63話 彼らに話そう
「とても大事な話があるんですが、聞いて貰えますか?
どんな形であれ、協力をお願いしたいのです」
お互いに自己紹介──カグヤはひとまず精霊と言わなかった──を行った後で、ボクはアーサーさんの方を見てそう切り出した。
もちろん話す内容は、サレスさん経由で預かった女王様の感応石の情報なんだけど、実はまだレントにも言っていない。
皆が揃っている時にボクの口から説明したかったから、ユイカに言わないよう口止めしていた。
今回のイベント。
その開始日時は、こちらの日程では明々後日の朝八時に行われる。
だから最初は、お祭り騒ぎである〔ワールドイベント〕が終わってからでいいやと考えていた。
でも、イベント後は疲れて集まれないかもしれないし、こういうのは早めに情報を共有すべきと考え直した。
考えたくもないけど、イベント中にも例の殺戮集団──つまりPKプレイヤーどもがその内部で動かないとも言い切れない。
それがどう影響するか分からないだけに、この機会に情報を公開しようと思ったのだ。
アーサーさんやマーリンさん、そしてもう一人の幼馴染であるティリルは当然の事として、初顔合わせの椿玄斎さんにも話すべきだと考えた。
彼らが信用し自信持って紹介してくる人だ。
レントも短い間ながらも頼りにしているような感じを受けるし、ティリルも信頼しているのがよく分かる。
だから、ボクもこのお爺さんを信用して話そうと思う。
「──それは、緊急性のある話かい?」
ボクの言った『大事な』という言葉に反応したか、どこか鋭くこちらの心の内を見通そうとするかのような視線をボクに向けてくる。
「緊急性はありませんが、今回の旅で分かった情報であり、あなた方やレント達、みんなに知っておいて欲しい事柄です。
特にあなた方『円卓』において、今この世界の裏で蠢動しているモノ、ボク達が対抗する上での今後の重大な方針となるかと」
その問いに毅然とした態度でそう返したボクに、驚愕を浮かべたアーサーさんは暫し考え込み、ふっと相好を崩した。
「良いよ。話を聞いた上で、出来る限り協力させて貰おう」
「アーサー、そんな安請け合いして良いのか?」
「あなた方なら、この話を聞くだけ聞いて、やっぱり聞かなかった事にしてもらっても構いませんよ」
マーリンさんのこちらを見ながらの問いかけに、アーサーさんが答える前に、ボクはあえてそう口を挟む。
「──セイさんがそこまで言うんだ。軽い話じゃないのは、理解しているつもりだよ。こちらを信用して話そうとしている事もね。
貴女の事を信用するに値する人物と見ているし、私としては、出来る限りの協力をしたい」
「おけ、同意見だ。お前の決定に従うよ」
「ありがとうございます」
情報を開示する前に、無茶な事を言ってしまっている自覚はある。
二人にそう言ってもらえた事は、素直に嬉しかった。
「ちょっと待て、初耳だぞ。どこでそんな情報を手に入れた?」
うまく行きそうでホッとした時、今度はレントが問い掛けてきた。
「レントも知らないのか?」
「セイからは何も。ユイカ?」
「ごめんね、お兄。セイちゃんからは皆が揃ってからと」
マーリンさんの疑問に、レントが頭を振り、ユイカがあえて誤魔化す。
全員の目がボクに集まった。
「……それの話はこの場で話せる内容なのか?」
皆の疑問を代表するように、レントが問いかけてくる。
確かにレントの言葉も一理あった。
壁も薄いし、聞き耳立てられたら困る内容なのかと、言いたいのだろう。
でも大丈夫。そこは考えてある。
「うん。だから先にその対応を。この宿に中級精霊を主軸とした監視網を構築し、更に防音の結界を部屋に施します」
「「えっ?」」
疑問符を浮かべる合流組を傍目に、ボクは椅子に座ったまま手を前に差し出した。
「おいで『テンライ』」
パチッと光と音が弾け、文鳥サイズのテンライが手のひらに召喚される。
『ご主人たま、なーに?』
「非実体化したまま、その『眼』でこの宿やこの部屋の周囲を見張ってくれない?
もし近付く怪しい人を見つけたら連絡を」
『はいな』
まずはコレでよし。あとは……。
すーっと消えながら飛び立っていくテンライを見送り、次の準備を始める。
「──静寂の精霊の名のもとに 静謐なる聖域を 今ここに」
サレスさんの〔祝福〕の力を媒体に、部屋の床や天井、外壁に音の伝播を封じる膜を形成するイメージ──つまりはこの部屋を防音室とするイメージを展開、構築し、外部に声が漏れないようにする。
イメージ通り魔法が展開されているかを精霊眼で確認。
ちゃんと効果が発揮されているのを認識したところで、本題に入ろうとする。
「結界もよし、っと。じゃこれから……」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ!
何だ、今のは!?」
慌ててマーリンさんがボクの話を止める。
「今のは精霊魔法か?
詠唱が短すぎる上に中級クラスの精霊を召還、更にはこの場にいない上級統括精霊の力を行使出来るなんて初耳だぞ!?」
「精霊魔法の神髄はイメージ力です。想いの強度、そして加護を利用したリンクを繋げられれば、上級精霊とだって可能ですし、その効果は無限に操れますよ」
「……マジかよ。万能過ぎだろ」
多数の魔法に慣れ親しんでいるからこそなのだろう、恐らく今まで想像だにしなかった精霊魔法の使い方に絶句したマーリンさんと、ボクの魔法に驚きで目を丸くしたアーサーさん。
あ、そっか。
この辺りの力を使えるようになったの、みんなと別れてからだっけ。
これから綿密な協力を求める相手に、自分の力と職業の事は話しておかなきゃ。
全てをいえるわけではないといえ、彼らの力は知っているわけだから。
このままじゃ、フェアじゃないと思うし。
それに、ボクの正体をティリルや椿玄斎のお爺さんにも言わないといけないし、どっちにしろ感応石の事を言えば、必然的にカグヤが精霊だとバレる。
ティアもカグヤも、ボクが信用する相手になら、こちらの判断で話していいと言ってくれている。
ちょうどいい機会だ。
もっと驚いてもらおうかな。
そんなイタズラ心に似たモノが湧いてきて、ちょっぴり困ってしまう。
自制しつつも話していく事にした。
「まずはボクの事を話していきます。驚かれるかも知れませんが……」
そう前置きして、簡易ステータスプレートを呼び出そうとメニューを開く。
──【セイ】 男性 種族レベル:27 ──
種族:古代森精種
職業:御子 職業レベル:8
名前とIDしか入っていなかった簡易ステータスプレートを、昨日寝る前にこんな風に編集し直した。
今回の合流で協力者に自分の事を知ってもらう為に、そしてボクの事を信用して欲しい人だけに見せるモノとして、性別と種族名と職業まで明記している。
こんなナリで、しかも男なのにも関わらずワンピースを着ている状態であるために、恐らく驚愕されると思うけど、そこはスキルと特異装備の効果でこんな状態なのだと説明する予定だ。
てか円卓の彼らだけでも、いい加減女の子扱いを止めて欲しいと思って性別を入れたのだけど、やっぱり気持ち悪がられてしまうのかな?
ええぃ、ままよ。
意を決して、彼らの方に向けてプレートを展開する。
そんな覚悟でプレートを見せたんだけど、それを覗き込んだ彼らからは、感嘆とため息だけが漏れた。
あれ?
何でそれだけ?
「聞いた事もない種族だね──古代森精種、しかも精霊進化とは一体……」
「職業が〔御子〕か。こっちも聞いた事もねぇな。種族も職業も両方特異じゃねぇか」
「雷精霊。だからあの時見たヴォルティスの姿に似ているんだね。
貴女は一体どれだけの精霊と契約しているんだい?」
何故か性別に突っ込みが入らないんですけど。
どうなってるの?
疑問と嫌な予感が脳裏によぎり、そのプレートをこちらに向け、再確認する。
──【セイ】 女性 種族レベル:27 ──
種族:古代森精種/精霊進化(雷)
職業:御子 職業レベル:8
……あれ?
ちょっと待って。
何で性別欄に女性の文字がっ!?
「ふぁあああっ!?
ちょ、なんで勝手に表示が変化してるの!」
「「えっ?」」
「セイ、どうしたっ!?」
何も知らないアーサーさん達が疑問符を浮かべる中、レントが思わず大声を上げたボクを見やり、次いでプレートを見た。
「……あぁ。今は精霊化中だからだな。そりゃそうなる」
え、どういうこと?
説明プリーズ。
「簡易ステータスってのはな、開示設定した項目を、現在の状態に合わせて表示する機能だからな。
だから設定した時の表示と異なったんだろう」
──ってことは。
ここに表示されている『精霊進化(雷)』というのは、ボクがスキルを使って精霊化しているからで、なおかつ、女性しかいない精霊に変化してるから性別表示が『女性』になったと……。
あはは。
そうだったんだ。謎が解けたよ……。
幼馴染組や精霊組から気遣わしげな視線と思念が飛んでくるのを感じる。
振り返って「問題ないよ」と笑おうとしたが、引き攣った笑みになりそうな気がして、やっぱり止めた。
──はぁ、もういいや、それで。
むきになって、本題でもないことをしつこく言うのもなんか違う気がするし、『女性』と自分から見せたのに『男性』と言い放って変人扱いされるのは嫌だ。
そのうち弁解の機会があるだろうと、今回はこれ以上の説明を諦めて、溜め息と共に簡易ステータスプレートを消去した。
そして話を先に進めようと、インベントリーから説明用の感応石を取り出したのだった。




