがたく提案に乗らせて貰おう。
少しは気が軽くなり、俺達は冒険者ギルドに向けて歩き出したのだった。
指定された大衆酒場の観音扉を押し開くと、一瞬喧騒が止み俺達に不躾な視線が集中したが、すぐに元の賑わいが戻ってくる。
ガタイがいい屈強な男達の値踏みするような視線が外れ、ホッと安堵の息をつくティリルとユイカを背後に引き連れて、俺は奥に向かって進んで行く。
今俺達は、協力者の一人が指定した場所を訪れていた。
正直こんなガラの悪そうな酒場に彼女達を連れて来たくなかったんだが、二人に押し切られる形で了承し、こうして全員で来ることになった。
宿屋で二人っきりで結果を待っているより、目の前で話を聞いている方が気が紛れると言われれば、俺もそれ以上反論出来なかったしな。
まあ、セイからようやく連絡がきて、二人が多少なりとも元気になったのは良かった。無事に安全地帯に辿り着けたようだし、明日の朝までは問題ないか。
俺はカウンターでシェイカーを振っていた酒場のマスターらしき男に声を掛け、一人の男の名前と俺の名前、そして合言葉を伝えながら、カウンターの上にチップとして数枚の硬貨を転がす。
そのマスターは俺の言葉に頷き一つ返すと、忙しそうに走り回っていたウエイトレスの一人に呼び付け、彼女に付いて奥に行けとジェスチャーを交えて俺達に伝えてくる。
彼に感謝のサインを送り、奥へと繋がる扉の前で待っていたウエイトレスの方へ向き直る。
俺に向かって微笑む彼女に頷きを返すと、その案内についていく。
「……なんか手慣れてるけど、変な遊びしてない?」
「──なんの事だ?」
いきなり何を言うんだ?
お馬鹿妹よ、元気になった途端これか?
「可愛い彼女さん達ね」
「妹と友人だ。彼女じゃない」
「じゃ、私が立候補してみても?」
「悪いが間に合っている。すまんな」
「あら、残念」
とは言うものの、さほど残念そうに見えない。まあちょっとしたコミュニケーションだな。
そんなテンプレ通りの会話をしていたら、
「た、対応が大人すぎます。
……ねぇ、ユイカ。レントさんって、普段から夜の街で遊び回っていたりするの?」
「お兄、絶っっ対に、セイ君を女遊びに巻き込まないでね。
いや、もっと張り付いて監視強めなきゃ」
「いきなり何を言ってる?」
ちょっと待て、お前ら。
人を遊び人みたいに言うな。
マスターとのやり取りはメールで指示された通りだし、他のは単に、俺の好きなハードボイルド系の映画とかアニメの真似しているだけだぞ。
くそっ、あのゴザル野郎め。
いい所を見つけたとか言うから任せたのに、こんな事になるのなら頼まなきゃよかった。
ウエイトレスの女性はこちらの様子を愉快そうに眺めながら、二階の部屋の一つへと案内し、扉の前でこちらに一礼する。
「こちらの部屋です。ではごゆるりと」
彼女にもチップを握らせ、立ち去るのを確認した後、部屋の扉をノックする。
「はぁーい。どなたぁ?」
中から女性の声が聞こえてくる。
この声は、集まるメンバーにいた唯一の女性、確かヒンメルさんの声だろう。でもこの声、何処かで聞いたことがあるような?
「レントです。只今到着しました」
「レントちゃん?
あなた~レントちゃんが来たわよ」
レ、レントちゃん!?
それに、あなた、か。
既婚者……旦那さんもいるのか?
「──あ!」
ユイカが何かに気付いて声を上げ、俺を押し退け、返事を待たずして勝手に扉を開けてしまう。
開いたその扉の奥にいたのは、純白の翼を生やした有翼人種の小柄な金髪碧眼の少女。
その姿は地上に舞い降りた天使のような非常に可愛らしい容姿をしているが、目の前で扉を開けられてしまったからだろう、今は右手を不恰好に突き出したまま目を丸くして固まってしまっている。
あれ、この子……?
どこか見覚えが……?
「美空さん!」
あっ!?
「あらダメよ、ユイカちゃん。こっちじゃ私はヒンメルよ。
いらっしゃい。よく来たわね」
「ヒンメルさぁーん……」
「あらあら……。
ほら、おいで。もういつまで経っても泣き虫さんなんだから」
両手を広げる彼女の胸に飛び込んで泣き付くユイカ。
そりゃ聞き覚えがあるはずだ。
去年結婚してあの家を出られるまで、ちょくちょく顔を会わせていたのだし、結衣の奴が理玖の次に懐いていて、今でも電話でやり取りしている女性なのだから。
ヒンメル──確かドイツ語で『空』だったか?
名前と声を聞いてすぐに気付けよ、俺。
「お久し振りです。すぐに気付けずすいません」
「相変わらず堅いわねぇ。もっと子供らしくしなさいよ。いつも言ってるでしょ」
甘えるユイカを撫でながらコロコロと童女のように笑い、俺を見上げてそう言うこの非常に可愛らしいこの少女──いや、この女性は、アイツの実の姉で御陵美空さんだ。
いや今は有栖川の姓だったな。
理玖にも言える事なんだが、この姉も小柄な童顔で、どう見ても、大人っぽく背伸びしている中等から高等生くらいにしか見えない。
当然二人の母親、御陵紬姫さんさんも童顔で、非常に若々しい。知らない人からは、未だに学生で通用しそうなレベルであり、今でも深夜出歩くと何度も補導されかけるという伝説を残し続けている女性だからな。
代々御陵家本家に連なる女性は、昔からこうだという。ここまで来たら呪いに近い遺伝だな、それは。
男なのに、その遺伝体質を受け継いでしまったアイツはご愁傷様である。
「せ、セイくんのお姉さんでしたか!?
ほ、本日はお日柄もよくっ!」
「こっちではティリルちゃんだっけ? ちょっと落ち着きなさいな。慌て過ぎよ」
彼女の正体に気付いたティリルが半ばパニックになって変な挨拶をしだす傍ら、俺は座席からのそりと立ち上がった彼を見やる。
美空さんがいるということは、当然こっちの白熊が旦那の慎吾さんか。
「こっちでは初めましてだな。レント君」
「ええ、初めまして。クマゴロウさん」
手の甲まで毛皮に覆われた右手を差し出してくる頑強な鎧を着込んだ屈強な熊獣人に挨拶をし、その手を固く握る。
獣人種設定を四段階にしているプレイヤーを初めて見た。
完全に熊の顔であり、二足歩行で歩くその様は、恐ろしさよりもどこかユーモラスに感じる。
元々髭モジャな顔で悪役プロレスラーかと見間違えるような筋肉質の体格の持ち主で、でもどこか子供っぽくて愛嬌のある男性だ。
勤めている御陵病院では、ヒグマ先生の愛称で子供達からも人気を誇る小児科の医師だし、そのイメージが強いのかも知れない。
理玖の主治医の一人でもあり、俺もちょくちょくお世話になっていたから、当然顔見知りである。
「しかし、とんでもない事になってるな。この鯖に海の奴がいなくて良かったよ。もしいたら、今頃発狂してるぞ、あいつ」
「……ええ、ホントに」
筋金入りのブラコンだからな、うみさん。
ありゃ一生治らないだろう。しかもセイがこの世界で美少女化したせいで、更に悪化したまである。
「しかし、あなたが『ヘイヘイホー』のクランリーダーだとは思いませんでしたよ」
しかもこんな所でトップクランの一つを統括している知り合いと会えるとは。
出来過ぎな戦力になりそうだ。
「まあ、俺もクランリーダーを海から押し付けられるとは思わなかったからな」
苦笑しながら言うクマゴロウさん。
「このクランはな、ほぼ全員が医療関係者なんだ。そのおかげか、リアルでは面倒な会合や交渉とかも全てこの世界でやっている。思いの外、評判が良くてな。最初、海からそう提案された時は、半信半疑だったんだが」
「データもメールで向こうに飛ばせるし、何より時間が節約出来るのが良いわね。夫婦の時間もしっかり取れるようになったし。まあ種族が違うけど、そんなの些細なモノよ」
と、ヒンメルさん。
忙しくて行けなかった新婚旅行や生活をこっちでやっているとか。
そう言って彼にベタベタ甘え始めるヒンメルさんを見てても、鎧を着せたペットの熊に引っ付く少女にしか見えないのが現状である。
見ていて胸焼けするよりも、何故かほっこりしてしまうのは、御陵家の女性が持ってる特色もあるしな。
まあ本人達がそれで良いなら、俺からとやかく言う事じゃないし。
美(少)女と野獣のカップルを見ながら、そう思う事にしたのだった。
判明している御陵家の家族構成です。
祖父 聖(故人)
父 名前は未登場
母 紬姫
長女 美空(既婚者/夫:有栖川慎吾)
長男 海人
次男 理玖
と、なります。
皆様のご想像通り、陸海空から取っています。
ちなみに理玖君のお父さんは、御陵家に婿入りした婿養子です。




