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彼の特殊な精霊事情  作者: 神楽久遠
ワールドイベント開幕
73/190

73話 撤退するよっ!


『誰か助けてっ!』


『あるじっ!』


 ボクの心の悲鳴が念話として起動、周囲に響く。その思念(こえ)に真っ先に反応し状況を察したリンが、ボクのワンピースの襟首を咥えて、無理矢理引っ張り始める。


 って、うぎゃあっ!?

 痛い痛いっ!

 逆に首が絞まるっ!


『あるじ、精霊の力を早く使って!』


 えっ、なんの……?

 ……あっ!


 リンの慌てた発言にすっかり忘れていたそのスキル〔物質透過〕を発動し、ティリルの腕をすり抜ける。

 更に〔浮遊〕で少し浮いて実体化し直したところを、リンがボクの腰辺りの服をカプリと咥え、彼女から完全に引き剥がした。


 た、助かった……。


 念話を始めとする精霊の技はどうやら魔法ではなく、スキル扱いになっているようだ。

 もしスキルまで封印されていたら、多分きっと最高に情けない理由で、死に戻りするところだった。


 口に咥えられてぷらぷらと揺れている状態のボクを、リンは首をブンッと大きく振ってボクを宙に放り投げ、背中で上手くキャッチする。

 背中のたてがみ部分でふわりと受け止められたボクは、ようやく一息ついた。


『お兄様、大丈夫ですか?』


『うん。ただ正直に言うと、ちょっとツラい。ティアもごめんね』


 自分も辛いだろうに。

 心配して思念(こえ)をかけてくるティアに、ボクはぐったりとしながらも、なんとか返事を返す。


 毒特有の倦怠感と灼熱感が身体を蝕み、呼吸が解放されてからも息苦しさと痛みがボクを苛んでいる。

 しかも同化同調しているせいで、ティアの方にまでダメージが届いてしまっているようだ。彼女の思念(こえ)にも、隠し切れていない苦痛の震えがある。


 ホントごめん。


 カグヤはというと、怯えてしまって頭を抱えてプルプル震えてる気配がする。


『カグヤ? 大丈夫?』


『い、いやぁ……ティアやセイが……ご主人様まで死んじゃう。私を置いて、また……』

 

 ボクの思念(こえ)が届いていない。


 カグヤが仲間になってからは、これが初めてのダメージ。もちろんティアにとっても。

 ボクとティアの苦痛に耐えるその感情に、過敏に反応してしまったようだ。


 それがどうも……例の事件と結び付いてしまい、トラウマとなって、カグヤの頭の中にフラッシュバックしてしまった?


『カグヤッ!』


 ビクッと反応したカグヤに、今度は柔らかい声をかける。


『落ち着いて、状況を見て。ボク達は大丈夫』


『……あ』


『勝手にカグヤを置いていかない。約束する。頼りになる仲間達がいるし、それにいざとなったら、カグヤもボクを助けてくれるんでしょ?』


『あ、当たり前だよ!』


『だから大丈夫。もっと落ち着いてボクや周りを見て。ボク達の為に祈り続けて欲しいな』


『うん……頑張る。だからご(しゅ)……セイも私をずっと離さないでね』


 良かった。少しは持ち直してくれたみたいだ。



『リンは大丈夫……そうだね?』


『僕に状態異常は効かない』


『なにそれズルい』


 あ、いや。そんな事言ってる場合じゃなかった。


 しかし、このままじゃマズい。

 声も出せないし、視界も未だに薄暗闇状態。おまけに全身が全く動かず、精霊魔法も使えず、リンの力の補助のおかげでなんとか背中に引っかかっている状態だ。

 こんな状態では、とても戦闘なんて出来る筈がない。


 少し離れた位置にいたレントとユイカは大丈夫かな?

 もし同じように動けなくなっているなら、何とか助けないと。


『ハクは動ける? 戦闘は?』


『な、なんとか動けます。ただ戦闘行動だと、力の消耗が激しすぎます』


 やっぱり撤退優先だな。


『リンはティリルをハクの背へ!

 ハクは一旦安全地帯までティリルを運んで!』


『『心得(ました)た』』


「ひゃああぁっ……」


 ティリルの悲鳴が遠さがっていく。多分ボクと同じく咥えられて、ハクの方に放り投げられたんだろう。


 乱暴な事してごめん!


 そう心の中で謝りながら、リンにレントとユイカの状況を聞く。


 レントは動けなくなっていたユイカを抱えて一旦離れた後、こちらを助けに向かって来ていたようだ。無事動き出したボク達を見て元来た道へと引き返したと、リンから報告を受ける。


 よし、ボクも脱出しよう。


 動かない設置型ボスのおかげで、逃げるのだけは大変楽だった。




「ご、ご迷惑をお掛けしました……」


「その、こっちこそゴメン」


 全員無事に脱出し、ボスエリア手前のセーフティエリアまで撤退、一息ついた。


 待ち構えていたティリルにボクの状態異常を治してもらい、その彼女の第一声がこれである。

 ティリルは恐縮してボクに謝ってくるけど、むしろボクの方が謝らなくてはならないと思う。経緯はどうであれ。


 真っ赤になりながらもお互いに頭を下げあった後、ティリルに許してもらえたことにホッとし、その後、座り込んで休んでいると、向かいに座っていたレントが聞いてきた。


「なぁ、遠目で分からなかったんだが、何がどうなってたんだ?」


「ノーコメント。見たまんまだし」


「いや、お前が状態異常まみれになってたのは分かるんだが、ティリルの職って確か……」


「ふえっ!?

 れ、レントさん、わたしの事はもういいから……」


 レントが思い出そうと考え込んだのを見て、ティリルが目に見えて慌て出す。


 あの後、「ティリルは〔魅了(チャーム)〕に掛かってたんじゃない? ()かないであげてね」と、こっそりユイカに言われてたんだよ。


 そりゃ確かにそんな事言われたら、ティリルも恥ずかしいだろうし、ボクもユイカの提案に頷いて何も訊かないようにしてたんだ。

 だから、ノーコメントって言ったのに、何でレントは混ぜっ返すんだ?


「……そうそう。確か〔癒しの導き手〕は、攻撃力がほぼない代わりに、完全状態異常無こってぇ!?」


「あ、お兄ゴメーン。手が滑っちゃって、落としちゃった」


 ホウキ型杖の柄がレントの頭頂部に直撃し、その背後に立っていたユイカがおほほ、と笑う。


 ちゃんと聞き取れなかったから何か分からないんだけど、レントの今の言葉、ユイカにとって言われたくなかったいうのは分かる。


 ただ……今、思いっきり振りかぶっていたよね?

 一応セーフティエリア内だから、衝撃とチクッとする程度の僅かな痛みだけで、レントにダメージはないんだけど。


「……おいこら、この馬鹿ユイカ」


「デリカシーのない男は嫌われるよ、お兄。一般論だけど」


「誰にとは言わんが、狂暴な女も嫌われるぞ、妹よ。一般論だけどな」


「「……!」」


 睨み合いを始めた双子に、ボクとティリルは顔を見合せ、溜め息をつきあう形となった。





「動かないボスのおかげで、こうして無事に逃げれたんだけど、これからどうしよう?」


 二人が本気でやり合ってないくらい、長い付き合いだ、すぐに分かる。


 今回はユイカが悪いけど、レントにも原因がありそうだ。両成敗だし、こうしたガス抜きも必要だろうと、ちょっとした言い争い(スキンシップ)をしている二人を見ないようにして、ティリルに訊ねる。


 そんな二人を見て乾いた笑いを漏らしていたティリルは、ボクの問いに考え込むような仕草をする。


「歌い出す前に、遠くから火達磨にするってのはどうかな?」


「……いくら火に弱いからと言っても、一応生木だよ?

 それに一撃で倒せなきゃ、やっぱり歌われるし、ミニマムトレントのようにパワーアップするかも知れないよ?」


「うーん、どうしたらいいんでしょう?」


「状態異常対策、そして耳栓等の音波対策。これくらいしかな……ぐえっ」


 ピッと人差し指を立てながらティリルと話していると、ボクの背後から飛び付いてきたユイカにぺチャリと潰され、カエルのような呻き声が出た。


「セイ君、助けてぇ~」


 ボクの首に後ろからしがみつきながら、一緒に地面に転がりつつ甘えてくるユイカ。

 何とか起き上がり座り直しても、ボクの首に腕を回して背に再び引っ付いてくる。


「ちょっとユイカ。少しは……」


「やっ!」


 なんか幼児みたいな返事をし、ボクにべったり引っ付いたまま首を振って離れない。そして、頬擦りまで始めてくる。

 ため息がまた出る。


 たまにこんな風に幼児化する上、ボクから離れたがらなくなるんだよなぁ。


「じゃ、一緒に対策考えよう」


「うん」


「……セイ、たまにはビシッと言わないと、ダメだぞ」


 とは言っても、ね。

 甘いのは分かってるんだけど、何だか引け目を感じるんだよ。ユイカがこうなるのも、過去のボクのせいみたいだし。


 レントも怒っている訳じゃない。ユイカやボクの為に言ってくれてるだけだし、あのやり取りも何か意味はあるんだろう。

 だから今回はちゃんと言おうと思う。レントにも、だ。


「──ユイカ。いくら理由があっても、たとえセーフティエリア内で怪我をしないといっても、仲間を杖なんかで殴っちゃ駄目だからね。

 ほら、レントに謝る」


 ぽふっ、と感じでユイカの頭に手を置く。少し揺れる彼女の目を覗き込みながら、そう諭すように伝えると、素直にユイカは頭を下げた。


「お兄、ごめんなさい」


「分かってると思うけど、レントもだよ」


「……ユイカ、ティリル。二人ともすまない」


「い、いえ。わたしは……その」


「分かっている。ただ、いつかはちゃんと言ってやってくれ」


「……はい」


 少し分からないやり取りを交わしている二人を見て、ボクも知識的にみんなより劣っていることを自覚する。


 余計なことをレントに言わせちゃったんだろうな。ボクも反省しないと。

 

 口を開こうとしたボクを見て、レントはパンッと手を叩いた。


「よし、この話はもう終わりだ。ボスの対策を始めるぞ」


 やるなら後で個人的にやれ、なんだろうな。


 レントからそう暗に言われたような気がして、ボクは押し黙り、気持ちを切り替える。


 ボスについて判明したことを語り始める彼の言葉に、静かに耳を傾けていった。




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