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彼の特殊な精霊事情  作者: 神楽久遠
ワールドイベント開幕
66/190

66話 イベント開幕

お待たせしました。

28話に発表されたイベントがようやく始まります。



 遂にやってきたイベント当日の朝。


 こちらの世界の朝八時から開始されるイベントの為に、多くの同郷者プレイヤー達が続々と中央区の噴水前広場に集まってきている。


 この噴水前広場はかなり広く作ってある。大きさで言えば、野球場が数個はいるくらい。


 ボク達のいるところから見て、ど真ん中に設置されている三階建ての家くらいの大きさの巨大噴水が普通に見えるけども、その周囲にいる人達は米粒程度にしか見えないといえば、その広さが分かると思う。

 

 これくらい大きくないと、同接数万人はいると思われる同郷者(プレイヤー)が入れないとはいえ、公園としては規格外過ぎて、流石にやり過ぎ感は否めない。

 

 そしてそんな人混みの中に紛れ込むのは、今のボクにとって勇気のいる事で。

 頼まれたって、そんな所に行きたくない。



 現在の時刻は、朝七時過ぎ。

 コアラのようにボクの右腕に抱き付きながら未だ半分寝ているユイカを引き連れ、噴水前広場の西門近くにある立ち入り許可されている芝生に敷物を敷き、開始時間が来るのを待っていた。

 ボクの左隣にはティリルも座っている。


 ただ宿屋のあった西区から入ったすぐの所にいるせいか、この場にやってきた人々の視線が自分達に集まっているのが分かる。

 そんな視線に慣れていないせいか、ティリルは終始落ち着かない様子で、ときおり周囲を見回していた。


 当然ながらティアとカグヤの姿はない。

 ティアはボクと精霊化(スピリチュアル)中だし、カグヤはボクの依り代のスキルによって、ボクの内に待機している。


 やけに静かにしているからどうしたんだろうと、内に意識を向けてみると、すうすうと寝息が聞こえた。どうも二柱ふたりともボクの中で寝ているようで。


 そのまま聞いているのもなんだか不躾な気がして、すぐに意識を外す。


 昨夜は遅くまでみんなで騒いでいたし、ティアもカグヤもイベントを前にして興奮した子供みたいに、あまり寝れなかったみたいだから、今はゆっくりと休ませてあげよう。


 その代わりといったら変だけど、ハクには実体化をお願いし、周囲に睨みを利かせてもらうようお願いしている。


 そのおかげもあってか、こっちを遠巻きにそっと眺めてくるだけで、誰も近付いてこないで済んでいる。


 そう、近づいては来ていないんだけど……。

 この付近だけ、異様に人口密度が高いのはどういうことだ?


 待ち合わせしているボク達はともかく、さっさと空いてるところに拡散して下さいよ。


 本来弾避けとしての使命を持っているレントをはじめとして、他の仲間達の姿はない。


 アーサーさん達は他の隊員達の様子を見に、レントと源さん夫婦は買い忘れがあったという事で別行動をしていた。


 隊員達の指揮があるアーサーさんが忙しいのは分かるんだけど、うちのレントはいつになったら帰ってくるんだろうか?


 なお、椿玄斎さんは見回りに行ってくると言い残し姿を消した。

 なんで今見回りなのかと思ったら、ティリルに言わせると彼の悪い癖が出たらしい。

 彼の言う『見回り』ってのは、『女の子観察』という名のナンパなのだと。


 ……とってもお若いんですね、あのお爺さん。




「……あの、セイさん?

 やっぱりこれ落ち着かないよ」


 寝そべるハクに寄りかかりながらペタンと座り込み、早く始まらないかなぁと空を見上げていたボクに、ティリルが小声でささやいてきた。


 流石に羞恥の限界が来たらしい。

 ボクみたいに、周囲はマネキンだらけと思えば楽なのに。


 ボク達の会話に反応したのか、周りの人達が盗み聞きをしようと一斉に聞き耳を立て始める気配がして……。


「グルルルルッ」


 ハクの低い唸り声を合図に、サッとそっぽを向いたり、あからさまに仲間同士で会話を始めたり、音の出てない口笛を吹き始めたりする周囲の同郷者プレイヤー達。


 とても分かりやすい反応、ありがとうございます。


「この子がいてもいなくても、どっちにしろボク達は目立ってるんだから。変に絡まれないためにも、弾避けレントが帰ってくるまでいて貰った方が良いよ」


「あの、目立ってるのは虎さんだけじゃなくて、セイさんもなんじゃ……わたしこの世界で注目された事なんてないよ」


 えー、嘘でしょ?

 ティリルってほんわかお嬢様って感じで可愛いんだから、ボクなんかよりも普通に注目されたりしてると思うんだけどなぁ。


「まあそのうち慣れるよ」


 甘えて首をこちらに擦り付けてくるハクの首付近をくように撫でながら答える。


 気にしない。気にしない。

 こういうのは、堂々として放っておくのが一番です。


「そう言われても……あうぅ」


 どんどん縮こまっていくティリルの様子にどうしたもんかと頭を悩ませ始めたボクを見かねて、ハクが声を掛けてきた。


御子セイ様、不躾ぶしつけな輩を蹴散らしますか?』


 ……待てぃ。


『ダメ。何もされていないんだから、放置しておけばいいんだよ』


『つまり何かしてきたら、潰していいんですね?』


『……その時は指示するよ』


『了承しました』


 レント、頼むから早く帰ってきてよ。

 うちの子がどんどん過保護な武闘派になってきて困るんですが。


 大きく天を仰いでため息をついた時、周囲がどっとざわめいたのが分かった。


 今度はなに?

 止めてよ、うちの子が過剰反応するんだから。


 視線を周囲に向けると、誰もこちらを見ていないのが分かった。

 皆が見つめるその先がモーゼの海割れの如く、集まった人達が自主的に左右に分かれていっているのが見えた。そしてそこから姿を現したのは。


「おはようございます。こちらにいらしたんですね」


「おはよ。いい天気だな」


「「おはようございます」」


「……おふぁよぅごじゃいまふ……」


「こら、ユイカ。しゃんとする」


「ふぁい……」


 姿を見せたアーサーさんとマーリンさんに挨拶を返す。

 欠伸混じりに返事を返すユイカを軽く注意するボクとユイカのやり取りに苦笑しつつ、


「他の皆はどうしたのかな?」


「買い忘れがあったとかで、買いに行ってます」


「それでこれか。相変わらず目立ってんな。俺達もここに居ようか?」


 見世物状態になっているボク達を見て、マーリンさんがそう提案してくる。


 いえ、あなた達が合流したせいで、更に目立ってます。


 ティリルの話だと、ボクが特異(ユニーク)職持ちなのは、掲示板でバレバレらしいので、そういう意味でも悪目立ちしてるのは間違いないんだろう。

 ここに、特異(ユニーク)職が三人集まっちゃってるし。


「大丈夫です。流石にイベント当日朝から絡んでこないと思いますよ。それに今争って死に戻りでもしたら、時間的に参加できなくなる可能性が高いですし。

 それにこの子やボク達の事はあの動画を見た人ならみんな知ってますから、ちょっかいかけようとは思わないでしょう?」


「そりゃそうだ」


 くっくっくと笑い、


「お互い有名人は困るな」


「ボクはそんなつもりは全くないんですけどね。世界を巡る旅を静かにしたいだけです」


「──お前さんは無理だろ、それ」


 突然横から突っ込みが入る。

 聞き覚えのある声にそちらを見ると、ちょうどみんなが戻って来た所だった。


「源さーん、無理って酷いですよ」


「色々と派手な事やりすぎなんだよ。そんな事本気で思ってるなら、ちったぁ頭……いぐっ」


 いぐっ?


 急に押し黙った源さんの様子に、首を(かし)げる。

 なんだか急に脂汗を垂らしながら佇んでいる源さんの背後にいたマツリさんがにこやかに微笑みながら、


「セイちゃんの相談ならいつでも乗るわよ」


「……まぁ、その、その通りだ。もう少し周りに相談してくれな」 


「は、はぁ。その時はよろしくお願いします」


 思わずそう返す。

 何なんだろう、一体。


 動物みたいにボクの腕に()り付けてくるユイカの頭を何気なく撫でながら、ちょうど水筒を取り出そうとしたティリルと顔を見合わせた時、今度は背後から別の声が掛かった。 


「ティリルちゃんや。儂にもお茶貰えんかね?」


「ふえっ!? お爺ちゃんいつの間に!?」


「ひゃぁっ!?」


 いつの間にか背後にいた椿玄斎さん。


 あれ、〔気配察知〕のスキルが仕事してない……。

 椿玄斎さんのスキルが圧倒的に上なのか。


 ティリルの隣に正座をしてお茶を要求してくる椿玄斎さんに、ボクは瞠目どうもくする。


「お爺ちゃん、気配消したまま近付かないでって、いつもあれほど言ってるでしょ!」


「ティリルちゃんの反応がいつも初々しくてのぅ。ついやっちゃうんじゃよ」


「……スキルレベル高いんですね」


 持っておられるスキルは何だろうか?

 普通に考えれば、〔気配遮断〕とか〔潜伏〕辺りかな?


「スキルなんぞに頼らずとも、このレベルくらい普通に絶てるわい」


「……は?」


 あれ、おかしいな?

 何か幻聴が聴こえたみたいな……。


「そもそもスキルだけに頼りきってるようじゃ三流じゃ。

 例えば闘いの時、スキルを封じられたら何も出来んようになるのかの?

 補助とするのはいいが、頼りきりは自分の可能性を下げる事に他ならん。人生日々鍛練じゃよ」


「あ、あはは……凄いですね」


 本当にブッ飛んだ武闘派なお爺さんだ。

 ボクには到底無理な芸当です。


 そう言えば。

 毎日行っているらしいレントとの模擬戦を、昨日()させて貰ったけど、あのレントの繰り出す剣撃を素手(・・)()剣の腹を叩いて捌き続けていたのを観た時は、ユイカと二人でアゴが落ちるくらいビックリしたっけ。


 あいつの強さと鍛練はよく知ってるからなぁ。

 あんなレベルを()の当たりにしたのは、ボクのお爺ちゃんが健在だった時以来だ。


 向こうの現実(せかい)でも武術を修めているそうだから、もしかすると、ボクのお爺ちゃんの事も知っていたりして。


 お爺ちゃんはよくお酒が入ると、昔話をとくとくと語る事が多かった。

 それは「素手で熊どもを倒しまくった」だの「宿敵(ダチ)と共に奪われた幼馴染を助けに、とある犯罪組織を壊滅させた」だの「武者修行で世界の強豪と闘い勝ち続けた」だの「竹槍で飛行機ぶち落とした」だの、非現実的な話で。


 当時は酔っ払いの大ホラだと思っていたけど、まさか一部本当だったりするんだろうか。

 面白おかしく喋っていたから、ネタとしか思ってなかったけど。




「セイちゃん達は第三弾だったよな?

 ワールドイベントの事についてどこまで聞いてるんだ?」


 そんなとりとめのない事を考えていた時、不意にマーリンさんがそう言った。


「どうと言われてもほとんど知らないですし、今回のイベントも調べるのがめんど……ぶっつけ本番の方が楽しそうなので調べてません」


 正直前に公式ページで見た事以外知らない。その事を正直に言ったら、周りからため息が漏れた。


 ……ってこら、そこ盗み聞き連中。

 なんで関係ない周りの野次馬が溜め息ついたり、頷いたり呆れたりしてるんだよ。


「その様子だと、掲示板すら見ていないんだな。時間もまだあるし、過去の傾向から話すか」


 マーリンさんはそう言うけど、ここでそんな事大っぴらに話して大丈夫なのかな?


 そう思って視線を向けるも、気にした様子もなく普通に話し出すマーリンさん。どうやら、普通に認知されている情報のようだ。

 いやむしろチャンスとばかりに、この事を広めたがってるような印象も受けた。



「運営がイベントと称して行ってくるタイプとして、『短期間特殊フィールドタイプ』と『長期間開催通常空間タイプ』の二種類が公表されているのは知ってるな?」


 そう前置きして話し出したマーリンさんの言葉をまとめると。


 今まで行ってきた運営のイベントは二回。

 一回目は短期間タイプで、キャンプ場で発生した未知の生物との遭遇。そしてビギンの街へ撤退戦。

 二回目は長期間開催タイプで、とある辺境の町で発生した大量のアンデッドの襲撃を防衛する籠城戦が行われた。


 詳しい説明は省かれたけど、運営のお遊び的なネタ敵ではあったが、戦いそのものやイベントの組み立てには、それなりに苦戦を強いられたらしい。

 ただそれだけだと単なるお祭り騒ぎで終わったのだけど、ここからがマーリンさんが語る推測の本番だった。


「第一回目のイベント後、しばらくして未発見生物による旅人への虐殺事件があったんだ。緊急クエストが発令される騒ぎになってな。その経緯が色々とイベントの流れと状況が似ていたんだよ。

 もしかするとイベントと同じ事が近い将来起こるかもしれない」


「もしかしてイベントは『予行練習』とでも言うつもりですか?」


「そう。この世界で起こりうる可能性がある事件を前もって練習させる為に、イベントをブッこんできているんじゃないかと思うわけだ。まだ二番目の大規模防衛戦は起こってないが、今回のイベントの内容もしっかり覚えておくべきだな」


「全ては偶然で、変に考えすぎじゃねぇか?

 てかモンスターの襲撃事件って、普通日々どっかでおきてるだろ」


「まあね。私達としても考えすぎであって欲しいんだが、これは掲示板の検証予測でも語られている事。いざという時の備えだけは、有志クランの間で色々始まっているよ」


 円卓で言えば、こないだ語っていた王宮との連携の事かな?

 王城への入場が認められるなんて素直に凄いと思うな。

 まるで物語の主人公みたいな事をこの二人はしてるんだよね。よく偉い人と上手く応対出来るもんだ。

 

 そう考えると、このイベント後の王都行きは気が重いなぁ。

 ボクなんかが上手く出来るだろうか?


 なるようになれ、かな。


 先の考えても仕方のない事は後回しにして、取り敢えず今のイベントを楽しもう。


 椿玄斎さんにお茶を渡しているティリルに声をかけ、お茶のおかわりを貰いながら、面倒な事は当分忘れることにしようと心に決める。



「しかしセイ。初めてなのにあんまり緊張してないんだな」


「これでも結構緊張してるよ。でも慌てたって仕方ないし、意味無いから」


 ボクの隣にやって来たレントに、そう返事を返す。


「──おい、ユイカ。いつまでも寝呆けたフリしていないで、ちゃんと起きて離れろ。そろそろ始まる。このままじゃセイが困るだろ」


「……お兄の意地悪。鬼。いつか寝てる間にもいでやる」


 小さい声量ながらしっかりとした声色で、不貞腐れた様子でそう不平を言いながら離れるユイカ。


 やっぱり狸寝入りしてたか。まあ分かってて、甘やかしてるボクもボクなんだけど。

 てか、もぐって……。


 その声が聞こえていたらしく、「あはは」と乾いた笑いを上げるティリル。さっきと違い、いい感じでリラックス出来ているようで。


「そういうレントは、見た感じいつもと全く変わらないよね」


「そうか? どうせ力をあわせりゃ何とでもなるだろと思えば、平然としてられるぞ」


「そっか。そうだよね」


 ボクとレントは他愛のない話をしながら、その時が来るのを待っていた。もうあと少しで、定刻の八時だ。


 そして……。




 それは時間通りに、唐突に発生した。


 キィンッと甲高い、けど耳障りにはならないレベルの音と共に、広場の外周に虹色の壁のような光が上空へと立ち上った。

 同時に上空に空間の揺らぎのようなモノが発生する。


 どよめく同郷者(プレイヤー)達の前に姿を現したのは……。


『おはようございます』


『皆様ごきげんよう』


 巨大な立体スクリーン──レント曰くどの方角から観ても必ず正面が映るらしい──の中に上半身を映し出され、こちらにそう挨拶する彼女達は、最近何かと縁のある精霊女王である永遠の精霊(エターニア)様と女王補佐役の運命の精霊(ディスティア)様。


 見上げるボクの方をチラリと視てきたのは、恐らく気のせいじゃないだろう。向こうからはこちらが見えていると確信する。


 何故ならば。

 エターニア様のその瞳に一瞬優しげな、そして申し訳なさそうな色が見えたから。


 すぐに前を見た彼女は大きく手を振りかざし、力強く宣言する。


『創造神様主催の試練クエストを開始します』




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