64話 対応を決めよう
「──おいおい。マジかよ、これ」
マーリンさんの呻き声と共に、部屋全体の空気がどんよりと重くなっていくのを感じた。
正直突拍子もない話をしないといけないので、最初はボクの口で説明するよりもサレスさんから預かっている感応石を見せた方が早いと判断していた。
座ったままで目の前のテーブルの上に感応石を置き、立ち上がってテーブルを囲むみんなの前で、それを再生して見せる。
そこに映った精霊女王様とその補佐役の姿に、そして語られた内容に、初めて見た合流組全員がモノの見事に絶句してしまった。
無理もない。
ボクもユイカも同じだったのだから。
映像とボクの補足説明が終わったのを機に、アーサーさんは静かに目を閉じて、さっきまでの話を脳裏で反芻しているようだった。
静寂が部屋に満ちる中、マーリンさんが突然パンッと手を叩いた。
その彼に全員の注目が集まった。
「なるほど。確かにコレは迂闊に人に話せない内容だな。
アーサー、俺としてはこれの対処はすぐにでも始めたいんだが。どうだ?」
「──ああ、我々としても、これは許容出来ない。
PKが同じ立場の同郷者を狙うだけなら、共感も理解もしたくないが、そういうプレイの一環だとまだ少しはわかる。
だが、この世界の住人を好んで傷付けるなんてあり得ない。しかも、村一つを壊滅させた、だと?
こんなのは許せない。許せるはずがない!」
意外と冷静な口調のマーリンさんの問いかけに、途中でバンッっとテーブルに右手を叩き付け、吐き捨てるように言うアーサーさん。テーブルに置いたままのその手が、わなわなと震えている。相当頭に来ているみたいだ。
「落ち着け、アーサー。ここで彼らに怒りを見せても仕方ないだろう?」
アーサーさんの背後に立っていたマーリンさんが、そんな彼の肩に右手を置き、諭すように言う。
「マーリンッ! お前はあのっ!
──いや、すまない。言うまでもない事だったな」
「ああ、言わなくていい。これでも抑えるのが大変なんだ。本人、その場にいなくてよかったわ」
そう言うマーリンさんの逆の左手、握られた拳そのひらから赤いものが一筋流れたのを見てしまい、ボクはそっと視線を外す。
彼らに余計な事を言って心労をかけてしまった事を苦しく思うと同時に、彼らのような人に出会い、そして共感して事に当たって貰えることに感謝の念を抱いていた。
「──さて、セイちゃん。質問がある。
この話、円卓のメンバー限定ならどこまで話す事が可能なんだ?」
「あなた方が信頼している人物なら誰でも。ただし、話した方以外には漏れないようにして下さい。それにこの感応石はボク以外起動出来ない為、お渡ししても意味がありません。
つまりボクがその方のもとに説明に行かなければ、証拠を見せられない点も考慮していただきたいです」
「確かに半信半疑や軽い気持ちで行動されたら、困る事態になりそうだな」
そういう人は得てして周囲にむやみに確認を取ろうとしたり、これくらいは良いだろうと自分判断で行動する人が出やすくなり、周りにバレていく可能性が上がってしまうらしい。
「なぁ、セイ。これって感応石を起動しながら、動画撮影でコピー出来ないのか?」
「それは既に試してるよ、レント。拡散防止処理がきちんとされてるみたい。そもそも拡がりすぎて敵対勢力の耳に入ってしまったら、ボクとしても困る」
「そうか。そりゃそうだよな」
「一部のPK集団がこの世界の住民にも手を出している事くらいしか言えないのかな?」
うつむき加減で自分の服の裾を握りしめながら、ティリルが呟く。
昔から怪我した動物達の世話したり、すすんで保健委員をしていた美琴。理由なく人が傷付くことを嫌う彼女としては、この話はショックだったんだろうなぁ。
後でフォローしないと。
「そうじゃな……。
──ふむ。『邪霊戦役の再発を目論んでいる奴等の存在を確認出来た』と説明するのはどうじゃ?
これなら王宮主導の捜査として一般兵にも説明出来るじゃろ?」
「それだっ!
この話を王侯貴族に説明する手間はいるが、後に全隊員や兵士達に説明出来るな。さすが爺さん」
パチンッと指を鳴らしながら、マーリンさんは椿玄斎さんの発言に同意する。
「しかし、説得の証拠が薄いぞ?
それに王族や重鎮には、きちんとした説明とどこで知り得たかの真実を伝えないと不味いだろう?」
「その辺は……そうだな。セイちゃんに協力してもらわねぇとな」
「はい?」
あれ、なんかこっちに話が飛び火した?
「悪いが、このイベントが終わったら、俺達と一緒にこの王国の王都プレスに来てくれないか?」
「えっ、でも……。
その、円卓の隊員さんには、邪霊戦役っていうモノの再来を防ぐという方向性で行くんじゃないんですか?」
そもそも邪霊戦役が何なのか、全く知らないんですけど?
単語から、坑道の事件のようなモノだとは分かるし、発生したら拙いモノだとはわかるけど。
「円卓はそれで良いんだよ。あんまり詳しい話を一気にしても混乱させちまうから、徐々に報せるくらいでちょうどいいんだ。
問題は王宮の対応なんだ。生半可な証拠じゃ動いてくれないからな。出来たら証拠以外の手土産もあると、手っ取り早く話が進んで楽なんだが……どうするかな?」
手土産って……やっぱりそういうのがいるんだ。
なんか良いモノ持ってたかな?
「この国の王族ってどんな人です?」
そう言えば、この国について全く知らない。
今まで関わろうとすら思わなかったから、この国のシステムすら知らないんだよね。
「そうだな。知らない人は簡潔に説明するから聞いてくれ。
今のプレシニア王国統治者は、王国の名の通り、王制──つまり国王の統治のもと、全ての対応が進められている」
ふむふむ。
「王子王女達も共に国防やら政治等を動かしてはいるが、基本そんな彼らに会う為には、俺達の実力と資格を、彼らに示す必要がある。そういった意味での手土産だ。
そもそも国の最高責任者や重鎮クラスが、どこの馬の骨ともわからん奴とホイホイ会うわけないだろ?」
あー、そういう意味……。
でも、それって。
「あの、ボク自身が『証』じゃ駄目なんですか?
ほら、その……精霊女王様から使命を受けてるし」
それにエフィの御子だし、上級精霊と一緒に居るし。
「……なぁ、アーサー。それ王城の門番や取り次ぎ役に通じると思うか?」
「うーん。私の紹介も付随すればいけるかも知れないが……大っぴらに見せるモノではないのではないかな?」
考え込む二人。
やっぱり難しいかな。
物だとそんな良いモノ持ってないよ。
「お二方とも大丈夫です。手土産や応対ならこちらで何とかなりますから、話を進めて下さい」
「えっ?」
インベントリーの中身を必死に思い出しながら、どれがいいか考えていたら、横からレントがそう言い出した。
ホントに何とかなるの?
一体どうやって?
やけに自信満々なレントの方を見やると、目があった。
大丈夫だと頷く彼に、安心して視線を元に戻す。
「よし。じゃ、その前提で話を進めるぞ。
このビギンの街から東に延びる街道をひたすら進むと王都に着くことは知ってるな。俺達が護衛に付くから、道中は全く心配しなくていい。
まあセイちゃんのレベルと戦闘力を見る限りでは護衛なんて必要ないんだろうが、念の為だと思ってくれ。
途中いくつかの町や村にも立ち寄るつもりだから、ポータル登録も進めていったらいい。エルフの村なんて一見の価値があると思うぞ」
「どれくらいかかるんですか?」
「脇目も振らず真っ直ぐ向かったとしても、だいたい徒歩で二十日くらいだね」
結構遠いなぁ。
まあ乗り物乗って移動するみたいだから、もっと短縮できるのだろうけど。
「今回は、アーサーの兄ちゃん達が来た時みたいに、正直世界間転送移動でバビューンと行きたいところだな。急ぎの旅で、それは遠いわ」
「使ったら分かると思うが、目的地に行った事がない人が一人でも混じっていると、あの装置は作動しないからな。全くよく出来てる」
「そういやマーリンさん。今回転送を使ったでしょう?
王都からミィンの町までで、転送代いくらしたんです?」
「んあ? ああ、転送代か。
もともとイベント参加組で編成した高機動部隊の準備を進めていたんだが、ティリルちゃんが早く合流したいからって言い出してな。ポンと俺達四人の転送代を全額出してきたから、今回はそれに甘えたんだ。
だから支払いしてないから詳しくは知らんが、基本的に王都のポータル使用料は一人当たり徒歩移動日数×千から二千Gのあいだで、更にポータル施設使用料が一人二万Gと転送先のミィンの町の入場料がそれに加算されるな」
「ぶはっ!?」
「くそたけぇっ!?」
「ふぇええっ!? マーリンさん何勝手に暴露しちゃってくれてるんですかっ!? 黙っててって言ったのにっ!」
「あ……すまん。つい、うっかり」
「うっかりで済んだら、警備兵いらないんですよっ!」
源さんとレントが旅の情緒の欠片もない事を言い出していたり、ティリルがマーリンさんに詰め寄って漫才しているのを苦労して無視する。
ってかティリル、お金持ちなんだ。
みんなの転送代をポンって出せるとか……。
ボクはアーサーさんの言葉にあった、妙に気になる単語の意味を尋ねた。
「一見の価値があるエルフの村って何があるんです? 例えばどんな美味し……独特な神殿とか有名なんですか?」
思わずいつもの癖で質問してしまったボク。
ずっと静かにこちらを見つめていたユイカの目が一瞬でジト目に変わったのを視界の端で捉えた為、咄嗟に気付いていない振りをしつつ発言を修正する。
「樹木の精霊であるドリアドの神殿があるね。見てきた中では、今の所ここ以外に、かの精霊の神殿はない。詳しく言うと感動が薄れちゃうだろうから言わないけど、なかなか見ごたえがあると思うよ。
──あと、特産品は果物系が美味しいかな」
「……お気遣い感謝です」
ボクとユイカの無言のやり取りにも気付いたアーサーさん。
苦笑しながらも、きちんと答えてくれた。
恥ずかしいなぁ、もう。
「今回のイベント中も可能なら、私達で固まって行動しよう。今後の連携も含め、色々協議したいし、先の事を考えれば、お互いの戦い方にも慣れた方が良い筈だ」
「分かりました。これからもよろしくお願いします」
アーサーさんがそう締めくくったのを見て、ボクは頭を下げたのだった。




