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彼の特殊な精霊事情  作者: 神楽久遠
ワールドイベント開幕
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78話 やらかしたミス

前話の裏側の出来事です。




──レント──



「──そろそろ消えるぞ。準備はいいか?」


 俺とて、こんな場所で山小屋と心中したくない。屋外で出て武器を構え、小屋を背にしてその時を待つ。


 俺の背後には、ハクの陰に隠れるように深く集中に入っている親友セイ月の精霊(カグヤ)の姿。精霊魔法の詠唱を終え、今か今かとセーフティエリアの効力が消えるのを待っていた。


 使う魔法は協議の結果、あの歌うトレントに使った『雷神の鎚(ミョルニル)』……だったか? それではなく、雷と風の範囲魔法になった。


 セイいわく。

 あの『雷神の鎚(ミョルニル)』は範囲可変式単体魔法ではあるが、相手を動けなくしてから当てるか、集団密集している場所に落とすような使い方をする魔法であり、今回のような魔獣型ボスに開幕で当てるのは難しいとの事だった。


 もし躱されてしまったら、その後のリカバリーが出来なくなるとまで言われれば、強く言えず、引き下がらずを得ない。


 確かに言っている意味は分かる。

 そりゃそうだ。


 トレントに向かって飛んでいくスピードも遅かったしな。

 元気に走り回るであろう魔獣に当てるなんて真似はそうそう出来るわけないし、あんなえげつない魔法をリスクもなしに気軽にポンポン撃たれたら、他の魔法師の立場がない。


 使う予定の魔法名も聞いている。

 昔やっていたゲームの魔法を引用していることに気付いていたから、使うと告げられた魔法もどんな魔法かは多少は分かる。


 確か……フィールドをかき乱す中級魔法で、展開中相手の行動を制限し、雷にて感電させて麻痺を振り撒く魔法だったはず。

 デバフの一面も持っている為、その分あの魔法は威力が低いんだが。


 そんな魔法で大丈夫か?


 そう思ったが、言葉に出す前に飲み込んだ。

 魔法の事は、あのゲーム上の表面的な知識しかない。こちらの世界で再現したらどうなるかなんて、剣士の俺にとっては未知数だ。

 その辺は全てアイツに委ねるしかなかった。




 そうして俺達は熊と睨み合いをする事、数分。

 遂に、結界がシャランッと軽やかな音を奏でて砕けた。同時にボス熊が吠え、両脇の影のようなチビ熊が跳び掛かって来ようと動いた刹那、セイが先制する。


「させない!

 ──共鳴せし怒涛(どとう)の咆哮!」


 アイツが発した力ある言葉に、空気が震え、急激な気圧変化に耳が鳴った。

 風の繭で俺達を包み込んで保護した後、雷を撒き散らしながら、旋風かぜが渦巻き始める。


 跳び掛かってきた影熊達は、現れた竜巻に自ら飛び込む形で宙を舞い、旋風(かぜ)の刃によって細切れになり、磨り潰され、雷を浴びて塵と化してゆく。

 ボス熊も両腕を顔の前で交差させ、丸まって防御姿勢をとるが、全身をズタズタに切り裂かれ、雷に撃たれ、腐肉の焼ける異臭が立ち込め始める。



 ……。

 ……って、おいおい。


 ここまで威力が上がるのかよ。

 あの魔法以外も半端ないな。これがセイの精霊魔法の力、そして二柱の上級精霊(ティアとカグヤ)の力を借りて増幅(ブースト)した結果か。



 ただ、同時に確信も得る。

 やはりこの場で、この人数で戦うのは無謀すぎる。俺達だけでは荷が重すぎる。


 ボス熊は傷付いていくが、再生も同時に行っているようだ。大して減っていかない奴のHPバーを見て、俺は戦慄する。こいつに比べれば、前に倒したトロールなんぞ雑魚同然だ。


 これでも威力が足りないのか!?

 なんてボス出しやがる!


 自動回復する相手に、DPS──つまり『時間当たりのダメージ率』が足りてない。それとも異常な程の大量のHPを抱え込んでいるか、どちらかだ。


 不死者(ノスフェラトウ)に変化したせいで、通常の生物みたいに致命傷を与えてバッサリ、という戦略が取れなくなっている。光属性攻撃を当てれば、何とかなるかも知れないが、俺達のメンバーだと、ユイカが低レベルの初級魔法を数種類使えるのみ。

 焼け石に水だ。


 やはり当初の作戦通り、ルーンヘイズの街へと向かい、このサーバーのプレイヤー達に声をかけ、その力を借りなければ。


「散れっ!」


 撤退の合図と決めていた俺の言葉に、セイがカグヤをその身に回収し、ハクに飛び乗った。同時に、背後の山小屋の壁に旋風(かぜ)を叩き付ける。

 その力に耐え切れなかった木製の壁は、轟音を立てて吹き飛び、俺達が通り抜けられる程度の穴が反対側まで出来る。


「セイ、例の指示通りに!」


「そっちもよろしく!」


 旋風(かぜ)の音に負けないよう怒鳴り合い、山小屋の背後に抜け、俺達は別れた。




「奴はやっぱりセイの方に行ったな」


「──やっぱりとか言うな!」


 周囲を警戒しながら道なき道を進むこと、数時間。太陽が傾きだした頃、巨大熊が俺達の後を追ってこない事を確信し、本来の山道に出る前に休憩を行っていた。


 その際ホッとし過ぎるあまり、思わずそう漏らしてしまった言葉に、ユイカは低く怒りのこもった声で俺に噛み付いてきた。


 俺が提案した作戦に、最初から否定的だったユイカ。

 他に選択肢がなく、山小屋にいた時や移動中は黙り込んだままだったが、ずっと気持ちを押し殺していたせいか、かなり鬱憤を溜めてしまっていたようだ。声には出さないが、ティリルからも非難の眼差しが飛んでくる。


「ヘイト管理とか、その辺全く理解してない初心者のセイ君に先制攻撃させた時点で確信犯の癖に!」


「違う! そんなつもりは毛頭ない!

 ……あの時は、火力関係なしにしても、目眩まし役をこなせる奴がアイツしかいなかった。それに時間がなかったせいで、そこまで教えている余裕がなかったんだ」


「例えそうだったとしても。もし、セイ君にまた(・・)何かあったら、一生ゆるさないからね」


「……セイも俺も似たような感覚でいるが、現実リアルとかわりないように見えても、これはゲームだから安……」


「レントさん」


 二人を安心させる為に「ゲームだから安全だ」と続けようとして、ティリルに遮られる。


「わたし達はそんな言葉、聞きたくありません」


「……」


「その言葉を言わないで下さい。レントさん自身も、本心では思ってもいない事をわざわざ言わないで下さい。

 今回の事も、セイくん自身が自分の意思で選んだ道なんですから、応援したいし、力になってあげたいし、支えたいんです。

 だから……そんな安易なその言葉で、セイくんの決意を(けが)して欲しくないです」


「……すまない」


「……いえ、わたしの方こそごめんなさい。言い過ぎました。わたし達への気休めになるようにと、そう言おうとしたのは分かりますから。

 でも、それは不要です。何かあれば、セイくんはわたしが、わたし達が支えます。レントさんもやるべき事をお願いします」


「……うん、いがみ合ってても仕方ないよね。

 あたしは周りを警戒するから、お兄はとっとと掲示板にレイド情報流して。早く街まで行って、セイ君を呼び寄せて助けないと。

 二人とも走りながら、作業こなせる?」


「……ああ、問題ない」


「基本的な継続回復(リジェネ)なら、『聖唱』の魔法式の方で自動制御されているから問題ないよ、ユイカ。

 それよりも急ごう。早く行けば行くほど、セイくんが楽になるよ」


 普段はアイツより一歩退()いた位置にいて、のんびりしている事が多いこの二人。


 この短い休憩の間に、てきぱきと役割分担を話し合い、休憩を切り上げてさっさと動き出した彼女達に一瞬面食らうが、そりゃ当たり前だよな。

 自分の大切な異性ひとが、今も自分達を逃がす為に、必死に囮役をこなしているのだから。



 全身全霊で恋をし、愛する者の為に行動する人は、()くも強いモノなのか。

 ホント羨ましい限りだ。



 先陣切って駆け足で整備された山道を下っていく彼女達の後ろに付いて行きながら、俺は掲示板を開く。

 自分の足で走りながら文字を入力するのはキツイものがあるが、そんな事を言っている場合じゃない。アイツを助けたいのは、俺も同じだ。


 幸いセイが鑑定したスクショだけでなく、セイが映りこんでいる動画も撮ってある為、状況の説明はしやすい。協力してもらえそうな人達にも当てがある。


 もちろん彼らにも隠すつもりはない。

 ただ、アイツにレイドボスなんてものの囮役を押し付けた以上、ユイカとティリルだけでなく、アイツのファン達の怒りの矛先が俺に向いたとしても仕方がないと思っている。

 頭だって下げるつもりだし、殴られても構わない。


 頑張っているアイツを助けられるなら、それくらい容易い事だ。



 心配事はまだある。

 この山道はインスタンスダンジョン扱いだ。そしてルーンヘイズの街は、恐らく通常マップ。

 

 あの巨大熊に追いかけられたまま、この山道を出口側に抜け出せるかどうかが分からない。いや、普通は入口側にしか抜け出せない。当然抜け出せなければ、俺達だけでなく、セイも詰む。


 なのにこの賭けに出た訳はいくつか理由があり、その一つが奴がレイドボスだという事。

 

 レイドボスというのは前の坑道のボスだったトロールのように、小隊規模……つまり複数のパーティーで戦う為のボスだからだ。レイドボスは一つのパーティーだけで挑むような、そして倒し切れるような甘いボスじゃない。


 そして『()()()()()()()()()』という性質が付与されたレイドボス。山道を越えても、俺達を追跡してくるはずだ。


 街で迎撃失敗すれば大幅な減点になるだろうが、もし倒しきれれば大幅なプラスになるだろう。参加を呼び掛けやすいのもあるな。


 イベントのサブタイにぴったりじゃないか、この状況。


 そんな理由で俺は決断した。街まで行けば、応援を要請する事が可能なはずだ。

 そこで、セイの個人スレッドによく出没するプレイヤー達に、アイツの親衛隊(ファン)に応援を頼む。彼らがゴールしてしまう前に、だ。

 

 前の坑道の出来事が頭をよぎる。

 あの時も時間に焦り、セイの為に神経をすり減らしながら、ダンジョンを駆け抜けていた……。


 全く……先が思いやられるな。

 俺達はいつも分の悪い賭けばかりしている。



「お兄。今の掲示板の状況はどう? 無事に行きそうなの?」


 掲示板でやり取りを繰り広げながら、前の出来事を思い出していた時、ユイカがそう話しかけてきた。


「今こちらの状況は、全て打ち終わった。スレの反応は、どっちかというと概ね好印象だ。これなら大丈夫か?

 俺のIDを公開する形で打ったから、問い合わせのメールが来るだろうし、そこから更に調整だな」


「良かったです。何とかなりそうですね」


「ああ、そうあって欲しいな。

 で、その間に過去の書き込みを見ているんだが、山越えのパーティーが何組か全滅したとの報告がある。その全滅のほとんどが第三陣プレイヤー、つまりは俺達のような初心者で、さっきの敵性召喚罠(エネミー・サモン・トラップ)に引っかかり、ボス級ゴーレム兵にやられたらしい。

 ──しかし、何故だ? 俺達のようなレイド級ボス報告が全くないのがおかしい」


 この状況はあり得ない。

 まさかサーバーに一体だけの制限が付いていたのか?

 俺達の方に出てきたのは何故だ?


 そこまで考えて、嫌な予感が頭をよぎる。


 罠に掛かったのは、いずれも俺達のような初心者パーティーだ。

 だが、決定的に彼等とは違う要素がある。


 言いたくないが……それはセイの特異職(ユニークジョブ)


 これに引きずられて出て来てしまったのであれば、なんて運の悪い……。

 しかも、こういう時は嫌な事が重なるもので、出来れば見たくなかった一文を発見してしまう。


「これは……ちょっと待て?

 ……もしかして読み違えたのか!?」


「えっ!?」


 慌ててスクショの地図を開くと、トレントの森を抜けた先の二股に別れていた小道その向こうに、小さな字で〔ウマ〕とあり、丸がついていた。しかもその先は、廃村から伸びている街道と合流している。


 くっ、なんてこった。

 これはヒント表示だ。こんな大事なものを見落とすという痛恨のミス。


「お兄、どういう事?」


「トレントの森を抜けた先から分岐する街道もあったんだが、そっち側には牧場があり、騎乗生物を販売するお店があったらしい」


「えっ? じゃあそれって?」


「この情報が本当の事を言ってるなら、そっちが一番楽なルートだ。つまりこっちの山道ルートがサブタイ通り、デスルートの一つになる……」


 やられた。スクショのせいで、小さな字になってしまったんだろう。

 壁自体を見ていたら、こんな致命的なミスは起こさなかった。


 いや、人のせいにするのは良くないな。トレントがイベントボスという鑑定結果に安心して、正規ルートにいると油断していたのはこの俺だ。

 更に分岐する街道の先を思い込みでチェックしなかったというダブルミスをやらかしている。


 これがデスルートなら、他にもヤバい罠がありそうだ。

 レイド級に追いかけ回されるという以上の罠なんて、そうそうありそうにはないが。

 いや、レイドボスというとんでもない仕掛けが動いたのだ。出来る事なら、他の仕掛けは全部止まって欲しい。


 そうであってくれ。 



「──待って下さいっ!」


 内心頭を抱えていたら、急にティリルが立ち止まり、制止を呼び掛けてきた。その表情は青褪め、ただならぬ様子に、俺とユイカも足を止めて問いかける。


 今度は何だ?

 何が起こった?


「ティリル、どうしたの?」


「何があった?」


「セイくんが……急激に弱り始めて」


 そう告げると、慌てて『聖唱』スキルの聖句を唱え始め、〔魂の契約(アニムス・パクトゥム)〕の繫がりを強化し、回復援護を始める。


 その意味することに気付く。


「まさか……追い付かれたのか!?」


「多分違います。この状態異常の量と種類は……」


「な、なんとかならないのか?」


「わたしのスキルレベルが低い上、離れすぎてて……悔しいですが、今は生命維持が精一杯です」


「そ、そんな……セイ君……」


 真っ青になりよろけたユイカを、俺は咄嗟に支えた。


 消耗するMPマナをポーションで補給しつつ、アイツのステータス状況を確認しながら、状況に対応する聖句を必死に唱えて祈り続けるティリルを、俺達二人は眺めていることしか出来ずにいた。



 セイ、頼む。

 何とか無事に切り抜けてくれ……。


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