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彼の特殊な精霊事情  作者: 神楽久遠
ワールドイベント開幕
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76話 早朝の訪問者


 カレーを発端としたちょっとした騒ぎも収まり、夜も更けてゆき……。

 そして、朝を迎えようかとしたその早朝に事が起きた。




 ゾクリと身の毛がよだつ悪寒が全身を貫き、微睡の中から瞬時に覚醒した。


『──っ!? 御子(セイ)様!』


 唸り声と共に、鋭い念話がハクのお腹の毛に埋もれて寝ていたボクの脳裏に届く。

 更に複数の気配が急に現れてこちらを取り囲んできたのを感じて、瞬時に飛び起きる。


「いきなりなんだっ!?

 敵襲かっ!?」


 壁際ではなく部屋の中央付近に座って、防具を外さないまま寝ていたレントも、慌てて飛び起きてきた。横に寝かせていた剣を慌ててひっ掴み、立ち上がり周囲に見回し始める。


「ティア! ほら、起きてっ!」


「……ふぁーい?」


 ボクの胸にしがみ付く形で寝ていたティアを揺り起こす。

 まだ寝ぼけ眼を擦るティアに悪いと思ったけど、余裕がもうない。そのまま抱き起こし、彼女の手を握りしめ、おでこを合わせて精霊化(スピリチュアル)を行う。


 何かに完全に周囲を囲まれている?


 気配察知のスキルから伝わってくる敵の数は、全部で七つ。大半が雑魚のようだけど、その内一つの気配がとても大きい。


「『テンライ』確認をお願い』


『はいな』


 ボクの内から飛び立つテンライの視界とボクの視界を、すぐさまリンクさせる。


 そこに見たものとは……。


「熊……?」


 初めは巨大な岩かと思ったソレ(・・)。こじんまりとしているこの山小屋の前に、巨大な熊がでんと座っていて、こちらの山小屋を()()()()()いる。しかも周囲には、その熊を小さくしたかのような獣の姿が六頭確認出来た。


 普通だったら、単に野獣との戦闘が始まるのだと、思ったのだけど。


 そのボス熊の大きさが普通じゃない。

 ボク達がいる山小屋と同じくらいの座高である。それが山小屋の横にちょこんと座っている様は、どこか愛嬌がある風景に見えなくもないけど、こちらが襲われる立場だと恐怖しか感じない。


 左目は何故か潰れているが、残った右目は真っ赤に染まり、全身が陽炎のように輪郭が揺らめいている。

 そしてその巨大熊の口からは、毒々しく泡立つ涎と瘴気が……。


 ……えっ、瘴気?

 まさか邪気生物!?


 その時偶然か、巨大熊が身動ぎした際に、こちらと視線が合い……。


「ぴっ!?

 れ、れれ、れんとぉっ!

 くま、クマ熊ががっ、喰われて、いっぱいっ!?」


「セイ、落ち着けっ!」


 テンライに喰い付こうとして視界いっぱいに熊の口内を見せ付けられ、捕食者(クマ)への生理的な恐怖と嫌悪感と怯えに声を震わすボクの両肩を、レントは軽く押さえた。


「分かったから、ゆっくり見たものを話せ、な?」


「……う」


 諭すように言われて、取り乱した事が少し恥ずかしくなり、そっぽを向く。

 視線を向けた先では、武器をその手に、ユイカとティリルも既に緊張した面持ちで待機していた。いつでも出れる準備が整っているのを見て、こちらも話し始める。


「片目が潰れた巨大熊が一頭。その周りに六頭の熊」


「敵は七頭か」


「うん。ただボス熊が異様に大きいよ。この山小屋くらいある」


「えっ?」


「それ熊ですか?」


「陽炎のように瘴気を纏ってるし、どう考えてもボス級なんだけど、なんでこんなところに出てくるんだよ」


「セーフティエリア内だから大丈夫ですよね?」


「……いや、そうも言ってられないな」


 一つだけある山小屋の覗き窓から外の様子を見ていたレントが、心配そうに言うティリルの言葉を否定した。


「セーフティエリアの燐光が真っ赤になっている。どうやらセーフティエリアの機能をつけた罠だったようだな。

 燐光が薄れ出しているあの様子じゃ、結界が今にも消えそうだな。討伐か脱出かを急いで決めないと。

 ……あれか、あれがセイが言った巨大くっ!?」


 そのボス熊の姿を見た瞬間、言葉を詰まらせるレントを不安そうに見詰めるボク達。


「一体どうしたのさ?」


「セイ、精霊眼鑑定いけるか?」


「ちょっと待って」


 咄嗟に上空へと避難させたテンライと再びリンクする。テンライから恐怖からくる泣き言が伝わってくるが、近寄らなくていいからとお願いして、その眼を熊の方に向けてもらう。


 説明している時間も惜しい。

 鑑定結果をスクショで撮り、パーティー内メール発信で共有する。




名 称:ディスアグリー (不死者(ノスフェラトウ)) レイド級

状 態:生ける死体(リビングデッド)

スキル:突進 噛み付き 爪撃 再生 眷属召喚

    毒撃

弱 点:特に光に弱い


〔特記事項〕

 創造神が今回の試練の為に復活させた試練モンスターの内の一体。

 かつて旅人や村を襲っては、人を喰らい続けた人喰い熊。

 悲しみを背負ったとある青年達が、悠久の時を越え、その勇気を示し、死闘の末に打ち倒した。

 再び現世へ生ける死体(リビングデッド)として甦ってきたが、かつての力は変質し、試練モンスターとしての力はない。




「……おいこら、運営。マジかよ!」


 ボクからメールを受け取ったレントが空に向かって吠えるのを、ボク達は唖然として見守る。


 はいぃ?

 いきなり何を?


「ど、どうしたのさ!?」


「あいつ、昔アーサーさん達が一度負けた奴だ」

 

 ええっ!

 あのアーサーさん達が一度負けた相手っ!?


「アーサーさんはアイツと色々と因縁があってな。詳しい事は省くが、最終的にはあいつを倒して特異職(ユニークジョブ)の資格を得たらしい」


「じゃあ、お兄。あたし達もこいつを倒せば、特異職(ユニークジョブ)に?」


「いや、無理だろ。アイツには特異職(ユニークジョブ)に関する条件のトリガーはもうないと思う。

 たとえ同じ特異職(ユニークジョブ)であろうと、発生するトリガーと進行ルートが同じものはないと、公式サイト上でも発表されていたからな」


「つ、つまり?」


「面倒なだけの実入りのない強敵遭遇戦。素材は手に入るかもしれんが」


「に、逃げれるんですか?」


「分からん」


 そ、そんなのあり?

 しかもそんな時に限って、気付きたくないものに気付くんだよね。


 ふと、視界に映ったセーフティエリア外周の燐光。禍々しい赤黒い色に変色していたソレが、鑑定出来てしまう。




名称:敵性召喚罠(エネミー・サモン・トラップ)

状態:発動中

種別:(トラップ)


〔特記事項〕

 セーフティエリアの機能もあるが、油断した冒険者を嵌める偽装された罠領域(トラップエリア)

 色が違うので、見破る事は容易(たやす)いが、初見殺しの罠である。

 一定期間エリア内に滞在した者の魔力を少しずつ搾取し、退場した時か、魔力最大蓄積で赤くなり発動する。

 発動後三十分で、セーフティエリアの効果は消失する。

 モンスターの強さは蓄積量に比例し、逃げても標的の魔力波形を覚えている為、何処までも追い掛けられてしまう厄介な罠。




 ちょっ、ちょっと、ちょっとぉっ!?

 なにこれ? ナニコレ!?


 何で昨日嫌な予感がした時に鑑定しとかなかったんだよ、ボクのバカ!


 頭を抱えてしまう。


「これ、敵性召喚罠(エネミー・サモン・トラップ)って名前の罠だったみたい。鑑定でそう出たよ。多分何処までも追い掛けてくる」


「えぇっ!?」


 しかももう赤く染まって発動している事から、魔力最大蓄積の最大難度になっちゃってるし。

 目の前から何とか逃げられたとしても、ずっと追いかけっこになる。引き離せられるとは思えない。


「……覚悟を決めるしかないのか?」


「そ、そうです。セイくんの魔法を詠唱しておいて、エリアを出た瞬間ぶつけるとか?」


「「それだっ!」」


「それだ、じゃない!

 簡単な魔法ならともかく、あのトレントにぶち当てたレベルを使うなら、極度の集中力だけじゃなく、ティアやカグヤとの最上級レベルの連携が必要なんだよ。まだ寝てるあの子達にそんな事をさせるのは……」


 カグヤがボクの中でまだ眠っている以上無理だし、寝起きがあまりよろしくないティアに無理させるのは避けたい。

 避けたいのだけど。


「セイ、そんな事を言ってる場合か?」


 静かな口調で訊いてくるレントに、ボクは言葉を詰まらせる。


「確かにこれは、俺達の世界から見たら仮想世界ゲームだ。この世界での俺達は、たとえ死んでも復活する。

 だが、お前はこれはもう一つの現実リアルだと言ったな?」


「……」


「俺達の世界……つまり現実だったとして、お前はこの状況下になれば、寝ていて起こすのが可哀想だからという理由だけで、大事な仲間を死の危険にさらすのか?」


「……」


「どうなんだ?」


「お兄、言い方が……」


「……いや、レントの言う通りだよ」


 割って入ろうとしたユイカを押し留め、口に出さないまでもハラハラと心配そうにこちらを見つめるティリルをちらりと見て、ボクはレントに向き直った。


「そうだ。お前はそんな事を考える奴じゃないだろう?

 あの二柱(ふたり)はこの美しくも厳しい世界でお前と一緒に生きていく事を希望しているし、お前も二柱(ふたり)と一緒にいるつもりなんだろう?

 なら、甘やかすばかりじゃ彼女達の為にもならないのも分かるな?」


「そうだね」


 レントの言う通りだよ。ちくしょう。


 彼女達この世界の人達との触れ合いも含めて、この世界を自分の中では『現実(リアル』同然だと位置付けていたのに、まだまだ『仮想世界(ゲーム)』だという思いをどこか無意識に考えていた事を、ボクは強く再認識させられた。


 自分で望んで決めていた事だったのにね。



 小説やアニメなどでよくある、異世界に飛ばされてしまう物語の主人公のように。


 その世界の仲間たちと触れ合い、旅をする物語に憧れていたボクとしては。



 この世界にいる間は『御陵理玖』ではなく古代森精種エンシェントエルフの『セイ』であり、どちらの世界のボクも、仲間ひとが傷付くのを黙って見てる事なんて出来る筈はないんだ。



 ちらりと外の様子を見やる。

 外周の燐光は、もうほとんど見えなくなっている。そろそろセーフティエリアとしての機能を失いそうだ。


 ふと、巨大熊と目が合う。奴がこちらを見て、ニヤリと笑った気がした。 


 あんな奴に負けて堪るものか。

 大切な仲間ひとを失う真似をして堪るか。


 思い出させてくれてありがとう、レント。


「──出来る限りのことをするから、ぎりぎりまで時間を頂戴」


「ああ。それと俺に作戦というか、最悪の事態に備えた提案がある」


 それは……。

 いや、そうならないように全力を尽くすだけだよ。


 レントの説明を聞きながら、ボクはティアとカグヤに呼び掛けを続けていた。






いつも読んでいただき、ありがとうございます。


活動報告でも書きましたが、ちょっとリアル事情につき、現在更新頻度が遅くなっております。

出来る限りの更新スピードを出したく思いますが、よろしくお願いいたします。



固い挨拶はこの辺で。


世間は三連休ですが、当然仕事……(。´Д⊂)

26話くらいから、書き貯め無しで走ってきた弊害もありそう。この遅筆が憎いっ!


あと、断れないように回りを固めてから、お願いをしてくる人にはご用心です。

(どうしようもないけどw)



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