80話 修復作業と再出発
遅めの夕食を出来合いのもので取った後、毛布にくるまりながら、破れて穴だらけの雷精の加護衣の修復を少しずつ開始した。
加護衣を手に取り、破れた箇所の表と裏に手を当て、両手の間にボクのマナを循環させるようにして、加護衣にゆっくりと浸透させていく。
このやり方なら、着衣状態からの自然修復に任せるよりも、まだ早く修復出来るからだ。
この修復作業は、マツリさんの耐久値急速回復の技をお手本にしている。彼女が防具の修復をしている時、こうやって力を注いでいたのを、精霊眼で確認していたからだ。
彼女があっさり短時間で終わらせているのを見て、「結構簡単なんだ」と軽く考えていたのだけども、自分でやってみたら思ったより手間取ってしまい、遅々として全く進まない。
ボクのような戦闘職には、やはりこういう生産活動的な事は向いていないな。修復に関する補助スキルも、生産職でないと覚えられないし。
正直なところ、こんな事しているよりも一旦精霊化を完全解除して、加護衣を自分の魔力とマナに溶け込ませて消した後、再度精霊化を行って再構成させた方が早い。
だけど、今精霊化を解除してしまったら、ペナルティーを食らってしまう。
朝から変化しているから、ステータスが半減してしまう時間が長過ぎる。先の安全を確保出来ていない現状では、その手は取れなかった。
それにその方法だと、破壊された装備の構成マナの分だけ、一気にMPが減少してしまう。
一撃で一気にMPが減ると、眩暈等の症状が出る可能性があるし、自己修復の技を使った方が最終的に使うMPの量が少ない。
やっぱり地道に回復させるのが一番なのよね。
ただこのペースだと、たとえ徹夜しても明日の朝までに完全修復出来そうになかった。
そうだなぁ……。
まずはスカート部分を先に着れる程度に直して、肩や袖口等は前に羽織っていたクロネコケープで隠せばいいか。
後は勝手にボクのマナを吸って、徐々に直っていくだろうし。
レントからは、ボクの状況の問い合わせが来ていた。
もちろんユイカやティリルからもあるんだけど、何これ……二人からはそれぞれ十通以上来ているんだけど……。
相当に心配かけちゃったのは明白で、急いで返信した。『何とか敵のこない所で落ち着けたから心配しないで』と、要点だけ記載してユイカに返しておく。
気絶していた事については、取り敢えず内緒にした。
顔を合わせていない状態で、これ以上の心配や精神的な負担をかけたくない。
ただティリルの方は、変に誤魔化せない。
彼女のメール文を読む限りでは、ボクの状態がモロバレのようで、逐一どういう状況になっていたかの問い合わせだった。
彼女の方には『ユイカには顔を合わすまで内緒にしておいて』と付け加えたけど、大丈夫なのかな?
二人で情報共有してたら、ユイカに後で怒られそうだな。
こんな事になったのは、とにもかくにも、あのゾンビ熊のせいだ。後できっちり熨斗付けて返してやる。
決意も新たにしたところで、テンライと念話を繋ぐ。
あの子は高い木に止まって休んでいたみたいで、ボクからの念話を聞いてはしゃぎ出した。
テンライも心配かけちゃったみたいだ。この子にも埋め合わせしないとね。
テンライの言葉を要約すると、あの熊はこちらを見つめたまま、一定範囲から近付いて来ないそうだ。おかげで監視が楽だったとの事。
確かにテンライの視覚とリンクさせてボス熊の様子を覗いてみれば、完全にこちらの方に視線を向けたまま、休んでいるように見えている。
テンライの居場所を動かせば、その動きに合わせて首を動かしてくるので、こちらを見失っている訳でもないだろう。
ボクの場所へ近付けない理由でもあるのかな?
でもその明確な理由が判らない為、テンライの監視を外すことが出来ない。仕方なくそのまま監視をお願いする。
幸いにも、今宵は満月。
テンライでも、夜間監視が出来るレベルで明るい。
本当は夜の間に動いて、せめてセーフティエリアまで行きたい所なんだけど、確実にこちらが不利な条件で動くのは不味い。
奴がその場を動き出さない事を祈り、この場で休むことにしたのだった。
『──様……お兄様。朝になりましたよ。起きて下さい』
ティアの囁くような優しい思念に、ボクは目を覚ました。
カグヤはというと、ボクの中に戻って再び睡眠に入っている。
あの後、カグヤとボク、そしてティアの順番で、周囲の警戒を続けた。
ティアとの〔雷精の侍獣巫女〕から、カグヤとの〔月精の寵授巫女〕へと精霊形態の移行、すなわち、精霊化解除をしないで自由に変更が出来る事を利用して、まずはカグヤがボクの身体を使って、交代で火の番をする事にした。
確認した所、雷精の加護衣と月精の加護衣は別扱いのようで、形態変化した際、雷精の加護衣はそのまま手元に持ったまま、きちんと月精の加護衣を着込んだ状態で変化できた。
半裸で夜を過ごす事態にならなくて、少し気が楽になる。
ただこの状態だと、ボクの精神は休めても肉体的には休めない事が確定していた。一応さっきまで寝ていたんだから、明日一日くらいならこの程度は問題ないはず。
二柱は散々病み上がりのボクの事を心配してきたが、このやり方だと何かあればすぐに動ける利点があるからと、彼女達を説得し押し切った。
正直こんな危険な場所で、彼女達を生身で一柱過ごさせるような真似は、絶対にしたくなかったから。
当然二柱にはボクの意識が寝ている間、ボクの身体を自由に動かしていいと許可を出していた。
カグヤに関しては、自分の番の間に何をしていたか分からないけども、ティアは加護衣の自動修復に少し手を加えて、回復を早めてくれたみたい。
火の番をティアに変わる際に、再び〔雷精の侍獣巫女〕に変化し、少しでも加護衣を自然回復させる為に着てから寝たんだけど、朝起きたら大きく破れていたお腹の部分があからさまに直っていたからね。
本人は否定していたけど、彼女はそういう子だ。
ボクを出来るだけ立てようとし、常に陰から支えてくれる。本当に感謝したい。
この状態まで戻れば、マツリさんが作ってくれたケープを羽織れば、人前に出ても恥ずかしくないだろう。
……多分。
相変わらずボス熊は、昨夜いた付近からこちらの渓流エリアに入ってこなかった。何度か周囲をウロウロしてしたが、ボク達がいる場所へと侵入してくる事は最後までなかった。
流れる水に近付く事に、何か嫌な想いでもあるのだろうか?
その謎行動のおかげで、一晩何もなく過ごせたのは確かだ。
でもその行動の監視のおかげで、テンライが完徹する事になってしまった。
その苦労を労いながら、テンライをボクの中に呼び戻す。
この先、またテンライに頼らなければならない。それまで、ボクの中で英気を養ってもらおう。
その代わりに、本人たっての希望でハクを再び現出させる。
『ホントに動いて大丈夫なの?』
『問題ありません。御子様、主様、ご心配お掛けしました』
『ハク。無事で何よりです。
……ハクも病み上がりで申し訳ないですが、お兄様はこれから背中でお休みになられます。お兄様に負担をかけないよう、細心の注意を払って行動をなさい』
『心得ております』
『うん、そこの二柱。ちょっと落ち着いてじっくり話し合おうか?』
だから過保護過ぎだと言ってるでしょ。
これからあの熊と戦いになる可能性が高いんだよ?
こんな時に寝ないってば。
口調を合わせて『冗談です』と返してくる二柱の様子に、ボクは溜め息をつきながら伏せているその背中に横座りした後、身体を倒してハクの首に軽く抱き付いた。
『今日も大変だろうけど、よろしくお願い』
『はい、御子様。では行きます!』
ハクのモフモフな温かい体温と力強い返事を受け、ボク達は移動を開始した。
何も急ぐ必要はない。
ゆったりとした足取りで、ハクに乗ったボク達は下流に向かって動き出した。岩だらけの道無き道を、岩から岩へと跳び移るように進んでいく。
テンライのおかげで、街の方向とこれからの進路は決定していた。この渓流はルーンヘイズの街の近くまで続いている。
途中に本物のセーフティエリアもあることも確認済み。
上手くいけば、奴との接触タイミングを出来るだけ引き延ばしながら、街まで行けるかも知れない。
もし無理ならば、街道まで出て、リンに乗り換える予定である。平坦な道ならリンの方が速いからね。
レントからの合図はまだない。このまま合図無くセーフティエリアまで辿り着いたら、そこで休憩出来るかな。
気配察知のスキルは、ボス熊の動きを知らせてくる。同じような速度でボクの後を追いかけて来ているようだ。
やはり渓流から一定距離を開けている。水場の方に近付いて来ない。
正直この水を嫌う行動が分からない。
普通の熊は、むしろ水浴びが好きだったり、川辺に出没しやすかったりするものなんだけどな。
あの熊は聖属性が弱点だから、この渓流の水が聖水みたいになっているのかと思って鑑定してみたけど、普通に何処にでもある水だ。
一応ある意味、清水ではあるけど。
……まあそんなどうでもいい。それよりも。
『ねぇティア。どうやったら光と闇の精霊魔法が使えるようになるんだろう?』
思わずティアに愚痴るように質問する。
『……ぇ?
そういえば、お兄様がどうして光と闇の精霊を戦闘で使われないのかと思ってました』
『本当は使いたいんだけどね』
当然ながら光と闇の下級精霊についても、精霊眼でちゃんと視えているんだよ。
照明や日陰にする魔法のような非武力の魔法については、ちゃんと応えてくれるんだけど、でも何故か戦闘中には応えてくれないんだ。
いや、応えてくれないというよりも、戸惑っているというか……どうしたらいいか分からないというか。うん、そんな感じ。
もし使えていたら今回確実に使ってるし、貢献出来るんだけどなぁ。
『少なくともカグヤ様の寵愛を受けられているお兄様なら、月の系列精霊魔法は全て使える筈なんですが……どうなってるのでしょう?』
『もしかして嫌われてるのかなぁ?』
『……お兄様を嫌うような不届き精霊はいないと思います……思いますが……思うんですが……。
──もしいたら、そんな精霊は説教です』
『こらこら、やめなさい』
ティアのボクを立てようとするその気持ちは嬉しいんだけど、怒りを押し殺したような低い思念を出さないでよ。怖いし。
『……こほん。
やっぱりそれは光の精霊様と闇の精霊様に会われて訊かれるのがいいかと思います』
『それしかないか』
何故使えないのかを下級精霊の子に訊いても、彼女達からは困惑した思念が送られて来るだけだったからな。やっぱり上級の精霊に訊いた方が早いか。
どこ行ったら会えるんだろうか。神殿……じゃ無理だよね、やっぱ。
『お兄様ならすぐに会えますよ、きっと』
『そうだといいんだけどね』
『後でカグヤ様から、自分の眷属であるダークネス様に問い合わせて貰うというのはどうでしょうか?』
『カグヤもそのダークネスさんと百年以上も会ってないんだって。前に風の言伝を送った事があって、その時暫く忙しくて会うのは無理と返ってきたそうだよ。
サレスさんも「全くこれっぽっちも知りません」って言っていたし……ホント何処で何してるんだろう』
『……カグヤ様が眷属の長なんですよね?
月の系列精霊の指揮系統ってどうなってるんですか?』
ノーコメントです。ボクも知りません。
『まあ……ボク自身が光と闇の攻撃魔法の原理を理解していないだけかも知れないから、そこはおいおいね』
彼女達精霊と寵愛や祝福で繋がった後、その精霊の特性がイメージとしてボクに流れ込んで来たから、光と闇に関しても、それをボクがきちんと理解出来ればきっと使えるはずだ。
せめて加護だけでも貰えたら……って、既に四柱から貰っているのに、これ以上望むのは贅沢かな?
『まずは会わなくちゃね』
『……案外近くにいるかも知れませんね。見つけたらしっかり掴まえましょう。お兄様の魅力をこんこんと説明して上げます♪』
『うっ……お、お手柔らかに、ね』
ティアが冗談混じりに楽しそうにそう言うけど、いつになることやら。
大袈裟に溜め息をつくボクを乗せて、ハクは我関せずとゆっくりと歩を進めていた。
次話は『反攻の時』(仮題)です。




