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彼の特殊な精霊事情  作者: 神楽久遠
ワールドイベント開幕
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79話 安らぎと決意、そして……


実は前半と後半を分けたかったのですが、前が短すぎるため断念。

お陰様でギャップが酷いことに……。




 子守唄が聴こえる。


 誰かに見守られている感覚。



 身体は動かない。

 自分のものじゃないような、ただ声の主の膝を枕にして、安心しきってその身を委ねている自分がいた。


 頭を撫でられる感触。

 その優しげな手付きに、微睡まどろみが深くなる。



 ──話し声が聞こえる。


 誰だろう?

 ティアとカグヤが話しているのかな?


 無意識に集中する。

 断片的にしか聞こえないけど、声の主に聞き覚えがあった。


「──を可愛がって……」


「──ないわ……すぎるりっ君が……はどこか危なっかしい……に惹きつけ……しら?」


 断片的に聞こえる、聞き慣れた兄さんの声。


 ああ……これは夢だ。

 いつもの、目が覚めると忘れてしまう夢。


 けど兄さんと……もう一人は誰だろう?

 でも、この膝枕をしている女性の声って……?


「──張り合わな……結衣ちゃんが……幸せになって……な」


 ……?

 もしかして、エフィ?


 どうして彼女が兄さんと喋っているんだろう?

 会った事もない筈なのに。


 しかも、どうやってエフィはユイカの本名を知って……?


「──あら、気付いたのね。しかもこうして……私を私と認識できるまでに繋がりが……」


 優しい声。

 額に手を置かれる感触。


「りっ君。今はまだ寝ていなさい。

 そう……私が守ってみせる。あなたの心がもっと強くなるまで」


 どういう事?


 なんでエフィがボクの事を「りっ君」だなんて。

 そんな呼び方してくるのは、美空姉さんと結衣とユズ(ねぇ)しか……。


 ……。


 ……あれっ?


 ボクは今なんて言った?


 なんで!?

 なんでさっき脳裏に浮かんだ名前がもう出てこないんだ!?


「りっ君、もっと強くなりなさい。少しずつ、少しずつあの時の事を。そう、全てを受け止められるまで。

 私はいつも見守っているから。ずっとそばに、あなたの中にいるから。ただ……」


 たおやかに微笑むエフィそっくりの女性の顔が見え……。



 ──まだ少し早いみたい。



 少し悲しそうな顔をして、ボクの額を撫で……。



 待って!

 そんな顔しないで!



 ──今はまだ……。



 必ず、必ず目覚めさせるから!

 絶対助けるから!



 ──忘れてね。





 パチンッ。


 何かが弾ける音に、ふと意識が覚醒する。


 気だるい微睡の中、前方に視線を向けてみれば、不格好ながら煙の出ないように組まれた(たきぎ)がすぐ近くに見えた。さっきの音は、薪の燃えて弾ける音だったようだ。


 周囲は既に真っ暗になっていて、(たきぎ)の明かりだけがボクを照らしている。その薪の火のそばの岩にもたれかかるように座った状態で、毛布に包まれて寝ていたようだった。


 ボクが気絶したのはいつだったか……?


 正直どれくらい、眠っていたのか分からない。だけども、それはせいぜい数時間程度だという事を、偶然前方に見えている満月がまだ天頂に上がりきっていないことから推測出来た。


 見張りも立てず、図らずともこんな所で野宿になってしまった。モンスターに襲撃されずに済んで、本当に良かったよ。

 カグヤだけじゃ戦闘が出来ないからね。


 薪のすぐ横には、燃え残ったタオルと携帯コンロが転がっていた。火をつけるのに、四苦八苦した形跡が見える。


 あの時ボクが何を取り出していたかは、既に忘却の彼方だけど、彼女が上手いことやってくれたらしい。


 今更ながら、(まき)に火を付けるのを最優先でこなすべきだったと反省する。


 今の体調はというと、全身の倦怠感が強く気だるいものの、一時期の命の危険が差し迫っていたような切羽詰まった感覚は既に無い。

 視界に映るようにしてあったステータス異常を示す表示も、今はもう無くなっていた。


 その事に安心し、ホッと一息をつく。



 何だかすごく懐かしく温かな夢を見たような気がする。

 詳細は全く思い出せないけど、いつものような悪夢ではなかった。誰かに見守られ、そして甘えているような優しい夢。


 そう、今みたいに誰かに抱かれているような……。


「……ぇ?」


 温かく柔らかい何かが、背後からボクをギュッと抱きしめているのに今更ながらに気付き、ワケが分からず混乱する。


 背後の岩とボクとの間に誰かがいる……と、そこまで思考が思い至った時、そういえば、カグヤが見える範囲にいない事に気が付いた。

 耳をよくよく澄ませば、静かな寝息が聞こえた。


 背後にいるのはカグヤっぽいな。

 そう言えば、彼女に全面的なお世話を頼んだんだっけ?


 で、でも、この体勢と状況は……。


「か、カグヤ? も、もう良いから離して」


 恥ずかしさのあまりそう問いかけたけど、彼女から確かな反応がない。


 完全に眠りこけて……いや……?


「──ご主人様ぁ……このご飯おいしぃよ……もっと欲しいぉ」


 ボクの声に反応したカグヤは、えへへと笑いながら、ボクの耳元でそんな呟きを漏らす。

 完全に夢の中で、しかも何かを食べているみたい。


 しかし、そのもごもごと動き出した口元とボクの耳が近い事に、一種の戦慄を覚える。


 何を食べている夢を見ているのか知らないけど、寝惚けて食いつかれでもしたらヤバい。

 それはもう色んな意味で。ヤバいったらヤバい。


「ちょ、起きて……いや、ちょっと放して」


 カグヤから距離をとろうとするも、ボクを離さないように抱き締めていた。

 挙げ句、その腕から逃げようともがくボクを、無意識なのか、両足まで使ってしっかりと抱え直し、更に密着し拘束してくる。


 ボク自身も病み上がりのせいか本調子ではなく、全身にほとんど力が入らないおかげで、カグヤの抱き締める力に全く抵抗出来ない。


 カグヤより小柄なボクは、すっぽりとその腕と足の内に納まってしまい、脱出不可能になってしまった。


 しかも、だ。


 ボクと一緒に毛布にくるまっているのは分かる。

 冷たい渓流で芯までこごえたボクの身体を、自らの身体を使ってまで必死に温めようとしてくれたのだろう。その献身ぶりに頭が下がる。


 そして、背後からボクを抱きしめているカグヤの両手がボクの脇腹付近にあり、彼女の両足もまたボクの両側から挟み込むように締め付けてくるのも、まあ、その……一応まだ許容範囲だろう。


 ただ。


 その手が直接ボクの素肌を直接触っている上、カグヤと接している背中を始めとして、色んな場所の大部分、その感触が素肌同士で。

 更に、さっきから背中に押し付けられている二つの……。


「……な、ななな……っ!?」


 ボクとカグヤの服はどこ行った!?


 慌てて周囲を見回せば、うず高く積まれていた使わなかった荷物の中に紛れるように、ボクの破れたワンピースやニーハイソックス、そしてパンプスがごっちゃになっていた。

 その横にカグヤの着ていた服も乱雑に散らばっている。


 なんで脱げてるの!

 なんでボク達、その……は、裸で抱き合っ!?


 思わず想像してしまい、一瞬で茹でたタコのように紅潮する。


 そう、コード!

 R十五コードの規制制限はどうしたっ!?


 ま、まさかとは思うけど……。

 ボク自身『フレンド登録者以外のプレイヤー間接触不可』の緩い設定にしているけど、着ている服もこれに準じるじゃ……?


 いや、カグヤは同郷者(プレイヤー)じゃないから、適用外か?

 じゃ、何しても無理……?


 だ、駄目だ。

 あ、頭が()だってグルクルしてきた……。


「えへっ、えへへへっ……ご主人様の匂いだぁ……」


「ちょぉっ!?」


 今度は背後から器用に頬ずりをした後、髪の中に顔を(うず)めて匂いをクンクン嗅ぎ出したカグヤから思わず逃げようとした時、変に暴れたせいか、毛布がはだけかける。


 思わず手を伸ばして毛布を押さえようと下を見た瞬間、深紅の布地に包まれたボクの(つつ)ましい膨らみが目に入って、しばし固まり……。


 ──バサッと素早く毛布を引っ被る。


 ほんの少しだけホッとした。


 よ、良かった。

 下着は付けてたみたい……当然、女性用だけども……。



 ──あー。

 ……そういえばさ。


 精霊女王エターニア様の言い分では、加護衣になった時は下着がインナーウェアの替わりになるんだっけ?

 しかもこれ、破壊不能の効果もないと聞いているからなぁ。

 これまで破れて脱げちゃってたら、この後どうしようかと悩んだところだよねー。



 思考がこの状況を認識して対処するのを拒絶しだして、勝手に現実逃避を始めた。ぼんやりと加護衣の事や、それに連想したとりとめのない事を考え始める。



 毎回デザインと色が変わるこの下着。

 今回の深紅の薔薇をイメージしたレースだったのは、いくらなんでも派手過ぎるんじゃないかな。ボクに合わないと思うんだけど、自分の意志で選択出来ないからなぁ。


 そう言えば、美空姉さんがお嫁に行く前にも、急に派手な下着を大量に持ち始めてた時期があったなぁ。あれ、当時付き合い始めた慎吾しんご義兄にいさんの好みだったんだろうか?


 美空姉さんってば、元々家事が苦手な上、いくら看護師としての仕事で時間がないといっても、ボクにそんな洗濯物(モノ)を押し付けないで欲しかったよ、ホント。


 だいたい普通こんなのおかしいよね?


 精霊女王エターニア様みたいなトップな精霊ひとが、ボクに対して野暮ったいからという理由だけで、破壊不能の本来のインナーウェアを強制解除させた挙げ句、こんな危険な下着(モノ)を強制装備させるのよ。

 ボクは着せ替え人形じゃ無いんだぞ。


 それに、いくら御子とはいえ、一個人にここまで入れ込むなんて。


 壊れても、ボクの意思で自動回復がいくらでも可能な衣装なんて、どう考えても優遇過ぎるでしょ。

 確かボクのMPマナを注ぎ込んだら、加護衣と下着、両方とも、自分の力だけで修復出来るようになっているからね。


 確かにマツリさん以外の生産職の人に見せられるようなモノじゃない。

 前に加護衣の靴で色々試した結果、靴を脱いでボクから一定距離を離れたら、強制的にボクの手元に戻ってくるようになっていた。それに、脱いだ状態で精霊化(スピリチュアル)を解除したら、その場から消えることも分かっている。


 そして、ボクが気を許していない相手、恐らくフレンド登録していない相手には、ボクが脱いだ靴すら(さわ)れない。そんな機能まであった。



 見たところ、ワンピースやニーソックスの方は、あちこちが破れてぼろぼろの布切れになってしまっているから、早く修復させないと。

 完全に元の状態まで修復するのに、どれくらいMP(マナ)が必要なんだろうか?


 壊したのも初めてだからなぁ。


 元のインナーウェアだと、外を普通に出歩けるレベルなんだよ。夏場のTシャツ短パンみたいな感じで全く問題ないのに、ボクのこれはあまりに酷い。


 直るまでこの下着姿でうろうろするのは、恥ずかしい通り越して、普通に通報されるレベルになっちゃってるからなぁ。

 今は周りにカグヤとティアしかいないから、問題ないといっても。


 あ、ぼろぼろでも着て修復したら行けるか?


 色々見えそうだから、どっちにしろ直るまで動けなさそうだけど。


 はぁ……幼馴染(みんな)がこの場にいたら、どんな事になっていた事やら。流石にレントの前では歩けな……。


 ……。


 ……あ。


 な、なっ……。


「何で冷静に受け入れようと努力しているの、ボクはぁあああっ!」


 そ・れ・に!


 よく考えたら、いくらボク自身の身体とはいえ、『謎の光さん』が全く仕事してないじゃないか!?

 サボるな、コラッ!



「ふぎゃぁっ!?」


「へっ……わぁっ!?」


 思わず我に返り、大声で叫んじゃったボクの言葉に、カグヤがビクッと身体を震わせ、急に立とうとしたのかバランスを崩した。

 彼女と手足が絡み付いていたボクまで捲き込んで、そのまま横倒しになり、一緒に地面を転がる。


「……い、いたた」


「あ、あ、あ……ご、ご主……セイが目を覚ましたぁ!」


「ちょっとま……うぎゅっ」


 ボクが喋って動いているのを確認したカグヤ。

 勢いよくガバッと身を起こし、仰向けに転がった状態から起き上がろうとしたボクに飛び付いてきた。

 そのままボクは再び地面に押し倒されて潰され、蛙が潰れたような悲鳴を上げる。


 見上げるボクの瞳に写る、馬乗りになっている彼女の肢体。

 ちょっと前までぐうたらしていた割には、十代後半の年相応の均整の取れた美しいプロポーション。


 そして、その一部に(はし)る一筋の……って、ちょっと待ていっ!


 今度は『謎の光さん』が変に仕事しすぎて、光ってる部分がほそ過ぎる!

 謝るから、全身全て隠して下さいっ!

 

 じ、自分自身のが見えるのはともかく──いや、よくないけど……なんでこんなことに。


「ちょっ、ちょっとなんで全部脱いでるのっ!?

 早く隠しなさい!」


 嬉しそうにブンブン尻尾を振りまくって、笑顔をみせるカグヤから慌てて目を反らしながら言う。


「何で?」


 いやキョトンとして、首を傾げられても困るよ!


「いやボクは男で、カグ……」


「私にとって『寵愛』っていうのは、ご主人様に私の全てを捧げるモノだと決めてたの。

 だから私はとっくにセイのモノ。寵愛を捧げたセイになら、いくら見られても平気だし。

 ……本当はセイの姿もきちんと見たくて、全部()いちゃうつもりだったけど、何故か下着(ソレ)だけ無理だったの。(さわ)れるんだけど、何故か脱がせられなかったんだよ」


 思ったより状況がヤバかった!?

 破損で脱げてしまう事をカグヤが知らなくて助かったよ!


「あとこうして裸同士で温め合うのは人命救助の鉄則で、大事なご主人様(セイ)限定で行う神聖な行為でもあるんだって」


 嬉しそうに尻尾をパタパタと振りながらギュッと抱き付いてきて、更にそう追撃を加えてきたカグヤに、ボクは愕然とする。


「だ、誰がそんな事を……」


 誰がそんな事を吹き込んだ? 


 そう言おうとして、脳裏にあの駄メイドの朗らかな笑顔が浮かぶ。


 間違いない、絶対奴だ!

 こんな良い子になんて事を。

 ボクが気絶している間にどうやってっ!?


「んとね。ディスティア様(おかあさま)とサレス」

 

 犯人ホシが増えたッ!?


「あの時旋風かぜ言伝ことづてが届いて、手当の仕方の指示を受けたの。最後に『出来る事ならそのまま既成事実を狙って、完全に彼のモノになりなさい』って言われたけど、既成事実って何すれば良いの?」


 そんな言葉の意味を知らないような箱入り娘に、あの二柱(ふたり)は何余計な事言ってるんですかぁああっ!


 てか……まさか今も見てるの!?

 くっ、あまり言いたくないけど、これで!


「ボクは十五になったばかりで、まだ子供だから、そんなの無理……」


「こっちの世界ではね、十五なら立派な大人だから問題ないと言いなさいと、サレスから言われたよ?」


 ああっ、伝家の宝刀の『子供だから無理理論』があっさり躱された!

 あの駄メイド、余計な事を!


『……ううっ。カグヤ様ばっかり引っ付いてズルいです。私もお兄様にたっぷり甘えたいです。せめて……頑張ったご褒美に撫でて欲しいです』


 急に恨めしそうなティアの念話こえが響いて来て、思わず固まる。


 ……お、起きてたんだ。


 そりゃこれだけうるさくしてたら、起きちゃうか。

 

 あれ……ってことは?

 今までのやり取り、もしかして聞こえて……た?

 ど、どこから?


『私からしたら、いっつもセイと精霊化ひとつているなれるティアの方が羨ましいよ』


『それでもです。それに……まだ今回みたいな事してません』

 

『んー? 今回みたいな?

 じゃ、今度寝る時にティアも一緒に左右からぎゅーっとしよ?』


『お兄様ぁ……』


 うっ。 


 まぁ、し、仕方ないよね。

 ティアにはいつもお世話になっているから……。


『今度ティアのいう事一つ聞くから、考えておいて』


『分かりました。でも・・ですね?

 考えておきます♪』


 え、何でもって……そこまで言ってな……。


 一瞬で機嫌を直したらしいティアのウキウキした思念(こえ)に、二の句が継げず、がくりと項垂れた。



 どうか。

 どうか、ボクに出来るレベルのお願いでありますように。

 


捕捉です。


カグヤの言う『旋風(かぜ)の言伝』は、サレスの言う『旋風(かぜ)の御使い』と同じで、プレイヤーが使っているメールに相当します。

風の下級精霊が音声を媒介し、物品転送は闇の下級精霊が担当しています。




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