70話 リンとの契約
そういえば、ここ最近全く戦闘シーンがない気がする……。
昨日の事だ。
精霊化のレベルが二十の大台に乗った事で、新たな雷獣契約が出来るようになったので、今のうちに契約しておこうと言い出したのが事の始まり。
その様子をマーリンさんが見たいと言い出した。
仲間には別段隠すようなことでも無い為、みんなでビギンの街の北の森へ出掛け、森の中の広場で執り行う運びとなった。
みんなには、今回の契約相手に『騎馬』を召喚する事を伝えてあった。ボクの様子を離れた位置で見守るみんな。
無事契約がいくようにと、ティアだけでなく、カグヤも上手くいくよう祈ってくれていた。
今から思えば、多分カグヤの持つ『献身』の力が変に作用したのだろう。
前回のテンライの時とは違い、青白い光を発し始めた契約魔法陣の異変に、前回体験していたボクとユイカ、そしてティアだけが気が付いたんだ。
『テ、ティア。これ大丈夫なの!?』
『わ、分かりません。雷鳴の精霊の知識上、こんなことは一度もな……。
──っ!? 何かが強引に抜けて来ます!』
地面に描かれた魔法陣から蒼雷を派手に噴き上げ、現れ出た白き幻獣。
雄々しく天を突くように伸びる蒼角。
白き毛皮と純白の鱗を纏った馬体。
その悠然とした気品溢れる佇まいに、ボクは釘付けになった。
かの者のつぶらな瞳と、暫し、見つめ合うボク。
「……う、馬げっと?」
「「「絶対違う(わ)っ!」」」
何とか言葉を発したボクに、椿玄斎さんとよく分かってないカグヤ以外の全員のツッコミが入る。
「あのバカ、何喚び出した!?」
「どう見ても精霊じゃないだろ、あれ!」
「何がどうなって?」
「ユニコーンなのかな?」
「白いけど違うと思う」
「ユニコーンに鱗なんてないわよ」
騒然となる外野を他所に、その子は頭を垂れ、
「契約したい。真名を」
え、ちょっ!?
話せるの!?
「ちょ、ちょっと待って下さい! 麒麟様っ!?」
ボクの口から、ティアの慌てた声が飛び出した。
ティアが念話で呼びかけるのではなく、ボクの口を使った事からも、相当慌てているみたいだ。
え、え?
でも、キリンって?
ティアの言葉に、まじまじと見つめ直し、
「キリンって……この子、首長くないよ?」
「「「そのキリンと違う(わ)っ!」」」
再びみんなに突っ込まれるボク。
……いや、違うんだよ。
ワザとやってるんじゃなくて、こっちも頭が混乱してて。
確か麒麟って言えば、精霊の友である聖獣のはずじゃ?
前にフェルさんとの出会いをきっかけに、ティアに教えて貰ったこの世界を支えている聖獣の称号。そこに名を連ねる種族の一つだったのを思い出す。
「麒麟って……どうして聖獣がここに?」
「でも麒麟って白かったですか?」
「何が起こってるんだい?」
「分からん。それに麒麟は前に見たことあるが、そもそも体色が違う。しかも角が一つしかない上に蒼いときた。どうなってるんだ?」
「これは面白くなりそうじゃのぅ」
あーだこーだ、わいのわいのと騒いでいる外野を尻目に、頭を寄せてきた白い麒麟の額に、ボクはそっと右手で触れ、念話で呼びかけ始めた。
『少し話が見えないのですが、聖獣たるあなたがどうしてここに?』
『聖獣『麒麟』の名を受け継いでいるのは、僕の母であり、他の一族。その名と共に、使命と役目を背負うモノ。
だけど、変異した僕には背負えるモノが何もない。だから、僕は聖獣を名乗れない』
ティアの声掛けに、そう答える白い麒麟。
聖獣を名乗れない? それに変異って……やっぱり白いから?
何もないって、いったいどういう事?
『だから、僕の意思で『あるじ』を持つことを赦されるはず。君に仕えたい』
じっとこちらを見つめてくる。
契約陣の効果で、今、ボクと彼はパスが繋がっている。そして、こうして触れ合っている為に、その効果が増幅され、この幼き幻獣の思考や想いが、記憶と共に流れ込んできて……。
周りと違う自分。
馴染めない自分。
他の者にはない、自分だけが使える力。
他の者にはあるのに、自分だけが使えない力。
そして。
一族の役目に就けず、長である母に迷惑をかけ続ける自分。
『……自分が赦せない、か』
『僕でも役に立てるという証が欲しい』
『……いいのですか?
雷鳴の精霊の眷族になるということは、完全に精霊化し、二度と聖獣に戻れなくなるのですよ?
それに精霊体に変化した時に、今の姿を失う事も……』
『全く問題ない。そこの『白虎』と同じく、『あるじ』を持ち、共に永遠を駆けようと思う』
そんな彼の言葉に、ティアの思考が乱れる。
聖獣の称号の中にあった『白虎』。薄々感じていたけど、やっぱりハクは元白虎出身か。
『もう過去の話です。幼少の頃より友として、今は『ハク』として、お仕えする身』
『失礼した』
そのやり取りに、ボクも混乱する。
白虎と出会ったのは、ティアが幼少の頃?
幼少の頃って、一体なんだろうか?
『あ、あのあの……お兄様。黙って……その、私はそんなつもりじゃ……』
『ティア、落ち着いて。そんなのは、話せるようになってからで良いから。無理なら無理でいいし、いつでも待ってるよ』
ボクの声なき疑問に、可哀想なくらいうろたえ始めたティアの思念に、ボクはそう声をかける。
急ぐ必要もない。ティアの事は信頼しているから。
『……ありがとうございます。今はまだ……。いつかきっと。必ず話せる時が来ますから』
精霊化は、単に肉体と同化するスキルじゃない。お互いの心と心を通わせる技だ。簡単に思考も筒抜けになる。
こんなスキル、相手への無条件に近い信用と信頼が成り立たないと不可能なくらい、エフィと初めて行った時にすぐ気付いた。
ボクの内に同化しているティアの心が、意志が。
光に照らされ透き通った紫水晶のように、清らかな精神の持ち主な事くらい、これだけ行使し続けていればよくわかる。
その彼女が、今は話せないと言っているんだ。それくらい待つつもりだよ。
『──ごめん、待たせちゃったかな』
再び彼との対話に戻る。
『構わない』
『最後に問うよ。出会ったばかりのボク達に、あなたが仕えようとした理由を教えて欲しい』
『君のマナ、それに付随した穢れ無き意思力に惹かれた。
更に、他人の為に自身を投げ出す高潔な精神。君の、君達の全てを視てきた。君の魂をはじめとして、君達の全てが僕の好み。僕の全てを捧げたい。
それじゃ理由にならない?』
「ふえっ!?」
あまりの誉め殺しに、変な声が出た。顔が紅潮するのを抑えられない。
ボクはそんな高潔な人間じゃないよっ!?
なに言い出すのさ!?
「どうした?」
ボク達の無言のやり取りを黙って見ていたレントが、いきなりすっとんきょうな声を上げて狼狽え出したボクを見て、心配になって確認してきた。
「い、いや、何でもな……」
「あの麒麟さんがね、『君の全てが欲しい、僕の全てをあげる』って」
ちょっ、何でカグヤにも念話のパスが……あ、パーティー扱いだからか。全部聞かれちゃってた!?
でも、何で言うんだよ。しかも、そんな言い方したら……。
「うわぁ……」
「おいおい……」
「じょ、情熱的ですね」
「口説かれてたのね。さすがセイちゃん」
幼馴染が唖然とする中、逆にマツリさんが目を輝かせて、こちらを見てくる。何を想像しているのか、うっとりし始めて……。
それ以上見ているのが怖くなってきて、慌てて外野から視線を外すも、でもキョドってしまっているせいか、彼の方を見れず視線が定まらない。
『ダメ?』
『いや、そんな事はないけど……。ボクはこんなナリだけど、男だよ?』
『問題ない』
いやいやいやいやいやいや。
問題ありじゃ?
聖獣の子供とはいえ、このシチュエーションはちょ、ちょっと……。
『君達は二柱で一柱。今は女の子だけど、そもそも『あるじ』になってもらうのに、性別は必要?』
『あ……』
『あの、お兄様。眷族になるということは、この方も精霊化し、女性体になるのですが……』
うっ。そうだった。
そのせいで、ボクも苦労しているんだった。
変な言い方されたものだから、勘違いしてしまっていた。
恥ずかしいなあ、もう。
女性化、いや、この場合は雌化か?
多分大丈夫かどうか聞いても、彼は問題ない、と言うんだろうな。それほどまでに、ボクを高く買ってくれているのは嬉しいんだけど。
『ティアは構わない?』
『はい、むしろお願いしたいくらいです』
普通そうだよね。
サレスさんと一緒にいたフェンリルのフェルさん(今から思えば、安易な名前だったけど)みたいな聖獣の力を借りれるのは、ボクとしてもありがたい話だし、ありがとうと言いたい。
けど、何だろう。この釈然としない気持ちは。
『では契約を。今のあなたの名は?』
『エルジラフ。出来れば、全く違う真名を。生まれ変わる為に』
どうしようか?
色々考えていたけど、どうも合いそうにないな。
ええっと、麒麟さんに合いそうな名前……。
「……うーん。いい名前ないかな」
思わず声に出して唸っていたボクに、みんなが気を利かせて、思い付く限りの名前を羅列してくれる。
って、誰っ!? 『馬太郎』って言ったのっ!
そんな名前つけるわけないでしょ!
そもそも人が考えた名前をつけるのは、彼に失礼だと思う。
なんとか直感で思い付いた名前をつけた。
みんながあまりにキリンキリン言うもんで、思わず名付けを『リン』にしちゃったけど、本人はそれを気に入ってくれた。本人曰く、ボクに付けて貰える名前なら何でも嬉しいらしい。
そうして彼は精霊化し、ボク達の眷属になった。
体躯の小型化と、所有する力の大半を封じられた状態になりながらも、リンは全く気にしていないようで、逆にボク達といられる事に喜びを見出だしているみたいだった。
そういう意味でも、リンは変わった子であり、リンがいたコミュニティの中では、きっと不憫な思いをしていたんだろうなぁ。ほんと何とかしてあげたい。
同じ元聖獣同士、ハクとも仲良くして欲しいな。
──ということが、昨日あったわけで。
リンは賢い子だし、ボク達と常時パスが繋がっている状態の為、こっちの思考を読み取って判断してくれるから、今はお任せ状態。
ボクはリンの背に横座りになり、のんびりと森の小道を歩いている。その横手には、ユイカとティリルを乗せているハクが並ぶ。
ハクの時もそうだったけど、リンの背中の上も、不思議な力がボクを支えてくれているので、騎乗中の落馬の心配が一切ない事だけはいいね。
しかも凄く座り心地もいいし、リンの力によって、ボクの生命力や魔法力が増幅されているようにも感じる。
ゆっくり歩いているといっても、人の歩みよりは速いから、さっきから何組かのパーティーを追い抜いている。
追い抜く度、ギョッとした表情と共に、慌てて道の端に避ける人達を見ながら、内心嘆息する。
あからさまに目立っている。
もう取り繕っても無駄だと、散々レントに言われているし、バライスの街へ行った時にも、ハクへの騎乗はあちこちで見られてしまっている。
ゆえにリンの事も隠すのを止めているんだけど、根が小市民なもんだから、さっきから周りの視線を集めていることに、凄く居心地が悪い。
それに、何だかこっちに嫉妬のような……妬んでいる視線も飛んでくるし、こんな力を見せつけるようなこの行為、やっぱりやめた方が良かったのかなぁ?
「放っておけ、そんな視線……」
落ち着かない様子のボクに、同じくリンに騎乗しているレントが、明後日の方向を見ながら言う。
そんな彼の額には汗。レントも、どこか自分に言い聞かせているように思える。
ボクにそう言った手前、引っ込みつかなくなっているのだろうか?
ちなみにハクへの騎乗は三人までいけるんだけど、ユイカがこっちはお兄禁止と言い出した。
仕方なくレントが一人リンに乗る事になったのだけど、ボクが乗ってない状態で他の人を乗せたくないと、今度はリンがそう言い出した為にこうなった。
この結果に、ユイカが最後までブー垂れていたし、ティリルも苦笑していたけどね。
聖獣として、そして精霊として、長年生きてきたハクとは違い、リンはまだ子供だ。体格変化の技が上手く使えないようで、〔雷精の侍獣巫女〕の力を最大限に使って、なんとか二人が乗るのが精一杯だった。
ボクを抱え込むようにくっつかないと、レントが乗れない。
窮屈だけど、まあこれはしょうがない。レントも狭苦しく密着するのは嫌だろうと思うけど、我慢してもらおう。
レントだけ歩けという選択肢はないな。そんなの酷だし、可哀想だからね。
ただ、すれ違う人達からの視線のせいで、このまま無言で何もせずにいるのは結構苦痛に感じてきた。そういえばやる事があったと思い出し、これ幸いとステータスメニューを開く。
さっきの村で行われていた、奴らの破壊行為に納得がいっていない。
どうせレントに言えば、放っておけと言われるのが関の山だと思い、勝手に行動する事にする。
レントに見えないよう、掲示板のタブを不可視モードで展開する。
最新のスレッドを開き、他の人が書き込んでいるレスを全て飛ばし、書き込み欄を開く。
書き込みをしたことが一度もないのはもちろんの事、読む事もほとんどしていない為、掲示板の操作があまりよく分からない。
ネットを見たり、メールを作るみたいにすれば、いいのかな?
何とかつっかえながらも書き込み欄に文章を打ち込み、念の為、人が写ってない壁地図のスクショ画像を添付して、と。
最後に投稿モードという言葉が出てきたので、二つある送信ボタン──『匿名送信』と『公表送信』──もちろん匿名送信ボタンを押そうとし……。
「お前、さっきから何してるんだ?」
「ひゃうっ!?」
いきなりレントに耳元で呟くように囁かれ、息が耳に掛かる。ゾクゾクッと、えも知れぬ感覚が背筋を奔り、つい操作を誤ってしまった。
「……あっ、ああっ!」
慌てて確認すれば、ボクの名前とIDを公表した送信になっていて。
その事実に、サァーっと血の気が引いて、顔が真っ青になる。
耳っ! 敏感すぎるこのエルフ耳が憎いっ!
よりにもよって、何でこのタイミングで、狙ったかのように声かけてくるのっ!?
「操作ミスっちゃったじゃないか! どうしてくれるのっ!?」
「え? あ、いや。なんかすまん」
軽い!
ボクが何やってたか知らないせいでピンと来ていないんだろうけど、めっちゃ軽いっ!
名前を出して掲示板に書き込む人はいるけど、狙いがあるから名前を出すのであって、基本的に普通みんな匿名で書き込む。
そりゃ誰もが特定されたくないからであって、書き込む内容によっては、特定されるとまずいからだ。
今回ボクが書いた内容は、誰かが不快になるような内容じゃないとは思うけど、また更に目立っちゃうじゃないか。
ボクが目立ちたくない理由として。
目立つプレイヤーには、捨てアカウントから大量に嫌がらせメールが来るとか、エリア検索されてストーカーされるとか。昔は僻み妬みからくる嫌がらせがしょっちゅうあったと、そんな恐ろしい事をレントが前に言っていたのが、頭に残っているからだ。
今も当然ながらあるんだけど、その過去の事例からくる対策なのか、この世界のシステムは、その辺はかなりキツ目に対処されている。
その為、わざと悪役をしている同郷者も、掲示板やリアルに関する事だけはきっちりと対処しているのがほとんどだ。
よっぽどの覚悟がある奴じゃないと、普通は悪質な事をやらないと思うんだけど、やっぱり考えなしに問題起こす人はそこそこいるみたい。
システムのおさらいをすると。
善良な人を傷付ける行為に対しては、相当なペナルティーを課せられる。
犯罪者認定、つまり敵性存在扱いにされ、住民を含めた全世界の人間から狙われるようになる上、撮影拒否設定が出来なくなるからね。それは、犯罪者予備軍も同様。
実際、認知されている犯罪者リストはもちろんの事、ギルドが認定した犯罪者予備軍リストまでもが、有志の協力の元、画像付きで掲示板に作られていると聞いている。
ボクは、スクショや動画に対しての制限をしてない。
面倒くさいというのもあるけど、今のところたいした問題も起きていないし、そこまで口うるさく制限かける真似したくなかったからだった。
それに、街にある役所へ行けば、いつでもフレンド以外からの撮影不可視処理や拡散防止対応が出来る。
更には問題が発生しても、すぐに追跡調査を行ってくれるし、現実も含めた対処を取ってくれると高評判でもある。
そして。
ユイカやティリルの話では、ボク専用スレッドの最初こそ無秩序だったが、今は自浄作用が働いたのか、ボクの親衛隊みたいなのが結成されているらしい。
彼らはボクに迷惑がかからないようにと、スレッドの監視と見守りをしてくれているとの事。
……本音を言うと、何でそんなモノが出来ているのよと思ったけど、人の楽しみ方にケチをつける気はないので、ボク達に不利益や迷惑が掛かって来ないなら放置です、放置。
でも彼らのおかげで平穏無事に過ごせているんだろうなと思えば、ちょっとくらいスクショや動画撮られてもいいかな、って思っている。甘いかな?
何もなければいいんだけど、どうなるのか少し不安だよ。
「責任っ!
変なことになったら、責任取ってもらうからね?」
「お、おぅ?」
顔に指突き付けて言うボクに、仰け反りながら目を白黒させ、そう答えるレント。
気安く言える親友ゆえに、八つ当たりしてるのは、ボクも分かっている。レントに文句を言うのは、お門違いだというのも。
でも、文句の一つも言わないとやってられないよ。
はぁ~。気が重い。
変に言い訳を書き込むと余計酷い事になりそうだし、放置するしかないのかな?
後半部分の補足をしますと、『Aという人に対して、Bがスクショや動画撮影が出来る』=『Aは掲示板に貼ってもいいと、Bに許可を出している』という暗黙の了解が出来ているシステムです。もちろん、初ログイン時にきちんと説明がされています。
悪役プレイヤーも、掲示板やリアルにおいて、他のプレイヤーの尊厳を損なうような行動を取らない限り、通常の処理がなされ、警告されることはありません。
うーん。セイ君に説明させると、とたんに回りくどくなるのは何故だろう?




