69話 進路と新たな契約獣
68話の最後に数行だけ加筆してます。今話でその流れを入れるつもりが、契約獣の紹介を先に挟んだため、触りだけ入れました。
「全部屋チェック出来たよ。早くこの場を離れよう」
「了解。セイは他の建物も念の為チェックしてくれるか? 俺は地図からルートを考える。ユイカとティリルは周囲の警戒を頼んだ」
「任せて下さい」
「オッケーだよ」
人気のない村はずれの林の中に移動し、ハクの身体にもたれる様に座り、テンライと共に探索を続ける。
他の建物内も全て覗いてみたものの、たいしたものは何も残ってはいなかった。先に来た人が持って行ってしまったのだろう。それはもう仕方ないか。
崩壊していて入れない家も多く、さほど手間も掛からず、すぐに全て見終わった。テンライとのリンクを切り、自分の身体に意識を戻す。
「他は何もなし。そっちはどう?」
ボクが送ったスクショの画像を見ながら唸っていたレントに訊くと、彼はボク達に向かって軽く手招きをして、地面に落ちていた小枝を手に取った。
「結構厄介かもしれん。今整理しながら説明するぞ。
現在地がここ。んで、ルーンヘイズがここだな。そしてこの間にあの双子山がある」
ガリガリと地面に略図を書いていく。この廃村とルーンヘイズとの間に結構大きな山が立ち塞がってるのを見て、ボクは思わず眉を顰める。
「これって迂回する事になるの?」
「うわぁ、面倒そう~」
「思ったより距離があるね。時間足りるのかな?」
「問題はそこだ。どの程度の尺図か分からないから何とも言えんが、地図によれば、三通りのルートがあるみたいだ。まずは一つ目」
地面の山の絵の外周を沿うように、線を引いていく。
「山の裾を大きく南へと迂回していくコース。こっちが本来の街道だ。きちんと整備された道のようだから、多分旅はしやすい。ただし一番遠回りの上、騎乗出来る召喚獣持ちのパーティー以外は選択しない方がいいな。
それにもう一つ懸念がある。このイベントの性質上、こちらのコースは、襲撃犯が多数待ち受けている可能性が非常に高い」
「襲撃くらい蹴散らしていけばいいんじゃないの。セイ君とお兄がいれば、楽勝でしょ?」
「お前な……。どこからそんな自信が出てくるんだ?
恐らく相当きついぞ、こっちは。多分罠だ。暗殺者や手練れの追っ手を躱しながら進んで行くだけの実力がいる。今の俺達にはないと思った方がいい」
「多分アーサーさんやマーリンさんクラスの人達じゃないと、こちらは無理だとわたしも思うよ」
となると、残りの山越えコースになるのか。だから『あの山を越えて逝こう』という、ふざけた副題がついていたのかな?
でもこっちの方が罠のように感じるのは、この副題のせいなんだろうか。
「残りは山越えのコースだな。一つはこの双子山の谷間を真っ直ぐ東へ抜けていくパターン。もう一つはちょっと特殊で、ここから最短距離を抜けていくパターンだ」
ぐりぐりと、村のそばの山の中腹に丸を付けるレント。
「ここに洞窟があって、それが山の裏手まで貫通しているそうだ。言わば天然のトンネルだな。ただこっちもやばそうである」
普通に考えたら、モンスターが多数巣食っているだろうね。それに開始説明で、わざわざ魔獣を再配置したとまで明言した時点で、どう考えても強力な魔獣が配置されたと考えるべきだ。
「となると、この山の谷間を抜けていくこのコースしかなくなるんだが、これでいいか?」
「いいも悪いもないでしょ。そこしかないんだから」
「ボクもそこで賛成。野外なら、あの子の偵察進軍が出来るし」
「こっちでも襲撃されないかな? というか、絶対襲撃されますよね?」
「それを言い出したら、どのコースでもあるだろうな。ただ、運営的にはここを進ませたいだろうから、一番楽だと思う」
「──そう言えば、お兄。あの女王様が言ってた『書簡』ってどこにあるか知ってる?」
「ああ、メールできていたぞ」
封蝋がしてある円形の筒のようなものを、インベントリーから取り出すレント。
「わたしにはきてませんよ?」
「ボクもないなぁ」
「あたしにもないよ。という事は、一つのパーティーに一通だけ?」
「そうみたいだな。ただ俺が持っているより……そうだな、セイ、お前が持っていろ。開けるなよ?」
こちらに手渡してきたレントから、その書簡を受け取る。
これ、卒業証書とか賞状を入れる筒にそっくりだな。
「勝手に開けるわけないでしょ。それよりもボクが持ってていいの?」
「お前の方が俺より生存率高いだろうしな。ティリルの援護もあるし」
「ボクは弱点多いし、レントより弱いんだけど?」
金属武器に弱いとか、邪気耐性が低いとか。
熟練の近接職に接近されて、周囲に援護を頼めなくなった時点で詰むからなぁ。
「俺らがもし脱落しても、お前なら精霊の力を借りて、一人でもルーンヘイズに辿り着けるだろ。俺だと、緊急時の対応力が低いからな。機動力も違うし」
「そりゃそうだけど」
「はき違えるなよ。恐らくこのイベントで求められている事は、『全員の生存ゴール』じゃなく、『書簡を無事に期限内に届ける事』と、『何者かが書簡を狙っている事を伝える』だからな?
いざとなれば、俺らを置いて一人でも行け。あの二柱交互に乗り継いで行けば、一人なら楽勝だろ?」
「……わかったよ」
取り敢えずそう答え、書簡をインベントリーにしまう。
でも、そんなの楽しくないじゃん。そういう事態にならないように気を配らないと。
レントがさっきから言っている『あいつ』とは、ボクが〔雷精の侍獣巫女〕の力で新しく契約した雷獣を指す。
今回新契約獣に求めた能力は、常時騎乗戦闘出来る『足』としての役目。今のハクには全員乗れないし、騎乗している状態で近接戦闘が難しいのが理由。
本人は気にしていないけど、ボクが背に乗っている状態だと、ハクの利点を殺してしまう。
だから、今回の雷獣契約は移動力を重視し、『馬』を喚び出すことにした。馬車の荷台さえ作れば、お願いして引くことが出来るようになるからだった。
流石に、ハクに頼んで『馬車』ならぬ、『虎車』になるのだけは避けたい。
今回のイベントでも機動力を活かせるかもと思ったが、どうも山登りになりそうだから、その山道が整備されてないと、騎乗出来ないかもしれない。
喚び出した彼女の名付けは、『リン』とした。
戦闘能力については、多分魔法型だと思う。まだその能力を、ボクは一つも把握していない。
本人も精霊化したばかりで、自分の力を確かめる時間も必要だろうし。
いつも賑やかなテンライと違って、リンは基本的に無口で物静か。訊かれなければ、自分の事を言おうとしない。
ただ、行動と態度でこちらにベッタリと甘えてくるし、ボク以外を乗せるのを渋るから、嫌われているわけではない点はホッとしている。
「変化したてですし、今の力に馴染んで貰うためにも、彼女を喚んでおいたらどうですか?」
「そうだね」
ティリルの提案に頷き、まずはテンライをボクの依り代内へと送還する。三柱を顕現化するには、パーティー枠が足りない。
ボクだけパーティーを離脱しようとしたが、イベント中は解散制限が掛かっているみたいで無理だった。
ということは、このイベント中は、二柱までしか召喚出来ないことになる。
ボクの能力的には不利になるけど、仕方ない。
次いで、母元へ説明するために里帰りしていたリンを、ここで喚び出しておく。ボクとしても、今後の為に早いことリンの能力を把握したい。
「『リン』おいで」
そっと両手を開けて、手を空に伸ばした。
ボクの喚び掛けに応じ、宙に閃光が魔法陣を描き出す。蹄の音と青白いスパークと共に魔法陣を割って、彼女が疾り飛び出してくる。
初契約の時と同じく、派手な登場するなぁ。
『あるじ。ただいま』
『うん、お帰り』
ゆっくりとした足取りで寄ってきて、角がボクに当たらないように、上手く頭を擦り付けてくるリン。その首筋にある鱗の部分や白いたてがみを撫でながら、彼女と親愛の挨拶を交わす。
力の弱いボクと契約したせいで、その体躯は小さく縮んでしまった。二メートル以上あったその背丈は、今やボクより少し大きいくらいか。立派だった額の蒼角も、かなり小さい。
ボク自身の力の成長と共に、彼女もかつての力を取り戻し、大きく強くなっていくと思う。
「……つくづく思うんだが、ほんとお前って、必ず規格外な事をやらかすよな」
「セイ君だしね」
「まさかの聖獣との契約ですし」
あー、あー。
聞こえない。聞こえない。
幼馴染のため息混じりの会話を背後に、耳を押さえ聞こえない振りをする。
なんでよ?
確かにボクが思い描いていた馬からは、ちょっと変わってしまったけど。
喚び出しちゃったものは仕方ないでしょ。
次話『リンとの契約』です。




